死者を照らす月2017年02月05日 14時00分33秒

今日は一日冷たい雨。

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心が索漠とした夜。
不安を抱えて眠れない夜。
そんなときは、そっと寝床を抜け出して、暗い世界に足を踏み入れ、闇の存在と言葉を交わす方が、いっそ気持ちが安らごうというものです。


深夜の散歩者を気取りたくなる、手彩色の幻灯スライドを手にしました。


時代は19世紀末、メーカーはおなじみのニュートン社。
(参照 http://mononoke.asablo.jp/blog/2014/02/10/7218715


被写体となっているのは、イングランド中部のレスターシャー州ラターワース(Lutterworth)の町に建つセント・メアリー教会。小づくりな教会ですが、現在の建物は13世紀にさかのぼる歴史遺産だそうです。

この教会では塔のある方角が西なので、満月の位置を考えると、現在の時刻は、未明から明け方に移る頃合い。我々の深夜の散歩も、そろそろ終わりが近いことを告げています。

それにしても、見るからにゴシック趣味に富んだ画題ですね。
工業化が日に日に進む社会を横目に、当時の人はこういう風情を愛でながら、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』を読みふけったりしたのでしょう。

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余談ながら、わが家は隣が墓地なので、墓石ごしにお寺の本堂の屋根を見上げると、ちょっと似た構図になります。

ヴァーチャル雪見(3)2017年01月22日 18時08分04秒



牧草地で乏しい草をはむ羊たち。
先ほどから降り始めた雪は、羊たちの背中にも積もり始めています。
雪は間断なく降り注ぎ、遠くの樹々はすっかり白く霞んで見えます。
暗く重たい空、冷たい大地。いかにも底冷えのする状景。


でも雪が降り止み、風も止んだ後には、一転して明るい世界が広がっています。
大きな木も小さな木も、皆いっせいに白い花を咲かせたようです。


静かな雪の林。時折ザザーと音を立てて、雪が枝から滑り落ち、地面に小山を作りますが、その後はふたたび静寂の世界。
真っ白な枝の複雑な分岐が美しく、まるで1本の木全体が、巨大な雪の樹枝状結晶のように見えます。


こんもりと綿帽子をかぶった大木と、雪の布団で覆われた地面。
「帽子」といい、「布団」といいますが、これには比喩以上の意味があります。
実際、雪の保温効果は相当大きいらしく、吹きっさらしの場所にいるより、雪洞の中の方が温かいのもそのためです(ぽかぽか温かいわけではないですが、外気温がぐっと下がっても、雪洞の中は氷点前後の気温が保たれます)。


空の色もずいぶん明るくなってきました。
こうして雪で守られたその下では、すでに春に向けて、植物や動物の生の営みが、徐々に始まっていることでしょう。


さあ、雪歩きをしているうちに、身体もすっかり冷えてしまいました。
そろそろ屋敷に帰りましょう。


あの門の向うに、温かい部屋と温かい飲み物が待っています。


ヴァーチャル雪見(2)2017年01月21日 11時44分54秒

(一昨日のつづき)

「ヴァーチャル雪見」と言っても、そう大した工夫があるわけではなくて、雪景色の幻灯スライドが何枚かあるのを、ちょっと眺めようという話。

(最近、この手のスライドは、厚手のクリアポケットに入れて仕舞ってあります)

手元にあるスライドは、みな同じメーカーの製品です。
欄外に振られた通し番号が飛び飛びなので、本当はもっとたくさんシリーズで売られていたと思うのですが、手元には8枚しかありません(2番から20番までのうちの8枚)。


いずれも、タイトルは「雪の景色 Snow Scenes」もしくは「霜と雪の景色 Frost and Snow Scenes」となっていて、メーカーは「G.W.W.」。

ネット情報を切り張りすると、この「G.W.W.」というのは、19世紀のスコットランドの写真家、ジョージ・ワシントン・ウィルソン(George Washington Wilson、1823 –1893)が、自らの写真販売のために起こした会社で、彼が撮影した美しい風景写真の数々は、幻灯スライドをはじめ、いろいろなフォーマットで流布しました。

