新年閑談2017年01月01日 13時42分54秒

新年明けましておめでとうございます。

「めでたいって、一体何がめでたいんだ。よっぽどオメデタイ野郎だな」と思われる方もいるでしょう。確かに、あんまりめでたがってばかりもいられない世の中ですけれど、人間は一様な時の流れに長短さまざまな節目を作り、それによって世界の再生を体験しながら、これまで何万年も生きてきたのですから、この「めでたい」という感覚は、いわば生得的なものかもしれません。

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今年は酉年。
新年にちなんで十二支の話題です。

十二支といえば、子・丑・寅・卯…が、ぐるっと円環状にならんだイメージですが、あれを生物学的に考えるとどうなのかな?ということを、さっきまで寝床の中で考えていました。


分岐の絶対年代や、種間の相対的な距離を無視して、共通祖先からの枝分かれだけに注目して系統樹を描くと、どうも↑こんな感じになるようです(辰は恐竜ということにしましょう)。

だからどうだという話なんですが、見慣れた干支の動物たちも、視点を変えると一寸見方が変わりますね(丑は午よりもむしろ亥に近い、とか)。

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こんなことをノンビリ考えるのも閑なればこそで、正月が暇なのは何よりもめでたいことです。これからも閑な気分で記事を書き続けられることを願いつつ、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ヤドリギのクリスマスカードと或る一家の物語2016年12月24日 15時38分35秒

テロに大火。世界も日本も惨事に見舞われています。
仕事が忙しいとか、大掃除が面倒だとかブーブー言ってられるのは、実に幸せなことだと思わないわけにはいきません。

ちょっと間が空きましたが、記事の方を続けます。

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今日はクリスマス・イヴ。そして、クリスマスといえばヤドリギ
生命、太陽、炎、雷電、天空…ヤドリギはそれら全ての象徴であり、大きな呪力を秘めたものとして、冬枯れ一色の世界の再生と、生命の復活を願って、古代から冬至の時期に祀られてきました。そのかすかな名残が、クリスマスのヤドリギです。


そのヤドリギを描いた美しいクリスマスカード。
このカードは、そこにベツレヘムの星をあしらって、クリスマスムード満点です。


文字も絵柄もすべて型押しで浮き上がっている、凝った細工。


星の脇にさらに星。


この星は、差出人のカールトン氏が自らの思いを告げるために留めたものでしょう。


受取人はペンシルベニア州マンシーの町に住む、ミス・レオラ・ヴァーミリヤ。
消印を見ると、このカードは1908年のクリスマスに、ニューヨーク州オールバニーから投函されたものです。

eBayで見つけた108年前のクリスマスカード。
その背景にある物語を私が知る由もありませんが、でも知っている人に尋ねれば、きっとこんな答が返ってくるでしょう。

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おお、懐かしい。レオラのことならよく知ってるよ。

1908年…といえば、レオラはまだ18か19の娘時分の頃だ。
何?オールバニーのカールトン?その男のことは知らんな。でも、レオラの祖父さんや祖母さんはニューヨーク州の出だからな、あっちには親戚や知り合いが大勢おったさ。

レオラの祖父さんは最初、家具職人だったが、ペンシルベニアのグローヴァーで雑貨屋を始めてな。石炭油から採った「何でも治せるヴァーミリヤ特製“命の油”」なんてのまで売り出して、なかなか繁盛したもんさ。

商売っ気が強いのは、息子のエドワードも同じでね。息子の方は、グローヴァーからさらにマンシーに出て、製粉所の権利を買い取って、それから株の取引所を開いたりして、町の議会や教会の顔役になるぐらいには羽振りが良かった。つまり、それがレオラの親父さんさ。

親父は、本当はチャールズ・エドワードという2つの名乗りがあったんだが、自分ではもっぱらエドワードと名乗ってた。1908年にはたしか41歳だったはずだよ。女房のアイダは一つ違いだから、ちょうど40か。

レオラはエドワードとアイダの惣領娘でな、下に弟が3人、妹が1人おった。
中でも末の弟のチャールズ・エドワード・ジュニアは、なかなか大した奴さ。あいつはペンシルベニアの人間としちゃ最初の飛行機乗りになって、シンシナチからシカゴまで飛ぶ郵便パイロットをやっとったんだよ。時にゃ自分ん家の近くの野原に飛行機で乗り付けて、実にさっそうとした若者だった。

