永劫の火2019年03月19日 19時57分37秒

俳誌『鶴』を主宰した昭和の実力派俳人、石塚友二(いしづかともじ、1906 – 1986)

(左は外箱、右は中身)

上は、彼が昭和29年(1954)に出した句集『光塵』(一橋書房)。
ここには戦中の昭和17年(1942)から昭和29年にかけて詠まれた句が収録されています。
冒頭「春」の部から、巻頭三句を挙げてみます。

  見え初めし 子の目にうつり 春の雲
  散る花や 青み渡れる 夕まぐれ
  菫咲き 崖にやさしき 日ありけり
 
いずれも平明な、読んでいて気持ちの良い句です。

   ★

しかし、私が古書検索サイトでこの句集に目を留めたのは、他に特別な理由があります。それは本書見返しに書かれた、彼の自筆句の存在です。


  「御神火の 燃えをり 天の川の涯」

この句は多義的な解釈を許す句です。
いや、仮にそうでなくとも、ぜひ多義的に解釈したい句です。

普通に解せば、「御神火」とは伊豆大島の三原山が上げる炎のことですから、おそらく昭和25年(1950)に始まる噴火活動の折に詠まれたのでしょう(作者は当時鎌倉に住んでいました)。海上に天の川が白く煙る晩、水平線上に火山の赤黒い炎がちらちら望まれたという、芭蕉の「荒海や佐渡に横たふ天の川」の向こうを張る雄大な、そしてなかなか地学趣味に富んだ句です。

でも、私には一読、これが宇宙大の景色を詠んだ、さらに一層壮大な句と感じられたのです。天上で燃える遥かな星々、その大集団である銀河の、そのまた遥かな果てに「御神火」が燃えている…という風に。私の脳内では、「御神火」とは神がともした原初の炎であり、作者は、宇宙の遥か彼方にその創造の炎を幻視したことになっています。さらに「御神火」をビッグバンに由来する「宇宙背景放射」に重ねて、これはいよいよスゴイ句だと、勝手に盛り上がったのです。

宇宙背景放射の存在が予言されたのは1940年代、そして実際に発見されたのは1960年代のことですから、生身の石塚友二はもちろん、私が仮構した「銀河俳人」にしても、その存在を知っていたはずがありません。「銀河俳人」が、それを文学的想像力によって予見したとしたら、なおさらすごいことです。しかし、ここまでくると、さすがに自分でも何か変なことを言っているなあ…頭は大丈夫かなあ…と冷静さを取り戻します。

とはいえ、この句に触発されて脳内に結ばれた像は、なかなか気に入っています。

   ★

ちなみに、この「御神火…」の句は『光塵』所収ではなく、初出は不明。
『光塵』には、天の川を詠んだものとして、以下の二句が載っています。

  天の川 馴れても遠き 人の門
  銀河より 跳ねて一線 星隕つる