甘く苦い星図 ― 2021年02月07日 11時54分07秒
昨日の『Sonne, Mond und Sterne』と似た、横長の判型の本が本棚に並んでいます。
こちらももっと早くに登場させるべきでしたが、その機会がありませんでした。満を持しての登場になります。
■Kakao-Compagnie Theodor Reichardt(編)
『Monats-Sternkarten(毎月の星図)』
刊年なし(1900年頃)
星図12枚+付属解説書14p.
『Monats-Sternkarten(毎月の星図)』
刊年なし(1900年頃)
星図12枚+付属解説書14p.
ドイツのハンブルクにあった、テオドール・ライハルト・ココア社(1892年創業)というチョコレートメーカーが出版した、異色の星図集です。
布製のポートフォリオを開くと、
中に、月ごとの星図カードが12枚入っています(カードサイズは19×27cm)。
ひとつ上の写真も、この写真もそうですが、星図は全部同じデザインのように見えて、よく見ると文字と地平環の色が薄青磁色だったり、灰茶色だったり、月々で微妙に違っていて、そこに渋い美しさがあります。
1月の空拡大。一見して分かる通り、星図は星座早見盤を模した形式で、ヨーロッパ中部付近の緯度に対応しています。そこに表現されているのは、各月の半ば、夜10時ころの空です。
カードの裏面には、その月の星座と見どころの解説が載っています。
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ところで、なぜチョコレート会社が星図を売っていたのか?
容易に予想されるように、これも販促グッズの一種で、要はシガレットカードや紅茶カードの大型版です。ただし、煙草や紅茶の場合は、商品そのものにカードを同梱していたのに対し、こちらは客寄せとして、店頭でカードをバラ売りしていた点が違います。
そして全部カードを集めると、おまけとして、このポートフォリオと解説書の購入特典が得られる仕組みだったのかな…と想像します。そうすれば、子供にせがまれたお父さん・お母さんが、毎月必ず店を訪れたでしょうし(毎月店頭に並ぶカードが変わるわけです)、店に来れば来たで、カードだけ買って済ますこともできなかったでしょうから、これはなかなか上手い商売です。
「こんな手間暇をかけずに、最初から星座早見盤を売り出した方が早いのに…」と、最初見たときは思いましたが、上のような事情を考えれば、そうしなかった理由は明らかです。渋く美しい星図の背後には、客を呼び込む巧みな商策がひそんでおり、その意味では、甘い中にも一寸苦いものがまじります。
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(解説書表紙)
(同裏表紙)
付属の解説書は天文の基礎知識を説く、いわば「総説編」。
そのブックデザインも、ユーゲントシュティールっぽい洒落たデザインです。
裏表紙の内側には夜空を飛ぶ複葉機が描かれています。
その特徴的なシルエットは、ライトフライヤー号に間違いなく、アメリカ生まれの同機が空のヒーローだったのは、1903年からわずか2~3年のことでしたから、この星図カードが生まれたのも、きっとその頃なのでしょう。
解説書にはさまっていた切り抜き。水星から海王星までの惑星データ表です(1930年発見の冥王星は当然まだ載っていません)。どうといことのない紙片ですが、この星図の以前の持ち主が熱心な星好きだったことを示すようで、昔の人と心が通うような気がするのは、こんな瞬間です。
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