風邪を2017年10月30日 21時19分34秒

…ひきました。

奈良から宇宙へ2017年05月28日 17時26分33秒


(薬師寺講堂の棟を飾る鴟尾(しび))

ゴールデンウィークに外出しなかった代わりに、昨日は奈良へ。
薬師寺の伽藍復興の一環として、かねてより進んでいた「食堂(じきどう)」が落成し、そのお披露目があるというので、参詣してきました。

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伊賀から大和に抜ける沿線は、まさに「たたなづく青垣」。
山々は燃え立つ緑に包まれ、空をゆく白雲が、山並みのところどころに影を落とし、その影が山肌をすべるようにゆっくりと移動していくのが、電車の窓から面白く眺められます。

耕地はちょうど田植えの季節で、山の斜面を上へ上へと続く棚田に張られた水は、空の青を映し、白く光り、これが日本の原風景なのだろうなあ…と、思わせるものがありました。

(伽藍の上に広がる古都の空)

電車を乗り継いで、近鉄・西ノ京駅で降りれば、すぐ目の前が薬師寺。
自慢じゃありませんけれど、私は極端な出不精で、旅行というのをほとんどしたことがないので、薬師寺に来たのは生まれて初めてです。

(法要で撒かれた散華)

薬師寺は、いわゆる奈良・天平に先行する「白鳳時代」に属し、夫婦で天皇位に就いた天武・持統両天皇が建立した寺です。そして、法要後に見学した同寺「聚宝館」で、私は白鳳の世界にしばし思いを馳せたのでした。


聚宝館では、今回の食堂完成を紀念して、工芸家の中野武氏(1945~)と、フレスコ画家の金森良泰氏(かなもりりょうたい、1946~)の作品展が行われていました。テーマは「生命(いのち)と、宇宙(そら)と: 命の形―その始まりと終わり」

私は中でも金森氏の星をテーマにしたフレスコ画に目を奪われました。

(展覧会チラシ・部分)

金森氏は、東西南北を守る四神、金の日輪と銀の月輪、そして輝く星を綴った古代の星座をモチーフとした連作を出品されていましたが、それらは明らかに高松塚古墳やキトラ古墳の壁画に材を取ったもので、考えてみたら、両者はいずれも天武・持統の古代世界に属するものなのでした。

天武天皇という人は、後の「蘭学趣味にはまった殿様」のはしりのような、極端にハイカラ好みの帝で、自ら天文や遁甲の術をよくし、しかも文字面だけで満足することなく、率先して陰陽寮を作り、占星台を設け、当時にあっては最先端の「科学」である陰陽五行思想の摂取に努めた人です。

天武帝のハイカラ好みは、仏教と中国思想の混淆した世界観を生み、それは薬師寺の本尊である、国宝・薬師如来像の台座に、本来仏教とは無縁の四神像(青龍・朱雀・白虎・玄武)がはめ込まれていることにも、よく表れています。

とはいえ、こうしたハイカラ好みは、天武天皇だけの十八番(おはこ)ではなく、その後も我が国には多くの新思想が、まさに「新しい」という理由だけで流入し続け、前代の思想に接ぎ木され、独自の色合いを生み、混沌とした伝統を形作ってきました。むしろ「混沌こそ本朝の旨なり」と言うべきかもしれません。

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以下、旅の記憶のかけら。


薬師寺から唐招提寺に至る道。


創建時の姿を残す唐招提寺金堂。


輝く青もみじ。


道々拾った白鳳と天平の甍。
当時の製瓦技法に由来する紋様――凹面には布目、凸面には縄目――が浮き出ています。


当時は陶土の精練度が低かったせいか、断面に異物が顔を出しています。
中央に白く光る鉱物は、おそらく斜長石。

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1300年の時を長いと見るか、短いと見るか。
「宇宙の年齢(130億年)の1000万分の1」と聞けば、ほんの一瞬のようでもあります。

でも、たとえばウィキペディアの「宇宙の年表」の項によれば、この1300年という時間は、私たちの宇宙が、プランク時代、大統一時代、インフレーション時代、電弱時代、クォーク時代、ハドロン時代、そしてレプトン時代を経て光子時代へと至る、長い長い歴史物語を綴るのに十分な長さだと記されています。

他方、宇宙の130億歳という年齢だって、電子や陽子が崩壊に至る永劫ともいえる年月に比べれば、ほとんどゼロに等しいぐらいです。

一瞬は永遠で、永遠は一瞬。
瓦片の断面に光る斜長石のかけらに、そんな思いを重ねてぼんやりとするのが、私にとっての「良い休日」の過ごし方です。

懐かしい友の顔2017年05月21日 21時11分46秒

「あれえ?○○さんじゃない!いやあ、久しぶりだね!!へえ、今はこちらにお勤めなんだ。もう何年ぶりかな。10年?いや、もっとかなあ。…でも、元気そうだね。うん、僕のほうは相変わらずさ。まあ、ちょっと齢はとったけどね。それにしても、こうして○○さんの顔を見ると、あの頃を思い出すよ。どう?せっかくだから今晩あたり…?」

