コロナの今(その3)2020年03月14日 11時36分44秒

日本における検査に関する一指針として、「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(2020年3月12日暫定版)」LINK)というのが、国立感染症研究所のサイトで公表されています(作成者は同研究所・感染症疫学センターです)。

A4で4ページほどの短いものですから、読むのは簡単です。
でも、読んでも何だか内容が分かりにくいです。「積極的疫学調査」というぐらいですから、これから積極的に検査もバンバンやるのかな?と思って読むと、どうも勝手が違います。

積極的疫学調査の主体(誰がその調査をするのか)は、保健所です。
その目的は、調査によってクラスターの発生を把握し、クラスターに関係する施設の休業やイベントの自粛等の対応を、自治体として要請するためだと言います。

それによって感染拡大を防ごうという趣旨は理解できますけれど、これは疫学調査という言葉から通常イメージされるような、「集団内での感染者発生率の推計」を目的としたものでは全くありません。

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この調査の対象となるのは、「患者(確定例)」と「濃厚接触者」ですが、濃厚接触者のうち症状が出てない人は、原則として新型コロナの検査は行わないと、この実施要領では定めています。「患者(確定例)」の同居家族も、一般的な健康観察や行動自粛の要請のみでOKだというのです。

なぜなら、「無症状者に検査を行う場合、ウイルスが存在してもどのタイミングで検出出来るかは不明であり、検査陰性が感染を否定することにはならない」からであり、「積極的症例探索の対象者の範囲を過剰に拡大し、事例全ての対応を行おうとすると、関係者の負担が大きくなり、実施自体が困難となることが危惧されるから」です。

何だかもっともらしいですが、特に後者の理由は、日本のリソース不足に対して白旗を掲げているに等しく、あんまり上から目線で言うようなことでもありません。

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今回、「その1」から「その3」までメモ書きしましたが、日本は本当に検査をやらないし、やろうというモチベーションもないんだなあと、改めて感じました。

ここで「その1」に戻って、再び以下の図です。



「うーむ、大丈夫なんだろうか…」と、ここでまたもや腕組みすることになるのです。

(この項いったん終わり)

コメント

_ S.U ― 2020年03月16日 19時19分14秒

日本のカーブ不思議ですね。これはクルーズ船の感染者は含んでいないのですよね。

 私も、日本の検査数が少ないのは怪しいと思うのですが、感染者に対する死亡者の比率は、日本は2~3%で普通です。おそらく、世界的に見て、2~3%が普通で、4%以上のところは検査の対応が拡大に対して大幅に出遅れている、1%以下のところは検査を早く実施したところ(でも、治療ができなければこれから死亡率が増える可能性はある)、で長期的には、どの国も2~3%に落ち着くだろうというのが私の予想です。

 日本は検査を渋っているという点では、怪しいのですが、この比率は正常なので、検査が大幅に出遅れているわけではなく(クルーズ船では出遅れていましたが、私のいうのは2月下旬以降のことです)、医師や保健所が症状をちゃんと見分けているのかなぁという解釈も可能かと思っています。半信半疑というところです。

 まさか新型コロナの肺炎の死亡者が、別種の肺炎として分類されているのではないと願いたいです。

_ 玉青 ― 2020年03月18日 06時54分47秒

ありがとうございます。例のグラフにおいて、日本の値は明らかに異常値ですから、そのアノーマルな要因を考えたいのですが、その前段として自分なりに一寸考え方を深掘りしてみます。

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まず、S.Uさんが言われた2~3%の意味合いについてですが、2つの仮説を置いてみます。

(仮説1)【確定患者(陽性者)の中で、重症化する割合(p)】は、どこでもほぼ一定である。

何せ特効薬がない病気ですから、基本的にウイルスに立ち向かうのは、人間に備わった免疫機能だけです。
それでも多くの場合は軽症のまま推移して、自然に治癒する例が大半のようです。そして、国や民族によって免疫能力にそれほど差があるとは思えないので、重症化する人の割合は、どの地域でもほぼ一定でしょう。(ただし、新型コロナはお年寄りが危ないそうなので、母集団が高齢層に偏っていれば、重症化するケースも増加すると思います。今後、厳密な議論の際は、年齢構成の補正を行って比較する必要があると思います。)

