日本の星座早見盤史に関するメモ(11)…三省堂『新星座早見改訂版』(下)2020年06月21日 11時17分26秒

(昨日のつづき)

リーフレットの冒頭には、こんなことが書かれていました。

 「この『新星座早見 改訂版』は、永らくご愛用いただいた『新星座早見』にかわるものとして、企画されたものです。」

ふむふむ。

「我が国における星座早見盤の歴史については必ずしも明らかではありませんが、明治41年版の天文月報に三省堂から星座早見盤の広告が掲載されておりますので、少なくとも80年近い歴史があることがわかります。」

え! …と、読んでいる途中で声が出ました。
三省堂は、言うまでもなく、日本における星座早見盤の最老舗です。
私はこの文章を読むまで、同社には日本天文学会と取り交わしたであろう、昔の権利関係の書類とか、往時の事情をリアルに物語る資料が、当然あるのだと思っていました。でも、当の三省堂自身が、「必ずしも明らかではありません」と言い、昔のことは当時の広告で推測するしかないのであれば、やっぱり資料はほとんど残っていないのでしょう(注)

明治・大正・昭和・平成、そして令和―。
5代の長きに及ぶ三省堂の星座早見盤作りの歴史が、早くも昭和の頃には分からなくなっていたとは、痛恨の極みです。であれば、しかしこの駄文にも多少の意味はあるでしょう。

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さて、「改訂版」の続きです。
改訂版には、昨日書き洩らした工夫が、もう一つ凝らされています。


それが、この「高度方位角図」で、ジャケットの中には、白封筒に入った5枚の方位角図が付属します。これらは、本体に印刷された北緯25度~45度まで5度刻みの地平線の「窓」の大きさ・形に、それぞれ対応しています。


これは、おそらく渡辺教具製「お椀型」のアドバンテージを奪おうという野望の表れでしょうが、実際に「窓」にあてがっても、下の星図は見えません。ではどうするか。
この「高度方位角図」の使い方も、リーフレットに解説がありました。

 「観測地に近い緯度の高度方位角図を選び、上の盤の窓に転写して使います。用心のためにコピーをとっておいてから、使用する高度方位角図を南北の線で2つに切りはなします
〔注:縦に真っ二つに切るのです〕。次に〔…〕窓の下に挿入します。地平線に相当する周囲の線をよく一致させ、窓に高度方位角の線を極細のフェルトペンなどで転写しましょう。」

何だか面倒くさいですね。手先が不器用だと、悲惨なことになるかもしれません。
それに実際に転写してしまうと、他の緯度に移動したとき使いにくくなるので、リーフレットも「観測地があまり変化しない方は利用されるとよいでしょう」と、特に断わりを入れています。若干企画倒れの感なきにしもあらず。

   ★

しかし、三省堂(と日本天文学会)の「野望」はこれで尽きることなく、新たに『世界星座早見』を生み出すことになります。2003年のことです。



盤の直径は27.5cmとさらに大型化し、対応する緯度も25度から50度にまで拡大。さらに、盤の両面に南北の星図を載せて、世界の主要地点のどこでも使えるようにしようという、大変な意欲作です。


高度方位角図も、こんどはシートに印刷済みのものを、回転盤にクリップ(写真の下に白く見えています)で固定するよう、工夫を凝らしています。以上のことから、『世界星座早見』が「改訂版」の延長線上にあって、それを改良したものであることは明らかです。

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では、改訂版はすでに過去の商品なのか?
そして『世界星座早見』こそが、その後継なのか?
この点は、三省堂の出版案内【LINK】を見れば明らかになります。


「改訂版」は、その後どうなったわけでもありません。今も現行の商品です。たしかに「品切れ中」ではありますが、「絶版」になったわけではありません。
明治生まれの旧版の正当な後継者は、今も「改訂版」であり、『世界星座早見』は、そこから派生したスピンオフという位置づけなんだろうと思います。

そして、旧版、新版、改訂版という太い進化の幹から分岐した、もう一つのスピンオフ作品が『ジュニア星座早見』で、この愛すべき品を次に見ておきます。

(この項つづく)


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(注)

「三省堂書店」と出版社の「三省堂」は、今は別の会社ですが、元は当然同じ会社なので、『三省堂書店百年史』は、星座早見盤出版当時のことも扱っています。ただ、『百年史』の目次をこちら【LINK】で読むことができますが、早見盤のことは独立した項目にはなっていないので、一寸した言及ぐらいはあるかもしれませんが、詳細な記述はなさそうです(機会があれば確認してみます)。

また、日本天文学会百年史編纂委員会(編)の『日本の天文学の百年』(恒星社厚生閣、2008)には、「第2章天文の教育と普及」の一節として、星座早見盤のことが1か所だけ出てきます。

 「天文学会が教育、普及を意識して組織されたものであることが、星座早見盤から読み取ることができる。天文学会が設立されたのは1908年1月であるが、早くもその前年の9月に平山信編集、日本天文学会発行と印刷された星座早見盤が出版社を通じて販売されている。この星座早見盤は1958年に大幅に改訂されて「新星座早見」となり、現在は「世界星座早見」、「光る星座早見」として編集、発行され今なお根強い人気を保っている。」(P.251)

学会設立よりも前に星座早見盤が出ていたことは、言われるまで気づかなかったので、「へええ」とういう感じですが、情報量としてはこれだけなので、やはり往時の事情はさっぱりです。なお、「1958年に大幅に改定」というのは、以前書いたように「1957年」が正しいと思います。

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