戦火の星2023年01月08日 12時48分53秒

先月最接近した火星は、まだまだ明るいです。
下は「ラ・ヴィ・パリジェンヌ」誌、1909年11月27日号表紙より、「火星」と題されたイラスト(額装用に表紙だけバラして売っていました)。


作者は、画家・版画家のPierre Marie Joseph Lissac(1878-1955)で、こういうカリカチュアを描くときは「Pierlis」を名乗ったので、サインもそのようになっています。


火星を闊歩するのは、古代ローマ風の男性兵士と、それを指揮・督励している女性士官たち。


キャプションには「婦人参政権論者が雲上から地上に降臨させることを夢見るマーシャル文明」とあって、この「マーシャル」は、「戦闘的」と「火星の」のダブルミーニングでしょう。明らかに当時の「新しい女性」を揶揄した絵柄です。「ラ・ヴィ・パリジェンヌ」誌は、1863年から1970年まで刊行された老舗総合誌で、誌名から想像されるような、いわゆる「女性誌」ではなかったので、こんなアイロニカルな挿絵も載ったのでしょう。

   ★

火星は軍神マルスの星で、古来戦争と関連付けられてきました。火星の惑星記号♂も、盾と槍を図案化したものと聞けば、なるほどと思います。

野尻抱影は火星について、こんなふうに書いています。

 「何となく不気味で、特に梅雨の降りみ振らずみの夜などに赤い隻眼を据えてゐるのを見ると、不吉な感さへも誘ふ。西洋でこれを血に渇く軍神の星としたのも、支那で熒惑〔けいこく〕と呼び凶星として恐れてゐたのも、この色と、光と、及び軌道が楕円上であるため動きが不規則に見えるのとに由来してゐた。」(野尻抱影『星の美と神秘』、1946)

火星に不穏なものを感じるのは、洋の東西を問いません。
こうして「マーシャル」という形容詞が生まれ、上のようなイラストも描かれたわけです。

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【閑語】

ロシアがウクライナにふっかけた戦争を見ていると、そして過去の戦争を思い起こすと、戦争というのはつくづく損切りが難しいものだと思います。戦争というのは、そもそも構造的にそれができにくい仕組みになっているのでしょう。

なぜなら、自国の兵士が亡くなれば亡くなるほど、「彼らの流した血を無駄にするな!」という声が強まり、「徹底抗戦」へと世論が誘導されていくからです。本当は「これ以上犠牲を増やさないために、戦争を早く終わらせるべきだ」という判断のほうが、はるかに合理的な局面は多いと思うんですが、いつだって白旗を掲げるのは、損益分岐点を<損側>に大きく越えてからです。

この辺はギャンブラーの心理を説明した「プロスペクト理論」とか、現象としては「コンコルド効果」として知られるものと同じですが、戦場における人間の狂気と並んで、為政者(と国民)が下す判断の不合理性も、戦時における特徴として、ぜひ考えておきたいところです。その備えがないと、あまりにも大きなものを失うことになると思います。

コメント

_ S.U ― 2023年01月09日 08時07分17秒

いつもながらの勝手な連想で恐縮ですが、準惑星に和名をつけるという努力は現在でも追求されているのでしょうか。和名を持つのが冥王星だけになっていて落ち着きが悪いように思います。中国語では「穀神星」(あるいは谷神星)などの名前が付けられているようです。もっとも中国名は学術的見地で準惑星だからといってつけられたわけではなく、漢字表記の便宜上、頻出天体一般について適当につけられているのかもしれません。日本語では、ケレスは「穀王星」(または「穀女王星」)でよいと思いますが、エリスは個人的には(ジェンダー平等の見地から)「戦女王星」にしてほしいと思います。マルス=♂だけでは不平等でしょう。

>閑語
 戦争がギャンブルと同様、中毒性、脱却の困難性からけしからんというのは、その通りですが、実際には、経済的構造はもっと似ているように思います。まず、ギャンブルはどうやっても胴元が儲かるようにできていますから、長く続ければ長く続けるほど損が増える確率になり、損を取り返すという発想自体が成り立たないことは数学的経済学的に自明です。

 戦争も、人命、経済、資源を考えると同様でしょう。勝てば良いかというとそういうものではなく、ギャンブルに勝てば幸せになるわけではないのと同様、戦勝は一部への富の偏りと民間の疲弊を招き、為政者の軍事依存性を進行させ、勝ったとしても遠からず政権が転覆することは歴史の示すところで、西ローマ帝国、元、明、ソビエト連邦など、国家体制を戦勝から数十年持たせすだけでもなかなか難しいように思います。戦争で経済復興ができるという説がありますが、これがどれほど正しくないのか、ちゃんとした経済学者に解明し解説してほしいところであります。

_ 玉青 ― 2023年01月09日 13時38分38秒

太陽系も今やギリシャ・ローマ神話の枠がはずれて、いろんな神様が呉越同舟していますから、なかなか統一感のある和名は難しいかもですね。特に「マケマケ」とか「クワオアー」とかになると、相当頭をひねらないといけません(笑)。

   +

戦争の場合、「胴元」は武器商人かもしれませんね。
武器商人だって自国がガタガタになったら困ると思うんですが、ああいう人達は悪知恵が働くので、いろんなところに資本を分散させて、しかもタックスヘイブンの上得意となって、何がどう転んでも儲かる仕組みを作り上げているんじゃないでしょうか(実態は知りませんが)。「そんな連中の懐を肥やすために、自分や家族の生命財産を差出すなんてバカバカしい。もうちょっと頭を冷やそうや」と、多くの人が思ってくれるといいのですが、なかなかどうも歯がゆいことが多いです。

_ S.U ― 2023年01月10日 08時27分44秒

>神様が呉越同舟
 野尻抱影が生きていたら命名について何とコメントしたか、ちょっと聞いてみたいです。いっぽう、山本一清は、戦前の著書で、冥王星が多数の中の1つであることを予想していたと思います。

>「胴元」は武器商人
 胴元は武器商人ですね。でも、まあきょうびボロ儲けできるのはほんの一握りの人で、国際経済というよりは政治家と商人の個人的人脈が動く程度のものだと思います。私は、経済学にはうといですが、こういうのが戦争で世界経済を左右するなると、放蕩息子が親の首を絞めているようなものではないかと思います。
 そもそも彼らがタックスヘイブンとかどう転んでも儲かるためには、世界の商売と政治権力がグローバル化していることが前提になりますが、グローバル化で世界同時に疲弊すると困るので、戦争自体は局地的地政学的紛争であってほしいはずで、このへんにも矛盾がありそうに思います。ちゃんとした経済学者に解説してほしいところであります。

_ 玉青 ― 2023年01月12日 21時56分14秒

放蕩息子にも困ったものですね。日本は軍事予算が大きいわりに、軍需産業が栄えてないので(大いに結構なことです)、アメリカをはじめ他国の放蕩息子たちに巨大なスネを提供して、その草刈り場になっている感がありますが、このへんの話は、何せ自分たちの懐から出た税金の使い道に関することですから、もっとみんなで大っぴらにやったほうがいいと思います。

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