「鬼と星」アゲイン ― 2024年08月16日 19時17分49秒
以前、鬼と星の絵柄の湯飲みのことを書きました。
(同上)
この図がいったい何を意味しているのか、その時はまったく分かりませんでしたが、昨日、偶然その謎が解けました。これは「魁星図」あるいは「魁星点斗図」というものだそうです。
魁星とは何か?
どうもソースによって微妙に違うのですが、ここは本場中国に敬意を表して、「百度百科」を参照すると、北斗七星の柄杓の桝(水を汲む方)を構成する4つの星を総称して「魁星」といい、古来文章の神様として尊崇され、ひいては科挙試験の神様として拝まれたものだそうです(科挙試験の首席合格者を「魁甲」あるいは「魁首」と称しました)。まあ、日本の天神様みたいなものでしょう。
魁星が奇怪な鬼の姿で描かれるのは、「魁」の字を分解して、「鬼が斗(升)を蹴り上げる姿」に見立てたからで、このへんは完全に言葉遊びですね。そこに星の絵を添えれば、文字通り「魁星」というわけです。
(「魁星点斗独占鼇頭」図。出典:百度百科の同項より)
さらにその鬼が筆を持ち、伝説の巨亀「鼇(ごう)」に乗っているのが、絵に描くときのお約束で、これは「魁星点斗、独占鼇頭」、すなわち科挙試験に合格すると、受験者名簿の姓名欄に墨で点が打たれ、皇帝に拝謁する際は、首席合格者だけが宮殿前庭に置かれた鼇の像の頭上に立つことを許された…という故事に由来する絵柄だそうです。
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これが湯呑の絵になると、全体が大幅に簡略化されて、蹴り上げているはずの「斗」もないし、「鼇」の姿もありませんが、そもそも日本に科挙制度はないので、あまり細部にこだわらず、それっぽく見えればよかったのかもしれません。いずれにしても、学問成就や家運隆昌といった意味合いを込めて、一種の吉祥画として江戸の人に受容されたのでしょう。
あるいは科挙制度から縁遠いからこそ、こういう異国の蘊蓄を語ることが、ぺダンティックな江戸の文人趣味に叶い、一部でもてはやされたのではないか…とも想像します(もっぱら染付の煎茶碗や香炉に描かれるところが、何となく文人趣味臭いです)。
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何はともあれ、継続は力なり―。
こうして謎が解けて、またひとつ心が軽くなりました。
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【付記】 本項を書くにあたり、上記以外に以下のページを参照しました。
■青森県立図書館:伝える伝わる本の世界~「書物の世界」編~
書物の神様「魁星」其の壱、其の弐
書物の神様「魁星」其の壱、其の弐
■集字魁星点斗図
■遅生の故玩館ブログ:古染付魁星点斗図煎茶碗(5客)
コメント
_ S.U ― 2024年08月18日 11時52分20秒
_ 玉青 ― 2024年08月18日 13時11分05秒
「魁」は「鬼」部ではなく「斗」部の漢字で、しかも会意ではなく形声文字だそうです。ですからこの場合、意味はもっぱら「斗」(柄杓、枡)が担っていて、「鬼」はただの音符だと、辞書には書かれています。
「魁」とは本来「大きい柄杓」「大きい枡」のことで、そこから北斗の枡形もこの名で呼ぶし、後に意味が徐々に加わって、「大きい」→「すぐれた」→「第一番の」と変遷して、「さきがけ」の意味も生まれたようです。したがって意味としては後発ですね。ちなみに戦場の「先駆け」の意味で「魁」を使うのは日本独特かもしれません(中国語だと「先鋒」でしょうか)。
維基百科の「花魁」の項を見ると、花魁(かかい)とは文字通り「第一番の花」の意であり、古来、梅の花がその主要な指示対象でしたが、ほかにも蘭や牡丹を指して花魁と呼んだ例もあるそうです。これが花魁の原義であり、そこから転じて妓楼随一の遊女を「第一番の花」にたとえて「花魁」と呼ぶようになったのは、派生的な用法ですね。
同項では、明代の小説集『醒世恒言』に収録されている「売油郎独占花魁」という話を用例に挙げています(油売りの男がいろいろなエピソードの末に「花魁娘子」の異名をとった名妓と結ばれる物語らしいです)。
日本の「おいらん」に「花魁」の字を当てたのは、明らかに中国語からの借用でしょう。こういうのは、夜の巷を「花柳」「紅灯緑酒」、遊女屋を「妓楼」、遊び人を「嫖客」、さらに芝居の世界を「梨園」と呼んだりするのと同じく、中国語を借りて通人が洒落てみたのに始まると思います。
「魁」とは本来「大きい柄杓」「大きい枡」のことで、そこから北斗の枡形もこの名で呼ぶし、後に意味が徐々に加わって、「大きい」→「すぐれた」→「第一番の」と変遷して、「さきがけ」の意味も生まれたようです。したがって意味としては後発ですね。ちなみに戦場の「先駆け」の意味で「魁」を使うのは日本独特かもしれません(中国語だと「先鋒」でしょうか)。
維基百科の「花魁」の項を見ると、花魁(かかい)とは文字通り「第一番の花」の意であり、古来、梅の花がその主要な指示対象でしたが、ほかにも蘭や牡丹を指して花魁と呼んだ例もあるそうです。これが花魁の原義であり、そこから転じて妓楼随一の遊女を「第一番の花」にたとえて「花魁」と呼ぶようになったのは、派生的な用法ですね。
同項では、明代の小説集『醒世恒言』に収録されている「売油郎独占花魁」という話を用例に挙げています(油売りの男がいろいろなエピソードの末に「花魁娘子」の異名をとった名妓と結ばれる物語らしいです)。
日本の「おいらん」に「花魁」の字を当てたのは、明らかに中国語からの借用でしょう。こういうのは、夜の巷を「花柳」「紅灯緑酒」、遊女屋を「妓楼」、遊び人を「嫖客」、さらに芝居の世界を「梨園」と呼んだりするのと同じく、中国語を借りて通人が洒落てみたのに始まると思います。
_ S.U ― 2024年08月19日 06時25分30秒
ご説明ありがとうございます。
誰が見ても一癖の由来のありそうな「魁」の文字ですが、形声文字ということでしたら、「斗」が北斗の升であることも、後からの知恵なのでしょうね。「魁星」の関係が述べられた中国最古の文献はいつの時代のものでしょうか。
他にも、「星のエピソード」が潜んでいる漢字があると楽しいですね。
誰が見ても一癖の由来のありそうな「魁」の文字ですが、形声文字ということでしたら、「斗」が北斗の升であることも、後からの知恵なのでしょうね。「魁星」の関係が述べられた中国最古の文献はいつの時代のものでしょうか。
他にも、「星のエピソード」が潜んでいる漢字があると楽しいですね。
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https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13197583298
併せて、なぜ、花の魁で「花魁」なのかというのも疑問になりましたが、中国語でも、さきがけの花(梅の花)と名妓の両方の意味があるようです。
https://cjjc.weblio.jp/content/%E8%8A%B1%E9%AD%81
これを見ると、中国側で、ほぼ意味が完成していたように見られますが、ただ中国側の出典がないので、例によって、一応は日本語からの逆輸入も考えないといけないのかもしれません。