師走の空の下、星の音楽会へ2019年11月23日 11時02分24秒

暦は霜月、そして二十四節気だと「小雪」を迎えました。
今年もあとひと月ちょっとですね。

ブログを書かなくても日常生活に支障はないので、何かきっかけがないと、なかなか再開のモチベーションが湧かないのですが、クリスマスを控えた師走の街に、ちょっと素敵な彩りを添える催しがあるので、ご紹介します。

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■プラネタリウムコンサート2019 ~ヴィオラと星めぐりの夜~

〇日 時  2019年12月15日(日)  18:30~20:00 (開場18:10~)
〇会 場  かわさき宙と緑の科学館 プラネタリウム
         川崎市多摩区枡形 7-1-2
         最寄駅 小田急線・向ヶ丘遊園駅(徒歩15分) ※バス便あり
○出 演  ヴィオラ・多井千洋氏、 ピアノ・萩森英明氏
○観覧料 全席自由、1,000円/名
○公式サイト(リンク先から申し込み可)

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まさに「星尽くし」の音楽会です。

予定されている演奏曲目は、シューベルトの『双子の星に寄せる舟歌』、メキシコのマヌエル・ポンセ(1882-1948)の『エストレリータ(小さな星)』、前衛音楽で知られたジョン・ケージの『黄道星図(Atlas eclipticalis)』、尾上和彦作曲、 無伴奏ヴィオラ詩曲『よだかの星』(宮沢賢治『よだかの星』の朗読付き)…などなど。

そして、注目すべきは、ウィリアム・ハーシェルによる『ヴィオラとオーケストラのための協奏曲ニ短調』です。

楽譜には「メイドストーン、1759」の注記がされており、1759年といえば、ハーシェルがまだ二十歳そこそこの青年音楽家として、北イングランドの地方軍楽隊の隊長をしていた時期。楽譜が残っている彼の作品としては、最も古いものの一つです。(ちなみにメイドストーンはケント州の州都で、この曲が作曲された場所を示します。ハーシェルはドイツ出身者で、1756年に渡英したのですが、最初に身を置いたのがメイドストーンの町で、彼はここで必死に英語の勉強をしたというエピソードもあります。)

(William Herschel(1738-1822)、1785年の肖像)

ハーシェルが天文学に目覚め、音楽家として活動するかたわら、望遠鏡作りにのめり込んだのは、1770年代に入ってからですから、1759年に書かれたこの作品に、直接「星の光」の片鱗をうかがうことはできません。しかし、いわばその才気そのものが「地上の星」であり、その人生行路の先に、無限の宇宙が開けていたのだ…と思いながら、その音楽に耳を傾けるのは、大いに興あることです。

そもそも、ハーシェルの天文学志向は、数学者であるロバート・スミス(1689-1768)の『和声楽』と『光学』を手にしたことに端を発しており、彼の中では音楽と天文学が、数学を介してつながっていました。ハーシェルは情熱の人であると同時に「理の人」でもあり、1759年においても、そうした性向は変わらなかったでしょう。

(スミスの『光学』(1738)、冒頭)

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ハーシェルに文字数を費やしましたが、今回この催しを知ったのは、当日のヴィオラ奏者である多井千洋さんから、日本ハーシェル協会に対して、この曲の楽譜の所在のお問い合わせがあったことがきっかけでした。

(ハーシェル作曲『ヴィオラとオーケストラのための協奏曲ニ短調』楽譜、部分)

遠隔地の悲しさで、私は伺うことができませんが、コンサートに行かれた方々が、若き日のハーシェルのことをチラッと思い浮かべていただければ、ハーシェル協会員として、とても嬉しく思います。

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地上の営みはいつだって苛烈です。
その一方で人々は常に天上に憧れ、ある人はそこから宗教的観念をつむぎ、またある人は叡知を傾けた学理を築き上げ、またある人はそれを音楽で表現しました。

2019年現在の世界も、苛烈な世界であることにかけては、なかなかのものです。
だからこそ、いっとき天上の音楽に耳を傾け、人間と宇宙の運命に思いを巡らすことは、少なからず意味があります。しかも「救い主」と呼ばれた人物の降誕も近い、師走の夜長なのですから、まさに沈思するにはもってこいです。

ある望遠鏡コレクションの話2019年11月24日 07時58分56秒

ちょっと気鬱になった話。
…と言って、話の発端は別に気鬱でもなんでもありません。ごく普通の話題です。

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Edward D. Wolf 博士という、かつてコーネル大学でコンピュータ工学を教えた先生がいます(現在は名誉教授)。科学の最先端を歩んだウォルフ博士は、同時にアンティーク望遠鏡の熱心なコレクターでもあり、18~19世紀の中~小型機材を中心とする、そのすぐれたコレクションは、博士のサイトを一瞥しただけで溜息が漏れるほどです。


■Wolf Telescopes ― A Collection of Historical Telescopes

黄金を欺く、まばゆい真鍮の輝き。
この平和な砲列は、過去のスターゲイザーの優美な営みを、遺憾なく伝えてくれます。(昔も今も星をきっちり観測することは大変ですから、本当はそれほど優美な営みではなかったかもしれませんが、少なくともその姿はたいそう優美です。)

