ペンギンの翼2019年07月16日 06時24分10秒

暑い夏を熱くする政治の話題も大切ですが、今日は涼しくペンギンの話。


ガラスシャーレに載っているのは、「ペンギンの翼
…という名前の二枚貝です。

和名はマベガイ。養殖真珠の母貝であるアコヤガイとは、同じウグイスガイ科の兄弟、そして食用にされるカキ(こちらは同じカキ目のイタボガキ科)とは、従兄弟のような関係になります。

学名の「Pteria penguin」は文字通り「ペンギンの翼」の意味で、英名も「ペンギンズ・ウィング・オイスター」。その名の由来については、説明不要でしょう。まさに名は体を表す。


この貝殻は磨きをかけてあるので、裏も表も美しい遊色が出ています。


まさに極地に出現するオーロラのようです。
その美しさから、マベガイは貝細工の原料とされ、また真珠母貝としても利用される由。

実際の生息地は南極ではなくて、温暖な西太平洋~インド洋です。
まあ、その出自は寒暑いずれにせよ、夏こそ恋しくなる海からの贈り物。

銀河は煙り、鳥は天に集う2019年07月06日 11時31分44秒



戦前の「銀河」ブランドの煙草パッケージ。
明るい星々の間を縫って、滔々と流れる天の川のデザインが素敵です。


深みのある萌葱(もえぎ)色の空に銀刷りが美しい。
銀河の星々は明るいパステルグリーンです。


折り曲げて箱状にすると、元はこんな表情。


パッケージの裏面に目をこらすと、そこには「朝鮮総督府専売局」の文字が。
この可憐な品にも、やっぱり歴史の影は差していて、いろいろ考えないわけにはいきません。なお、京城(ソウル)の朝鮮総督府に専売局が置かれたのは、大正10年(1921)~昭和18年(1943)までのことだそうです。

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ところで、七夕習俗は中国から朝鮮半島を経て日本に伝わったものですから、現在も対馬海峡をはさんで、似たような季節行事が両国に残っています。せっかくの伝統行事ですから、ここはネットに頼らず、任東権(著)『朝鮮の民俗』(岩崎美術、1969)を紐解いてみます。

それによると、牽牛・織女の説話は同様で、若い女性が針仕事の手並みが上達するよう祈るのも日本と同じですが、それと対となるように、若い男性が二つの星を題して詩を作り、勉強に励むことを誓う日だった…というのは、微妙に違いますね。日本でも、星に和歌や書の向上を願うという風習はありますが、特に男性限定でもないような。

それと、七夕の夜に雨が降ると、牽牛と織女が出会えた喜びの雨だとするというのも、日本とは逆転しています。

ちょっと面白いと思ったのは、七夕になると、地上からカラスやカササギが一羽もいなくなるという言い伝えです。それは彼らが銀河に橋をかけるために昇ってしまうからで、もし地上にカラスやカササギがいても、それは病弱で飛べないものばかりで、元気なものはみな烏鵲橋を架けるのに参加するのだ…という話。

日本にも「烏鵲(うじゃく)の橋」という言葉があって、七夕の晩にはカササギが銀河に橋をかけることになっていますが、日本では「烏鵲」全体で「カササギ」の意とするのに対し、半島ではこれを「烏+鵲」と解して、「カラスとカササギ」の意に取るのが変わっています。

では、本家・中国はどうなのか…というのが気になります。はたしてカラスは天に上るや、上らざるや? こういう時こそ「名物学」過去記事にリンク)の出番なのですが、例の青木正児氏の『中華名物考』にも言及がなかったので、正解は今のところ不明です。


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【付記】 上のこととは関係ありませんが、「カササギ」の語源をめぐって、かつて常連コメンテーターのS.Uさんと、コメント欄で延々と語り合ったことがあります。参考にリンクしておきます。