その後、写真販売の仕事は、息子のチャールズが引き継ぎ、GWW社の製品が最も売れたのは1890年代だそうなので、手元のスライドも概ねその頃のものでしょう。

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写真家ジョージ・ウィルソンが居を構えたのは、スコットランドでも北にあるアバディーンの町で、以下に登場する被写体は、全てアバディーン内外とおぼしい冬の光景です。


この「ブリッグ・オ・バルゴウニー(殿様の橋、の意)」も、アバディーン郊外にある13世紀に作られた古い橋。今は飛び込みの名所で、度胸試しに橋のてっぺんから川に飛び込む人が跡を絶たないそうです。


雪というより、こちらは霜が主役かもしれません。
雪がこんもり積もっていると、むしろ暖かそうな印象を受けますが、これは冬ざれの、いかにも寒そうな光景。でも、陰鬱というのとはまた違う、白さに包まれた静かな明るさが感じられます。

(中央部拡大)

無音の世界。モノクロームの画面に漂う詩情。


こちらのスライドも、霜の光景を写したもの。
その証拠に、樹々は真っ白に化粧しているのに、地面は乾いています。
題して「Fairy Frost Work」。

(一部拡大)

過冷却状態の水滴が、風に乗って樹木に衝突し、そこで瞬時に氷結することを繰り返してできるのが「樹氷」。これは水が凍った、いわば「ふつうの氷」の塊です。

それに対して、上のスライドに写っているのは「樹霜(じゅそう)」。
霜というのは、空気中の水蒸気(気体)が、水(液体)を経過せず、物体の表面で直接固体化(昇華凝結)してできたものです。その過程で結晶成長するため、樹霜は樹氷と違って、雪と類似の美しい結晶形態を持ち、また風が吹けば容易に脱落します。
(…と、知ったかぶりして書いていますが、この辺はすべて本の受け売りです。)

(次回は霜から本格的な雪景色へ。この項つづく)

フィリップス異聞…幻灯早見盤2016年12月12日 07時04分01秒

今年はなかなか収穫の多い年だった…ということを、前にチラッと書きました。
まあ、収穫が多いと言っても、珍品がザクザクと集まった…なんてことはありませんが、これまで全く未知のモノに、いくつか巡り合うことができて、ちょっと見聞が広がりました。以下の品もそのひとつ。

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フィリップス社の古い星座早見盤は、ドイツ製のパクリだ…というと、何となく独創性に欠ける会社のように聞こえますが、決してそんなことはありません。フィリップス社は、単に受け身的にドイツの後追いをしたのではなく、それを応用して、大いに独創的な品も生み出しています。

それ如実に物語るのが、「幻灯の星座早見盤」。

(タイプライターの上で撮ったので、背景がゴチャついています)

木枠の全体は約11.5×18cm、中央のガラス板は直径約7.5cm。
ガラスの表面には、さらに星座早見盤でおなじみの楕円形の「窓」が見えます。

星座早見の幻灯というのは、これまで見たことがなくて、そういうものが存在することすら知りませんでした。いわば、ブログ開設11年目にして知った珍品。


上のスライドを裏返したところ。
この品は単純に絵柄を投影するだけでなく、歯車で絵柄を回転させる仕掛けを備えた「メカニカル・ランタン」と呼ばれるタイプのものです。


銘板を見ると、フィリップス社には一時、「幻灯部(Lantern Depôt)」という、幻灯製造の専門部門があったことが分かります。


このクランクをくるくる回すと…


このギアが回転して、歯車を仕込んだガラス円板がゆっくりと回ります。


暗闇に浮かぶのは、お馴染みの早見盤そのものですが、星空が回転するのを見ながら、星座の移り変わりの解説を聞くという経験は、その後の投影式プラネタリウムに通じるものがあり、いわばその前身と言えるものでしょう。その点でも興味深い品だと思いました。

砕けた月2016年11月16日 20時30分08秒

古物を買うときのゴールデンルールは、「状態の良いものを買え」ということです。
将来、買ったものを売却することを、ちょっとでも想定しているなら、このルールを守らないと、相当痛い目に遭うことは必定です。

もちろん、これは個人の気ままな蒐集には当てはまらないことで、私自身、買ったものを売ったことは(本を除けば)これまで一度もありませんから、このルールに従う必要はないのですが、それでも室内の余剰スペースが乏しくなるにつれ、購入対象を選別する必要に迫られて、コンディションということを少し気にするようになりました。