昨日小耳にはさんだ話題は、そのコレクションの全容を伝えるハードカバーの立派な本が編まれていて、今なら85ドルの特別価格で購入できるよ…という耳より情報でした。それは上記サイトのサブページに説明されており、購入ページは以下。

■Wolf Telescope Collection Book

日本までの送料が50ドルというのが一寸痛かったですが、背に腹は代えられません。さっそく一冊注文しました。あとは本の到着を待つばかり。

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…と、ここまでは良いのです。
ちょっと気鬱になったというのは、ウォルフ・コレクションが、すでにウォルフ氏の手元を離れ、昨年一括して外国のプラネタリウムに買い上げられたことを知ったからです。

購入したのは中国の北京天文館。1957年にオープンし、2004年にガラス張りのモダンな新館ができた同館のことは、以前もちらっと書きました【LINK①】【LINK②】。

(北京天文館 新館)

でも、メーリングリスト情報によれば、ウォルフ・コレクションはプラネタリウム本館ではなく、今は同館が運営する「旧・北京観象台」に、他の天文測器類と一緒にズラッと展示される予定だそうです。ウォルフ・コレクション自体は、中国天文学史とは直接関係ないわけですが、北京プラネタリウムは、天文学史の包括的なビジュアル展示を狙っているようで、そこに潤沢な予算が回っているのでした。

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「気鬱」と言ったのは、別に私がいわゆる嫌中思想から、中国に優れたコレクションが渡ったことを憤っているからでは無論ありません。

むしろこの出来事によって、日本の現状が逆照射されたからです。
位相は異なりますが、日本にも望遠鏡愛にあふれた「天体望遠鏡博物館」LINK】があり、熱心な収集・保存・展示活動が行われています。しかし、それはあくまでも民間の篤志と熱意に支えられた活動です。

あけすけに言って、中国の振る舞いには「金に飽かせて…」の色彩がなくもありません。それをケシカランと言うのは簡単ですが、我がニッポンには既にその金がないのです。そう、文化にかけるお金が―。仮にウォルフ・コレクション売却の話が、最初に日本に持ち込まれていたとしても、それに応える機関や組織は、きっとなかったでしょう。私が気鬱に思うのは、そのことです。

まあ、いつの時代にも、どこの国にも、「文化で腹がふくれるか!」と豪語する人はいるので、今の日本が特別ひどいということもないのかもしれませんが、それにしたって日本国が貧困の淵に沈みつつあり、ここに来て貧すれば鈍する現象があちこちで目に付くようになったのは、否定のしようがありません。これはいつもの「アベガー」的主張ではなくて、たぶん誰が政治のかじ取りをしても、この傾向に歯止めをかけることは難しいでしょう(だからといって、安倍氏の非行が免罪されるわけではありません)。

まあ、事がアンティーク望遠鏡だけならば、そう目くじらを立てなくても良いのですが、これが真善美に関わる学芸全般のこととなると、その影響は計り知れません。やっぱり気鬱だし、侘しいです。

古星図と天文アンティーク2019年11月30日 16時14分20秒

前回触れたアンティーク望遠鏡の本ですが、著者のウォルフ氏から、「配本が大幅に遅れるよ」と連絡がありました。例のメーリングリストの影響か、注文が重なって在庫払底の由。

紙であれ、電子であれ、レファレンスブックというのは、いつの世も有用なもので、関心領域のそれは、手元に置いて、いつでも参照できるようにしたいものです。ウォルフ氏の本が在庫切れとなったのも、そう思う人が世界には依然たくさんいる証拠でしょう。

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ときに、レファレンスブックで思い出しましたが、今から7年前に(…と自分で書いてビックリ。もうそんなになるんですね)、星図蒐集の参考書を取り上げました。

■改めてアンティーク星図の話(3)…収集の手引書

そこで取り上げたのが、Nick Kanas(著)History, Artistry, and Cartography』(Springer)です。リンクした記事で書いたように、この本は初版が2007年、初版改訂版が2009年、そして第2版が2012年に出ています。

今年、その第3版がついに出ました。かなりニッチな本のわりに、よく売れているのは、この分野でしっかりした参考書を求める人が多いことを示しています。

(『STAR MAPS』第3版)

第3版刊行の意図と、それ以前の版との違いは、冒頭におかれた「第3版への序」でカナス氏自身がこう書いています(以下適当訳。改行は引用者)。

 「〔…〕さて、今や第3版を出すべき時だ。

この第3版は、前の版に対して、多くの重要な変更や追加が行われている。まず多くの読者の要望に応え、今回はハードカバー版とし、耐久性が増した。さらにカラー図版を巻末の別項にまとめるかわりに、本文と一体化した。