■かささぎの橋を越えて http://mononoke.asablo.jp/blog/2016/07/07/8126796

豚供養2019年05月21日 18時09分53秒

豚コレラの終息が見込めません。

そもそも感染経路もまだ不明であり、考えられる対策をすべて施してもなお、新たな感染が発生している状況なので、あとは神頼みに近い感じもあります。巷間言われるように、感染の拡大に小動物が介在しているならば、それを完全に断つことは、確かに神業に近いかもしれません。

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豚コレラの防疫措置、すなわち殺処分の現場は、当然のことながら酸鼻を極めたものです。仔ブタたちは、密閉空間内で二酸化炭素を放出することによって、一度に多数が死に至ります。親ブタたちは、大型の枝切りばさみのような、両側から体を挟み込む形の通電器によって、電撃を3回ないし4回与えられて、最後に薬液注射によって、一頭ずつ絶命させられます。

電撃の際、全身がピンと筋強剛する様も恐ろしいし、通電がうまくいかず、その都度ブタが挙げる悲鳴(それは確かに悲鳴であり、絶叫と呼ぶに足ります)を聞いて、まったく平気でいられる人は少ないでしょう。そして、苦悶の色を目に残して、ずるずると袋に落とし込まれるブタたちの顔、顔、顔…。

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こう言うと必ず、

「じゃあ、お前さんが食ってる豚肉、あれはどうやって作られてるんだね?」
「どうせ豚コレラがなくたって、彼らはいずれ食われちまうんだ。今さら変に善人ぶってどうする。」

という声が出るでしょう。私の心の内からもそういう声が聞こえるし、それはロジックとして正しい気がするので、答に窮します。

「だから、そんな罪深い殺生はやめた方がいいんだよ。」

という肉食廃止論者の人もいます。
それもまた正しいような気がするのですが、でも私が仮に、野に生きる狩人か何かで、野生のイノシシを仕留めて、その場で屠って、肉を食べる場面を想像すると、そこに「むごい」という感情はあまり生じません。それが自然な生の営みの一部として納得されるからです。

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結局、私の感じる「むごさ」の奥には、生類憐み的な感情のみならず、食べるためだけに肥育し、増殖するシステムと、その効率の最大化を進める「巧緻な非情さ」への、素朴な反発があるのだと思います。

近代牧畜業に限らず、古来、牧畜(あるいは広く農耕)というシステムには、やっぱり素の自然からは遠い、不自然なところがあります。もちろん、ヒトが人となり、社会を築いたのはそのシステムのおかげですから、私もそれを否定はしません。否定はしませんが、でも、そこにこそ人の「業」があり、我々は、今後も永く「楽園を追われた存在」として生きていかねばならないことは、繰り返し反芻せねばならないと思います。

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ところで、殺処分の実際を見聞して、一つ奇妙な事実に気づきました。

ブタは、目の前で仲間が殺されても、またその悲痛な声を聞いても、ピクリとも反応しないのです。殺処分が行われているすぐそばの豚房で、何事もないように、ブタたちは餌をあさり、互いにつつき合い、眠っています。子供のころから、屠殺前の動物が、死の予感におびえて恐怖する…という話を耳にしていたので、ブタたちがそうした素振りを露ほども見せないことに、違和感を覚えました。

ただし、そんなブタたちが、唯一恐怖を示すことがありました。
他のブタの群れから引き離されることです。

上記のとおり、ブタたちは一頭ずつ「処分」されるのですが、その際、同房のブタたちから引き離されることを、彼らはひどく恐れ、激しく逃げまどいます。でも、一頭だけ別区画に追い込まれてしまえば、さっきまでの恐慌が何だったのか、何事もなかったように、また餌をあさり始めます。

そんなブタたちの姿に、今の日本人を重ねて、別の意味で恐怖を感じた…と書くと、シニカルに過ぎるかもしれませんが、でも、正直その思いを抑えかねました。

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まあ、私の余分な感想はともかく、その後、鹿児島県立博物館で見た説明文(家畜化に伴うブタの知能低下)を思い出して、ブタたちの振る舞いも大いに頷かれました。


