「やってみなはれ」…モデルT望遠鏡の誕生2019年02月23日 15時57分53秒

2019年2月22日、はやぶさ2が小惑星リュウグウへのタッチダウンに成功。そして試料採取のミッションも滞りなく終えたようです。それを可能にした人間の智慧と技術は大したものです。さすがは21世紀。

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同じころ、アンティーク望遠鏡マニアのメーリングリストで、「モデルT望遠鏡(Model T scope)」というタイトルのスレッドが伸びていました。

「おや、何のことだろう?」と思って読みに行ったら、一連のメールは昔の望遠鏡自作マニアの創意工夫の一端をしのばせる内容で、それを見ながら、この100年で何が変わり、何が変わらないのか、人間と技術の歩みについてしばし思いをはせました。

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「モデルT」とは、本来望遠鏡とは無縁のものです。
すなわち、20世紀第1四半期に大売れした、世界初の大衆車、T型フォードのこと。

(T型フォードにもいろいろなボディデザインがありますが、上は「1920 Touring」タイプ。出典:Wikipedia[ LINK ])

そして件のスレッドは、アメリカで1920年代に勃興した、アマチュアによる反射望遠鏡自作ブームの中、T型フォードのスクラップ部品を使って、望遠鏡を載せる架台作りに挑戦したアマチュアがいたことを話題にしていました。

この「T型フォードで作った望遠鏡」は、海の向こうの古手マニアの耳には親しい話題らしいのですが、その実物らしきものがeBayに出品されているよ…というのが、話の出発点。

で、肝心のモノの方は、最初の投稿以前にeBayから削除されてしまったらしく、リストメンバーは誰も見ることができなかったのですが、「この話の大元は何だろう?」という興味から出典探しをした人がいて、それは望遠鏡製作のバイブル、アルバート・インガルス編『Amateur Telescope Making(ATM)』だと、すぐ明らかになりました。ただし、それが載っているのは、1926年から1980年まで増補と改版を繰り返した、このベストセラーの初期の版(1928年の第2版まで?)に限られる…ということも話題になりました。


幸い手元に第2版があったので、さっそくページを開いてみたら、ありました、ありました。

(『ATM』第2版、p.165)

愛機とともに写っているのは、当該記事の筆者、Ions Clarendon氏。(この「スクラップ自動車部品から作る実用的な望遠鏡架台(A Serviceable Telescope Mounting from Discarded Automobile Parts)」と題した『ATM』の章節は、「ポピュラー・アストロノミー」誌1925年2月号からの転載記事です。)

(同p.161)

その架台の拡大がこちら。
主要部分は、T型フォードの後輪車軸を加工して作られています。

(モデルTの後車軸回り。出典:Wikipedia [ LINK ])


クラレンドン氏曰く、当時は反射望遠鏡の鏡面製作に関する情報は、徐々に出回りつつあったものの、まだ実用的な架台作りの情報はないに等しい状況だったので、手に入れやすいT型フォードの廃部品を使って挑戦してみた…というのが、その製作動機のようです。

まあ、文字の説明を読んでも、具体的に何をどうやって作ったのか、素人にはピンときませんが、クラレンドン氏は「この架台の主要な利点は、まず安価であること、部品を入手しやすいこと、必要なバランスウェイトを正確でスムーズに動かせること、そしてブレーキ部品を使った完璧なクランプと目盛環だ」と、「我が子」を大いに自慢しています。

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話の冒頭に戻って、この100年で変わったものは何で、変わらないものは何か?

もちろん、技術的な前提は大きく変わりました。一方、アマチュアの工夫の才は、当然変わらないものの1つです。そして、多くのアマチュアは資力が乏しい…というのも不変でしょう。

古人は「足るを知る」ことを力説しましたが、これは時として、安易な現状肯定に堕すおそれがあります。人は往々にして、「足るを知らざる」ところから、創意と工夫を始め、新たな発明を生み出すものです。とはいえ、これも「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」と、もっぱら他人の尻を叩くのに使われると、むしろ弊害の方が大きく、そのバランスが難しいです。

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