サロン閑談~珍物を求めて2019年04月15日 21時40分52秒

昨日、久しぶりに名古屋伏見の antique Salon さんを訪ね、店主の市さんとお話しする機会がありました。窓の外の雨を見ながら、四方山の話をする中で、どちらからともなく出たのが、「どうです、最近珍しいモノを手に入れましたか?」の一言。これはモノ好きが寄れば、必発の問いでしょう。

 「そりゃあもう。先日も○○の×××を見つけましてね。」
 「え、そいつはすごいじゃないですか!」

…なんて景気のいい話が出ればいいのですが、「うーん、どうもなかなかないですねえ。」、「やっぱりそうですか。」と、鉛色の空がその場の心象にぴたりと重なるのでした。

長い間限られた世界を徘徊していれば、大抵のものは既視感が出てきて、「これは!」という経験が乏しくなるのは避けられません。

―― しかし、です。それに続けて市さんが、「まあ、お金さえ出せば、珍しいモノもあるんですけどね…」とポツリと言われたのは、まことに正鵠を射た意見で、もともと客観的な価値のはっきりしないヴンダー界でも、やっぱりお金の話は、どこまでもついて回るのでした。まさに地獄の沙汰も何とやら

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では、資力の乏しい人間が立ち回る余地は全くないのかといえば、それもちょっと違う気がします。

これも昨日の話の中で出ましたが、世の中には、原理的に相場が形成されない品というのがあります。それはいわゆる「一品もの」です。一品ものというと、作者が生涯にただ一つこしらえた芸術作品なんかを連想するかもしれませんが、たとえ量産品でも、ネットで検索に引っかからない、ネット上で唯一無二の品というのがあって、その値付けは他からの影響を受けず、純粋に売り手の眼力に任されているという意味で、一品ものに準じて考えていいでしょう。

まあ、ネットのない時代は、多くの品がそうだったわけですが、これだけ情報が行きわたると、物の相場も速やかに、しかもグローバルに平準化されるので、馬鹿高かったり、馬鹿安かったりということは起こりにくくなります。でも、上のような「ネット一品もの」に関しては、その売り買いは、売り手と買い手の価値観がぶつかる真剣勝負であり、依然として掘り出し物のチャンスがあります。

思い起こすと、私が最近いい買い物だったなあ…と思えるのは、ほとんど「ネット一品もの」です。まあ、裏を返せば、「ネット一品もの」だからこそ、安物を高く買って「こりゃしくじったぞ!」と気づく機会も生じないわけで、知らぬが仏とはよく言ったものです。

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(イメージ画像)

…そんなこんなで、市さんに美味しいコーヒーをご馳走になりながら、昨日はモノとの付き合い方をいろいろ振り返ることができました。最近の煮詰まった感じがスッとほぐれて、心も柔らかさを取り戻した感じです。静かな雨の日曜日もまた好し―。

でも、antique Salon さんを訪問したのは、別にご馳走になりにいったわけではありません。新規入荷の品を拝見するためであり、そこで購入したモノについては、また別の話題になるので、次回に。

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