確かに野生の状態でああだったら、とても生き延びることはできないでしょう。しかし、これまた人間の業の深さを物語る事実だと思います。

ライオンゴロシはライオンを殺さない2019年04月21日 15時21分59秒

…という趣旨の記事を以前書きました。

■京都博物行(4)…ライオンゴロシの実(前編)

■京都博物行(5)…ライオンゴロシの実(後編)


小泉元首相を悪罵しているうちに、ふと思い出しただけのことで、まあ小泉さんとは全然関係ない話ですけれど、さっき調べたら、ライオンゴロシの「風説」は、どうもいまだに健在のようなので、今一度世人に注意を喚起すべく、貼り付けておきます。

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妙に長い記事ですが、肝となるのは「前編」の途中に出てくる

 「ウィキペディアを見る限り、この植物とライオンを結びつけて記述しているのは日本語版のみで、少なくとも英・独・仏語版のウィキペディアには、ライオンに関する言及は見当たりません。」

という事実と、「後編」の最後に出てくる以下の帰結です。

 「…この話題の究極の火元は、19世紀のイギリスにあったと見てよいでしょう。
 その逸話が20世紀初頭のドイツ語の本に引用され、さらに半世紀後、日本の書籍に再引用されて、以後、連綿と語り継がれてきた…というわけです。
 ともあれ、これは19世紀の博物学的想像力が生んだ「残酷なロマンス」であり、ファンタジーなのだと思います。それが本国でフィクションとして捨て去られた後も、極東の地で化石化して生き続けているとしたら、それはそれで素敵なことではないでしょうか。」

Une Petite Histoire Naturelle(小さな博物誌)2019年04月18日 06時02分03秒

ハチドリを迎え入れるにも、いきなりというわけにはいきません。
いや、いきなりでもいいのですが、博物趣味の香気を一層濃くしようと思ったら、それなりの下準備が必要です。

今回は小さな剥製にふさわしい、小さな図譜を事前に用意しておきました。
両者の取り合わせによって、「博物趣味の小部屋」を気取ろうというのです。


密林を舞う美しいハチドリのために、かつて豪華な図譜がいくつも作られましたが、ここでは身の丈に合った品として、ウィリアム・ジャーディン(Sir William Jardine、1800-1874)が編んだ「ナチュラリスト叢書」から、ハチドリの巻(2冊)を選びました。


「ナチュラリスト叢書」は、1830~60年代にエディンバラで刊行された、全40巻から成る一大叢書です。以前、甲虫の巻を載せましたが、昆虫にしろ、鳥類にしろ、魚類にしろ、およそ博物愛好家の興味を惹くものは、何でも取り上げています。

新書版より一寸ちいさいポケットサイズ―― いわゆる十二折版(duodecimo)――というのが、この場合重要で、さらに緑の革装丁は、ハチドリのイメージともぴったりです。

(パートⅠの口絵。左側はラップランドの衣装を身に着けたリンネ(Carl von Linné、1707-1778)の肖像)


もともと普及版の図譜なので、「豪華絢爛」とはいきませんが、64枚のプレートすべてに手彩色を施した、この愛らしい小冊は、眺める愉しさを十分備えています。


図版も縦あり、横あり。



左向きのハチドリがいるかと思えば、右向きもあり。

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「なかなか素敵な小部屋じゃないか」と、自分では思うんですが、これまたいつものムード先行で、“生産性に欠ける”と言われれば、返す言葉もありません。でも、ざらついた今の世の中で、少しでも潤いを求めようと思えば、あえてこんな挙に出るのもやむ無し…です。

ハチドリの輝きの向こうに2019年04月17日 06時47分14秒

今回、antique Salon さんで購入したのは、ハチドリの剥製です。

(防虫のため、購入した後で壜に入れました)

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ハチドリの剥製には、ずいぶん以前から惹かれていました。
それは私の中で、ハチドリがデロールと結びついているからです。
パリの博物商・デロールの存在を知ったことは、私にとってひとつの<事件>であり、私の博物趣味のありようは、それによって大きく規定されています。