しばしば異動のある職場だと、ひょんな所で、こんなやりとりがあると思います。

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今日、部屋の模様替えをして、ちょうどそんな気分を味わいました。

もう何年もアクセスの道が断たれていた抽斗。手が届かなかった本棚の奥。
物理的な距離にすれば1メートルにも満たないのに、手ごわい障壁にさえぎられて、長らくその隔たりを越えることができずにいました。

手前にどんどんモノを積み重ねていくと、どうしてもそういうことになります。
これではいけないと思っても、背に腹は代えられず、ここ数年間、環境の悪化が進むのを、いたずらに指をくわえて見ていることしかできませんでした。

しかし、今日は意を決して、山をうがち、谷を削り、異常な努力によって地形を改変して、そんな陸の孤島の解消を図りました。まあ、それによって新たな孤島が生まれただけとも言えますが、とにもかくにも、今日は懐かしい友と再会し、旧交を温めることができました。

…というわけで冒頭のセリフに戻ります。
しかし、相手からすれば「何と身勝手な…」と思われてもやむを得ないところで、黙ってこちらに付き合ってくれる、モノの優しさが、今日は身に沁みます。

旅と病2017年05月07日 09時20分50秒

旅に関連して、最近思いついたことがあるので、書き付けておきます。

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自分が高校を卒業し、浪人生となった頃のエピソードです。

あの頃の自分は、何となく落ち着かない気分でした。
「何かこの世界に大変なことが起きるんじゃないか」という不安と焦燥感に駆られ、「こうしてはいられない」と、気持ちが常にソワソワしていたのです。
友人から「世界の真実を語る○○という人」の噂を聞かされると、ぜひその人に会いたいと思うぐらい、心が浮動的でした。

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この記述を読むと、統合失調症について学んだ方ならば、それは一種の「世界没落体験」であり、統合失調症の初期に見られる典型的な症状だと思われることでしょう。
確かにその通りで、もしあのタイミングで受診していれば、ほぼ確実に統合失調症の診断が下され、すみやかに投薬が開始されたはずです。

幸か不幸か、私の場合、特に治療を受けることもなく、そのまま症状は消失し、今に至っていますが、このことから想像するに、統合失調症の生涯有病率は、現在考えられているよりもはるかに多くの暗数を含んでいて、実際には相当数の自然寛解例があるのではないか…という気がします(通常の疫学調査にはかからないので、あまり目立ちませんが)。

大学の新入生がカルトにはまって、その後発病…というのも、よく耳にしますが、自分のことを振り返ると、彼/彼女らの心の動きは、実感として分かる気がします。

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例によって湯船につかりながら考えていて、ふと、統合失調症とは実は「自立の病」なのではないか…と思いました。さらにまた、<今ここ>から<どこか遠く>をひたすら目指す「旅の病」ではないのか…とも。

自分が若い頃に味わった、あの気分。

「こうしてはいられない」、「今の世界は『本当の世界』ではない」、「どこかにある『真実』を求めて、自分はただちに歩み出さねばならない」という焦慮感――。

これはひょっとしたら、ヒトが成長の過程で自然に発現させる、生物学的にプログラムされた心の働きであり、大昔、例えばヒトが定住生活を送る以前は、種の拡散にきわめて有利に働いた資質なのかもしれません。即ち、巣立ちと旅立ちを促す動因というわけです。

遠い昔のヒトは、常に社会的であることを求められず、むしろ、ライフコースのどこかで非社会的になり、「群れ」を離脱することがスタンダードであり、そして放浪の末に、他の群れに再統合された。…これは、群れで生活する他の哺乳類でも、見られるパターンですから、あながち根拠のない空想でもありません。

そして、それこそが、統合失調症が思春期の直後に好発年齢を迎えることの意味ではないかと、湯につかりながら思ったのです。(ただし、他の生物の場合、そういう行動を取るのは主にオスですが、統合失調症の発症に性差はないとされているので、両者をパラレルに捉えることには、一定の限界があります。)

   ★

もちろん、過ぎたるはなお及ばざるが如し。
やはり統合失調症には、「病」と称するほかない状態像もあります。
幻覚、妄想、そして自我の解体…。

あるいは、彼らはあまりにも急速に自立を求め過ぎたのかもしれません。
彼らは自らの王国を築くとともに、他人から干渉され、侵食されることを断固拒絶し、その王国を守ることに全精力を傾け、結果的に社会から受け入れられない存在となりがちです。でも、それこそ「自立」の陰画でもあるのではないでしょうか。

