天文古玩は日々新たなり…彗星のスライドセット2023年02月12日 18時28分11秒

これも余録というか、先日、中川ユウヰチさんのスライドビュアーを手にしたおかげで、これまで漫然と手元にあったフィルムスライドの内容を、しっかり確認できるようになりました。


アート作品を実用に流用するのもどうかと思いますが、レンズ越しに眺めるのはすべて天文関係のものばかりなので、私の星への思慕がオリオンの一等星と感応して、新たな天界の光景がそこに現出したのだ…ということにしましょう。

   ★

たとえば、このスライドセット。
サンフランシスコに本拠を置く太平洋天文学会(ASP)がかつて頒布したものです。


タイトルは「彗星とハレー彗星」で、日本語にするとちょっと変ですが、要は彗星の概説にハレー彗星特論をプラスしたスライドセットです。元は31枚のセットですが、手元の箱にはさらに前の持ち主が付加したらしい4枚が加わっています。

編者のジョン・C・ブラント博士(Dr. John C. Brandt)は1934年の生まれ。シカゴ大学で学位を取得後、1970~87年までNASAのゴダード宇宙飛行センターに在籍し、1986年のハレー彗星回帰に際しては、国際ハレー彗星観測計画や、彗星探査機ICE (International Cometary Explorer)の計画に携わった人です(参考LINK)。

発行年は書かれていませんが、当然1986年のハレー回帰を前に、一般の天文ファンや教育関係者向けに頒布された品でしょう。

   ★

スライドはまず彗星の物理的な構造の解説から始まります。

(01 彗星の基本構造(数字はスライドNo。以下同じ))

(02 彗星の核:模式図)

(03 彗星のプラズマ物理学)

その後、いくつか有名な彗星の紹介が続き、

(10 コホーテク彗星〔1973〕)

(14 フマーソン(ヒューメイソン)彗星〔1961〕)

話はいよいよ本題のハレー彗星へと入っていきます。

(15 ハレー彗星〔1910〕)

とはいえ、このスライド制作の時点では、ハレー彗星の雄姿はまだ未来のことに属します。それだけに、世界中の科学者は腕をさすってハレー彗星の到来を待ち構えており、各種の彗星探査計画が熱心に進められていることを、スライドは詳説します。

(18 彗星探査機ICEの軌道)

その中には日本の科学衛星「すいせい(PLANET-A)」「さきがけ(MS-T5)」も含まれていました。

(24 日本のPLANET-A探査機)

(25 ハレー艦隊による実験・観測計画一覧)

上の表を見ると、当時はヨーロッパ・ソ連に伍して、日本の科学力と技術力が世界的な水準にあったことが実感され、いくぶんほろ苦いものを感じますが、それはさておき、スライドセットは、この後、過去のハレ―騒動に触れて、来るべき天文ショーへの期待を高めつつ、

(27 楽曲「ハレー彗星ラグ」〔参考LINK〕)

1枚の写真で話を締めくくっています。

(31 再び姿を見せたハレー彗星)

ウィキペディアの記載によれば、再接近する彗星を最初に捉えたのは、1982年10月16日、パロマー天文台の5.1m望遠鏡とCCDイメージセンサの組み合わせだそうで、スライドにははっきりと書かれていませんが、このデジタル画像がそれじゃないかと思います。

   ★

1986年も、もうじき40年前ですか。思えばずいぶん過去のことです。
往時のことをしっかり記憶している私にとっても、その生々しさが薄れたことは否めず、当時まだ生まれてなかった人にとっては、なおさらその「過去性」が際立つでしょう。

こうしてモノたちは、ひとつ、またひとつと天文古玩化して、過去の住人となっていきます。このスライドセットも、そこに封じ込められた熱気が懐かしい、なかなか味わいのある品だと感じます。

コメント

_ S.U ― 2023年02月13日 08時04分38秒

これは、貴重なスライドセットですね。
当時の彗星科学の価値観の置き方までわかるのではないかと思います。
フマーソン(ヒューメイソン)彗星のカラー写真も懐かしいです。1960年頃までは、彗星のカラー写真自体珍しかったのかもしれません。1960年代後半にはポピュラーになったと思います。

 ハレー彗星探査器については、米国はESAと共同で ISEE-3/ICEの打ち上げと運用をしましたが、ソ連やESAのGIOTTOや日本の探査器に比べると地味であったことは否めず、当時は、米国の科学が衰退しつつあるという声もありました。今から考えると意外かもしれませんが、当時のレーガン大統領は(次のブッシュ(父)もですが)基礎科学にはケチと言われました。このスライドは当時不振だった米国の科学予算の鼓舞をする気持ちも込められていたのではないかと思いますがいかがでしょうか。

