古画再見2019年03月02日 21時14分56秒

この「天文古玩」の良くないところは、一度登場したモノがそのままスッと消えてしまうところです。つまり、話題の蒸し返しはあっても、そこに登場するモノ自体は、たいてい1回きりの登場で、その扱いがいかにも粗略です。

これはブログ上のことに限りません。
実生活においても、いったんブログで記事にすると安心してしまい、そのままどこかにしまい込んで、その後まったく目にする機会がない…というのがお決りのパターンで、これでは「愛蔵」には程遠く、まさに「死蔵」でしょう。

そんな反省から、ちょっとお蔵入りの品を見直してみます。

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今さらながら、世界のデジタル化は甚だ急ですね。
検索エンジンで到達できる情報に限っても、「天文古玩」がスタートした2006年から、13年後の現在に至るまでの間に、ネット空間に新たに蓄積された情報は膨大な量でしょう。おかげで、昔は分からなかったことでも、今の目で見返すと簡単に分かるようになった事柄がたくさんあります。

例えば、以前登場した「The Astronomer」と題された一枚の版画。


似て非なるもの

あるいは、似た雰囲気の別の一枚。
こちらはAstronomer(天文学者)ならぬAstrologer(占星術師)を描いたものです。


ブログ開設半年

過去記事は、いずれもその素性に全く触れていません。
でも、これらの版画がいったい何なのか、私の中ではずっと疑問がくすぶっていました。―「いったい何なのかって、別にふつうに19世紀の版画でしょ?隅っこには、作者名もちゃんと入っているじゃない」と思われるかもしれませんが、これが19世紀当時、一個の商品としてどう流通し、どういう人が、何の目的で購入したのか…というのが、私には分かっていなかったのです。

でも、今調べれば、その素性はたちどころに分かります。

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まず「Astronomer」の方ですが、これはHenry Wyatt(1794-1840)が描いた油彩画をもとにしており、原画は現在テート・ギャラリーに所蔵されています。

現在のタイトルは「アルキメデス」。作者自身がどう呼んだかは不明ですが、モデルはガリレオかな…と、何となく思っていたので、アルキメデスと聞いてちょっとびっくりしました。)

それを版画にしたのはRobert Charles Bell(1806-1872)という人で、その目的は美術雑誌に収録するためでした。すなわち、19世紀の市民社会の到来によって、ファイン・アートが広く大衆のものとなり、その広範な需要に応えて、こうした複製画が当時盛んに作られていたのです。(さらに時代が下ると、写真術を応用したコロタイプ印刷や、さらにオフセットでカラー印刷も簡単にできるようになりますが、この時代の複製画はもっぱら版画です。)

収録誌は、ロンドンで出た当時の代表的な美術誌、「The Art Journal」
同誌は1839年から1902年まで続いたと言いますから、ヴィクトリア時代(1837-1902)とまるまる重なります(1881年にはアメリカ版も出ています)。

この版画、かの大英博物館にも収蔵されていて、データとともに画像が公開されています。


でも、見比べると細部が微妙に違うので(例えば大英博物館の品には、「The Astronomer」のタイトルがありません)、手元の品は後刷りかな?と思います。あるいはアメリカ版のために、原版に手を加えて刷り増ししたのかもしれません。

eBayで天文アンティークを渉猟していると、この版画を頻繁に目にするので、「なんでこんなにたくさん流通しているんだろう?」と不思議でしたが、雑誌の付録と聞けば納得です。そして、この版画がいったい何なのか、当初の疑問がようやく解けた気になります。

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そうと分かれば、「Astrologer」の方も、当然同じ性質のものと当たりがつきます。
Googleの書籍検索によれば、こちらは「The Art Journal」誌の1879年9月号に収録されたもので、原画の作者はJohn Seymour Lucas(1849-1923)、版画作者はJoseph Desmannez(1826-1902)


ただし、用紙の下部を見ると、こちらはアプルトン社の発行になっていて、ここは同誌のアメリカ版・版元ですから、これまた1881年以降、アメリカ版のために作られた後刷りなのでしょう。

いささか残念なのは、ネットの力を借りても原画の所在が依然不明なことです。
できれば元絵の色彩を見たかったのですが、これはしばらくお預け。まあ、これも遠からず分かる日が来るでしょう。