千年の古都で、博物ヴンダー散歩…島津創業記念館(1) ― 2011年10月21日 21時27分16秒
で、何をやっている会社だね?…と重ねて問われると、あまり明瞭なイメージがない方もいらっしゃるでしょう。私も五十歩百歩です。
その名の通り、ここは基本的に機械メーカーです。現在は分析・計測・医用・産業の4分野にわたって、先端的な科学機器の製造販売を行っています。
しかし、天文古玩的には「理科教材メーカー」の印象が強く、実際、創業当初はそれが本業でした。まあ、当時はそれこそが「先端的な科学機器」だったので、その意味では事業へのスタンスは不変だともいえます。
同社の創業は明治8年(1875)。
創業者は初代・島津源蔵(1839-1894)。没後は息子が二代目・島津源蔵(1869-1951)を襲名し、この2人の源蔵が古都に根を張り、明治日本の科学の進歩を側面から支え続けたのでした。
その島津製作所創業の地、京都木屋町二条に建つ「島津製作所創業記念資料館」(以下、島津創業記念館)に行ってきました。ここは明治時代の木屋町本店の建物を、そのまま生かした造りになっていて、内部には古風な科学機器が詰まっています。益富地学会館に続き、ヴンダー趣味満載の場所です。
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ところで、創業記念館に向かう途中で、そのすぐそばに立っている、島津製作所の旧本社も見たいと思ったのですが、残念ながら改装中で、見ることができませんでした。
ここは、何となく長野まゆみ氏の『天体議会』に登場する「鉱石倶楽部」に通じる空気を感じたのですが(関連記事はこちら)、まあ近々商業施設として生まれ変わるそうなので、いずれ内部も含めてじっくり見る機会もあるでしょう。
在りし日の旧本社の表情は、以下のページで見ることができます。
(この項つづく)
『天体議会』と神戸・補遺 ― 2010年03月02日 10時32分46秒
「うん、一昨日、脳内新幹線で帰ってきたところさ。」
「キミのブログ、読ませてもらったよ。面白い記述もあったけど、だいぶ粘着してたね。」
「うん、僕はめったに出歩かないからね。見るもの聞くものがすべて珍しくて…。」
「ははは、キミらしいね。ところで、1つ教えてほしいんだが。『天体議会』云々の話があったろう。舞台のモデルは神戸に違いないという。あれ、キミはどこまで本気で信じてるんだい。」
「あれ?君、あまり真剣にブログを読まなかったな。本気も何も、100%正しいと確信しているよ。」
「こりゃ失礼。でも、キミにしては…というと褒めすぎだけど、少し論が飛躍しているように思えたから。」
「なるほど。確かにそうかもね。実は、あの推理のソースはもう1つあってね。」
「ほう。」
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神戸を発ったばかりで、すぐにまた舞い戻るのは気がとがめたので、会話体でごまかそうと思いましたが、まどろっこしいので、普通に書きます。
この件についてもう1つ補足しておきます。
作者である長野氏には、神戸を冠した本が管見の限り1冊あります。
『都づくし旅物語―京都・大阪・神戸の旅』という本で、1994年に河出書房新社から出ています。私は、最初これは随筆のようなもので、ここに天体議会のモデル地のヒントが書かれていると思ったのですが、実は純然たるフィクション作品で、内容は完全に「長野節」。ですから、『天体議会』の誕生秘話が、直接ここで語られているわけではありません。
ただし、いくつかのヒントはあります。
この掌編集は、1990~93年にJR西日本が出した情報誌『三都物語』と、同社が同じ時期(91~93年)に、雑誌『Hanako』で行ったキャンペーン「三都物語」のシリーズ広告に掲載された文章が元になっています。つまり、これは『天体議会』(91年発表)の執筆と同時並行的に行われた仕事で、作者は当時かなり関西づいていたことがうかがえます。
長野氏のリアルな関西体験がどんなものかは分かりません(氏は東京西郊出身です)。
