爽やかな天文教科書2026年08月30日 15時45分33秒

昼のお星は眼に見えぬ。 
見えぬけれどもあるんだよ、
見えぬものでもあるんだよ。

金子みすゞの詩のように、たとえリンクが開かなくても、このブログは確かに存在するのです。そう、見えぬけれどもあるんだよ。…と、ことさら書かないといけないのが苦しいですが、しかしこれは確かな真実です。

   ★

さて本題。

そういえば…なのですが、6月末にある天文古書について記事を書きました。
これまたリンクが開かない可能性もありますが、一応張っておくと以下の記事です。

内容は、19世紀後半の天文教科書の挿絵にほれ込み、夢中で探した結果、ついに1冊手に入れたこと、その実物が届いたら改めて紹介したい…というものでした。

その後、モノの方は間をおかず届いたのですが、いろいろあって記事にするのを怠っていました。しかし、この本は「Vintage Astronomy Books」(天文古書マニアが集うFacebook上の公開グループ)でも未登場のマイナーな本なので、ここに紹介する価値は十分あります。

これが問題の本です。


■E. -H. B.(編著)
 Atlas Scolaire de Cosmographie
 Eugène Belin、1880. 
 
タイトルは『学校用宇宙誌アトラス』、あるいは『学校用天文図集』とでも訳すのでしょう。

ここでいう「学校用」とは、「高等初等教育(Enseignement primaire supérieur)」向けの意。最初、「え、高等初等教育って何?ふつうに中等教育でいいんじゃない?」と思ったんですが、AIに聞いてみると、これは上級学校の前段階である「中等教育(リセやコレージュ)」とは別の、実学を主体とした実業学校を指す語だそうです。


著者はイニシャルのみで本名は不明。説明によれば「医学博士、郡視学官、『初等地学アトラス』の著者」という経歴の人です。当時のフランスでは、公的立場の人が本業以外の余技として教科書を執筆する際は、イニシャルのみにとどめるのが、いわばお約束だった由(これまたAIが教えてくれました)。ちなみにこの場合、姓が「B.」で、「E.-H.」はEmmanuel-Henriのような複合名を意味します。

この本は、「第1部 一般天文誌(Cosmographie Générale)」、「第2部 惑星誌(Planétographie)」、「第3部 天文地理学(Géographie Astronomique)」の3部構成で、各パートが20枚ずつ、計60枚もの挿図を含み、そのすべてが石販カラー刷りという、なかなか豪華なつくりです。私がほれ込んだのも、まさにその点でした。


巻頭を飾るのは、古代の世界地図。自然科学の教科書でも歴史から説き起こすのが、いかにもフランスっぽい感じです。



それに続く図たち。上は遠ざかる船と地球が円い証拠、下は地平線Hと天頂Zおよびその中間にある天体Pの位置関係。


何せ60枚もあるので、そのすべてを挙げるわけにもいきませんが、私の心を捉えたのは、それらの配色の中心をなす、美しい浅葱(あさぎ)色です。本来、夜空は黒や濃紺であるべきですが、このフランスの教科書では、それを爽やかに晴れた朝の空のような色合いで表現しています。何とも涼やかです。




本が届いてから気づきましたが、本書はフランス国立図書館のデジタル公開ページ「Gallica」に既掲載でした【LINK】。ですから見るだけなら、全ての図をいつでも見ることができます。ただ、石版の微妙な表情を楽しもうと思ったら、実物を手にするしかありませんから、これはやはり購入するのが正解です。


最後の挿絵。こうして船で始まり、船で終わるのも素敵です。

   ★

もう一つリアルな古書ならではの楽しみとして、こんな「余禄」もありました。


以前の持ち主がはさみ込んだアポロ計画の切り抜き。
歴代のアポロ宇宙船が持ち帰った月の石は、合計300キロ余りになることを伝える1975年頃の新聞記事です。本が出版されてから既に100年近くが経っていますが、この本は依然として星好きの人の座右に置かれていたのでしょう。

それからさらに50年が経って、この本は日本の私の元にやってきました。
思えば不思議なめぐり合わせです。

コメント

_ S.U ― 2026年09月01日 08時04分34秒

こういう「実業学校」向けの教科書は、若いうちに社会に出て活躍するであろう人たちに、商業でも職人でも船乗りでも基礎学問が生きてほしいという熱意が感じられて嬉しいです。江戸の蘭学の天文学や医学でも、フランスの影響を受けた実業学校の教科書が珍重されたことを思い出しました。
 特に、この本は、絵がきれいで豪華そうで、子どもたちに少しでも印象に残るように努力が払われているように思います。「学校で習ったことは役に立たない」という人がいますが、実業学校でこういう教科書が使われた伝統があるのなら、それは結局は役に立ったかは努力が結果に反映されているかどうかの問題で、役に立たない社会はそれだけの未到達の社会と見たいです。

_ 玉青 ― 2026年09月01日 20時47分59秒

当時の天文教科書は、たいていモノクロ図版で、内容も「美」という観点を閑却した、実質本位なものが多かったですから、この本はその意味で非常に稀有な例外だと思います。それだけ作り手の本気具合も伝わってきますし、それが実業学校向けに書かれたものという事実も一層心に響きます。

_ S.U ― 2026年09月02日 05時04分47秒

そうですね。若い人たちの育成にこういう形でおカネと美意識をかけられたという実証として印象的です。

とつぜんのお引っ越しということで、キャンディーズの「微笑みがえし」を思い出しますが、解散ではなくてまたお会い出来そうでよかったです。

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