ペーパーテレスコープ2023年02月04日 08時19分08秒

「月月火水木金金」という文字を目にすると、私の脳内では即座に「げぇつげぇつかーすいもくきんきーん」という歌声が、メロディつきで再生されます。あれは、「隣組」と同類の戦時国策歌謡と思ってましたが(実際そういう側面もあるのでしょうが)、元はれっきとした海軍生まれの軍歌だそうですね。

まあ、軍歌の話をしたいわけではなくて、突如仕事が立て込んだせいで、脳内であのメロディが繰り返し再生され、発狂しそうである…という、そんな話です。

そんなわけで、なかなか記事を書くのもおぼつきませんが、有り体にいって仕事よりも天文古玩の世界に遊ぶほうが楽しいので、隙間時間を見つけてやっぱり記事を書いてみます。

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最近届いた1枚のシガレットカード。

(ペンは大きさ比較用)

英国コープ社(Cope Bors & Co)の製品で、同社は1848年から1952年まで、約100年間にわたって存続したリバプールのタバコメーカーです。他のメーカーと同様、ここもシガレットカードを煙草のおまけに付けて、大いに販売促進を狙いました。

(カードの裏面)

上のカードは1925年に出た「おもちゃモデルシリーズ」の1枚で、他社のシガレットカードと差別化を図るため、切り抜いて組み立てると小さなおもちゃができるのを売りにしていました。いわばシガレットカードとグリコのおまけのハイブリッドみたいなものですね。

(eBayの商品写真より)

いろいろな屋台店とか、乗り物とか、遊具とか、カラフルで楽しいシリーズですが、今回はその中から1枚だけ望遠鏡のカードを買いました。これも線にそって切り抜いて、要所を折り曲げて、ちょちょいと糊付けすれば、可愛くてしかも立派な望遠鏡が完成します。


望遠鏡の構造としてどうなの?という細部の詮索はおいて、ここに漂う愛らしさといったらどうでしょう。そして、1920年代の子どもたちにとって、望遠鏡は夢と憧れであったことも、このカードからわかります。

天体観測展へ2023年02月08日 19時17分00秒

仕事がひと山越えて、一応ノーマルな状態に復したのでホッとしています。でも、これから2月3月の年度末は、いつ仕事が突沸してもおかしくない状態が続くので、心底ホッとできるのはもうしばらく先でしょう。

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そういうわけで少し時間ができたので、名古屋の東急ハンズで開催中の天体雑貨イベント「天体観測展」を覗いてきました。大阪のギニョールさんとJAM POTさんの共催で、47名の作家さんの天体モチーフ雑貨が並ぶイベントです(会期:1月25日~2月15日、会場:ジェイアール名古屋タカシマヤ内・ハンズ名古屋店11階)

■天体観測展(ギニョールさん公式ページにリンク)

季節柄、バレンタイン客でごったがえす中を抜けて会場にたどり着くと、あたりにはキラキラしい雰囲気が漂っています。“ここにあるのは、「星ナビ」の購読者や、熱心なプラネタリウムファンとはまた違った天文趣味の在り様なのかなあ、いや、でも一皮むくと結構かぶっているかもしれんぞ…”と思いながら、会場内をキョロキョロしていました。いずれにしても、これが現代の「星ごころ」の一断面であることは間違いないでしょう。

そうした無数の「星ごころ」がキラキラと光を放つ中で、今の自分の心の琴線に触れるものとして、以下の品にすっと手が伸びました。


グラフィックデザイナー/コラージュアーティストである中川ユウヰチさん作「オリオンの一等星」。中川さんが制作した同名のコラージュ作品(それも会場内で販売されていました)をフィルムスライド化して、それをビュアーとセットにした品です。

元のコラージュももちろん素敵なのですが、「オリオンの一等星」を含む連作「一千一駒物語」シリーズの成り立ちを考えると、このフィルムスライドの持つ人工性が、いっそうタルホチックな魅力をたたえているような気がしました。

ビンテージ感のあるビュアーにスライドをセットして覗くと…


小さなスライドが視野いっぱいに広がって、無音のドラマが始まります。

上で「人工性」と書きましたけれど、このフィルムスライドは、元のコラージュ作品を単にスライド化したものではありません。そこには網目製版のプロセスが介在しており、それを改めて撮影して、スライド化したもののようです。そうしてできたフィルム片をプラスチックレンズ越しに眺めることで、作品世界はどんどん抽象度を高め、いっそ観念の世界へと誘われるような感覚をおぼえます。