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しかし…というふうに話が続くので、何となく言い訳がましいのですが、昨日の記事で触れた「秘密」というのは、このガラスのステレオ写真が大きく破損していることです。

(下は紙焼きのステレオ写真)

ご覧のように、向かって左側の写真に大きなひびが3本入っています。
だから私でも易々と買えたので、無傷だったら簡単に右から左とはいかなかったでしょう。


もう少し細部を見ておきます。
デ・ラ・ルーの肩書が、紙焼きの方では単に「FRS FRAS &c」(王立協会会員、王立天文学会会員、等々)となっていたのに、このガラススライドでは、「〔…〕Pres RAS」(王立天文学会会長)となっています。彼が同学会の会長をつとめたのは、1864~66年のことなので、このスライドが出たのもその頃だと分かります。


そして製作者も「Charles Panknin」から「Smith Beck & Beck」に変っています。
以前の記事(http://mononoke.asablo.jp/blog/2016/10/26/)で書いたように、このステレオ写真は、Beck社のステレオスコープと抱き合わせで販売されたらしいので、1865年頃には、Beck社も自前のステレオ写真製造体制を整えたか、あるいは外注にしろ、自社の名前を表示させるよう方針を変えたのでしょう。


これが砕けた月のアップ。
そして、この品のもう1つの秘密がここに明かされています。

脇の説明文に書かれているように、これは単純な満月の写真ではなく、実は「月食の写真」なのでした(地球・太陽との位置関係から、月食のときは必ず満月です)。

月食はそう頻繁に起こるわけではありませんし、月食の日が晴天とは限りませんから、立体視に好適な写真を2枚揃えるのは、なかなか大変なことです。このステレオ写真では、1858年2月と1865年10月の2枚の月食写真を組み合わせることで、何とかそれを実現しています。

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前置きが長くなりました。
デ・ラ・ルーの苦労をしのびつつ、150年前の満月を拝むことにしましょう。


月食時の月は光量が乏しいせいで、普通のときよりも撮影が難しかったのか、1858年の写真は、像がややぼんやりしています。1865年は相対的に鮮明で、これは彼の技量の向上を物語るものかもしれません。


地球の影に包まれた、砕けた月。
いかにも無残な感じですが、「砕けた月」という言葉には、何となく詩情も漂います。

月を想う2016年11月15日 20時28分07秒

夕べは湯船の中で、降り続く雨の音に、じっと耳を澄ませていました。
それはそれで心の落ち着くひと時でしたが、話題のスーパームーンは、ぼんやり想像するほかありませんでした。

今宵はと言えば、雲を透かして、ぼんやりとした月影が隣家の屋根越しに見えます。
そんな折柄、満月の話題です。

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先日、満月にちなむものを見付けました。
といって、それは特段目新しいものではなく、最近の記事で既に言及したものです。
すなわち、ウォレン・デ・ラ・ルーの月のステレオ写真。

先日登場したのは、半月の頃合の、紙焼きのステレオ写真でした(http://mononoke.asablo.jp/blog/2016/10/25/)。

(画像再掲)

その翌日の記事で触れたように(http://mononoke.asablo.jp/blog/2016/10/26/)、このデ・ラ・ルーの写真には、ガラススライド式のものもあって、透過光で覗き見る月の表情はいっそう幻想味に富むだろう…と想像されました。

とは言え、ガラス・スライド式の品は、紙焼きタイプよりもさらに数が少ないようで、その実物を目にしたことは、これまでありませんでした。

しかし、です。
世の中には不思議なタイミングというのがあって(皆さんも経験があるでしょう)、デ・ラ・ルーのことを話題にした直後、偶然にも1枚だけ売りに出ているのを見つけました。そして、それこそが満月を写した1枚だったのです。


上の写真はその「裏側」。
実は、この品にはある「秘密」が伴うのですが、その秘密と、表側の表情はまた次回に。

(もったいぶって、この項つづく)

デ・ラ・ルーとその時代(6)2016年10月26日 07時00分56秒

今日はオマケの話題です。

デ・ラ・ルーによる月のステレオ写真を知ったのは、天文アンティーク界隈で著名な、スウェーデンのトマス・サンドベリ氏の「SCIENTIFIC CURIOSITIES」の下のページでした。