だが良いことは続かん。1929年の11月、その年は吹雪が早くにやってきて、奴はそれに巻き込まれて真っ逆さまさ。まだ23の若さだった。マンシーの連中は、「我が町のリンドバーグ」なぞと褒め称えたが、親父さんとお袋さんの落ち込みようときたら、まったく見ちゃおれんかった。

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…というように、会ったこともない遠い国の過去の時代の人のことも居ながらに分かってしまうネットは怖い反面、その視界の広がりには本当に幻惑されます。

今、博物趣味と旅の関わりについて考えていることがあって、時間と空間を超えた旅の物語を、モノ自身に語らせるにはどうしたらいいか?と思案しているのですが、こんなふうにモノを通して過去の1ページを覗き込むのも、ちょっとした旅かもね…と思ったりします。


【参照ページ】
レオラの一家のことは、以下のページの、それぞれ726~27頁と、1076~77頁に出てきます。


キノコ本(5)2016年11月14日 06時19分44秒

それぞれに趣のあるキノコ本ですが、虚心に振り返ると、個人的にいちばん心にしっくりくるのは、子供の頃から親しんでいる、いかにも「図鑑っぽい」本です。


たとえば、1966年に出た『オックスフォード隠花植物図鑑(The Oxford Book of Flowerless Plants)』(F. H. Brightman・文、B. E. Nicholson・絵)。

(牧草地や野原で見られるキノコ)

この図鑑は、分類学的記載に拠らず、その生育する環境別にキノコや苔やシダの仲間を図示した、一種のフィールドガイドです。半世紀前のイギリスのナチュラリストが、身近な自然観察の際に参照したのでしょう。

(混合林中の倒木に見られるキノコ)

(同じく混合林中のチャワンタケ類)

19世紀の博物学書は、自ずと審美的見地から眺めることが多くなりますが、この辺まで時代が下ってくると――何せ私の方がこの本よりも年長なのです――、もっと直接的な記憶や経験を刺激されて、もろに郷愁という要素が入り込んできます。

(高地の荒れ地に育つ苔類。本書はキノコ以外に、コケやシダ、藻類など「花の咲かない植物」は何でも載っています。)

幼いながらも真剣だった自然観察の経験。
あの日、あの場所で感じた光や匂いが、ページの向うに浮かび上がります。

もちろん昔の私の生活環境に、こんな洒落た本があるはずはなく、実際に読んでいたのは、小学館の学習図鑑とか、ちょっと背伸びして保育社の原色図鑑ぐらいでしたけれど、「図鑑画」の匂いには東西共通のものがあります。

(高地の湿生植物。赤い帽子をかぶって並んでいるのは、ハナゴケ(地衣類)の子実体)

そして、ここに描かれた自然は、やっぱり美しいと思います。
それは描き手の画力はもちろんですが、やっぱり画いた人自身が、自然をこよなく愛していたからでしょう。

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キノコの話題もひとまずこの辺で収束します。
何だかキノコそのものを語らず、余談ばかりでしたが、キノコを手がかりに、懐かしく新鮮な気分を味わえたので、ここでは良しとしましょう。
「あの日」が戻ってくることは二度とないにしろ、こうして本を開けば、一瞬あの日に還ることができることを確認できたのは、何にせよ良かったです。

キノコ本(4)2016年11月13日 13時10分42秒

キノコ本の話題が続きます。
キノコの絵にそう違いはないのに、ご苦労なことだ…と思われるかもしれませんが、意外にそうでもないよ、ということを書きたいと思います。

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今日の本は、ふたたび19世紀に戻って、1860年にイギリスで出た本です。

M.J. Berkeley
 Outlines of British Fungology (英国産キノコ学概説)
 Lovell Reeve(London)、1860. 本文442p+図版24葉


本の「お国ぶり」を考えると、この本の表情はいかにもイギリス的で、版元による地味で質素な布装丁は、フランスの繊細・華麗を旨とする装丁感覚と好対照をなしています(イギリスでも、この後徐々に装飾性豊かな本が好まれるようになりますが、世紀半ばはまだ地味です)。

(版元イニシャル(LR)の箔押しが唯一の装飾)