以前も書きましたが、デロールのことを知ったきっかけは、福音館の絵本でした。

(今森光彦 文・写真、『好奇心の部屋デロール』、2003)

本の中のデロールは、まさに好奇心を刺激する宝物殿に見えましたが、中でもひどく気になったのがハチドリの剥製です。


この美しくエキゾチックな珍鳥が――しかも剥製という姿で横たわっている様子が――博物趣味のシンボルのように感じられたからです。

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実際、今回手にしたハチドリは、19世紀に作られた仮剥製ですから、文字通り博物趣味の黄金時代のオーラを身にまとった存在です。


種類はおいおい調べるとして、この小ささはどうでしょう。
嘴の先から尾羽の先まで全部ひっくるめても、私の小指の大きさしかありません。そもそも、鳥が小さな管壜にすっぽり入るというのが不可解です。これが本当に恐竜の子孫なのか?


この斑模様は、ひょっとしたらまだ若鳥なのかもしれませんが、成鳥とて、大きさはそう変わらないでしょう。小鳥というと、スズメぐらいの大きさのものを想像しますが、これは下手をすると、スズメがついばむぐらいの大きさしかありません。


試みに他の標本と比べてみると、上のような感じで、これが「蜂鳥」と呼ばれるのも頷けます。

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可憐な鳥を剥製にすることに、違和感を覚える人もいると思います。
しかし、生体の限界をはるかに超えて、100年以上にわたって、その美麗な姿を賞し、持ち伝えてきた古人の心根は、無惨とばかり言い切れないものがあります。

パリで焼けたのはノートルダムばかりではありません。
デロールもまた、2008年の火事で焼け落ちました。それが見事復興したのも、生物の多様な姿に対する、人々の驚異の念があればこそです。

かつての博物趣味は、人間の放埓な好奇心のままに生物を乱獲し、環境を破壊する愚を犯しました。その反省が、博物学の生態学への転身を促しましたが、そこにあったのも、やっぱり生物の多様な姿への驚異の念です。もしそれがなければ、ヒトは他の生物種にとって、いっそう悪魔じみた存在になっていたはずで、ハチドリの剥製が宿す意味は、よくよく考えなければなりません。

植物のかたち…ブロスフェルト『芸術の原型』について2019年04月09日 21時02分47秒

(昨日のつづき)

ブロスフェルトの『芸術の原型』は、新古いろんな版で出ていて、いったい何を買えばいいのか迷います。著作権の切れた現在、リプリント版もいろいろですが、古書に限っても、そのバリエーションはなかなか多彩です。

まず、『芸術の原型』のオリジナルは、120枚の図版を収録しています。
この点は、1928年にベルリンで出た正真正銘のオリジナル初版も、翌年、英・米・仏・スウェーデンで出た各国語版も同様です。

その後、1935年に<普及版>として、図版を96枚に減らした版が出ました。
これも長く版を重ねて、ずいぶん売れたので、古書市場にはたくさん出回っています。別に普及版が悪いというのではありませんが、オリジナルの姿を求めるならば、ここは要注意です(なお、後のリプリント版にも、120枚と96枚のバージョンが混在しています)。

さらにややこしいのは、1928年の初版には2つの形態が存在することです。
1つは通常の本の形をしたものです。
そして、もう1つは額装して楽しめるよう、あえて製本せず、1枚1枚の図版がバラバラの状態でポートフォリオ(秩)にくるまれたものです。これはごく少部数が作られただけらしく、今では稀本として、古書市場では非常な高値で取引されています。

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私の場合、後版でもいいので、作者と同時代に出たオリジナルを求めたいところですが、今回はちょっと違って、「ポートフォリオ版の現代におけるリプリント」という、折衷案を選択しました。その時の気分として、額に入れて眺めたいという思いが勝ったからです。でも、これまでそうやって眺めたことは一度もないので、ちょっと無駄な力み方だったかも。


Karl Blossfeldt(著)、Ann & Jürgen Wilde(編)
 ART FORMS IN NARURE:New Edition as Portfolio
  Stiftung Fotografie und Kunstwissenschaft (Köln), 2003

それでもこの選択は、やっぱり正解です。
こういうものは、いろいろ並べ替えて、あれこれ比較するところに、一層の面白さがあると思うからです。


それにしても―。
そもそも植物はなぜ美しく感じられるのか?


