天文和骨董 序説2020年11月17日 06時39分41秒

天文和骨董を考える上で、前から考えていたことを書きます。

天文和骨董というのは、絵画や工芸の分野に限れば、要するに日月星辰を描いた作品です。…というと、「じゃあ、正月の床の間にかける初日の出の掛け軸も、『天文和骨董』と呼んでいいの?」という疑問が、もやもやと浮かんできます。

(オークションで売られていた掛軸の画像をお借りしました)

「さすがにそこまで行くと、概念の拡張のしすぎじゃない?」という、内なる声も聞こえます。でも、初日の出の掛け軸だって、見方によっては立派な天文和骨董だ…というのが、熟考の上での結論です。

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日本は、星にかかわる習俗や文化が相対的に希薄だというのが、一般的理解だと思いますが、そんな日本人の暮らしにも、星(天体)に関する行事は、連綿と引き継がれています。

たとえば七夕です。あるいはお月見です。
そして初日の出を拝む行為もその一つです。

毎年、暦の最初の日に、大地や海から上る太陽を拝んで一年の幸を祈る、さらにそれを絵に描いて家の中心に飾る…となれば、これは押しも押されもせぬ、立派な天文習俗でしょう。あまりにも陳腐化して、我々はそのことを忘れがちですが、異文化の目を通して見れば、きっとそのように見えるはずです。

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それと、もう一つ気になっていることがあります。

それは「お星様」という言い方です。「お日様」「お月様」という言い方もあります。これらは現在、何となく幼児語として扱われている気がしますが、「お海様」とか「お山様」とは言いませんし、「お雲様」とも「お虹様」とも言いません。ただし「雷様」とは言います。

こうして並べてみると、「雷様」が明らかに人格化された雷神を指しているように、お星様、お日様、お月様という言い方も、日月星辰を神格化し、敬っていた名残だろうと推測されるのです。そして、お日様を「お天道様」とも言うことから、そこには中国思想の影響が濃いこともうかがえます。

こういう風に考えると、日本は星にかかわる習俗や文化が相対的に希薄だ…という言い方もちょっと怪しくて、過去のある時期において、日本人は大いに日月星辰を意識して、しょっちゅう天を振り仰いでいたんじゃないかなあ…と思うのです。(そのわりに星座や星座神話が未発達なのは何故か?というのは、また別に考えないといけません。)

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旭日画に「お日様」の姿が読み取れるなら、月の絵についてはどうでしょうか?

月を愛でるのは、多くの文化に共通でしょう。日本でも月を描いた作品は、これまで無数に描かれてきました。ただ、日本に特徴的なのは、桜、梅、ホトトギス、秋草、雁…そういう特定の自然物と組み合わされて描かれることが多いこと、すなわち表現の様式化が著しいことです。これは日本の詩歌も同様と思います。

(これも借り物の画像)

言うなれば、これはリアルな月(=個性化された月)よりも、様式化された月(=無個性な月)を愛でる態度に通じます。これこそが旭日画との大きな共通点であり、そこに私は「お月様」の匂い――月の神格化の残滓――を感じるのです。(宗教画は本来「偶像」であり、没個性をその本質とするものでしょう。) ここでは、梅や秋草や雁は、いわば月という<本尊>に対する「お供え」であり、荘厳(しょうごん)なのだ…というわけです。

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まあ、この辺は異論もあるでしょうし、私の中でもまだ生煮えの考えに留まっています。
それに、上に書いたことは、あくまでも「理念」です。潜在的に天文和骨董と呼びうるからといって、何でもかんでもそうだと言い立てるのは、良識ある態度とは言えません。記事の方はもう少し節度をもって書き進めたいと思います。

いずれにしても、この国に暮らした人々の天空への思いを、モノを通してたどろう…というのが、私の意図するところです。