まあ、これは私の個人的な感想で、中川ユウヰチさんの制作意図とはズレるかもしれないんですが、でも私としてはそんなことを思いながら、3枚のスライドを取っ替え引っ替え、飽かず眺めていました。

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そしてもう一つ手にしたのが、radiostarさんの月光倶楽部天文倶楽部のピンバッジ。


これはもう解説不要ですね。
以前ネットで拝見したとき、「あ、いいな」と思った記憶がよみがえり、よい機会なので購入させていただきました。私もこれで晴れて月と星の倶楽部員です。(鉱物倶楽部のバッジにも惹かれますが、それはまた別の機会に…。)

(全員揃って記念撮影)

青空のかけら、再び2023年02月11日 18時28分12秒

昨日、幼い子どもが泣いている夢を見ました。
その子のお兄さんが不意に亡くなってしまい、身寄りのないあの子は、これからどうやって生きていくのだろう…と、夢の中で私はしきりに案じていました。目覚めてから考えると、ここにはトルコ大地震のニュース映像が大きく影響しているようです。

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トルコ南部の大地震は言うまでもなく大変な惨状を呈していますが、この災害に複雑な影を落としているのが、被災地域にトルコとシリアの国境線が通っていることです。

地図を見ながら、ふと「なぜここに国境線があるのだろう?」と思い、本棚から歴史地図を引っ張り出してきて、夢の中の幼児を思い出しながら、ページを眺めていました。そして、自分がトルコの歴史を何も知らないことを、改めて思い知らされました。

トルコの歴史といっても、遠い過去の話ではありません。
オスマン帝国の近代化につづく第1次世界大戦への参戦と敗北、その後の帝国弱体化とトルコ共和国の成立――そんな19世紀末~20世紀前半のトルコ激動の歴史を、私はほとんど知らずにいたのです。

そうしたトルコの近・現代史は、イスラム世界を「切り取り次第」の草刈り場とみなした西欧列強の露骨な振る舞いと表裏一体のものです。彼らのパワーゲームの中でトルコとシリアの国境線は引かれ、今に続くシリア国内の政情不安も、そこから糸を引いているわけです。

(出典:マリーズ・ルースヴェン、アズィーム・ナンジー(著)『イスラーム歴史文化地図』、悠書館、2008)

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以前も登場したセルジューク・トルコの青いタイル。


元の記事を読み返したら、あのときの自分も2020年7月豪雨を受けて、「こんな青空が一日も早く戻ってきますように」と願っていました。


寒空のトルコにも、早くまばゆい青空をと切に願いますが、被災者の心に青空が広がるのは、多分ずっと先のことでしょう。あるいは、あの幼児に象徴される多くの人々のことを思うと、青空は永遠に来ないかもしれない…と心が曇りますが、それでもいつかはと願うばかりです。

天文古玩は日々新たなり…彗星のスライドセット2023年02月12日 18時28分11秒

これも余録というか、先日、中川ユウヰチさんのスライドビュアーを手にしたおかげで、これまで漫然と手元にあったフィルムスライドの内容を、しっかり確認できるようになりました。


アート作品を実用に流用するのもどうかと思いますが、レンズ越しに眺めるのはすべて天文関係のものばかりなので、私の星への思慕がオリオンの一等星と感応して、新たな天界の光景がそこに現出したのだ…ということにしましょう。

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たとえば、このスライドセット。
サンフランシスコに本拠を置く太平洋天文学会(ASP)がかつて頒布したものです。


タイトルは「彗星とハレー彗星」で、日本語にするとちょっと変ですが、要は彗星の概説にハレー彗星特論をプラスしたスライドセットです。元は31枚のセットですが、手元の箱にはさらに前の持ち主が付加したらしい4枚が加わっています。

編者のジョン・C・ブラント博士(Dr. John C. Brandt)は1934年の生まれ。シカゴ大学で学位を取得後、1970~87年までNASAのゴダード宇宙飛行センターに在籍し、1986年のハレー彗星回帰に際しては、国際ハレー彗星観測計画や、彗星探査機ICE (International Cometary Explorer)の計画に携わった人です(参考LINK)。