まず、そこに命が通っているという事実が、人の心に強く訴えかけます。
まあ、命が通っているからといって、それを美しく感じることの説明にはなりませんが、命ある存在として、命ある他者に感応する心の動きが、人間には本来備わっているんだ…と言われれば、確かにそんな気がします。日光を浴びて次々に開く若芽、ぐんぐん伸びる枝の勢い、軽やかに揺れる下草、どっしり聳える大樹…、そんなものを見ると、人は理屈抜きに「あはれ」と呟きたくなるものです。


また、もう一つの要因として、その形が完全に機能的だということがあります。
進化のドラマの中で、より機能的な形態が生き延びるということを、何億世代も繰り返せば、勢い植物が機能美に富むのも当然です。そして機能的なものは、多くの場合、その線や面をシンプルな関数で表現できるとか、何かしら理知的な感興を伴うものです。いわば「をかし」の美。


要は「命の通った機能美」―それこそが植物の美の本質でしょう。
ブロスフェルトの作品が我々の心を打つのも、植物の細部にまで―むしろ細部にこそ―「命の通った機能美」があふれていることを、明快に表現しているからだと思います。

植物のかたち2019年04月08日 22時47分29秒

桜も、はや散りがてに―。
昨日の選挙に行くときは上着もいらないぐらいで、カエデやケヤキがまぶしそうに若葉を広げ、歩道脇にさまざまな野草が花をつけているのを、何か不思議なものを見るような気持ちで眺めながら、ぶらぶら近所の小学校まで歩いて行きました。

人間はさておき、植物というのは実に偉いものだなあ…と思います。
そして純粋に美しいものです。そのことで思い出したことを書きます。

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今から4年前の2015年、愛知県美術館の単館企画で「芸術植物園」という展覧会が開かれました。そのときの自分が何か言ってないか探してみたら、こんな記事を書いていました。

芸術植物園…カテゴリー縦覧「ヴンダーショップ・イベント」編
記事を書いたときはまだ見に行ってなかったのですが、その後無事に出かけて、図録もしっかり買ってきました。


今思い起こすと、あれは相当苦しい展覧会でした。

もちろん意味のあるテーマだとは思うのですが、古今東西、植物を描いた芸術作品は無限にあるので、何をどう配列すれば「植物とアート」という巨大なテーマをコンパクトに展示できるのか、その模範解答を提示できる人は、多分いないでしょう。

件の展覧会も、漢代の器物からルネサンスの本草図、近世の花鳥画から現代美術に至るまで、まさに「総花的」展示で、「美」という観点に限っても、植物と人間のかかわりは実に長く且つ深いものであることを示していましたが、同時にかなり混沌とした印象を与えるものでした。

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そうした中で、私の目を強く引きつけたアーティストがいます。
ドイツのカール・ブロスフェルト(Karl Blossfeldt、1865-1932)という人です。

ウィキペディアには、「ドイツの植物学者、写真家、教師」と紹介されていますが、彼が専門の植物学者だった事実はありません(「植物愛好家」という意味で「ボタニスト」ではあったかもしれません)。そして、その写真術も独学です。最初は鉄の工芸家として出発し、建築装飾とデザインを学び、ベルリン王立工芸美術館付属学校で、「生きた植物に基づく造形」という科目で、長く教鞭をとった…という経歴の人です。

まあ普通だったら、あまり注目を浴びることなく、坦々と人生を送ったと思うんですが、ふとしたことで、彼は大いに世間の注目を浴びます。それが彼の植物写真でした。彼は担当教科のネタとして、長年にわたって身近な植物の写真を撮りためていたのですが、その幾枚かがベルリンの画廊に展示されて評判を呼び、写真集『芸術の原型 Urformen der Kunst』(1928)が刊行されたことで、その名は不朽のものになったのです。