_ 玉青 ― 2023年02月14日 10時20分30秒

当時の科学政策を語るだけの知見はもとより何もないんですが、渦中にあったブラント博士の心中を思いやれば、きっとその思いは強かったでしょうね。

ときに、さっきNASAの予算規模の推移を見てみたんですが、
https://www.statista.com/statistics/1022937/history-nasa-budget-1959-2020/
これで見る限り、レーガン政権のときはむしろ右肩上がりで、ブッシュ父からクリントン政権に移行して以降、目に見えて予算削減が行われたように見えます。そこだけ見ると、S.Uさんの見立てと真逆の印象も受けるんですが、これはあれですかね、例の「スター・ウォーズ計画」の影響で、そういうところだけドンと予算がついて、基礎科学への予算配分という点では、レーガンはやっぱり「しわん坊」だったという理解になるのでしょうか?

_ S.U ― 2023年02月14日 12時41分00秒

もはやよくはわかりませんが、NASAの予算としては、スペースシャトルの建造費と維持・打ち上げ費が効いているのではないかと思います。スペースシャトルは5機建造しましたが、それぞれの初飛行は、1981,83,84,85,92年です。建造するに従って、維持費や打ち上げ頻度も増します。1986年にチャレンジャーが事故で失われましたが、その2年後に改良して打ち上げを再開したので、これでかえってお金がかかったと思います。チャレンジャーの穴埋めに提案された最後の1機エンデバーの建造費は18億ドルで、これはどうして工面するか当時の米科学界で問題になりました。18億ドルは、NASAのほぼ1年分の予算なのですね。
 結果的にせよ他の「科学界」の予算を削ることによってスペースシャトルを維持したのだとすると、大勢の科学者からは「ケチ」と呼ばれることになるのだと思います。

_ 玉青 ― 2023年02月15日 06時29分12秒

解説ありがとうございます。なるほど、時の政権はNASAには予算を配分した「のに」他をけちったというよりも、NASAに予算を配分した「から」他が割りを食った形ですね。そしてNASAに関しては、とにもかくにもスペースシャトルが金食い虫だったと。
スペースシャトルは何度でも使えてリーズナブルという当初の触れ込みでしたが、過酷な条件下で飛ばすものを、その都度「新品化」するのは、少なからず無理がありましたね。

_ S.U ― 2023年02月15日 08時32分33秒

>スペースシャトルは何度でも使えてリーズナブル
 スペースシャトルは、人工衛星打ち上げ業務について民間の請負業でカネ儲けしようという触れ込みだったのですが、その商売が軌道に乗る前にチャレンジャー事故で頓挫し、維持費が増したため、民間人工衛星打ち上げ業務からは撤退したという経緯があります。これは、1986~88年のあいだの決定事項で、ハレー彗星探査機の運用計画の決定(1982~83年)より以前ですので、これが直接の原因とは言えませんが、それは見かけ上のことで、スペースシャトルが本質的に金食い虫であることは、口には出せねど1981年当時からわかっていたと思います。

 それにしても、昨今の日本や海外の 防衛費、給付金、コロナワクチン、オリンピック、国債発行・・・などは数兆円が身近になって、それらと比べると、NASAの年間予算18億ドル=2000億円強 など、今から見たらハシタ金とはいいませんが、ぜんぜんどうという額ではないように思います。当時は、これをたいへんな大金と思ったものです。1980年代と比べて現代が豊かになったかというとそういうことはなく、むしろ逆の気がしますが、貧しくなってこの金銭感覚とは隔世の感がありますし、自分ながら恐れ入ります。

_ S.U ― 2023年02月15日 08時36分01秒

すみません。しょうもない間違いでしたので訂正します。
ハレー彗星探査機の運用計画の決定(1982~83年)より以前 → 以後 でした。

_ 玉青 ― 2023年02月16日 21時02分21秒

>2000億円強など…ぜんぜんどうという額ではない

あ、それは私も思いました。「あれ?桁が違っているんじゃないか?」とも。
オリンピックはやりたい人はやればいいと思うんですが、2週間ちょっとのスポーツ大会に兆の単位の金をつぎこむというのは、やっぱり常軌を逸していますし、お金の使い方を間違えているとしか思えません。

_ S.U ― 2023年02月17日 10時09分35秒

豊かになったわけでもないのに、金銭感覚がインフレになるのは、ギャンブル依存性か借金依存症の典型的症例のような気がします。もし、日本中がそうなら、国を挙げて気をつけたほうがよいように思います。

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