しかし、この一連の関西モノにおいて、神戸の街は「近代的な硝子とジェラルミンの高層建築に混って、ローマ風の柱や拱門〔アーチ〕のある古めかしい建物が見える」町として描かれ、埠頭では、理科の野外授業を受けている少年たちが、シトロン・プレッセを飲みかわしています。あるいは、大阪の梅田では、地下鉄のプラットフォームが学校帰りの少年たちの社交場と化し、時計草や、蛍石や、新しい切手について盛んに情報交換が行われています。さらに万博記念公園では、少年たちが固形燃料でソオダ壜のロケットを打ち上げたり、ビルの電光掲示板に流れる天気情報を見ながら、「南の島へ行きたくなった」とつぶやく人物が登場したり…。
『天体議会』を読まれた方は、「ははーん」と思われるでしょう。
『都づくし旅物語』には、『天体議会』に登場するエピソードやキーワードが頻繁に顔を出しており、前者は後者のスケッチ的な意味合いがあったんじゃないでしょうか。(単純に時系列でいうと、『天体議会』のほうが先行しているパートも多いので、習作というには当たらないかもしれませんが。)
上のことを考え合わせると、『天体議会』の世界は、神戸をベースにして(これは地形の描写から動かないでしょう)、そこに京阪神の風物を混ぜ込んで生れたのではないか…というのが、現時点における私の推測です。
ですから、神戸の実景とちょっとずれて感じられるイメージ、たとえば古風な「天象儀館」の発想源は、神戸のプラネタリウムではなくて、大阪中之島にある日本最古のプラネタリウム(大阪市立電気科学館、1937年オープン)ではないか…とか、「鉱石倶楽部」は、ひょっとしたら京都の益富地学会館がモデルかもしれないぞ…といった想像も浮かびます。
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というわけで、最後に屋上屋を架す考証を加えてみました。
『天体議会』のモデルの地をたどる…鉱石倶楽部はありやなしや ― 2010年02月28日 16時44分55秒
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海洋気象台や、理化学校舎と並んで、いや、それ以上に重要な作品の舞台となっているのが<鉱石倶楽部>です。ここは、鉱石をはじめ博物標本全般を商っている店で、いわば「ヴンダーショップ」の1つ。(作中の鉱石倶楽部とは、たぶん関係ありませんが、長野まゆみさんは、同名の鉱物フォトエッセイも出しているので、この名称に思い入れがあるのでしょう。)
「彼らの行くところといえば、ただひとつにきまっていた。
放課後、必ずといってよいほど足を向ける鉱石倶楽部のことだ。
名前のとおり、鉱石や岩石の標本、結晶、化石、貝類や昆虫の
標本、貝殻、理化硝子などを売る店で品揃えは驚くほど雑多で
豊富だった。この倶楽部で一日じゅう暇をつぶす蒐集家のため、
麺麭〔パン〕や飲みものを注文できる店台〔カウンター〕もあった。」
最後の1文がうらやましいですね。
少年たちは、ここでココア入りの珈琲やら、巴旦杏〔アーモンド〕ののった焼菓子やら、角パンやら、檸檬水〔シトロンプレッセ〕やら、やたらと飲み食いしながら、鉱石標本の品定めをしたり、こまっしゃくれた会話を延々と楽しんでいます。実に旨そうであり、愉しそうでもあります。
店の規模は相当大きいです。店の内外の描写は、以前も載せた記憶がありますが、再度載せておきます(くだくだしいので、特殊な読み方以外はルビ表示を省略しました)。
「少年たちは外壁の黒ずんだ、かなり古い建物〔ビル〕の前で
立ち停まった。砂岩の太い柱が天〔そら〕に高く伸び、頂点で
はほとんど尖塔のようになっているのをひとしきり見上げていた。
鉱石倶楽部はこの建物の内部〔なか〕にある。」
「水蓮は軽く銅貨の肩を叩き、扉の把手を回した。まもなく彼らは
天竺の黄ばんだ窓掛け越しの光で、うっすらと明るい鉱石倶楽部の
床に立った。人気はなく、しんと鎮まっている。天井は伽藍の
ように高く、よく磨かれた太い柱で支えられている。柱は濃い
朱色をしており、見たところでは、石材か木製か判別しにくいが、
手を触れてみれば芯まで冷たく、石でできていることがわかる。」
神戸の旧居留地を歩けば、砂岩づくりの古いビルには事欠きません。こうした断片的イメージから、鉱石倶楽部が入居しているビルのたたずまいを想像することは容易です。
小説では、店舗の内部も、その外観に劣らず重厚です。
「回廊をめぐらした二階があり、欄干は浮彫の唐花〔とうか〕