Set of R&J Beck Glass and Paper Stereoview of the Moon
  -- Photographed by Warren De La Rue

 http://www.blenders.se/ebay/me/astro/beck.html

サンドベリさんの説明を読むと、このデ・ラ・ルーのステレオ写真は、もともと R & J Beck 社(19世紀半ばにロンドンで営業した光学機器メーカー)のステレオスコープと、抱き合わせで販売されており、紙焼きタイプのものと、ガラススライド式のものとがあったようです。

ガラススライド式のステレオ写真というのは、以前もチラッと登場しましたが↓、透過光で眺めることによって、一層興ある3D体験をする目的で作られたものらしく、月はまさにうってつけの対象です。


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サンドベリさんによる紹介写真にあるように、この月のステレオ写真は、本来いろいろな月齢のものがセットになっていたはずですが、私自身はセットで売られているのを見たことがありません。それに、バラ売り状態でも結構強気の値付けがされていて、購入を控えていました。でも先日、ようやく値ごろの品を見つけ、1枚だけ手にしたのが、昨日の品です。

…思えば、昨年の師走に、渾天儀の模型を手にして以来(http://mononoke.asablo.jp/blog/2015/12/19/)、今年は以前から待望していたモノとの出会いがいくつもあって、その方面ではなかなか充実した年でした。

そんな回顧記事を年末に書くかもしれません(書かないかもしれません)。

デ・ラ・ルーとその時代(5)2016年10月25日 06時31分47秒

問題のデ・ラ・ルーの月写真というのはこちら。


版元はロンドンのCharles Panknin と読めますが、このメーカーについては詳細不明。


さて、これをステレオビュアーで見るとどうか?
実際にやってみると、確かに丸みを帯びて立体的に見えます。

でも、ボールのような真ん丸ではなくて、卵を尖った方から眺めているような、ちょっと不思議な形に見えます(「厳密に計測すると、月はわずかにレモン型をしている」…という話も聞きますが、そういうレベルを超えて、はっきり尖って見えます)。

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眺めているうちに、実際そういう奇説を唱えた人がいたのを思い出しました。
それは足穂がエッセイに書いていたことで、奇説の主は、ペーター・ハンゼン(Peter Andreas Hansen、1795-1874)。ウォレン・デ・ラ・ルー(1815-1889)から見ると、ちょっと年長の同時代人です。

 「彼はゴータ大学に教鞭を執り、ゼーベルグ天文台の台長だったが、月の運動の特異性に基いて、「月は球体に非ず」という説を立てた。お月様はむしろ玉子形である。鶏卵の尖った方が常に地球に向いている。この、巨大な山と云ってよい部分は月の気圏の上まで突出しているから、山頂に空気は無い。大気も水も裏側に廻っている。従って、月人も裏側に棲み、其の他、動物も植物も見られることに相違ないと。」
稲垣足穂 『月は球体に非ず!―月世界の近世史』


これだけだと文字通りの奇説に過ぎませんが、ハンゼンは王立天文学会のゴールドメダルや、王立協会のコプリー・メダルを受賞した、当時一流の天文学者でしたから、その影響力はずいぶん大きかったことでしょう。

となると、このステレオ写真の不思議な見え方も、ひょっとして意図的に狙ったのかなあ…という気もするのですが、確証はありません。

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月の立体写真というのは、単に同じ写真を並べても――あるいは普通の立体カメラを使ったぐらいでは――両眼視差の効果が得られないので、立体には見えません。

でも、月のわずかな首ふり運動(秤動;ひょうどう)を利用して、似たような月齢で、しかも一寸違った角度を見せている写真を並べると、そこにヴァーチャルな立体感が生まれます。これを最初に思いついた人は、相当の知恵者だと思います。

(ステレオ写真の裏面)

デ・ラ・ルーの写真も、1858年5月と1859年2月に撮った、別々の2枚を並べて立体感を出しています。


1859年、今から157年前の半月。
月古きが故に貴からず。でも、そういう目で見れば、何となく古雅な感じが漂います。

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月観測の功績から、デ・ラ・ルーは、今や月面地形の名称にもなっています。

