占星術リバイバル2020年08月22日 14時41分22秒

「うーむ、これは…」という記事を読みました。
いつもの天文学史のメーリングリストで教えてもらったものです。

以下はニュースサイト「SLATE」8月20日付の記事(筆者はHeather Schwedel)。


■「○○ちゃん、あなたの星座はなあに?(What’s Your Sign, Baby?)」

アメリカにおける世代区分のひとつに「ミレニアル世代」というのがあります。
一般的な用法としては、1981年~96年生まれを指し、年齢でいうと、現在24歳から39歳。ちょうど小さな子供がいるお父さん・お母さんの世代です。

上の記事は、ミレニアル世代が、その先行世代に比べて、占星術に強い関心を持ち、我が子にも星占いの本を好んで買い与えていること、そして目敏い出版社は、今や続々と星占いの絵本を市場に投入している事実を、やや批判的視点から取り上げたものです。

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これに対するメーリングリスト参加者(多くは真面目な天文学史研究者)の反応が、興味深いものでした(以下、適当訳)。

まず、大学の人文学部で古典を講じるS教授の意見。

 「これは各大学出版局や、人文専門書のラウトレッジ社にとって、古代のマニリウスやヒュギヌスを素材にした幼児絵本(もちろんラテン語の!)を携えて、児童書マーケットに参入する絶好の機会だろう。あるいは韻を踏んだ哀歌2行連句(elegiac couplets)でもいい。ヤングアダルト向きには、オウィディウスや、他の古典注釈者たちから取った、もっと本格的なテクストもいけそうだ。…」

もちろん、これは皮肉の交じった意見で、つまらない「お星さま占い」の本を垂れ流すぐらいなら、出版社はもうちょっと身になる本を出しなさいよ…と言いたいのでしょう。
これがNASAにも在籍した月研究者であるW博士になると、完全に悲憤慷慨調です。

 「何たることか。未来の世代の愚民化が今や始まりつつある。出版社はジャンクサイエンス――とすら呼べないような代物――を、赤ん坊の真剣な目に触れさせてもお構いなしで、人類を間抜けにすることで得られる利益にしか関心がないのだろうか。我々は1000年におよぶ暗黒時代を経験したが、再び愚昧さに覆われゆく新たな1000年を迎えねばならないのか?ひょっとしたら、高度な生命体は、いずれの場所でも科学を拒絶する時期を迎え、そこから回復することがないのかもしれない。地球外生命探査計画(CETI)が失敗した理由もそれだろう。」

本業は医者であるB博士は、穏やかに諭します。

 「私は孫のために、赤ん坊向けの宇宙物理学の本を買い与えました。アマゾンをご覧なさい。『赤ちゃんのための物理学』シリーズというのが出ていますから。」

最後に場を締めくくったのは、占星術史の研究家で、自身占星術師であるC氏

 「皆さんこの話題で盛り上がっていますが、いずれにしても、ミレニアル世代がほかの世代よりも占星術にのめりこんでるという確かな証拠は何もないんですよ。このストーリーを広めているジャーナリストたちは、お互いの記事を引用したり、占星術に凝っている(大抵はたった一人の)友人の話に基づいて書いているだけですからね。この問題について、きちんとしたリサーチは依然何も行われていないのです。」

いちばんの当事者が、最も冷静だったわけです。
しかし、科学の現場に身を置く人にとって、非理性的な狂信が、再び世の中を覆い尽くすんじゃないか…という不安や恐怖は、かなり根深いものでしょう。科学の歴史は、そうした苦いエピソードにあふれているし、科学者自身がそうしたものに憑りつかれて、道を誤った例も少なくありません。これは確かに用心してかかるに越したことはないのです。

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それにしても、そもそもなぜミレニアル世代は、星占いに凝っているのか?
上記のC氏は、「別に証明されたことじゃないよ」と、そのこと自体に否定的ですが、上の記事からリンクが張られている「The New Yorker」の記事を読むと、いろいろ考えさせられました。

アメリカで1970年代以降、影を潜めていた占星術が復活したのは、スピリチュアルブームと抱き合わせの現象で、不確実性の時代の反映だ…というのは、割と俗耳に入りやすい解釈でしょう。

ただ、それ以上に現代の星占いは、ネット上を伝搬する「ミーム」なんだという識者の意見は、なるほどと思いました。ミーム(ここではインターネット・ミーム)とは、「人々の心を強く捉え、ネットを通じて次々に模倣・拡散されていくもの」を指し、SNSでつい人に言いたくなる面白ネタなんかが、その典型でしょうが、それに限られるものではありません。

記事では、20世紀半ばのパーティーの席では、誰しも「自我」とか「超自我」とか、フロイト流の精神分析用語を使って、盛んにおしゃべりしていたが、今ではそれが星座の名前に置き換わったんだ…という譬えを挙げていますが、これもなかなか言い得て妙です。

確かにミレニアル世代は、星占いアプリをダウンロードして、嬉々として操作しているかもしれません。でも、多くの人はそれを真面目に捉えているわけではないし、パーティーの席上の話題も、星占いから真面目な科学的問題にパッと切り替わったりするので、彼らが特に迷妄な人々というわけでもなさそうです。

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星占いの話題には、きっと集団の凝集性を高め、人々の交流を円滑にする機能があるのでしょう。日本だと、星占い以上に血液型の話題がポピュラーですが、あれも似た理由だと思います。いずれも「差し障りがない」、「無難」というのが特徴で、あるいはアメリカのミレニアル世代も、日本の若い人と同じように、対人的な距離の取り方で、常に緊張を強いられていることの反映かもしれません。

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新たな暗黒の1000年が、まだ当分来ないのであれば、大いに結構なことです。
ただ用心は常に必要です。ナチスの霊的熱狂は遠い過去のことではありません。