模様を施した重々しい構造〔つくり〕で、花崗岩〔みかげ〕の
床や天窓のある建物に、妙に合っていた。中央に、これも欄干に
合わせた木製の階段が迫〔せ〕りあがるように急な勾配で二階
までのび、昇りきったところに、幾何学模様の重厚な布が吊るして
ある。或る種、博物館のような黴くさい雰囲気と、ガラン、とした
広さが同時にあった。硝子戸棚や陳列台は互いに重なり合うように
並んでいる。」
「標本やレプリカ、さまざまな模型やホルマリン漬けの甲殻類
などが、硝子戸棚に詰めこまれている。扉を開けた途端、荷崩れ
しそうな具合で、机の脚の下や階段の下には未整理のまま、荷箱に
入れてあるだけの鉱石や貝殻が、数えきれないほど放置してあった。」
しかし残念ながら、鉱石倶楽部の雰囲気を味わえるのは、その外貌までです。
いかに神戸といえども、この夢のような店舗だけは見つかりません。
でも、長野まゆみ氏の幻視能力を信ずるならば、いつかどこかのビルに「鉱石倶楽部」の看板がひっそりと掛かっている…そんなことがあっても良さそうです。
パリのデロールや、世界の名だたるヴンダーショップをも凌駕する、理科趣味の香気ほとばしるこんな店が、いつか身近にできたらいいですね。
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神戸の旅のしめくくりとして、元町一番街にあるOLD BOOKS & GALLERY SHIRASA (シラサ)に立ち寄りました。
ここは、先のランスハップブックと共に、yurihaさんの記事で知ったお店です。
ショーウィンドウの中に飾られた「花」は、よく見ると「青い蝶」。
ここもまた「星を売る店」系の、不思議な空気が漂っています。
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現実の旅の後に、1ヵ月間続いた脳内神戸の旅もこれで終わりです。
何となく寂しい気もしますが、他日のリアル再訪を期して、今回はこれで語りおさめとします。
『天体議会』のモデルの地をたどる…コスモドローム、そして鉱石倶楽部へ ― 2010年02月27日 17時36分49秒
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さて、青少年科学館をあとにして、ここからまた『天体議会』の世界に沈潜していきます。
せっかくポートアイランドまで来たので、ついでにさらに南の人工島を目指しました。
『天体議会』の世界に入り込んで眺めれば、ここは港の沖合に浮かぶ人工天体発射場(コスモドローム)と重なります。コスモドロームから飛び立つロケットを、主人公の少年たちは「ジェラルミンの天使」と呼び、その発射はちょっとした見ものとなっています。
「日没後のことなので、ロケットのジェラルミンの煌きを
見ることはできないが、噴き出す焔は夜天〔そら〕を彩り、
季節はずれの花火を眺めるような楽しさがあった。湧き
あがる歓声と興奮。」
現実のポートライナーは、雨の中、一路南へ向います。
かなたにコスモドロームならぬマリンエア(神戸空港)が見えてきました。
しばらく駅に佇んで、私も<ジェラルミンの天使>が昇降する姿を眺めようと思ったのですが、離着陸する機影はなく、地方空港の経営はかなり大変そうでした(ここを利用するのは、1時間に1~2便だそうです)。
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再びポートライナーに乗って市街地にとって返し、さらに『天体議会』の気分で街を歩いてみます。目指すのは、主人公たちのたまり場、「鉱石倶楽部」。
「鉱石倶楽部はもちろん中央駅〔セントラル〕の西側だ。
まず駅前の大通りを渡り、直進して円形路〔ドーナツ〕へ出る。
(…)銅貨と水蓮は信号機〔シグナル〕が変わるのを待って
円形路を渡った。そのあたりは間近に港があり、積み出された
重油や穀類を運ぶ貨物が、始終あたりを震動させているような
ところだった。」
その途中、人口管理をはじめ、あらゆる行政機能を一元的につかさどっている連盟(ユニオン)の建物がありました。
この『天体議会』の世界は、いくつかの連盟― 作中には「第三連盟〔ユニオン〕」という表現が出てきます ―によって統括されており、それぞれの連盟の下に多くの都市(シテ)があります。