発行年は書かれていませんが、当然1986年のハレー回帰を前に、一般の天文ファンや教育関係者向けに頒布された品でしょう。

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スライドはまず彗星の物理的な構造の解説から始まります。

(01 彗星の基本構造(数字はスライドNo。以下同じ))

(02 彗星の核:模式図)

(03 彗星のプラズマ物理学)

その後、いくつか有名な彗星の紹介が続き、

(10 コホーテク彗星〔1973〕)

(14 フマーソン(ヒューメイソン)彗星〔1961〕)

話はいよいよ本題のハレー彗星へと入っていきます。

(15 ハレー彗星〔1910〕)

とはいえ、このスライド制作の時点では、ハレー彗星の雄姿はまだ未来のことに属します。それだけに、世界中の科学者は腕をさすってハレー彗星の到来を待ち構えており、各種の彗星探査計画が熱心に進められていることを、スライドは詳説します。

(18 彗星探査機ICEの軌道)

その中には日本の科学衛星「すいせい(PLANET-A)」「さきがけ(MS-T5)」も含まれていました。

(24 日本のPLANET-A探査機)

(25 ハレー艦隊による実験・観測計画一覧)

上の表を見ると、当時はヨーロッパ・ソ連に伍して、日本の科学力と技術力が世界的な水準にあったことが実感され、いくぶんほろ苦いものを感じますが、それはさておき、スライドセットは、この後、過去のハレ―騒動に触れて、来るべき天文ショーへの期待を高めつつ、

(27 楽曲「ハレー彗星ラグ」〔参考LINK〕)

1枚の写真で話を締めくくっています。

(31 再び姿を見せたハレー彗星)

ウィキペディアの記載によれば、再接近する彗星を最初に捉えたのは、1982年10月16日、パロマー天文台の5.1m望遠鏡とCCDイメージセンサの組み合わせだそうで、スライドにははっきりと書かれていませんが、このデジタル画像がそれじゃないかと思います。

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1986年も、もうじき40年前ですか。思えばずいぶん過去のことです。
往時のことをしっかり記憶している私にとっても、その生々しさが薄れたことは否めず、当時まだ生まれてなかった人にとっては、なおさらその「過去性」が際立つでしょう。

こうしてモノたちは、ひとつ、またひとつと天文古玩化して、過去の住人となっていきます。このスライドセットも、そこに封じ込められた熱気が懐かしい、なかなか味わいのある品だと感じます。

扉の向こう側2023年02月14日 09時55分47秒

中川ユウヰチさんのスライドビュアーは、こうして素敵な世界への扉を開いてくれましたが、そんな折に「Open The Door ― 扉の向こう側にある世界」と書かれたお便りが届き、少なからず不思議な思いがしました。


届いたのは、東京京橋のスパンアートギャラリーで、今月25日から始まる同名の展覧会のご案内です。お便りをくださった島津さゆりさん(どうもありがとうございました)をはじめ、桑原弘明さん、建石修志さん等々、11名の幻想的な作家さんが、「扉」をテーマにした作品を発表される場のようです。

■スパンアートギャラリー公式ページ

ここでいう「扉」は抽象的な意味のそれではありません。文字通りの「扉・ドア」です。

「ドアを開けると広がる幻想の世界。
それが自分の描く未来なのか、今の自分の投影なのか。
何かの期待を込めてドアを開ける日々は、先行きの見えない状況が続く中で毎日目にするアートの力に助けられるかもしれません。
この世界に実在する扉という存在と、その先の想像を表現するオブジェや絵画を中心に、立体、平面作品を交えて展示します。」 
(上記ページ「開催概要」より)

とはいえ、確固たる形をそなえた「扉」が象徴するものの、なんと豊かなことか。
試みに『イメージシンボル事典』で「door」の項を引くと、それは物事の始まりであると同時に死への戸口でもあり、転じて永遠の未来・神の王国にも通じています。キリストは自らを「私は門である」とも言いました。あるいは、扉は外敵を防ぎ、秘密を守るものでもあります。その防御力を高めるため、ときに護符を貼ったり、生贄の血を塗られたりもしました。

生と死内在と超越日常と非日常うつし世と異界平安と危難、そうしたものを仕切るのが扉です。はたして11名の作家さんは、扉の向こうに何を見るのか? そしてその作品を見た人は、自らの内のどんな扉を開けるのか? 