著者のバークリー(Miles Joseph Berkeley(1803-1889)は、英語版wikipediaによれば、「イギリスの隠花植物学者にして聖職者。植物病理学の創始者の一人」で、菌類の分類学で名を成した人。(https://en.wikipedia.org/wiki/Miles_Joseph_Berkeley

彼は「~師(Rev.)」の肩書を持つ聖職者ですが、かつての英国国教会の牧師は、宗教者であると同時に、国家の禄を食む一種の社会的身分・富裕層であり、僧籍の傍ら学問的活動に励む人が大勢いました。バークリーもそんな牧師さんの一人なのでしょう。この辺りもイギリス的といえばイギリス的です。


本書のタイトルページ。
正式な表題は、『一千種を超えるキノコの特徴及びイギリス諸島産と記録された全種類の完全なリストを収録した英国産キノコ学概説』という長いものです。


中身はセオリー通りに、まず文字だけの解説篇があって、その後に図譜編が続きます。



この図は石版画ですが、まだ多色石版が普及する前なので、彩色はすべて手彩色。その点に何となく有難味があり、本書の特徴ともなっていますが、この図を見ていかがでしょう、シカールやロイバのキノコ図とは、かなり手触りの違うものを感じられないでしょうか。


たとえば、この不整形なキノコの図。



モヤモヤッとしたキノコの輪郭を表現する線が、いかにもペン画タッチです。どことなく「手塚治虫的な線」と言いますか。そのせいで、本書はこれまで見た3冊の中で、いちばん古い本なのに、いちばん今風の印象を受けます。この辺もヨーロッパ大陸とは異なる、イギリス的肌触りを感じる所以かもしれません。

キノコも多様ですが、本の世界も多様であり、キノコ画の世界も奥が深い…と感じます。(人間も多様だということでしょう。)

キノコ本(3)2016年11月12日 11時05分28秒

今日もフランス語のキノコ本。
時代はちょっと下って20世紀初めに出た本です。

Fritz Leuba、
 Les Champignons Comestibles et les Espèces Vénéneuses avec lesquelles
 ils Pourraient être Confondus.(食用キノコ及びそれと間違えやすい有毒種)
 Delachaux et Niestlé (Neuchatel)、1906(第2版)
 判型 35×26cm、本文120p+図版52葉.


昨日の本をさらに上回る、堂々とした大型本。
フランス語の本ですが、著者フリッツ・ロイバの名前がドイツ風なのは、これがスイスで出た本だからです。出版地のヌーシャテルは、現在人口3万人あまりの小都市で、100年前もそれは変らなかったと思いますが、こんな立派な本を出すだけの文化的実力を持っていた…というのは驚きであり、羨ましい環境だと思います。

この本も、キノコ本としてはポピュラーらしく、「Fritz Leuba」で検索すると、バーッと画像が出てきます(例えばロンドンの自然史博物館では全図版を公開しています。http://piclib.nhm.ac.uk/results.asp?txtkeys1=fritz+leuba)。

とはいえ、ここは自前の写真で中身を見ることにします。

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「第1部」と銘打った本文編は、こんなふうにキノコの解説がずらっと続きます。
その記述をただちに読み解くことはできませんが、昨日の本が生物種としてのキノコに注目した著作であるのに対し、この本は書名からして「実用書」の色彩が濃い気がします。


たとえば、本文編の終わりには月替わりのキノコのカレンダーが載っていて、四季折々のキノコを存分に賞味しようという人の手引き書たることを目指しているように読めます。

そして本文に続いて、52枚の多色石版の図版が続きます(厚みのある紙を使っている関係で、図版編は本文以上のボリュームがあります)。


一見して分かるように、本書の最大の特徴は、「キノコの背景が黒い」ということです。


でも、全部が黒いわけでもなくて、白い背景の図版もあります。
ただし、毒キノコは黒、食べられるキノコは白…という明確なルールがあるわけでもなくて、その辺は説明のしやすさ、あるいはそれ以上に作り手の美意識という要素が大きいのかもしれません。


黒地に浮かぶサンゴハリタケ(上)とヤマブシタケ。
不気味な幽霊じみた姿ですが、立派な食用キノコ。


にぎやかなチャワンタケの仲間たち。こちらは陽気な妖精のようです。


いささか大味な図ですが、とにかくこれだけ大きいと圧倒されます。
画面からはみ出るまでに拡大して描かれたキノコ像は、同時に描き手(原画は著者自身のスケッチによるもの)のエネルギーを物語るものでしょう。