「鉱石倶楽部のある古びた一角を通って、この遊覧船の発着
広場へ歩いてきた銅貨と水蓮は、まず高々と聳〔そび〕える
地上二百階の楕円柱状の建築〔ビル〕を見あげた。そこには
連盟〔ユニオン〕の支部や会議場があった。まだ大半の窓に
燈を点して、夜天〔そら〕の暗さに映えて光っている。しかし、
何千、何万という人がいるはずの建物にしては空虚な感じだ。」
現実世界での呼び名は<神戸市役所>。
休日なので、文字通り空虚な感じです。
付近には、さらに主人公・銅貨とその兄が住む集合住宅(ジードルング)も立っています。
「彼らの家は超高層の集合住宅〔ジードルング〕にある。
まったく同じ外容〔かたち〕をした建物〔ビル〕を二つ巴に
向い合わせ、まんなかにできたS字形の空間は吹き抜けの
回廊園〔アトリウム〕になっている。しかし外側から見れば、
円柱形をしたひとつの建物〔ビル〕である。地上七十五階。
地下には水路があり、港へ続く運河と通じていた。」
まだ新しいマンションのようで、よく見ると分譲案内らしい垂れ幕が下がっています。
高層階に住む気分というのは、どんなものなんでしょう?怖くはないんでしょうか?
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こうした近未来的な描写の中で、「鉱石倶楽部」は、異様に古めかしいイメージで描かれています。そして、これこそが作者・長野まゆみ氏の美意識が凝結した空間であり、私自身追い求めてやまぬトポスなのです。
(この項つづく。-いよいよ明日は神戸旅行の完結編です-)
神戸海洋気象台の旧跡をゆく ― 2010年02月07日 22時17分25秒
お返事は後ほど改めてすることにいたします。
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六甲から三宮に戻り、地下鉄に乗り換えて西へ二駅。大倉山で下りて、昔の神戸海洋気象台の建物を見に行くことにしました。
駅からてくてくと川沿いに歩くのですが、この辺まで来ると、観光地・神戸とは違う、普段着の神戸の姿が感じられます。やがて目指す場所まで来ると、確かに家々の隙間からチラリと、それらしい高台が見えます。
しかし、方向を見定めて、そこに接近しようとするのですが、いくら探してもそこに至る道が見つかりません。「あ、このマンションの脇から行けそうだ…」と思っても、やっぱり行き止まりだったりして、見えているのに到達できないという、まさにカフカの『城』状態。
結局「ダメ元」でぐるっと大回りをして、細いクネクネ道をたどって行くと、やっと見つかりました。そこにはこんな↓建物があるはずでした。
敷地跡はフェンスに囲まれて接近することすらできません。その向こうには、冬木立ちと枯れ草に覆われた土台と礎石が辛うじて見えます。
ネット情報によると、旧・海洋気象台の建物は、2001年に最終的に解体されてしまったようです。
先に神戸大学でもしくじりましたが、今回は忙しくて、旅行前に十分予習できなかったのが敗因でした。
悄然とその場を後にしましたが、しかし直後に嬉しい発見もありました。
時系列で言うとちょっと前後しますが、金星台からトアロードに向う途中、「移住ミュージアム」というのを見つけました。ここは昭和3年(1928)に「国立移民収容所」として作られた建物で、中南米への移住者が一時滞在し、諸手続きを行ったり、語学講習を受けたりした場所です。クリーム色の外壁と、緑の窓枠が可愛らしい感じ。
「発見」というのは、ここが一時期、神戸海洋気象台だったことです。
1995年に阪神淡路大震災で被災した海洋気象台は、99年に港のそばに移転するまで、この建物を使って業務を行っていたという話。
これこそ、「日よけの下りた窓が整然と並び、しかも大小の窓と露台の組み合わせは、外観を充分に意識したものだ」という、『天体議会』に登場する海洋気象台のイメージにかなう気がして、この屋上で星を観測する少年たちの声と姿を一瞬思い浮かべました。
『天体議会』のモデルの地をたどる…六甲(2) ― 2010年02月06日 18時33分56秒
下の写真は、神戸大学工学部の景観です。
ここは『天体議会』の中でも最も理科濃度の高い場所、「鉱石倶楽部」とちょっと関係があります。