   ★

「予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず〔…〕そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず」云々という、芭蕉の『奥の細道』の有名な序文。

当時の芭蕉は45歳ですが、彼が漂泊の思いにとらわれ、風狂に目覚めたのは「いづれの年よりか」はっきりしない、かなり若年の頃からのようでもあります。芭蕉が現代の診察室に現れたら、おそらくは…と思わなくもありません。

「旅」には、常に狂的な要素と、癒しの要素が並存しています。
正確にいえば、「旅」は狂的な要素によって始まり、癒されることで終わるのでしょう。

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しっかり概念規定をしないまま、連想で話を進めているので、いささか取り留めのない文章になっていますが、人生の終盤に差し掛かった今も、果たしてこれが自分のいるべき場所なのかな…と、ふと疑問を感じることがあります。

思春期ならぬ思秋期のそれも、やっぱり群れからの離脱を促しますが、若い時のそれとは違って、今度の旅のゴールは至極明瞭です。そして再統合されることは二度とありません。要は死に場所を求めての旅です。寂しいような気もしますが、でも、それは永遠の癒しでもあります。


(何だか深刻ぶって書いていますが、この文章は深刻に読まれるべきものではありません。すべては湯船の中で考えたことです。)

四月一日2017年04月01日 08時52分04秒

短いがゆえに苦しく、苦しいがゆえに長かった年度末が終わりました。

珍名紹介の欄で目にする「四月一日さん」は、冬の綿入り装束を脱ぎ捨てる季節の意から、「わたぬきさん」と読むそうですが、今日はちょっと肌寒くて、厚手の上着が欲しいです。考えてみれば、この四月一日は旧暦のそれでしょうから、その季節感を味わうには、まだひと月ぐらいかかる道理です。

それでも、窓の外に目をやれば、桜も一輪二輪とほころびつつあります。
じきに、この草臥れた脳と心と身体も息を吹き返すことでしょう。
いくぶん残務整理があるので、復旧にはもう少し時間がかかりますが、近日中に通常運転に戻れそうです。

壺の中にも天地あり2017年03月08日 07時20分18秒

つくづく思うのですが、このブログの画像は、毎度毎度背景が同じですね。
たぶん見る人もそう感じるでしょうし、私自身苦にしているのですが、これはもうどうしようもないです。


自然光が入って自由になる空間は、とにかくこれだけしかないので、いつもこの赤茶けた机の上、わずか30cm四方のスペースにモノをのっけて、縦にしたり、横にしたり、苦労して写真を撮っているのです。まさに「方寸の地」。

しかし、「goo辞書」によれば、この「方寸」という言葉には、

 胸の中。心。「万事―の中にある」
 《「蜀志」諸葛亮伝から。昔、心臓の大きさは1寸四方と考えられていたことによる》

という意味もあるのだそうです。
となれば、まさに人の心は自由自在な一大天地ですから、この極端な制約の中でも、思いだけは気宇広大、精神を縦横無尽に羽ばたかせて、大地と海と空へ、さらに遠い宇宙へと向かうことにします。

まあ、四字熟語を使って無理に力む必要もないですが、これからも背景は変らねど、懲りずにお付き合いいただければと存じます。

往くが如し2017年01月17日 06時51分43秒

毎度のことながら、生きていくためには雑務の突沸にも耐えねばならず、なかなか記事をノンビリ書くことができません。ブログの方はしばし開店休業です。
まことに人の一生は、重き荷を負うて遠き道を…

歳末風景2016年12月27日 07時01分05秒

「師走は忙しい」という経験則の正しさは今年も証明されて、年末はやっぱり忙しいです。
記事の方は、年賀状を書き上げてから、おもむろに再開の予定。

秋爽好日2016年10月29日 10時10分00秒

青い空。涼しい風。
静かな土曜の朝を満たす黄金の光。

日曜になると、早くも明日のことを考えて、何となく気ぜわしいですが、土曜日はいちだんとノンビリした時間が流れて、光の色もこまやかな感じがします。


…と、ちょっと余裕を見せて書いていますが、写真の片隅の人体模型に、少なからず違和感を覚える方もいらっしゃるでしょう。

しかし、彼とも結構長い付き合いで、今では彼のいない部屋は考えにくいです。
ときどき、このブログで私の思いを、2人の人物に託して語らせることがありますが、実際の掛け合いの場面を想像すると、相手はこの彼をおいて他にいません。

眠り男2016年10月03日 20時37分00秒



今回はよほど疲れていたのでしょう。
トイレに起きたり、飲食したりの時間を除いて、こんこんと眠り続けていました。途中熱が出てきて、汗をどっとかいて、それが収まったら、ちょっと楽になりました。でも、まだぼーっとしています。

記事のほうは、もうしばらく休んでから再開します。