宝石の町を訪ねて2020年05月19日 09時16分03秒



こんなかわいらしい鉱物標本セットを見つけました。
蛇革調の紙を貼り込んだ薄手のブックタイプで、サイズは10×14cm、厚さは1cm弱。1930年ごろの品と聞きました。


並べてみると文庫本とほぼ同じ大きさです。

ラベルの文字は、「イダー=オーバーシュタイン近在で、名物の宝飾品に加工される世界の宝石・貴石の原石30種」と読めます。右側の水車小屋は、同地の古い瑪瑙の研削加工場。

イダー=オーバーシュタイン (Idar-Oberstein) はドイツ中西部の町で、西に100キロもいけば、ベルギーやルクセンブルクに入ってしまう所に位置します。ここは古来、瑪瑙と碧玉の産地で、豊かな水力と安価な労働力によって宝石加工を地場産業としてきた…ということが、英語版のwikipedia【LINK】に書かれていました。

鉱物生産量が低下した18世紀以降は、海外に活路を求めて、町の人々は遠く南米にまで出稼ぎに行き、そこで新たな宝石原料を掘り出しては、せっせと故国に送り、産業の主力は輸入石の加工にシフトしながら、現代にいたるまで「宝石の町」としての地位を保ってきたそうです。素敵な町ですが、何だか山師の里のようでもあります。この品は、そんな不思議な町のお土産品です。

(グルーグルマップで覗いたイダー=オーバーシュタインの町並み)

これを「ブックタイプ」と呼んだのは、表紙に続いて8ページほどの解説文がまずあって、その後に肝心の標本が来るからです。

(解説文の一部。左はブラジルのアメシスト採掘風景、右はイダー=オーバーシュタインの加工場内部。磨き砂でせっせと原石を研磨しているところ。)


小さな空間に小さな石がずらり。なかなか佳き眺めです。


小さな個室に収まった標本は、小指の爪にも満たないぐらいで、本当に小さいです。お土産的なジェムストーンのセットは、今でも大量にありますけれど、戦前のドイツ生まれと聞けば何となく有難みがあるし、第一こんな小さい「懐中標本セット」は、古今を通じて少ないでしょう。

何せ文庫本サイズに30種類ですからね。漢字の「ルビ」の語源は、宝石の「ルビー」で、昔のイギリスでは活字のサイズを宝石の名前で呼び分けたことに由来するそうですが、この品もまさに「宝石の活字集」みたいな趣きです。

(表面に透明な樹脂板(セルロイド?)が貼られているので、標本がこぼれ落ちる心配はありません。)

   ★

単なるお土産品と言ってしまえばそれまでですが、巨大な地殻のさまざまな場所に生じた美しい石のかけらが、多くの人の手で集められ、並べられ、次々に手渡され、時を超えて今ここにこうしてある―。考えてみれば不思議なことです。

その不思議の思いが心を満たすとき、小さな石の活字が綴る古い世界の物語が、にわかに浮かび上がるようです。