天文趣味史を究める人々(後編) ― 2022年03月21日 06時55分39秒
天文趣味の歴史を追究して、大いなる深みに達しているもう一つのサイト。
それはこのブログに折に触れてコメントをいただき、そのたびに強い衝撃を受けた、HN「double_cluster」さんのブログ、「中村鏡とクック25cm屈折望遠鏡」です。
■中村鏡とクック25cm屈折望遠鏡
アーカイブをさかのぼると、double_clusterさんが、このブログを開設されたのは2018年のことです。そこにはさらに前史があって、それはブログの紹介文に書かれています。ここに内容を引用させていただきます。
「2016年3月、1943年製の15cm反射経緯台を購入しました。ミラーの裏面を見ると、「Kaname Nakamura maker」のサインがありました。この日が、日本の反射鏡研磨の名人との出会いの日となりました。GFRP反射鏡筒として現代に蘇った夭折の天才の姿を、天体写真等でご紹介します。また、同時代に生きた熱き天文家達の活躍の足跡を、同時期に製造された、クック望遠鏡の話題と共にお送りします。」
戦前の京都で活躍した天文家・中村要氏(なかむらかなめ 1904-1932)。そして大正12(1923)年、神戸海洋気象台に設置され、後に神戸市立青少年科学館に移設されたクック製25センチ屈折望遠鏡。――この両者にまつわる話題と、そこからさらに発展して、両者と同時代を生きた天文家たち(主に戦前の関西で活躍したアマチュアの方が多いです)の史伝を、貴重な生資料とともに詳述しているサイト、それがこの「中村鏡とクック25cm屈折望遠鏡」なのです。
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最近、コメント欄でdouble_clusterさんからお知らせいただいたのは、私が「貧窮スターゲイザー」と呼んだ、草場修氏(1898?-1948)の天文ライフの一端を伝える、鮮明な写真の数々についてで、それを拝見して、私は本当に言葉にならないぐらい驚きました。
■草場 修氏
■第3回合同ハイキング
草場氏については私も随分気にして、自分なりに調べたことを、このブログでも書きました。あるいは中村要氏のことや、神戸のクック望遠鏡のことも、過去の記事で取り上げたことがあります。
しかし、double_clusterさんの記事は、それとはレベルが全然違います。
私が書いているものは、要はウィキペディアをはじめとする2次資料のつまみ食いに過ぎませんが、double_clusterさんの記事は、ほぼすべてが第一級の1次資料に基づくものです。それによって生み出される人物像のリアルなことと言ったら…!まさに彼らが今ここにいて、肉声で語りかけてくるような感じがあります。この辺が「にわか」と本格派との間にある、越えられない一線なのでしょう。
double_clusterさんが現在進めているお仕事は、もちろん私ひとりが手を叩いて喜べばいいという類のものではなくて、これまで茫洋としていた初期の日本アマチュア天文史に明瞭な道筋をつけていく地道で貴重な作業として、文化史的にも評価されねばならないと考えます。どうか今後も永くブログが続きますように。
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昨日の児玉さんといい、double_clusterさんといい、素晴らしい人々との出会いのきっかけが得られたことは、ブログの「徳」のひとつに違いなく、拙いながらもこうして続けていて本当に良かったと思います。
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