黒い帽子をかぶった人の思い出 ― 2023年06月28日 07時51分02秒
足穂イベントの余話。
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あの日の午後、まだ会場を訪ねるには時間が早かったので、私は近くでゆっくりコーヒーを飲んでいました。そこはアンティークショップに併設されたカフェで、とても落ち着ける場所でしたが、店内を見回しているうちに、何となく見たことのある人が立っているのに気づきました。
あれ?と思いましたが、それはやっぱり賢治さんでした。
私は賢治さんに声をかけ、自分のテーブルに招じると、今日のイベントのことやら何やらいろいろ話しかけました。賢治さんは静かにそれを聞いていましたが、私が「どう、賢治さんも一緒に行かない?」と尋ねると、「ええ、喜んで」と即答したので、私は賢治さんと連れ立って店を出ました。
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…というのは、もちろん私の脳内のお話です。
件のアンティークショップは、主にレストアした古い家具を商うお店のようでしたが、それ以外にも古物が店内のあちこちに置かれていて、そこで古いボーラーハットを見つけたというのが、現実世界で起きた出来事です。
でもそれを見た瞬間、私が賢治さんのことを思い出し、賢治さんと連れ立って出かけるつもりで、それを買い求めたことは事実です。何せ場所は京都、時は六月、そして足穂に会いに行く直前ですから、気分の高揚ついでに、そんな酔狂な真似をするのもむべなるかな…といったところです。
その帽子は、今こうして部屋の隅に置かれています。
ボーラーハットは別に賢治さんの専売特許ではありませんが、私にとってこれは賢治さん以外のものではありえません。
私が実際にこれをかぶって町を歩いたり、下の畑を見に行ったりするかは不明ですが(照れ臭いのでたぶんしないでしょう)、これを見る度に、一緒に足穂に会いに行った懐かしい(そう、それはすでに懐かしさのうちにあります)思い出がよみがえることでしょう。
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