(仮説2)【重症化したケースの中で、死亡に至る割合(q)】は、その地域の医療水準に依拠する。

重症化した患者さんが、それを乗り越えられるかどうかは、人工呼吸器や輸液等、必要な身体管理が十分行われるかどうかにかかっています。ここは「p」と違って、人間の工夫と才覚が大いにものをいう部分です。ただし、コロナの検査をしっかり行えるだけの医療水準の国であれば、一般的な医療水準も高いはずなので、いわゆる先進国ではそんなに差が出ないかもしれません。

で、今のところ、p×q=2~3% という数値に収まっているのかな…と想像します。(あまり根拠はないんですが、陽性者の死亡率は、検査の適正実施を判断する指標にはならないんじゃないかという疑念があります。)

ここで肝心なのは、上の仮説の当否は脇に置いて、「p」と「q」は既知の数字だということです(少なくとも、各国の医療行政機関は、自国の数値を把握しているはずです)。しかし、「p」と「q」だけ分かっても、コロナ対策を考える上では不足する重要な要素があります。

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それは、【地域の全人口(A)に占める陽性者の割合(r)】です。
「r」は流行のフェーズによって大幅に変動する可変的な数字ですが、それが分かれば、A×r×pによって、その時点で必要な医療資源も推定できるし、A×r×(2~3%)によって、短期スパンで発生する死亡者数も予測できます。
最大の問題は、日本では(他国でも?)「r」が全く未知であることです。

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現在、検査件数を絞ることの妥当性がいろいろ議論を呼んでいますが、これは

【地域の全人口(A)に占める被検者の割合(s)】
【全被検者に占める陽性者の割合(t)】

の適切性の評価に関わることなので、またちょっと議論の位相が異なる気がします。

「s」を100%に近づけて行けば、当然「r」も明らかになるので、上の議論に照らして良いといえば良いのですが、そうすると同時に「t」の値も下がってしまい、多くの手間暇をかけて、結果的に無駄な検査をしているだけだ…という批判を生むことになります。そこで、検査前に1次スクリーニング(問診)行って、明らかに検査不要と思える人を除外することが推奨されるわけですが、しかし「s」と「t」だけ分かっても、そこから「r」を直接導き出すことはできないし、本当は「r」が分からないと、1次スクリーニングの妥当な基準も決められないはずです。

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「r」を求めること自体は簡単で、地域住民の中から、統計学的必要数をランダムサンプリングして(つまり余計なスクリーニングは一切しないで)、選ばれた全員に検査を受けてもらえば、r≒tとして、直ちに推測できるはずですが、これはまだ行われていないようです。

もちろん、一番大切なのは、重症化しそうな患者さんを、その手前で発見して、適切な医療につなぐことですが、そのためにも「r」が分からないと、どれだけスクリーニングで絞り込んでいいのか、絞り込み過ぎの恐れはないのか…という疑念を払拭できません。現今の議論がクリアーでないのは、この点が大きいのでは?…というのが、とりあえずの私見です。

(クリアーとか何とか言いながら、例によって頭がぼんやりしているので、自分の言っていることにあまり自信が持てません。)

_ S.U ― 2020年03月19日 07時44分41秒

おぉっ、これはまた、詳細の分析をありがとうございます。
なかなか変数のフォローもたいへん(笑)

 数式上、戦術上は、ご同意申し上げますので、ここでは、その周辺に関して、コメントさせていただきます。

 r≒tを得るには、治療法を確認する際は治験で行うのだと思いますが、現時点では、rはシミュレーションプログラムで数値実験により求めるのだと思います。数値実験は可能と思いますが、新型コロナの伝染状況の多くは誤差に入れざるを得ず、結局rの誤差の評価が難しくなるでしょう。誤差を信じてはいけないことになろうかと存じます。

 また、p×qが本当はもっと大きく、感染検査無しに死亡している患者の割合が多いという説もあります。しかし、それなら感染検査無しに回復している感染者も多いはずで、これは信じがたいように思います。いずれにしても、韓国やドイツのように検査を頑張っている国で今後致死率が大幅に増えない限り、これは当たっていないことになるでしょう。