深夜、心のうちに扉を思い浮かべ、その向こうをそっと覗いてみる…。
その上で展覧会場を訪れると、いっそう味わい深い体験になるかもしれませんね。

ハレー彗星の星座早見盤2023年02月15日 06時02分45秒

ハレー彗星の話題の続き。
1986年のハレー彗星接近を当て込んだ星座早見盤を見つけました。


同様の品としては、オーストラリア製の南天用早見盤を採り上げたことがありますが(LINK)、それと似たようなものが日本にもあった…というのが、今回の発見です。

(右がオーストラリアのカルテックス社の早見盤。一辺30cnとかなり大型です。対する日本製は幅19cm)

(星図部拡大)

同年の3月から4月にかけてぐんぐん尾を伸ばしていくハレー彗星の予想図に、当時の天文ファンは胸を高鳴らせたと思いますが、このときは観測条件が悪く、特に日本からは、ほとんどその姿が見えなかったと聞きます(以前の記事にも書いたように、このとき私は天文から遠ざかっていたので、リアルな記憶がありません)。

ここに描かれているのは、現実のハレー彗星というよりも、人々の心の中を飛んだ幻の大彗星であり、それだけに一層愛おしいものを感じます。

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なお、この早見盤は単体で販売されたのではなく、以下の紙工作本に含まれるコンテンツの1つのようです。

■藤井旭(構成)
 『切りぬく本 ハレー彗星観測ガイド』
 誠文堂新光社、1985

He will be back.2023年02月16日 20時44分44秒

昨日のハレー彗星の早見盤をゆずっていただいたとき、もう1つ興味深い品がオマケに付いてきました。


それは私の机の上では広げることもままならない大きな星図で(45×120cm)、科学雑誌「ニュートン」(1985年11月号)の付録についてきた、素性からして正真正銘のオマケです。

しかし、これは決して軽んずべき品ではありません。
ここにはハレー彗星の天球上の位置変化が詳細にプロットされており、その意味では昨日の早見盤も同じですが、大きく違うのは、そのタイムスパン。この星図には、実に1909年から2063年まで、つまり前々回(1910)と前回(1986)、そして次回(2061)の近日点通過を含む、彗星の2周期分の見かけの位置が、まるごと描かれているのです。


上の説明にあるように、その軌跡は、順行と留、逆行と留を繰り返す何重ものループで表現されます。

そして近日点付近では――ということは、地球から比較的近いときは――彗星の絶対的な速度が極大となり、しかも地球から近い分、その見かけの位置もめまぐるしく変化します。一方、太陽系の果て、遠日点付近を進むときは、彗星の歩みはのろのろと遅く、地球の公転による年周視差によって、いくぶん目につく変化が生じるだけとなります。

その振る舞いをまとめて図示すると、こんなダイナミックな曲線になるというわけです。

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1986年に最接近したハレー彗星は、その後、長大な尾も消え失せ、徐々に暗く小さくなっていき、その姿が最後に目撃されたのは、ウィキペディア情報によれば、2003年の観測記録だそうです。その後、彗星の姿を見た人はいません。

しかし、これぞニュートン力学の精華。彗星の位置は厳密に計算されており、現在どこにいるかといえば、うみへび座の北西の角、こいぬ座・かに座との境界付近です。


そして、ハレー彗星が遠日点をゆっくりと回り込むのは、2023年11月。
そう、今年はハレー彗星が箱根芦ノ湖の折り返し点に到着し、復路のスタートを切る記念すべき年に当たるのでした。

これぞ「目に見えない天体ショー」です。それは望遠鏡を使っても見えませんが、海王星軌道のさらに先、宇宙の箱根付近に住む人たちは、今頃歓呼して彗星を迎えていることでしょう。


来年以降、彗星は徐々にその速度をはやめながら地球に近づいてきます。
そして東京大手町でテープを切るのは、2061年7月29日。地球の箱根駅伝と違ってこちらはエンドレスですから、彗星はその後も走るのをやめず、地球で応援している我々の目の前を通過するのは、翌日の7月30日です。