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…というわけで、植物のかたちの秘密を追って『芸術の原型』の中身を見に行きます。
もっとも、ブロスフェルトの写真はネットでも簡単に見ることができますが、その書誌がかなり込み入っているので、まずそのことを自分用にメモしておきます。

(この項つづく)

新春に骨を愛でる2019年01月01日 09時27分45秒

新しい年を迎えました。


干支が戌から亥にバトンタッチしたのを記念し、イヌ(といかオオカミ)とイノシシに並んでもらいました。正月早々「お骨」というのも一寸どうかと思いますが、骨は脊椎動物にとってかけがえのない、まさに骨幹、屋台骨。ですから、誰かを評価する際も、「あいつは中々骨のある奴だ」と、別に骨の無い人間はいないのに、ことさらそんなことを言ったりします。

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さあ、今年も興味の赴くままに天地の不思議を追って、猪のように駆け回るか!…と思いつつも、元来気骨に乏しい「天文古玩」が、さらに霊界通信化してしまった現状では、はなはだ覚束ない感じです。まあ、ここはいっそフワフワと浮遊するイメージで、天地を自在に往還することにしましょう。

鬱屈者は元旦に黄金の実を拾う2018年12月31日 08時59分19秒

今年もいよいよ終わりです。
1年を振り返って、今年いちばんの出来事は、12年間続いたブログについに終止符を打ったことです。じゃあ、今書いているこの文章は何かと言えば、中有にさまよう死者のつぶやきのようなものです。四十九日もとっくに過ぎたのに、未だ成仏できずにいるとは、よほど業が深いのでしょう。

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戯れ言はさておき、趣味の方面の話ですが、今年の買い物日記を読み返すと、自分は元旦から早速買い物をしていて、それがこれです。


金色のインク壺。
胡桃や団栗を模したインク壺は、19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパ中で流行ったらしく、今でもオークションにたくさん出ています。素材は真鍮やブロンズ製のこともあるし、木製のこともあります。デザインも至極リアルなものから、デフォルメの利いた民芸調までいろいろ。これはイギリスの人から買いましたが、産地はフランスかもしれません。大雑把に言って、こうしたデザインは、アール・ヌーヴォーの余波でしょう。


この品、パカッと殻が割れるようになっていて、中はうつろになっています。
ここに直接インクを入れたわけではなくて、ここにピッタリはまるガラスのインク瓶が本来あったはずですが、今は失われています。(なお、この品は見た目は真鍮ですが、地金は銀白色で、スズと鉛ないし銅の合金ではないかと思います。)


付けペンを使う習慣のない自分が、なぜこれを買ったのか、当時の心持は何となく覚えています。その時の私は、机辺に何か野の香りのするもの、ホッとできるものが欲しかったのです。身辺の瑣事に、一種煮詰まった気分だったのでしょう。

この気分はブログの休止まで尾を引いており、その直前に「ヘンリ・ライクロフトの植物記」という記事を書いたのも、やっぱりその辺に原因があります。(その時ははっきり意識していませんでしたが、今思うと確かにそうです。)

硬質な星の世界も勿論いいですが、植物には柔らかさと同時に優しが、そして生の実感が伴っており、それに頼りたくなる気分のときがあるものです。

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で、このインク壺が今も机辺にあって、私を慰めてくれていればいいのですが、残念ながら物陰に追いやられて、今はまったく目に触れることがありません。というのも、届いた実物は最初画像で見た印象よりも一回り大きくて(差し渡しは約15cm)、机に置くと、他の作業に差支えるからです。

(手前は野生のオニグルミの実。こうして見ると、全然大きさが違いますね。)

何事も形から入ると、得てしてこういう企画倒れになりがちです。でも、それを責めずにいてくれるのが、植物の優しさなのかも。まあ、それに甘える自分もどうかと思いますが…。

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今年の霊界通信は、これで語り納めです。
それでは地上の皆さま、良いお年を!