太陽の王冠(中編)2020年05月10日 11時32分11秒

(今日は2連投です。)

デ・フェレールの言う「luminous corona(光の王冠)」が、同時代人にとっては単なる修辞に過ぎず、学術用語と感じられなかったであろうことは、以下の本からも読み取れます。

■Duncan Bradford,
 The Wonders of the Heavens.
 Amwrican Stationers Company (Boston), 1837

ブラッドフォードのこの本は、一般向けの天文書としては、ごく早期に属するものですが、その中にデ・フェレールの文章をそっくり引用している箇所があります(p.233)。でも、その言い回しは微妙に変わっていて、原文の「The lunar disk was ill defined, very dark, forming a contrast with the luminous coronaは、「(…)forming a contrast with the luminous ringに改まっています。また、その前後を見ても、「コロナ」という語は一切登場しません。

明らかに、ブラッドフォードは「コロナ」の語に特別な意味を認めず、「リング」と置換可能と捉えていた証拠です。

(ブラッドフォード、上掲書より)

   ★

では、「コロナ」が、明瞭に天文学上の用語となったのはいつか?
これまた余りはっきりしないんですが、例えば A. Keith Johnston『School Atlas of Astronomy』(1855)を見ると、以下の挿図に寄せて、こう解説しています(p.7)。


 「図3〔上図の中央〕は、あるドイツ人天文家のスケッチから写したものである。本図は1851年6月28日の皆既日食中に、月の暗い本体の周囲に見られたものを示している。〔…〕月は空に浮かんだ黒い球ないし円板として見えている。その周りには、あらゆる方向に向かう光の線が、輝く暈(ハロー)を形作り、これは『コロナ』と呼ばれる。」

原文だと、末尾の『コロナ』は、斜体字の corona で表示されており、1855年の時点では、「コロナ」が「王冠」の意を離れて、天文学上の用語として熟していたことが窺えます。

   ★

さらに下って、アグネス・ギバーン(Agnes Giberne)『Sun, Moon, and Stars』(1882)を開けば、「太陽のコロナとプロミネンス」と題する見慣れた感じの図が載っていて、もう「コロナ」といえば、断然あのコロナのことなんだ…という風に、時代は変わったことが知れます。

(ギバーン、上掲書より)

   ★

だいぶゴチャゴチャしてきたので、話を整理します。

まず、皆既日食中に見られる光の暈を、最初に「王冠」に喩えたのは、おそらく定説通り、1806年(ないし1809年)のデ・フェレールなのでしょう。人類は皆既日食を目にするたび、コロナの光を見てきたはずですが、それに「王冠」を当てたのは、なかなか上手い見立てで、だからこそ後の人もこぞって採用したのでしょう。

でも、その呼び方がしっかり天文学の世界に定着するには、かなり長い時間が必要で、1830年代になっても、天文学入門書に登場するほどの普及ぶりには達していませんでした。その後、1850年代には、用語として明瞭な輪郭を備えるに至ったので、まあ間をとって、1840年代ころ天文学の世界に定着したんじゃないかなあ…というのが、現時点における大ざっぱな推測です。

もちろん、これはごくわずかな、しかも英語圏のみの資料に基づく想像なので、あまり自信はありません。でも、これぐらい目星をつければ、作業仮説としては十分です。

(この項さらに続く。次回完結編)

コメント

_ パリの暇人 ― 2020年05月11日 00時44分21秒

たまたま知っていますのでご報告します。 "コロナ "という語が最初に使われたのは、私の知っているところでは、1706年です。 南仏モンペリエで、Plantadeと Clapièsの二人は、1706年の5月12日の皆既日食を観測し論文を書いていますが、その中で、<<"コロナ"(仏語でcouronne)の様な光>> と記述しています。 
パリは明日(11日)から商店、デパ-トなどが再開されますが、レストラン、カフェはまだ先です。 ルーブル美術館の近くにあるお気に入りの、カフェ・コロナはだめなので、家で、美味しいメキシコのコロナ・ビールでも飲みながら、綺麗な太陽コロナの写真でも眺めます。
家から2ヶ月近く出られませんでしたが、ある意味良かったかもしれません。雑誌"l'Astronomie"の昨年の12月号に、フランスの星座早見盤の雑文を書き、もうこれで書くのは終わりにしようと思っていたのですが、暇すぎたおかげで、頼まれていた古月球儀の雑文が書けそうですし、当cabinet of curiositiesの整理もできましたので。

_ 玉青 ― 2020年05月11日 06時55分04秒

ご教示ありがとうございました。一応、今日の記事(後編)は、前回からの流れで適当に書きましたけれど、初出が一気に100年もさかのぼったとなれば、もう手の施しようがないですね。全面的に再調査と改稿が必要でしょうが、私の手に余りますので、この辺は他の人にお任せしようと思います。取り急ぎ、初出の記載に関して、ご教示の内容に従い、前編に「付記」を入れておきました。

なかなかパリと極東で話題を共有することは難しいですが、ことコロナに関しては汎世界的で、地球はやっぱり陸続き海続きであることを実感します。空気のように当たり前だった日常も、すっかり変わってしまいましたね。そんな中でもパリの暇人さんは、優雅で有意義な時間を過ごされているようで、御同慶の至りです。叶うことならば、極上のcabinet of curiositiesを、いつか拝見できますことを!

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