星のカクテルをどうぞ2019年04月14日 11時07分42秒

「天文古玩」でおなじみの二人、賢治さんと足穂氏は、何がどう違うか?
一言でいえば、賢治さんは下戸で、足穂氏は呑み助だったというのが、まあ一番的を射ているでしょう。両者の文学の本質的な違いは、そこに根ざしています(←適当に書いています)。

もちろん下戸が偉くて呑み助はダメ、あるいはその逆ということもないのですが、何といっても酔狂とは酔って狂うことなり。こと酔狂に関しては、下戸は分が悪いです。そういう意味で、今日は賢治さんの出番のない話。

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見るなり、「え、こんな本があったんだ…」と驚き、かつ嬉しくなったのが、「星のカクテル」のレシピ本です。


板表紙を革紐で留めた、まるで中世の書物のような体裁。酒精をあがめる占星術師を気取っているのかもしれません。

■Stanley S. MacNiel
 ZODIAC COCKTAILS: Cocktails for all birthday.
 Mayfair Publishing Co. (NY), 1940 (copyright 1939)
 (巻末のメモ欄を除き)30p.


表紙を開くと、さっそく目次から星界に通じています。
内容は誕生月に合わせて、12星座のお勧めカクテルがずらっと並ぶというもの。


冒頭はおひつじ座(アリエス)。
左側のページには、酒の席で語るのにふさわしい、他愛ない星占いの知識(おひつじ座生まれの性格、誕生花、誕生石、ラッキーナンバー、おひつじ座生まれの有名人…etc.)が書かれており、肝心のレシピ集は右側です。

まずお勧めされるのは、ベーシックな「アリエス・カクテル」
アップルブランデーとジンを半々、そこにスプーン一杯のグレープフルーツジュースと、スイートベルモットとドライベルモットを少々。全体をよくシェイクし、ストレーナーで濾してグラスに注げば出来上がり。

さて、次の一杯は…と眺めると、「北斗パンチ」があり、「暁カクテル」があり、さらに「早春カクテル」「地震カクテル」「黄経パンチ」…と並んでいます。

こんな風に月日がめぐり、星座ごとのカクテルが次々に紹介されます。


ふたご座の人には、「火星カクテル」「土星シュラブ」「スターゲイザーハイボール」が、


てんびん座の人には、「南極カクテル」「金星カクテル」がお勧めです。


そして1年間の締めくくりはうお座で、


彼らが「海王星カクテル」「皆既日食ジュレップ」のグラスを干したところで、ひとまずは飲み納め。でも星の巡りはとどまることなく、すぐにまたおひつじ座の出番です。

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 「今宵、天文バーのドアを押して、ふらりと入ってきたタルホ氏。
 得難い機会なので、思い切って相席を願い出ようかと思ったものの、なにせ氏は酒癖が悪いと評判なので、どうしようか躊躇っているうちに、早くも氏は隣席の土星と口論になり、あまつさえ懐から物騒なものを取り出して、ズドンと一発お見舞いすると…」

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現実とファンタジーは、あたかもカクテルのように、容易にシェイクされてしまうものです。この確かな実体を備えた本にしたって、著者のスタンレー・マクニールは、「20年間にわたって世界中を旅した、放浪のカクテルコレクター」と名乗っているし、版元のメイフェア・パブリッシングは、NYのロックフェラー・センターの一角、ラジオシティ・ホールに存在すると主張するのですが、もちろんすべては虚構のようでもあります。

星のカクテルを口にすれば、虚実の境界はいよいよとろけて、タルホ氏と土星の声が、はっきりと耳元で聞こえてくるのです。