上の図と比較すると、葉っぱの緑の差し色や、線画による部分拡大図の存在によって、とたんに「博物画らしさ」が増すのを感じます。


博物画を博物画たらしめている要素や作法というのは、たしかにあるものです。

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なお、著者のフリッツ・ロイバは、タイトルページに「薬剤師(Pharmacien)」とありますが、詳しい経歴は不明です。

キノコ本(2)2016年11月11日 21時43分55秒

トランプ情勢を注視しつつ、キノコ本の話題を続けます。

といって、私はそっち方面に詳しいわけでは全然ありません。
先日の「きのこの思い出」では、キノコに関する思い出を、熱っぽく語りましたが、少なくともキノコ本に関しては、キノコ愛に燃えたというよりも、単に流行りに乗っただけの面が強いです。

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下は「いかにも」な1冊。

■Guillaume Sicard,
 Histoire Naturelle des Champignons Comestibles et Vénéneux
 (食用及び有毒キノコの博物誌)
  Delegrave (Paris), 1884(第2版)、判型 27.5×17.5cm、308p.


この表紙に横溢するメッセージ性がすごいですね。
キノコはまさに「花ならぬ花」であり、花と競い合う存在だ…というわけでしょう。


以前、素晴らしいルリユール(美装幀)の施された本書を目にしたことがありますが、私の手元にあるのは、傷みと染みの目立つ仮綴じ本です。


それでも、74枚もの多色石版画を収めた、この本の美質を愛でるには十分です。
この本は、キノコ本の世界では有名らしく、検索すればその画像をたくさん見ることができますが、以下サンプル的に中身を覗いておきます。



大きいキノコに小さいキノコ。



紅、青、紫、若草…鮮明なキノコのスペクトル。



キノコは、生命が取りうる形態の驚くべき多様性を教えてくれます。
こんな姿を目にすれば、人々がキノコに魅せられるのも当然で、ましてやそこに舌の喜びや、妖しい幻覚が伴うとすれば、もはや何をかいわんや…という感じです。

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著者のギヨーム・シカールは、フランス国立図書館のデータによれば、「1830年生まれ、1886年没。植物学者。フランス植物学会会員」とありますが、本書以外の著作は、「リンゴとナシの発酵と腐敗」という雑誌論文と、フランスの薬学者、アルフォンス・シュヴァリエの評伝がある程度です。肩書も「ドクトル」ではなく「ムッシュ」ですから、おそらくはアマチュア、あるいはアマチュアに近い立場で活躍した人でしょう。

それだけに、この『キノコの博物誌』は彼畢生の代表作。その熱い思いが、本書の序文や前書きには綴られているんじゃないかと思うのですが、残念ながらフランス語なので、読み取れません。

ともあれ、私はこういう人が好きです。
きっと満ち足りた一生を送ったのだろうと、まあ本当のところは分からないですが、何となくそんな風に思い、かつ憧れます。

キノコ本(1)2016年11月09日 07時15分07秒

博物趣味の世界も広いですが、その中で巨峰を形成しているのは、昆虫とか、貝とか、化石とか、何となく蒐集欲をそそり、かつ実際に蒐集行為が成立しやすい対象だ…という共通点があります。(歴史的に見れば、博物趣味と収集行為は双子のきょうだいのようなものです。)

それらと並んで、キノコも、昔から熱い博物趣味的視線を向けられた存在です。
しかし、(少なくとも19世紀のナチュラリストにとって)キノコはなかなか保存が難しい相手で、蒐集とは結びつきにくかったように思います。

それでもなおかつキノコが人気を誇ったという事実は、いかにキノコそのものが、人々にとって魅力に富む対象であったかを物語るものでしょう。

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色・形の保存が難しいキノコを前に、人々は盛んに絵筆を走らせ、あのファーブル先生も、たくさんのスケッチを残した…ということは、前に書きました。

■ファーブルのキノコ本
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2013/11/03/7037120

一般の出版物としても、キノコの図譜はいろいろ出ていて、今も古書市場の人気者です。高価な図譜とは無縁にしろ、私もそうした本を何冊か手にしたことがあります。
談がたまたまキノコに及んだので、この機会に、キノコ本の世界を覗き見ることにします。

(この項つづく)