前回よりもずっと明るくなると予想されている、この「目に見える天体ショー」を、期待して待ちましょう。それは宇宙のタイムスケールでいえば、ほんの寸秒の先です。


【オマケのオマケ】
このオマケ星図の裏面には、過去のハレー彗星の軌道変化が、これまた詳細に図示されていました。


以下、解説文から引用します。

「ハレー彗星の軌道は、惑星の引力の影響を受けてたえず変化している。この現象を摂動という。また太陽に近づくと、彗星が物質を放出することによって非重力効果が生じる。その結果彗星の運動が変化し、軌道の形もかわる。〔…中略…〕1981年にアメリカのドナルド・ヨーマンスは紀元前1404年までさかのぼってハレー彗星の軌道要素を計算した。その計算にもとづき、ここでは紀元前1404年から2061年までのハレー彗星の軌道と、近日点通過の日(世界時)、ハレー彗星と地球の相対位置を示した。」

それにしても、ニュートン編集部の力の入れようがすごいですね。それはハレー彗星ブームの熱気の反映でもあるのでしょう。

Every Jack has his Jill.2023年02月18日 11時37分51秒



望遠鏡を熱心に覗く男の子。その先に輝くのは…


きみは空でいちばん明るい星

季節ネタとして、バレンタインに合わせて、こんなカードを紹介しようと思ったんですが、すっかり忘れていました。


このカードは一種の仕掛けカードで、下辺に覗くタブを操作すると、割りピンで留められた望遠鏡が左右に動くようになっています。1920年~30年代のアメリカ製で、他愛ないといえば他愛ない品ですが、こういう屈託の無さが当時のアメリカっぽいです。


この女の子が、記号的に美人に描かれてないところにも、何となくメッセージ性を感じます。アメリカのどこの町や村にも、こうした男の子と女の子がいて、彼らの数だけ小さな恋物語があり、当人たちはハラハラドキドキしながらも、全体として平凡で平穏な日常が世界を覆っていることを是とする態度といいますか。

「アメリカの良心」みたいなものが、漠然と信じられた時代だったのかなあ…とも思います。

おだやかな日曜日に2023年02月19日 11時38分11秒

立春が過ぎ、バレンタインが過ぎ、今日は二十四節気の「雨水(うすい)」。
こうなると雛祭りももうじきですね。


およそ想像もつくでしょうが、私の家は非常に乱雑で、書斎の隣の和室にも本が堆積しています。ただ、それだけだといかにも見苦しいので、部屋の隅に小机と座椅子を置いて、「ここは物置部屋じゃありませんよ、和風書斎なんですよ」と、アリバイ的にしつらえがしてあります。そもそもがアリバイ的なスペースなので、ここで読み書きすることはほとんどありません。それでも貴重な和の空間として、こんな風に季節行事に活用したりもします。


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今日はブセボロードさんから、このブログにコメントをいただき、それとは別に長いメッセージもいただきました。それは人類と戦争の古くて長い関わりに省察を迫るもので、ひるがえって日本の平和主義をどう評価するか、その平和主義が機能する前提は何かを考えさせる内容でした。

これは誰にとっても難しい問いでしょう。もちろん、私にも明快な答があるわけではありません。ただ、この問題を考える際、最大のポイントは憲法前文にいうところの「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」の一句であることは、大方の異論がないでしょう。

「そんなもん、信頼できますかいな」という人も多いと思います。

ヒトは進化の過程で巨大な「心の世界」を手に入れましたが、その一方で他者の心の世界に触れる手段は、極端に未発達のままです。相手が何を感じ、何を考えているかは、言語や表情、声色、そんなものを手がかりに、辛うじて想像できるだけです。その非対称性が「人間、腹の底では何を考えているか分からない」という諦念を生み、警戒と不信の念を掻き立て、結果として不幸な出来事がいろいろと起きたし、今も起きています。

既存の学問体系で、こうした「信頼」の問題にいちばん肉薄しているのは、おそらく哲学でも宗教学でもなく「ゲーム理論」でしょう。「信頼」というと反射的に「お花畑」と切り返す人がいますけれど、「信頼」だけ取り出すと単なる美辞に見えても、それに伴う「利得」まで考慮すれば、それはすぐれてリアルな概念です。

