31億5576万秒物語2023年06月10日 12時01分47秒

今年は「○○が□□周年を迎えた」という記事が多いです。
すなわち、コペルニクス生誕550年、パロマー天文台開設75年、プラネタリウム誕生100年…などなど。

そんな中、ひとつ大きな忘れ物をしていることに気づきました。
すなわち、稲垣足穂著『一千一秒物語』の刊行100周年です。

(初版本(復刻版)表紙)

(佐藤春夫による序文)

このブログでそれを忘れていたのは失態で、そのことをコメント欄で教えていただいたNowhere☆clubさまに、改めて御礼申し上げます。

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『一千一秒物語』の愛読者は多いでしょうが、あの不思議な作品を読んだとき、人々はいちばん最初に何を感じるのでしょうか?

私の場合、真っ先に思ったのは「あの街に行きたい」ということでした。
こういうことが私の場合はよくあって、私がある作品に心惹かれるということは、その作品世界に入り込みたいというのと、ほとんど同義です。

三角形の屋根と円錐形の塔が並ぶ街。その街では、月と問答し、月と格闘し、月を食べてしまうなんてことは日常茶飯事だし、路傍には土星や彗星が佇み、蝙蝠と黒猫、紳士と辻強盗に密造酒造り、そして真夜中の怪事件…そんなものに事欠きません。

その街に至ることはなかなか難しいのですが、平板な現実の中でも、何かの瞬間に一千一秒の匂いがふと鼻を打ったり、一瞬その気分が心に蘇ることがあります。

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足穂は「私の其の後の作品は――エッセイ類も合わして――みんな最初の『一千一秒物語』の註である」と書きました(「『一千一秒物語』の倫理」)。

この「天文古玩」というブログも、(全部がそうだとは言いませんが)たしかに『一千一秒物語』の気配を追って、その世界を眼前に現出せしめるべく続けている部分があります。その意味で、『一千一秒物語』は私にとって重要な準拠枠のひとつです。

(13年前につくった「タルホの匣」は、今でもそのまま手元にあります)

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100年間は、60秒×60分×24時間×365.25日×100年の時の積み重なりで、ざっと31億5576万秒です。

若い日の足穂が1001秒に凝縮した秘密は、それだけの長い時を経ても解き尽くされることなく――作者自身の手によってもそれは成し遂げられませんでした――今でも変わらず「其処」にあります。それはこの後さらに31億秒が経過しても、たぶん変わらないでしょう。あえて幸いなことと言うべきだと思います。

(初版本巻末の辞)

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そういえば、今日は時の記念日でした。




追記:足穂 in 京都2023年06月10日 12時28分52秒

先ほどの記事で触れた、『一千一秒物語』100周年についてコメントをいただいた、Nowhere☆club さんからは、来る6月24日に京都で行われる記念イベントについても、お知らせをいただきました。

■一千一秒物語~100th Memorial, 1923-2023~
 あがた森魚☆宇宙的郷愁を唄う

京都下京のお寺で、あがた森魚さんらのトークと音楽に耳を傾けるという得難い機会なので、私もぜひ参加できればと計画中です。