(A. ルークル著『月面ウォッチング』、地人書館より)

月の「氷の海」の傍らにある、崩壊した壁平原(大型クレーターの名残の地形)がデ・ラ・ルー。


これは父親のトーマスが、ガーンジー島のパブの名前になったよりも格段にすごいことで、たとえ地元では忘れられても、ウォレンがあえて不平を唱えることはないでしょう。(でも、月面にパブが開店し、「ウォレン・デ・ラ・ルー」という看板が出たら、一層喜ぶかもしれません。)

デ・ラ・ルーとその時代(4)2016年10月24日 06時59分20秒

さて、トランプの話題から、「天文家ウォレン・デ・ラ・ルー」の話題に移ります。

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ウォレンの父親である、トーマス・デ・ラ・ルー(デ・ラ・ルー社の初代社長)の方は、出身地ガーンジー島に同名の人気パブがあったり、また自治領発行の5ポンド紙幣に肖像画が描かれたりしたおかげで、今でも地元では有名人です。それにひきかえ息子ウォレンは、そのすばらしい科学的業績にもかかわらず、半ば忘れ去られた存在となっています。

…というのは私が言っているわけではなく、BBCのページにそう書かれていました。
まあ、BBCがそう言うのですから、ウォレンは一般には過去の人には違いないのでしょう。

(港の見えるパブ 「トーマス・デ・ラ・ルー」。
http://www.liberationgroup.com/pubs/thomas-de-la-rue

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しかし、ウォレンの名は、天文趣味の歴史において決して落とすことができません。
何と言っても、彼はアマチュア天文家として、天体写真の撮影に熱心に取り組んだ最初期の一人であり、現代の天体写真マニアにとって偉大な先達だからです。

ウォレンの名は、小暮智一氏の『現代天文学史』にも1か所だけ登場します。
それは1860年のスペイン日食の際の業績で、彼はこのとき得意の写真術を使って、太陽光球部の縁に「赤い炎」――すなわちプロミネンスを見出したのでした。
このニュースが、やはり当時はまだ一介のアマチュア天文家だった、ノーマン・ロッキャー(1836-1920)に、プロミネンスの分光観測を決意させ、やがて新元素「ヘリウム」の発見につながったのです(同書177-8頁)。

(ウォレンの写真を元にした石版画。アメデ・ギユマン『Le Ciel』より)
 

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そして、ウォレンの名をいっそう高めているのが、月面写真家としての顔です。

彼は太陽以前に、月の写真撮影に熱心に取り組み、それによって月面の地形変化を探ろうと試みました。その試みは必ずしも成功しなかったのですが、彼の手になる月写真は、19世紀人の嗜好に叶い、立体写真の形で一般にも広く流通しました。

月のステレオ写真というと、ヤーキス天文台の写真を元にしたキーストーン社のものがポピュラーで、ほかにも19世紀末から20世紀にかけて、いろいろなメーカーから出ていますが、1850年代(江戸時代!)にさかのぼるデ・ラ・ルーの月写真は、その嚆矢と言えるもので、歴史的に大きな意味があります。

(1910~20年代に出たらしい、キーストーン社のステレオ写真)

(長くなったのでここで記事を割ります。この項つづく)

デ・ラ・ルーとその時代(3)2016年10月23日 09時29分17秒

デ・ラ・ルー社のトランプに関連して、こんなモノを見かけました。

(写真を撮るときに表裏を間違えたので、左右を反転して掲載)

同社のトランプを写した1910年頃の幻灯スライド。


1860年代のカードと比べると、スペードの切れ込みが深く、またスートの他に数字が印刷されるようになったことが分かります。さらにカードの角が丸くなって、この半世紀の間に、トランプがさらに“現代化”したことが窺えます。

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それにしても、このスライド画面に漂う、不可解な感じは何でしょう?

当時の幻灯スライドは、娯楽目的で異国の風景を映したり、教育用に何かの説明図を映したりするのが通例だったと思いますが、果たしてこのスライドの制作意図は?
スペードの1、2、3、4、5…そこに何か意味があるのでしょうか?

モノクロの「虚の空間」に浮かぶトランプの表情は、モノがトランプだけにいかにも謎めいています。そして、どこかにトリックが潜んでいるような、不穏なものを感じます。