 日本政府は、日本の「異常性」は、感染者が早期に増えたためピークを遅らせることができているとして説明しています。しかし、これも信じられません。早期に増えればピークを遅らせる努力が有効に働くという必然性がありません。普通に考えると、早期に増えたら、既知の対策が間に合わず努力が後手後手に回るはずです。

 しかし、日本では、生活習慣によって、伝染速度が抑えられている可能性はあると思っています。要するに1人の感染者が何人に伝染させるかということです。日本人の伝染対策上良い所は、街で歩き食いをしない、マスクをしている、大声で会話しない、ということがあります。

 特に言語上の利点があるのではないでしょうか。日本語は母音子音が大人しいのに限られており、撥音、裂音、強弱アクセントなどが重要でないので、マスクをして小声で通じます。中国やヨーロッパの言語とだいぶ違います。国内都道府県でも、発音の地味なズーズー弁地域で流行が少ないように感じられませんか?

_ toshi ― 2020年03月20日 11時01分15秒

ご無沙汰しています。数日振りに拝見させていただきましたが,補足情報を少し追加させて戴きます。
1.厚労省および東京都にはこの件について医師専用の電話回線がいまだ(3/19時点)設定されておらず,東京都の方は準備中といわれて久しい。従って,医療機関からかけても患者の方がかけても等しく繋がりにくい。
2.仮につながったとしても肺炎が疑われなければ専門外来受診にはつながりにくい(らしい。1月の後はそこまでの方が来ていないので未確認)
3.PCRは防護服(またはフルフェイスマスクかゴーグル+ガウンも可??)を着用して行うこと,とされ,3/13頃日本医師会が防護せずにインフルの検査はすべきでない,臨床診断でインフル薬は処方してよい。
ということになっています。
先日当番で夜間診療などをやりましたが,10分ほど経過や症状を詳細に伺い扁桃腺も鏡で自己確認していただいて,上記を説明するとほとんどの方が「様子を見ます。悪化する様なら自分で電話してみます」といわれ来院されませんでした。

_ 玉青 ― 2020年03月21日 07時01分12秒

○S.Uさま

なんだか冗談みたいな話ですが、ズーズー弁は寒冷地に適応するため、呼吸による熱交換を少なくする方向に発達した…という説に従うならば、飛沫感染予防に対してプラスに働くことは有りえますね。(それに、県庁所在都市に限っても、東北は人口密度が低いですからね。)

○toshiさま

貴重な生の情報をありがとうございます。
検査の絞り込みは、やっぱり相当あるようですね。都民の方にもその実態が知れ渡って、今は半ばあきらめムードなのでしょうか。この辺の「おとなしさ」が、日本ぽいと言えば日本ぽいですが、でももうちょっと怒ってもいいんじゃないかなあ…と個人的には思います。

○おふたりさま

日常生活の中で、新型コロナに対する「体感温度」が妙に生ぬるくて(世間も、そして自分自身もやっぱりそうです)、それと頭の中の危機意識とのギャップが大きくて落ち着かない気分です。ホラー映画なんかで、平穏な場面の裏になんとも言えない不穏さが感じられるような、「そろそろ何か出るんじゃないか」と微妙に緊張しているような、そんな感じです。

これはやっぱり目に見えない怖さですね。
そんなことから、素人なりに一生懸命考えてみたんですが、今にして思うと、私のイメージはどうも静的に過ぎたようです。事態はもっと動的にとらえないと判断を誤るな…と、以下のワシントンポストの記事を見て思いました。

https://www.washingtonpost.com/graphics/2020/health/corona-simulation-japanese/?utm_campaign=wp_main&utm_medium=social&utm_source=twitter

これは状況を極度に単純化したシミュレーションですが、それでも今起こっていることの雰囲気を視覚化してくれたことで、ちょっと心の内が整理された気がします。

ともあれ引き続き事態を見守るしかない状況ではありますが、それにしても「天文古玩」本来の記事を心のどかに書けるように、早くなってほしいです。(個人的には年度替わりの異動が重なってしまい、そちらも早く一段落してほしいです。。。)

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