夜の散歩 ― 2022年12月15日 17時53分01秒
先週の話です。空には明るい月のそばに、赤い星が2つ並んでいました。
ひとつは火星、もうひとつはおうし座のアルデバランです。月の光に負けないアルデバランも1等星の見事な輝星ですが、最接近を遂げたばかりの火星は、さらにそれを圧倒する明るさで、ぎらりと赤く光っているのが、ただならぬ感じでした。
そんな空を見上げながら、足穂散歩を気取ろうと思いました。
いつものようにイメージの世界だけではなく、今回は実際に足を運ぼうというのです。
私が住むNという街。
お城で有名な、概して散文的な印象を与えるこの街で、あたかも戦前の神戸を歩いているような風情を味わうことはできないか?―そう思いながら、実は数日前から想を練っていたのです。
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私はまず地下鉄の駅を降りて、大通りからちょっと折れ込んだところにある小さなビルを訪ねることにしました。階段を上がると、2階の廊下のつきあたりに、ぼうっと灯りのついたドアが見えます。
ドアには「星屑珈琲」という表札のような看板がかかっています。
その店名は以前から気になっていたのですが、入るのははじめてです。
「いらっしゃいませ」の声に迎えられて、数席しかない店内に入ると、すでに何人か先客がいました。しかし店内はひどく静かです。
星屑珈琲は店名が素敵なばかりでなく、大きな特徴があります。
それは「ひとり客専用喫茶」ということ。そのルールは複数名で入店して、離れた席に座ることもダメという、かなり厳格なものです。したがって、この店は茶菓を供するだけでなく、「静かな時間を売る店」でもあるのです。店内は、時折
「いらっしゃいませ」
「ご注文は?」
「ありがとう、ごちそうさまでした」
というやりとりが小声で交わされるだけで、あとは静かな音楽がかすかに聞こえるのみです。でも、人々はその空気に大層心地よいものを感じていることが私にも分かりました。
星屑珈琲は、あえてカテゴライズすれば「ブックカフェ」なのでしょう。
目の前のカウンター席にも、ずらっと本が並らび、手に取られるのを待っています。
私はこの店で読むために持参した本をかばんから出して、先客の仲間に加わりました。
(店内で写真を撮るのが憚られたので、これはいつもの机の上です)
1冊は新潮文庫の『一千一秒物語』です。もはや注釈不要ですね。
(Marion Dolan(著) 『Astronomical Knowledge Transmission through Illustrated Aratea Manuscripts』、Springer、2017)
そしてもう1冊は、ギリシャ・ローマの天文古詩集『アラテア』写本に関する研究書で…というと、我ながら偉そうですが、背伸びして買ったもののずっと読めずにいたのを、こういう機会なら読めるかと思って持参したのです。実際、星屑珈琲の空気と一椀のコーヒーの力を借りることで、見開き2ページ分を読めたので上出来です。
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知らぬ間に時間は過ぎ、私はずいぶん長居していました。
星屑珈琲は23時まで開いているので、閉店時間を気にする必要はないのですが、ここにずっと居坐っては散歩にならないので、そろそろお暇しなければなりません。私は勘定を済ませ、そっと店を出ました。
明るいショーウィンドウを眺めながら繁華な通りを歩き、じきに靴音のひびく靜かな一画に来ると、そこからさらに陰々としたお屋敷街へと折れ込んでいきます。これから木立に囲まれた家々の先にある、とある屋敷を訪ねようというのです。
訪ねるといっても、その家の主を訪問するわけではありません(そもそも私は主が誰だか知りません)。その屋敷の夜の表情を見たかったのです。それは素晴らしく大きな邸宅で、本当に個人の家なのか怪しまれるほどでしたが、以前その前を通ったとき、塔を備えたロマネスクの聖堂建築のような佇まいにひどく驚いたので、「あの家は果たして、こんな晩にはどんな表情で立っているのだろう?」と、好奇心が湧いたのです。そして、そんな酔狂な真似をする自分自身が、何だか足穂の作中の人物のように思えました。
細い道を進み、角を曲がれば目当ての屋敷です。
人気のない森閑とした小路で、屋敷は灯火にぼんやりと巨躯を浮かび上がらせ、建物の内からは暖かな光が漏れて、いかにも居心地が良さそうでした。しかし、不用意に立ち止まったりすれば、見る人に(誰も見てはいませんでしたが)不審の念を呼び覚ますでしょう。私はこの屋敷の夜の表情を一瞥できたことで満足し、その前をさらぬ体で通り過ぎようとしました。
でも、そのときです。屋敷の門がおもむろに開き、一人の少年が出てきたのです。
少年は私に軽く会釈をすると、「お待ちしていました。塔の上では父が先ほどから望遠鏡を覗きながら、あなたのことをお待ちかねですよ」と私を中に招じ入れ、すたすたと先に立って歩きだしました。
…というようなことがあればいいなあとは思いましたが、少年の姿はなく、やっぱり私は屋敷の前を足早に通り過ぎるよりほかありませんでした。でも名残惜し気に振り返ったとき、塔の上に月と火星とアルデバランが輝いているのを見て、私は心の内で快哉を叫びました。その鋭角的な情景ひとつで、当夜の散歩の目的は十分達せられたわけです。
(フリー素材で見つけたイメージ画像)
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これが足穂と連れ立っての散歩だったら、彼はどんな感想をもらしたか?
「くだらんな」とそっけなく言うかもしれませんし、ひどくはしゃいだかもしれませんが、まあ一杯のアルコールも出てこなかったことについては、間違いなく不満をもらしたことでしょう。
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