アストロラーベの素性を知る2021年01月03日 12時19分54秒

世の中はますます大変な状況になってきましたが、強いて記事を書きます。今日は過去記事の蒸し返しです。

2017年に「第5回 博物蒐集家の応接間」が神保町で開催されたとき、雰囲気作りのお手伝いとして、アストロラーベのレプリカを飾らせていただいたことがあります。

空の旅(4)…オリエントの石板とアストロラーベ


そのときは、このレプリカの素性がよく分かってなかったのですが、先日ふとその正体というか、そのオリジナルの存在を知りました。これまで何度か言及したツイッターアカウントHistrory of Astronomy(@Histro)さんが、3年前にそれを取り上げているのに気づいたからです(LINK)。

ツイ主のサリダキス氏に導かれてたどりついたのは、シカゴのアドラー・プラネタリウム。その世界有数のアストロラーベ・コレクションの中に、件のオリジナルは含まれていました。

(アドラー・コレクションのページより https://tinyurl.com/ydfk24vf

所蔵IDは「L-100」、その故郷はパキスタンのラホールで、作られたのは17世紀と推定されています。当時はムガル帝国の最盛期で、ラホールは帝国の首都として華やぎ、壮麗なモスクや廟が次々と建てられていた時期に当たります。このアストロラーベも、そうした国力伸長を背景に生まれた品なのでしょう。

手元の品は、デザインも寸法もオリジナルとピッタリ同じ。彫りが浅いのと、おそらく真鍮成分の違いで、あまり金ピカしていませんが、構造を見る限り、正真正銘の精巧なレプリカです。


細部に目を凝らしても、本当によく作ったなあ…と感心する仕上がりです。
以前も書いたように、これは「レプリカ」と明示して販売されていたので、贋作ではありませんが、目の利かない人に見せたら、あるいはだまされてしまう人も出てくるかもしれません。


インドのどこかには、今もこういう品をこしらえる工房があって、職人の手元を離れた品々は、ときに真っ当なレプリカとして、ときに後ろ暗い贋作として、今も世界中のマーケットを渡り歩いているのではないか…と想像します。

   ★

他の人からすれば、どうでもいいことでしょうが、持ち主としてはこうして正体が分かったことで、ちょっとホッとしました。


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【閑語】

感染症の中でも特に「伝染病」と呼ばれるタイプのものは、ヒトが媒介して拡大するので、その増減を決定する最大の要因は、人と人との接触頻度です。

裏返せば「大規模な流行のあるところ、人の盛んな交流あり」。中世のペスト大流行も、モンゴル帝国の成立によって、東西交易が活発化したことの反映だと、ウィキペディアの「ペストの歴史」に書いてあって、なるほどと思いました。今のコロナの世界的流行も、構図はまったく同じですね。

だからこそ、接触頻度を下げるためにロックダウンしろと、識者は盛んに述べるわけです。もちろん、一方には「経済を殺すな」という人もいます。まあ、ロックダウンにも強弱・濃淡はありうるので、どこまで経済(平たく言えば商売)の回転数を下げるかは思案のしどころですが、ネット社会が到来しても、経済活動が人間同士の直接接触なしでは行えないという意味で、2021年の社会も、前近代と何ら変わらないという事実を、今さらながら噛み締めています。

仮に将来、直接接触なしでも経済が回る世の中になったら、感染症の様相は大きく変わるでしょうが、でもそれが良い世の中と言えるのかどうか。そうなったらなったで、今度は「孤」の問題が、感染症以上に人々を苦しめるかもしれません。

特に結論のない話ですが、こういう時期だからこそ、いろいろ考えておきたいです。

コメント

_ S.U ― 2021年01月05日 08時14分15秒

本年もよろしくお願いいたします。

>【閑語】
 首都圏では緊急事態宣言を出すようですが、その内容は一部の「開店」を止めるだけで、人の移動を止めるものではないようです。夜間外出自粛はされても、昼間は移動し放題だし、テレワークできる職種は限られているので、ビジネスでの人の移動は近場も遠くも、これ以上はあまり減らないのではないかと思います。会食は多少は減るでしょうが、外食しないと生存できない人も多いでしょうから、効果があるものかどうでしょうか。

 これで、疫病を広めるのは、商売か宴会かという人類長年?の問題に答えが出るかもしれません。ただし、宴会も商売の一部という見解が公僕たる政治家も含めてかなりあるようですので、最終的な同意にはいたらないかと思います。

_ 玉青 ― 2021年01月06日 21時48分32秒

何だか酸鼻を極めた感じになりつつありますが、一体どこまで事態は進むのでしょうね。
とにもかくにも、お互い無事でいられることを祈りましょう。(まったく新年早々とんだ挨拶ですが、本年も何分よろしくお願いいたします。)

_ S.U ― 2021年01月07日 19時48分53秒

年のはじめから、剣呑な話題で失礼しました。

それで、アストロラーベについて、お伺いしたのですが、この唐草模様の葉っぱやトゲの先は、恒星の位置を示しているのですよね。どの先が何という恒星かは比較的簡単にしれるのでしょうか。
 ネットに具体的な解説がないか捜しましたが見つかりませんでした。