ゲーム理論は演算と親和的なので、そう遠くない将来、最も合理的な意思決定をするプログラムに国家の命運を委ねるというSF的な世界が実現するのかもしれません。(人類にとってそれ以上に幸福だと主張しうる選択肢を提示できないと、必然的にそうなる気がします。)

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…というようなことを考えながら、眼前の平和の有り難さをしみじみ噛み締めています。ゲーム理論もいいんですが、こういうささやかな平穏が大事であることを、すべての議論の出発点にしないと道を誤るでしょう。



ボーデの『星座入門』を眺める2023年02月23日 18時18分44秒

仕事が突沸するときはどうしようもないものです。
でも、今日は久しぶりに休日らしい休日を過ごしました。

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ノンビリついでに本棚を見回し、ふと昨年12月に書いた記事を思い出しました。

■アルビレオ出版からの贈り物:ボーデの『星座入門』
1805年に出た星図集の複製本を注文した…という内容です。
「そういえば、あれはどうなったかな?」と思いましたが、別にどうなったもこうなったもなくて、現物はその後まもなく届いたんですが、私自身が文字にするのをサボっていたので、ブログの表面からは消えた話題になっていました。せっかくなので、その内容をここで見ておきます。


表紙サイズは21×29.5cmの横長の判型で、背と角をレザーで補強した、凝った四分三装丁(Three Quarter Binding)です。


表紙中央にタイトルが貼り込まれていますが、そこが空押しで凹んでいるのが、芸の細かいところ。神は細部に宿るというか、玄関を見ればその家が分かるというか、こういう点にアルビレオ出版のこだわりが出ています。


可愛らしいタイトル口絵。


全34図のうちの第1図、北天星座図。


細部を拡大してみます。この画像で左右約38mm。近くでじっくり見るとドットの存在がわかりますが、パッと見では気にならないレベルです。
アルビレオ社の製品は押し並べてそうなのですが、この本も一般にカラー印刷にふさわしいとされるツルツルの紙は使わずに、ニュアンスのある無光沢紙を使っています。これも私にとっては嬉しい点。

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以前も書きましたが、このボーデの『星座入門』の元となったのは、イギリスのフラムスティード(John Flamsteed、1646-1719)が手掛け、その死後に刊行された『天球図譜(Atlas Coelestis)』(1729)です。

もっと正確にいうと、『天球図譜』の約半世紀後(1776)に、フランスのフォルタン(Jean Nicolas Fortin)が、原書を約3分の1サイズに縮小して再刊した、いわゆる「フォルタン版・天球図譜」が元になっています。

まあ、フォルタン版は幾度か版を重ねているし、ボーデの本も途中で版を改めているので、その書誌は入り組んでいてよく分からないのですが、ここでは単純に1776年に出たフォルタン版の初版と比べてみます(といっても、こちらも本物ではなくて、1943年に日本で出た複製本です。→参考LINK)。


ぎょしゃ座付近。星座絵は基本的に同じですが、目を凝らすと違いが目立ちます。
たとえば、ボーデの本には、ウィリアム・ハーシェルによる天王星の発見(1781)を記念する「ハーシェルのぼうえんきょう座」が描かれていますが、フォルタン版には当然ありません。また描かれている恒星の数もずいぶん違います。この間の観測の進展によって、より詳しいデータが利用できるようになったせいでしょう。


こちらはうお座をアップして比較。恒星の数の違いはもちろん、星座絵そのものや星座境界も、ドイツで新たに版を起こした関係で、いろいろ違いが生じているのが分かります。


こちらはみずがめ座・やぎ座付近ですが、注目してほしいのは左のブランクページです。


お分かりのように、そこにある「染み」は印刷によるものです。
空白ページの表情も、きっちり写真に撮って再現しようというのは、高価なファクシミリ版なら普通ですが、リーズナブルな複製本でここまでやるのは、趣味的経営の(ように見える)アルビレオ出版ならではです。


北天を載せたので、おまけに南天星座図も載せておきます。


本書の奥付。本書は全部で399部作られ、手元の1冊はNo.165でした。

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我ながら何だか提灯記事っぽいですが、私は当然アルビレオ出版からお金をもらっているわけではありません。でも、勝手連的に同社を応援しているのは確かで、ここは大いに提灯を掲げ、鳴り物入りで触れ歩こうと思います。