「鉱石倶楽部は、実際誰が主人なのかよくわからなかったが、店で番をしているのはいつも同じ、工科大学〔リクス〕の学生だった。彼はもの静かで信頼のおける人物だ。少年たちが勝手に戸棚を開けて鉱石や美晶を手にとって眺めても文句を云うことはないし、鍵の掛かった戸棚もすぐに開けてくれる。
〔…〕少年たちが真鍮の把手を持って首を傾げているところへ、通りのほうから、いつもの黒ずくめの服を着た店番〔コンシェルジェ〕の大学生が歩いてきた。彼は鍵を出して扉を開けながら、ふたりの話を聞いた。」
…という、頼もしい存在がいそうな場所。
もっとも字面だけから言うと、神戸には「神戸芸術工科大学 Kobe Design University」もありますが、英語名から分かるように、ここは純然たる芸術系の大学なので、モデルとしてはやはり神大工学部の方がふさわしいように思います。
事前のリサーチ不足で、↓の味わい深い建物は見逃しました。このレトロな建物は、『天体議会』的にも、タルホ的にも是非見るべきでした。返す返すも残念。
西宮にあった誓子邸の母屋を復元したものだそうです(オリジナルは震災で倒壊)。誓子は昭和28年から西宮に居を定め、翌年に出た中央公論社版の『星恋』序文は同地で書いています。それを思うと、なんとなく懐かしいような、この丘が星に近い場所のような気がします。
神戸大学からの眺めも素晴らしく、遠くには光る海が見えました。きっと夜景も美しいでしょう。(star gazerにとっては甚だ迷惑でしょうが…)
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こうして六甲を後にして、次は神戸旧市街へと向います。
(わずか1泊2日の旅の記録が延々と続き、自分でも何か妙だぞと思いますが、それだけ密度の高い旅だったのでしょう。)
『天体議会』のモデルの地をたどる…六甲 ― 2010年02月05日 22時29分29秒
王子公園の神戸文学館の次は、阪急で一駅移動し、六甲へ。
我ながら酔狂だなとは思いましたが、『天体議会』の主人公の少年たちが通う学校が、どうもこの辺りにあるような気がしたのです。
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「彼の通う学校は市街地を山沿いに外れた橡(つるばみ)の林の中にある。初等級、中等級、高等級の三部に別れ、最年少の第十一学級〔クラス〕から順に第一学級〔クラス〕までと、それに最終学級〔クラス〕を加えた十二学年の学校だ。」
「校舎は斜面に沿って幾棟にも分かれて建ち、それぞれは渡り廊下や階段で結ばれていた。〔…〕最も高いところには理科教室をはじめとして、化学の実験室や暗室などのある理化学校舎と、私設天文台があった。その校舎に向かう階段からは、碧瑠璃〔へきるり〕の水平線を遥かに望むことができる。」
「学校じゅうで海が見えるのは、橡の林を抜けたところにある理化学校舎周辺に限られていた。しかし、岸壁は意外に近くにあり、授業中などまのびした汽笛が聞こえてくることも珍しくない。さらに天〔そら〕が高く澄みわたる今ごろは、沖合の島から打ち上げられる人工天体のロケットが、大気を突き抜けてゆく音も耳に届く。眩しく煌めく真珠銀〔しんじゅぎん〕の機体を、生徒たちはジェラルミンの天使と呼んでいた。」
主人公の銅貨と水蓮は第四学級の13歳、銅貨の兄・藍生(あおい)は最終学級の17歳という設定で、並みの言い方をすれば、それぞれ中学2年生と高校3年生ということになります。
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神戸の学校で山の斜面に立つ学校はたくさんありますが、中高一貫の男子校(作中の学校は小中高一貫校ですが)を探すと、どうも六甲学院(六甲中学・高校)が怪しい…。ほとんど妄想に近い感じもありますが、ひたぶるに六甲学院を目指し、急坂を上りました。
とにかく、ものすごい坂です。神戸の人はこうやって毎日足腰を鍛えているので、すみやかに震災から立ち直ったのではあるまいかと、半ば本気で思いました。
やっとの思いで学校までたどり着いたものの、あまりジロジロ覗きこむのも憚られたので(しかも写真まで撮って、いかにも怪しい人間)、早々に立ち去りました。
