パリに持っていきなさい2019年05月01日 09時19分06秒

貫く棒のごときもの。
年号が変わっても、日々の営みは変わらず続いていきます。

今日はアストロラーベのフェイクに関する話題のおまけ。
例のキング氏の文章に、ちょっとペーソスを感じるエピソードが載っていたので、それを引用して、アストロラーベの話題を終えます(以下、適当訳)。

 「1990年代のある日、私はロンドンのクリスティーズで、テュンパンでも、レーテでも、あるいは他のどんなものでもいいから、何かホンモノはないか期待して、何ダースものフェイク・アストロラーベを眺めながら午前中を過ごしていた。私がそうしているところに、アストロラーベを携えた一人の男がやってきた。彼はそれをオークションに出そうとして果たせなかったのだ。相談を受けた私は、それが旅行者向けのガラクタだと教えてやった。彼は不満げだった。

 その日の午後、私は同じことを考えて、今度はサザビーズにいた。すると驚いたことに、さっきと同じ人物が、例のフェイク・アストロラーベを抱えて入ってきたではないか。私は再度相談を受けた。しかし、今の彼はしょげかえっていた。「金が必要なんですよ。」と彼はこっそり打ち明けた。「何とかならんでしょうか?」 彼は感じのいい奴だったので、助けてやる気になった。「パリに持っていきなさい。」と私は言った。ジャコブ街のアラン・ブリウなら、直ちにそれが偽物だと告げることもできたろう。何せアランこそ、現代ヨーロッパの、ある科学機器贋作者を刑務所にぶち込んだ人物なのだから。だが、そんな時代は遠い昔のことだ。今や、フェイク・アストロラーベは、パリで大手を振ってまかり通っている。そしてロンドンでも。」 (前掲pp.160-161)

クリスティーズだ、サザビーズだと言えば、フェイクが付け入る隙はないように思ってしまいますが、どうも現実はなかなかキビシイようで、まこと世に贋作の種は尽きまじ。

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ときに、この一文を読んで、アラン・ブリウという名に親しいものを感じました。

(ストリートビューで覗いた店先)

ノートルダムにもほど近いジャコブ街48番地に店を構えた、博物系古書+アンティークの店「アラン・ブリウ書店(Librairie Alain Brieux)」については、このブログでも何度か触れた覚えがあります。でも、1958年に店を創業したブリウ氏その人のことは何も知りませんでした。

(Alain Brieux(1922-1985)、Dr Jean-François LEMAIREによる追悼記事より)

氏がすでに1985年に亡くなっていたことや、氏が科学史全般に通じていたのみならず、ことアストロラーベに関しては、並々ならぬ学殖の持ち主だった事実は、恥ずかしながら今はじめて知ったことです。毎度のことながら、斯道深し…の思いを新たにします。

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それにしても、かの好人物はパリで上手くやりおおせたのでしょうか?
そして、ブリウ氏が贋作者を刑務所送りにしたエピソードも気になりますが、ちょっと調べた範囲ではよく分かりませんでした。