星座早見盤大全2020年05月17日 08時30分59秒

先達はあらまほしきものかな―。
これまで何度も繰り返してきましたが、これはやっぱり一大真理です。

先日、コロナの記事に関連して、HN「パリの暇人」さんからコメントをいただきました。氏は天文学史と天文アンティーク全般に通じた大変な人で、私にとっては先達も先達、大先達です。パリの暇人さんに教えていただいたことは山のようにありますが、その1つである天文アンティークの王道的資料を、ここで同好の士のために載せておきます。


■Peter Grimwood(著)
 Card Planispheres: A Collectors Guide.
 Orreries UK, 2018.

書名の「Card Planisphere」は、日本語の「星座早見盤」と同義。
星図のコレクターガイドというのは、これまで何冊か出ていますが、本書は史上初の「星座早見盤に特化したコレクターガイド」です。本書の成立には、パリの暇人さんも直接関わっておられ、本書に収めた品のうちの何点かは、そのコレクションに由来します。

裏表紙に著者紹介と内容紹介があるので、まずそちらから一瞥しておきます(いずれも適当訳)。


 「ピーター・グリムウッドは、工学士にしてオーラリー・デザイナー。彼は過去20年以上にわたって、古今の星座早見盤の一大コレクションを築いてきた。関連する参考書が全くないことに業を煮やした彼は、星座早見盤コレクターのためのガイドブックを自ら作ることにした。」

 「本書は、著者自身の豊富なコレクションに加え、同好の士の所蔵品から採った星座早見盤の写真と解説文を収めたもので、1780年から2000年までに作られた、総計200種類にも及ぶ多様な星座早見盤が、その寸法や構造の詳細、考案者や発行者に関する背景情報とともに記載されている。
 本書は徐々に増えつつある星座早見盤コレクター向けに出版された、このテーマに関する最初の参考書である。
 本書が目指しているのは、コレクターが手元の星座早見盤を同定し、その年代を知る一助となることであり、さらにまだ見ぬ未知の品を明らかにすることだ!」

  ★

その紹介文にたがわず、この本は情報豊富な大変な労作です。アンティーク星座早見盤に惹かれ、自ら手元に置こうと思われるなら、ぜひ1冊あってしかるべきです。

(以下、画像はイメージ程度にとどめます)

内容を見るに、欧米の星座早見盤については、まことに遺漏がなく、例えば愛らしいハモンド社の「ハンディ・スターファインダー」や、定番のフィリップス社の星座早見盤のページを開くと、各年代のバージョン違いも含めて、詳細な解説があります。


ただし、そんな本書にも「穴」はあります。

本書の<セクション1>は、「Roman Alphabets」、すなわち通常のアルファベット(ラテン文字)で書かれた、主に西欧とアメリカで出版された星座早見盤が集められており、それに続く<セクション2>「Non Roman Alphabets」には、それ以外のもの――ロシア製、イスラエル製、スリランカ製、そして日本製――が紹介されているのですが、セクション2に登場するものを全部足しても、わずかに7種類です。

日本製に関しては、渡辺教具の製品が2種類と、三省堂から出た金属製の品(1970年代)が1種類出てきますが、同じく三省堂が戦前に出した逸品(↓)は載っていません。


他国は知らず、日本に限っても、戦後出た星座早見盤は無数にありますし、遡れば江戸時代の文政7年(1824)に、長久保赤水が出した『天文星象図解』所収の星座早見盤【LINK】のような、貴重で美しい作例もあります。したがって、名うてのコレクターであるグリムウッド氏にしても、この領域はほとんど手付かずと言ってよく、日本のコレクターの活躍の余地は大いにあります。(まさに本の紹介文にあったように、「さらにまだ見ぬ未知の品を!」というわけです。)

振り返って私自身はどうかというと、この本に出てくる早見盤のうち、手元にあるのは1割ちょっとぐらいですから、先は長く、楽しみは尽きません。まあ、楽しみが尽きるより前に、財布の中身が尽きるでしょう。


【2020.5.21 付記】 上記の長久保赤水(1717-1801)の著作に関する記述は不正確なので、訂正します。リンクした『天文星象図解』(1824)は、赤水の没後に出た「復刻版」で、赤水のオリジナルは、生前に『天象管闚鈔』(1774)のタイトルで出ています。このことは、本記事のコメント欄でtoshiさんにご教示いただきました。(さらなる書誌はtoshiさんのブログ記事で詳説されています。ぜひ併せてご覧ください。)


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【余滴】

漱石全集に「断片」の名の下に収められた覚え書きにこんなのがあった。或る病院で腸チフス患者が巻き紙に何事か記したのを、大切に枕の下にかくしている。医者が無理に取り上げて見たら、退院の暁きに食べ歩るいてみたいと思う料理屋の名が列記してあった。この一章の文もその巻き紙の類かもしれない。

…というのは、経済学者の小泉信三氏が書いた『読書論』(岩波新書)の一節です。最後に出てくる「この一章の文」というのは、「第9章 書斎及び蔵書」を書くにあたって、この本が出た1950年(昭和25)当時の日本では、理想の書斎を語ることがいかに困難であったかを物語るものです。

時代は違えど、2020年の令和の世も、なかなか生き難い世界です。
私も天文古玩にまつわるストーリーを、倦まず語ろうとは思うものの、世態に照らせば、これもやっぱり「巻き紙」の類なんでしょうね。それでも意志あるところに道あり―。和やかな時代の到来を夢見て、精一杯文字を綴ろうと思います。