また、「第11章 地上及び天空の絵地図」及び「第12章 美術絵画における天空のイメージ」という2つの新章を加え、さらに5点の図版を鮮明なものに差し替え、54点の図版を新たに加えた。そのうち20点は第11章、28点は第12章に配し、その他何点かの図版を、先行する各章に配した(すなわち図4.9、6.4、6.5、8.61、8.62、8.63)。そして、第2版出版後に公刊された情報を反映して、新たな参考文献を83点追加するとともに、本文中でもそれに対応するアップデートを行った。また新たな節として、大航海時代がもたらした新星座に関する「4.3.4 イスラム世界への影響」と、「8.7.6 口絵のコスト削減の手立て」が加わっている。最後に本文全体を見直し、誤植を訂正し、表現をより明確かつ詳細にした(特にイスラムとビザンツの章と、「8.1 天球儀とゴア」〔ゴアは天球儀用船形星図のこと〕)。

総じて、読者の便と理解向上を図るため、本書は多くの点が新しくなっている。
ぜひご一読を!」 

…というわけで、カナス氏はなかなか意気盛んです。

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あくまでもパラパラ見ただけの感想ですが、本書の内容増補のあり方が、なかなか興味深くて、それはカナス氏の蒐集対象の拡大が、日本の天文アンティーク趣味の外延(ちょっと強気に出れば、私自身の興味の広がり)をなぞっているように感じられたからです。

これは強調されねばなりませんが、日本で「天文アンティーク」と総称されるアイテム群を指す言葉は、英語にはありません(フランス語にもドイツ語にもないでしょう)。それを指す言葉がないということは、それに対応した概念もないということです。

日本で「天文アンティーク」というと、堂々たる古星図あり、天文古書あり、真鍮製の望遠鏡あり、星座早見あり。さらには、ペンダントやブローチ、シガレットカードに切手、絵葉書、ピンバッジといった小物類にまで及びます。そのモチーフも、正統派天文学史の遺品もあれば、月や星、コメットを洒落たデザインに落とし込んだアクセサリーもあり、宇宙開発ブームのなごりの品もあるという具合で、その範囲ははなはだ広いです。

我々は、それを「天文アンティーク」と総称して怪しみませんが、でも異国の人には、かなり奇異に感じられる嗜好だと思います。天文アンティークとして売買されるのは、主に異国の品ですが、その異国の品々から紡がれた「天文アンティーク」という概念は、あくまでも日本生まれのものであり、ひょっとしたら、将来「TEMMON-ANTIIKU」という言葉が、外来語として英語の辞書に載るんじゃないかと思えるほどです。

この辺の事情は、日本の漫画やアニメが、“comic”や“cartoon”、“animation”ではなく、あくまでも「MANGA」や「ANIME」として言及されるのに似ています。そして、フランスを舞台とした「ベルばら」に、今度はフランスの人が憧れ、コスプレイヤーとして来日するなんていう「ねじれ現象」が、天文アンティークの世界にも起こるんじゃないか…ということを、カナス氏の本を読んで感じました。

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カナス氏の本も、最初は普通の古星図の解説書でした。

15世紀、16世紀、17世紀と、世紀を追うにつれて、より精緻に、より大量に作られるようになった美麗な星図の歴史をたどり、さらに18世紀、19世紀、20世紀に至る星図たちを、その作者とともに総まくりした内容だったのです。

しかし、そうした古星図に一通り馴染んだあとも、カナス氏のコレクション欲が衰えることはなく、新天地を求めて、さらに多方面に触手が伸びていきました。コレクターにはありがちなことだし、私も大いに共感を覚えます。

氏の関心は、天球儀やアストロラーベ、星座早見、ヴォルヴェル(回転盤)を備えた天文古書へと広がり、まあ、ここまでは星図のお仲間といえますが、さらに星図以外の天文測器の古図とか、さらには天体を描いた現代絵画やフォークアート、バック・ロジャースのコミックポスター、古い果物ラベルや切手、カード類まで手を出すに及んで、ついに氏は日本の天文アンティークの徒と一味同心となったのです。

(左は2017年の日食記念切手(アメリカ)、右は1964年発行のソ連の人工天体切手)

そして、第12章第5節「Children’s Art(児童画)」では、自身のお孫さんの作品も登場して、天文アートの本質が大いに語られるのですが、ここまでくると、私もちょっとポカーンとするところがなくもありません。

(右がお孫さんのネイサン君で、この絵も当然カナス・コレクションの一部。)

この勢いで増補が繰り返されると、第5版が出るころには、快著がすっかり怪著化する可能性もあって、それはそれで大いに楽しみです。

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ちなみにカナス氏の本業は医学者。氏は少年時代から望遠鏡で星を覗くことと、古地図が好きでした。大人になってから、たまたまロードアイランドのアンティーク屋で、フラムスティード星図のバラ物を2枚購入し、さらにその数年後、大英博物館で星図展を見たことがきっかけで、氏の2つの興味関心が同時に火を噴き、氏はすっかり古星図のとりことなり、あとは蒐集まっしぐら―。

そうした経歴も大いに共感できるし、勝手に同志意識を抱いてこの本を読むと、いっそう興が深まります。