これだけ見るとごく普通の学校建築ですが、あとから校内図を見たら、おお、ちゃんと理科校舎が独立していますね。この点は作品世界に近い感じです。
坂を下って駅に戻る途中、正面には水平線が広がっていました。写真では白飛びして分かりにくいのですが、遠景は港と船です。目をこらせば沖合の神戸空港も見えたかもしれません。(左下の3人連れは下校する六甲生。)
そして、すぐそばに立つ楕円柱状のふしぎなマンションのベランダには、天体望遠鏡がチラリと見えました。なかなかいい風情ですね。
何ら確証はありませんが、総合的に考えて、六甲学院を作中の学校のモデル候補に推したいと思いますが、いかがでしょうか。
神戸、天体議会の開かれる街(2) ― 2010年02月04日 22時09分19秒
一歩進んで、作品の舞台が「神戸以外の都市ではありえない」理由があります。
それは海洋気象台の存在です。
主人公の少年たちがしばしば「天体議会」を開く場所として、作中には海洋気象台が繰り返し登場します。
「議会とは天体観測を趣味にしている生徒たちの集まりで、大半は理科部に所属していた。銅貨や水蓮もその例に漏れない。水蓮が議長の名のもと、連絡や調整を一手にひきうけていたが、集合場所や日時については原則として外部に秘密で、連絡方法は先のように抽斗やロッカーに文書をひそませることになった。うっかり口外したり、招集時刻に遅れた者には、ちょっとした罰が科せられる。」
こうして少年たちは、ひとたび議会が招集されるや、海洋気象台の屋上に集い、アンタレスの星食や、カノープス、彗星、人工天体の打ち上げなどを眺めて興に入るのでした。
海洋気象台は港の波止場にあります。
「日よけの下りた窓が整然と並び、しかも大小の窓と露台の組み合わせは、外観を充分に意識したものだった。図面を引くことが得意で建築などに詳しい水蓮の云うには、この気象台の建物〔ビル〕は、モデュロールと呼ばれる人間尺を使った機能性の高いものであるらしい。」
『天体議会』の作品世界は、少年たちが非常にのびやかに暮らしている世界で、海洋気象台の屋上なども「ふだんは人影もなく、施設を壊しさえしなければ、少年たちが無断で屋上に昇ることは大目に見られてい」ました。
さて、現実の海洋気象台は、現在日本に4か所あります(函館、舞鶴、神戸、長崎)。
その中でいちばん古いのが神戸海洋気象台で、昭和17年までは「神戸海洋気象台」ではなく、単に「海洋気象台」と呼ばれていました。場所は作品と同じく港の埠頭そば。昨日の記事に載せた地図(下の方)でいうと、右端に「こころのケアセンター」というのが見えますが、その近くになります。そして、上の4つの都市のうち、北に山地、南に港を控えているのは神戸だけなので、これはもう決定的に神戸だな、と思えるのです。
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…と、ここまでは良いとして、昨日の「不思議」の話。
地元の方はもうお分かりでしょうが、<港のそばの海洋気象台>が誕生したのは、震災後の1999年で、それまで気象台は港から離れた小高い丘の上にありました。また昨日の記事で、沖合の人工天体発射場(コスモドローム)に擬した、神戸空港の開港にいたっては2006年ですから、いずれも『天体議会』が発表された1991年には影も形もなかったのです。
つまり『天体議会』のモデルの地が神戸であるにしても、それは「当時存在しなかった未来の神戸」であり、これは長野まゆみ氏の幻視能力と、巫女としての才を雄弁に物語るものではないでしょうか。
神戸は、氏の夢想した通りの姿に変形しつつある…まさに戦慄すべき事実です。
神戸、天体議会の開かれる街(1) ― 2010年02月03日 07時05分06秒
(↑三宮周辺要図)
まず、長野まゆみ作『天体議会』の舞台の骨格をおさらいしておきます(以下、引用文中〔 〕内は原文ルビ)。
まず街の中心には、「地上駅と地下駅を合わせて数十を超えるプラットフォームがある」巨大な駅があります。
「中央駅〔セントラル〕はこの都市〔シテ〕を東西南北に四分割する、ちょうどまんなかにある。北側は標高九百メートルほどの山地、南はもちろん港と海で、その山と海の狭間〔はざま〕に市街が開けていた。西側は貨物の高架線や煉瓦構造〔レンガづくり〕の駅舎に代表される、古くからの商業区だ。一方、東側は超高層の建築〔ビル〕が林立する居住区である。」