きのこの思い出2016年11月07日 20時01分26秒

ちょっと話題のエアポケットに入ったので、HDの隅にあった画像を貼っておきます。


季節柄、キノコの写真です。
1876年創業のドイツの理科模型の老舗、SOMSO(ソムソ)社製の「ベニテングタケ」。

SOMSO社公式サイト(英語版 http://www.somso.de/en/somso/

キノコらしいキノコといえばベニテングタケ…という単純な発想で発注したのですが、ドイツ本社も、たまたま在庫を切らしていて、届くまで随分待たされた記憶があります。


この写真を撮ったのは2010年で、発注したのはもうちょっと前だと思いますが、あの頃、小石川の「驚異の部屋展」には、立派なキノコの模型が鎮座していて(インターメディアテクに今も並んでいます)、理科趣味の部屋には、キノコがなければいけない…みたいな思い込みがあったのだと思います。

思えば、つい先日のことのようでもありますが、当時はまだアンティークのキノコ模型は流通量が少なくて、思い通りのイメージの模型を入手するには、新品を購入するしか手がありませんでした。そんなところにも、微妙な時代の変化を感じます。


ライティングの加減で、妙に暖色系になった写真。
記憶の中の光景をノスタルジーが色付けすると、ちょうどこんな感じになりますね。

ここに写っているモノたちも、その後の時の流れの中で、ずいぶん配置が変りました。
他人からすれば、どうでもいいことでしょうが、自分の身辺に起こったそういう些細な変化にも、6年間という時の重みをジワッと感じます。

なんだか、キノコのことを取り上げながら、キノコのことを何も語っていませんが、そもそもが形から入ったことなので、「きのこの思い出」もせいぜいこんなところです。

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…と書くそばから、「いや、そんなことはない!」という内なる声が聞こえます。

 「キミは子供ころ、一生懸命キノコの乾燥標本を作ったじゃないか。お菓子の缶に大事にしまっておいた、あの標本のことを忘れたのか?『キノコの人工栽培』という本を図書室から何度も何度も借り出したのは、いったいどこの誰だ?朽木の上に列をなすオレンジ色の不思議な菌類をじっと観察したのは?キノコだけじゃない、シャーレに入れたパンや、牛乳瓶に流し込んだ寒天培地に生えてくるカビを飽かず眺めたのは、他ならぬキミじゃないか?」

――6年や7年どころではない、何十年も前の遠い記憶。
こういう思い出は、ふだんはほとんど忘れていますが、何かをきっかけに脳味噌の芯から噴き出すように涌いてきます。そして、こうして忘れずにいるということは、やっぱり大切な思い出なのでしょう。

ざらざら すべすべ2016年07月08日 21時55分46秒

いろいろアップアップしている状態です。
こういう時は、心がざらついてくるので、何か心が穏やかになるものはないかな…と周囲を見回したら、心のザラザラを消す、スベスベしたものを見つけました。


スベスベマンジュウガニ。
変な名前の多い海の生き物の中でも、そのインパクトにおいて一二を争う存在。


私はこの名を聞くと、すぐに「すべすべ饅頭」というお菓子を連想するのですが、別にそういうお菓子が存在するわけではありません。「マンジュウガニ属」という蟹のグループがあって、その中でもとりわけスベスベした甲羅の持ち主だから、こう名付けられたのでしょう。(饅頭どころか、この種はかなり強力な毒を持つそうです。)

まあ、あまり変な名前、変な名前と言っては申し訳ないですが、以前、「NHKみんなのうた」に登場した、『恋のスベスベマンジュウガニ』でも、「笑ってくれるな変な名前…」という歌詞が流れていたので、やっぱりみんな「変な名前」だと思うのでしょう。


昔、幼い息子のほっぺたをさすりながら、「あ、スベスベマンジュウガニ!」とふざけていたのも懐かしい思い出です。
…そんなことを考えていたら、いつのまにか心のザラザラも消えました。

かささぎの橋を越えて2016年07月07日 06時46分12秒

今日は七夕。
旧暦の7月7日といえば、新暦の8月中旬にかかる頃合いですから、ちょうど夏と秋が入れ替わる時期です。七夕は新旧の季節感が大きくずれる行事のひとつで、現代ではこれから夏本番ですが、俳句の世界では立派な秋の季語。