 お品では、アラビア文字か何かで書いてあるように見えますが、頑張って読まないとわからないのでしょうか。それとも、わかる人には簡単にわかるものなのでしょうか。(簡単にわかるようでないと、いざという夜間に使えないということにもなりそうに思います)。おわかりの範囲でご教示よろしくお願いいたします。

_ 玉青 ― 2021年01月08日 12時32分17秒

アラビア文字がわかれば簡単なのでしょうが、そうでないとなかなか難物っぽいですね。
とはいえ、結局これは星図――それも輝星のみのシンプルな星図ですから、外周を天の赤道、内接する円を黄道とし、葉っぱの先端をプロットして、通常の円形星図(あるいは星座早見盤)と比較すれば、意外にあっさり正体が判明するような気もします。試みたことがないので、自信満々に言うこともできませんが、理屈としてはそのはずですよね。

_ S.U ― 2021年01月09日 09時04分17秒

ご教示ありがとうございます。
なるほど、そういうところであるという気もいたします。

私も星座早見のファンとして、これは自分で一度はやってみるべきですね。アストロラーベの座標系は完全には理解していませんが、アドラーさんの写真をコピーして、時間が取れるときに少し試してみたいと思います。

_ 玉青 ― 2021年01月09日 14時20分16秒

ぜひよろしくお願いいたします。
アストロラーベは、その外見から何となく神秘的なムードを漂わせていますが、一皮むけばごくシンプルな道具だろうと思います。まあ、これは思っているばかりで、私はいまだに仕組みがよく分かってないんですが、手を動かしながら考えれば、きっと会得できるはずと睨んでいます。

_ S.U ― 2021年01月09日 16時32分25秒

今日は休日だったので、少し時間を使ってやってみました。
上のURL(S.U)がそうです。

 簡単にできるか、という疑問だったので、根を詰めて正確は期すことはせず、座標は読まずに星座早見とざっと比べて、むりやりアサインしただけです。それでも、作図を含め1~2時間はかかりました。

 重要なことは、アストロラーベの文字が書いてある面は、天球儀同様の反転をしているらしいことです。原図は、アドラー・コレクションのウェブからの拝借で、玉青さんのレプリカの裏面と同等のものと思います。裏返さないと星座早見と照合できないのですが、恒星の位置は、表面の刻印の文字や指標に対応する点を探しました。

 正確は期していないので、誤りはあるかと思います。近くの星との取り違いを許してもらえば、8割くらいは正しいと期待します。

 とにかく、貴重な体験ができたので良かったと思います。ありがとうございました。数個の星について、恒星名の英語→アラビア語のGoogle変換をやってみましたが、刻印の文字と同じなのか、アラビア文字のにょろにょろ点々はまったくたどれませんのでよくわかりません。よろしければ、星の照合とアラビア語翻訳をやってみて下さるよう願いします。

_ 玉青 ― 2021年01月10日 10時42分19秒

わあ、これは…!
どうもありがとうございます。実践家の面目躍如ですね。依然正月ムードで懐手をしているばかりの私とはえらい違いです。

>天球儀同様の反転

そうでした、そうでした。そこがまずもって星座早見盤との大きな違いですね。
ある日、プトレマイオスが天球儀を取り落とし、それをロバが踏んづけてペシャンコになったのを見て、アストロラーベを思い付いた…という古来の伝説がありますが、アストロラーベはまさに「平面天球儀」で、地上の人間が使う星座早見盤に対して、アストロラーベは神様の視点で使うというのが、厳かなムードを醸し出していますね。

>星の照合とアラビア語翻訳

おっと宿題返し(笑)。
もちろん、これは私の手に余るのですが、さっき検索したら、次のような便利なページがありました。この表と星図を脇において、アストロラーベと取り組むなんて、実に豊かな巣籠り生活のように思えますが、これもおそらく夢想するだけで終わるでしょう。

https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Arabic_star_names

_ S.U ― 2021年01月10日 17時25分02秒

>それをロバが踏んづけてペシャンコ
 それホンマですかいな。

>宿題返し
 確かに、いかにむさ苦しいオッサンが電気ゴタツに座って鉛筆をなめなめやった仕事といえども、アストロラーベの唐草の先に天の星をたどるというのは、見た目を超越した最上級の優雅な作業に違いありません。

 私は十分満足しましたので、こんどはぜひ、世界の星名を制したアラビア文字のにょろにょろをたどってみて下さるようお願いします。

_ 玉青 ― 2021年01月11日 11時40分48秒

あはは。たぶんホンマではないと思うんですが、そういう伝説があるのはホンマです(いつものように眉に唾をつけなくても大丈夫です・笑)。関連情報は“astrolabe donkey”で検索すると、山のように出てきますが、その究極のソースは寡聞にして知りません。

にょろにょろの方は、おいおい取り組んでみます。

_ S.U ― 2021年01月11日 18時46分41秒

これは失礼しました。そんなありがたいロバの伝説があったとは驚きです。

今回ホンマならば、次回はマユツバのターンですね(笑)。

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