これはまさに神戸の景観そのものですね。
ただし神戸の後背の山地は500~700メートルほどなので、作中のほうがより急峻です。
「中央駅」を三宮(三ノ宮)駅に比定すれば、西側に開けた「古くからの商業区」は旧居留地から元町にかけての町並みに重なります(高架線といえば、元町の高架下は有名ですね)。そして、東側のビルの林立する「居住区」は、新興の六甲アイランドあたりのイメージでしょうか。
また、中央駅を起点とする路線のうち、最新式の「カプセル」と呼ばれる鉄道には、
「中央駅〔セントラル〕を出てすぐ海底を走り、沖合のロケット発射島〔コスモドローム〕までを結んだ南方線と、市街を抜けると地上へ出て、今度は山のトンネルを通って貯水池の先まで行く北方線」
があるのですが、現実の神戸にも、三宮から沖合の神戸空港(マリンエア)を結ぶポートライナーと、布引貯水池の脇を越え、深いトンネルを通って北に進む路線(新神戸で北神急行に接続)があります。
というわけで、かなりあからさまな類似があって、「やっぱりモデルは神戸か」と思うのですが、実は上に書いたことには少し不思議な点があります。
(この項つづく)
神戸、タルホ、「天体議会」 ― 2010年01月31日 21時28分06秒
今回の目的は、神戸に稲垣足穂的な世界を追うというのが1つ。
そしてもう1つは、これも足穂と無関係ではありませんが、
長野まゆみ作『天体議会』の舞台を神戸に探るというものでした。
(長野氏は足穂の影響を強く受けていると思います。)
前者は言うまでもありません。
宮澤賢治とはまた別の作風で、不思議な「鉱物系」作品を紡いだ稲垣足穂(1900-1977)。彼が思春期から青年期を過ごし、モダニストとして存分に気を吐いたのが、当時のハイパー・シティ神戸であり、その作品と神戸とは切っても切れぬ関係にあります。
後者はちょっと注釈が必要かもしれません。
長野まゆみ氏(1959-)の代表作『天体議会』(1991)。これは、「天体議会」と呼ばれる一種の天文クラブに集う少年たちの生態を、初秋から冬へと移ろいゆく繊細な自然描写とともに描いた、「理科趣味文学」の佳品です。
作品の時代設定はたぶん近未来で、舞台となっている都市も架空の街ですが、そのモデルとなったのはたぶん神戸…だろうと思います。今回、その跡を現実の神戸の街にたどってみました。
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その内容に入る前のつぶやきですが、長野まゆみという作家について、皆さんはどんな印象を持たれるでしょうか。私は氏の作品を広く読んだわけではないので(というよりも、『天体議会』と『夏帽子』以外の作品をほとんど読んだことがないので)、何もものを言う資格はないのですが、ただ私が長野氏の作品を好きだというと、微妙な感じを持たれる方もいると思うので、一言書き添えます。
私は、長野氏はストーリーテラーではないと思います。
つまり氏はプロットで読ませる人ではなく、純粋に美しい詞藻、あるいはイメージの断片が持ち味の人だと思います。『天体議会』もそうですね。そこに筋らしい筋はなく、単に美しい言葉の連なりだけで読ませる作品です。「だから駄作だ」とは思いません。それは1つの特質であって、それ以上でもそれ以下でもないはずです。
氏の作品を「同人的」と評する人もいますが、それはある意味当たっているかもしれません。氏の作品は、趣味的制作だからこそ、作品の質が担保された側面があるのではないでしょうか。そして、そういう人は本来多作家ではありえないはずですが、氏の場合、好むと好まざるとに関わらず多作家であることを求められた、あるいは自らそうあろうとした点に、若干無理があったのではないでしょうか。
いずれにしても、その作品のいくつかが放つ輝きと香気は独特のものであって、現時点での評価はさておき、氏は後世くりかえし再評価され、長く読み継がれるタイプの作家だろうという気がします。































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