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以下、『銀河鉄道の夜』より、「九、ジョバンニの切符」の一節。

 「まあ、あの烏。」 カムパネルラのとなりのかおると呼ばれた女の子が叫びました。
 「からすでない。みんなかささぎだ。」 カムパネルラがまた何気なく叱るように叫びましたので、ジョバンニはまた思わず笑い、女の子はきまり悪そうにしました。まったく河原の青じろいあかりの上に、黒い鳥がたくさんたくさんいっぱいに列になってとまってじっと川の微光を受けているのでした。
 「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」 青年はとりなすように云いました。

ここにカササギが出てくるのは、もちろん銀河と鵲(カササギ)の故事――すなわち、七夕の晩には、鵲が翼を並べて天の川に橋をかけ、そこを織姫が渡って彦星に会いに行く(あるいはその逆)という、中国の伝承にちなむものでしょう(古くは漢代の「淮南子(えなんじ)」に、その記述がある由)。

そんなことに思いを馳せつつ、今日はムードだけでも涼し気な品を載せます。

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七夕の茶事で用いられる香合(こうごう)。
夜光貝の銀河と、金蒔絵の鵲を取り合わせた可憐なデザインです。


香合は香を容れるための容器で、浅い身と蓋に分れます。


銀河のほとりには、織姫の坐すこと座が輝き、


その対岸に、牽牛(彦星)の住むわし座が羽を広げています。


そして、両者の間を縫うように、漆黒の空で鳴き交わす鵲たち。

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お茶道具といっても、通販で扱っている普及品ですから、価格はまあそれなりです。
でも、このデザインはなかなか素敵だと思いました。(産地は石川県、いわゆる加賀蒔絵の品です。)


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▼閑語 (ブログ内ブログ)

異国であまたの邦人が殺されようと、
いくら政府の要人や、その取り巻きが 
破廉恥なことや、悪辣なことや、愚昧なことを
言ったり、やったり、隠したりしても、
我が同胞は少しも慌てず騒がず、常に泰然自若としている。
まことニッポン人こそ、世界に冠たる忠勇無双の国民なり。
頼もしいことこの上なし。

…と、憎まれ口のひとつも叩きたくなる昨今です。
「天文古玩」と称して、ひどく呑気なことを書き連ねながら、今の状況を前にして、少なからず心を曇らせています。

そして、私は現政権と心中する気も無ければ、その危険な実験を温かく見守る気もありません。私の答は、はっきりとノーです。

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おそらく、こういう物言いに反発を感じる人は、確実に何割かいらっしゃるでしょう。
政治の話なら、よそでやってくれ…というわけです。

たぶんこういう場合、ブログにしてもSNSにしても、多くの人は内容に応じて別アカウントを取得して、趣味なら趣味、政治なら政治と、切り分けて発言や行動をされているように想像します。それは社会生活をスムーズならしめる賢い振る舞いであり、他者への配慮でもあるのでしょう。

しかし、私にはそれが現代を広く覆う病理、「人格の解離」の大規模な実践に見えてしかたがないのです。

ついさっきまで悲しいニュースを、いかにも悲し気に読み上げていたアナウンサーが、次の瞬間、一転してにこやかな表情で、「さて次はスポーツです。テニスのウィンブルドン2日目…」と言うのを見ると、私はとっさに「この人は病んでいる」と感じます。もちろん、アナウンサーは職業上、悲し気な顔や、晴れやかな顔を作っているに過ぎないので、それを見ている方が、アナウンサーと一緒に気持ちを切り替えているなら、むしろ病んでいるのは視聴者の方でしょう。

チャンネルを替えるように、感情や思考の流れをパッパッと切り替えられるとしたら、その人の統一された「本当の自分」はいったいどこにあるのだろう…と不思議に思います。いや、その人は果たして本当に何かを感じたり、考えたりすることができているのだろうか…とすら思います。

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自分が正しいことを書いている自信は全然なくて、明日になったらまた違う感想を持つかもしれません。しかし、今はぜひ言っておきたい気がして、あえて書きました。

いずれにしても、私の中では「天文古玩」的な世界と、政治的角逐が生じている現実世界とは地続きで、そこに境界はありません。それは1つの全体です。(…と大見得を切りましたが、以前は正反対のことを書いた記憶もあり、あまり信用してはいけません。それこそがネットリテラシーです。)