火山に克つ ― 2019年03月25日 07時08分13秒
「そういえば…」と、連想で話題をひとつ。
以前、桜島に渡ったとき、大正3年(1914)の大噴火で地の底から湧き出した、「大正溶岩」の断片をお土産に買ってきました。
(画像再掲)
その後また鹿児島に行ったとき、思い出の品として、桜島の火山灰を小瓶に入れて持ち帰りました。
(瓶の高さは約43mm)
実際、これは鹿児島の暮らしと切っても切れないもので、火山灰は市内ならばどこにでも積もっているし、鹿児島の人は、せっせと雪かきならぬ“灰かき”をして、「克灰袋」とプリントされたビニール袋に詰めて、回収ステーションに出しています。
雪国の人は雪と闘い、鹿児島の人は灰と闘う――。
実に大変な苦労です。
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鹿児島に限らず、日本人は火山に度々苦しめられて来ました。
そのため、後世、火山学が発達し、現在では全国の50の火山に、地震計・傾斜計・空振計・衛星測位システム(GNSS)観測装置等を常置して、そのデータを気象庁の「火山監視・警報センター」および札幌・仙台・福岡の「地域火山監視・警報センター」が、24時間体制でモニターしているのだそうです[ LINK ]。
温泉の恵みは、そうした人間の努力に対する、火山のせめてもの心づくしなのかも。
いずれにせよ、この列島で暮らしていくには、火山と共存しなければならないわけで、火山の知識は、地震の知識とともに、広く国民に共有される必要があるだろう…と、素人が力むようなことでもありませんが、そんなふうに思います。
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おまけ。列島暮らしに火山が溶け込んでいる例。
(井上涼(作詞・作曲)「噴火する背中」(2016)。テーマは伝・豊臣秀吉着用「富士御神火文黒黄羅紗陣羽織」。 動画にリンク)
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