日本の星座早見盤史に関するメモ(3)2020年05月24日 11時06分24秒



ここまでが三省堂の星座早見の変遷史です。

同社は、その後も「戦後普及版」とでも呼ぶべき、多様な星座早見を売り出して現在に至りますが、戦後になると三省堂の独占状態は崩れて、多様な版元から出た星座早見盤が入り乱れるようになります。

その中には、専業の教具メーカーのしっかりした製品もあれば、科学館のお土産グッズもあり、さらには望遠鏡メーカーの販促品、学習雑誌や学習塾の教材用、民間会社が何かの記念に配ったもの…etc.と、まさに「星座早見盤戦国時代」の到来です。

なぜそうなったのか?
その理由は単純明快で、星座早見盤の需要が戦後、爆発的に増えたからです。さらにその背景にあったのは、理科の授業内容の変化で、戦後、天文の比重が急速に高まったことが影響している…というのが、私の想像です。(中小の望遠鏡メーカーの乱立も、ある程度それとパラレルな現象でしょう。)

この大乱立時代については、資料も乏しいし、正直よく分からないんですが、この連載の後の方で少し振り返ってみます。

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ところで、上の説明をひっくり返すと、戦前は星座早見盤の需要が限られていたため、「日本天文学会」の金看板を背負った三省堂版を脅かす製品は、市場に入り込む余地がなかったことを意味します。

そして三省堂版が埋めきれない隙間は、手作り品がそれに応えていました。
そもそも、星座早見はお手本があれば簡単に作れるので、既製品へのアクセスが阻まれてた人は、雑誌記事なんかを参考に、皆せっせと手作りしていた形跡があります。そして、それでまた十分用が足りたのです。

(星座早見の自作を勧める文章。山本一清(編)『図説天文講座第一巻:天球と星座』(恒星社厚生閣、1937)より。分担執筆者は村上忠敬)

そうした手作り早見盤は基本的に「消えモノ」なので、今ではほとんど残っていないでしょう。下はたまたま古本に紛れていたものです。


左側に写っている、徳島市寺島尋常小学校の島田隆夫先生という人が自費出版したらしい、『小学理科中心天文教材研究』という冊子にはさまっていました。この冊子は刊記を欠きますが、同校の校名から判断すると、昭和12年~16年(1937~41)の発行です。

(冊子裏面の月面図。筆跡からして、星座早見もやはり島田先生作と見て間違いないでしょう。)

この直径15cmに満たない小早見盤を見ていると、無性にいとおしい気がします。
天文学を系統立てて教える学校や先生が少ない中、寺島小(現・内町小)の島田先生は、非常な情熱を傾けて、それを成し遂げようとしました。

 「大人は疑ひ深く欲深い、蟋蟀の詩趣深い鳴き声を聞いてすぐ虫屋を始めて一儲しやうと邪念を起す親爺さんも、星は美しいが竿が届かぬからだめだと、もう見むきもくれない。曰く「天文は生活に縁遠い」と。
 夕陽、黄道光を残して西山に沈むや「一番星見付けたあれあの…」と全精神を星に送って歌ふ子供性こそ真に星に密接であると言へやう。」(上掲書p.1)

そうした純な心に発して、島田先生は天文教育を大いに鼓吹しました。
果ては天球儀、渾天儀をはじめとする測器・儀器、星図類を揃えつけ、天文学者の肖像をずらりと並べた研究室をしつらえ、さらに立派な望遠鏡を備えた観測ドームの設置を夢想するのですが(同p.52)、戦前の小学校にあっては――戦後でも――それはファンタジーに過ぎなかったはずです。それでも、その理想に向けて、せっせとガリを切り、画用紙を裁って星座早見をこしらえた先生の真情を思うと、胸に迫るものがあります。

(島田先生推奨の天文教育設備一式)

私の勝手な思い入れと感傷に過ぎないと承知しながらも、この粗末な星座早見盤は、粗末であるがゆえに、いっそう美しい星ごころを感じさせます。

(この項さらに続く)

日本の星座早見盤史に関するメモ(2)2020年05月23日 12時24分08秒

(本日は2連投です)

三省堂初期版の売れ行きに応えて、同社はさらに「普及版」というのを出します(「三省堂普及版」と呼ぶことにします)。


その裏面も下に掲げておきます。


こちらは昭和4年(1929)の発行で、手元にあるのは昭和14年の第63版。
平均すると、ふた月に一遍の割で版を重ねるという、「初期版」以上の超ハイペースです。昭和戦前の星座早見盤市場は、これら初期版と普及版によって占められていました。

ちなみに、戦前の理科教材カタログを見ると、初期版は1円20銭(昭和7年、島津製作所「初等教育理化学器械目録210号」)、普及版は80銭(昭和13年、前川合名会社「理化学器械博物学標本目録」)でした。小学校の先生の初任給が50円の時代です。ソースの年代差を考慮して、今ならざっと普及版が3千円、初期版が5~6千円のイメージでしょうか。

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普及版がその後いつまで発行が続いたのかは未詳ですが、初期版は戦後しばらく発行が続けられたことは上で述べたとおりです。しかし、さすがにパロマー天文台の時代に、明治のままのデザインは時候遅れですから、日本天文学会と三省堂のコンビは、新時代に向けた早見盤を売り出しました。昭和26年(1951)のことです(「三省堂戦後版」と呼びましょう)。


(同裏面。手元の品は昭和30年(1955)の第5版)

時代のデザイン感覚は争えないものです。これぞまさに戦後です。


まあ星図自体は、地紙がブルーに変わったぐらいで、あまり変わりがないんですが、よく見ると星座の名前が右書きから左書きに、そして漢字から仮名書きに変わっています。分点(星の座標表示の基準点)も、たぶん修正されているでしょう。

機能面に関しては、360度の地平線を示す「窓」の外側に、天文薄明線を示す小窓が2つ設けられたのが新しい工夫。

日の出が近づくと、あるいは日没後間もないと、太陽の光が地平線から洩れて観測に影響が出るので、何時から何時までが天文薄明に当たるかを見るため設けられたものです(外縁部の日付・時刻目盛りと、星図上に描かれた黄道目盛りを組み合わせると、任意の日付の天文薄明時間帯が読み取れます)。天文ファンを意識したらしい、通好みの機能です。

(この項さらにつづく)

日本の星座早見盤史に関するメモ(1)2020年05月23日 12時15分15秒

日本の星座早見盤の歴史は分かりそうで分からないものの1つです。
近世天文学史の本格的な話題もそうですが、わりと近い過去――戦後に各社から売り出されたさまざまな星座早見盤の歴史が、すでに茫洋としています。力こぶを入れて調べたわけではありませんが、以下は、今後のための覚え書きです。

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国会図書館の所蔵資料を「星座早見」で検索すると、最初に出てくるのが1907年に出た2本の雑誌記事で、1つ目は東京社発行の「東洋学芸雑誌」10月号に載った「星座早見(家庭の敎育品)」と題する2頁の記事、2つ目は吉川弘文館発行の「歴史地理」11月号に載った「新刊紹介 星座早見」という、これまた2頁の紹介記事です。

現時点ではいずれもネット未公開なので、詳細は不明ですが、同年発行された日本天文学会(編)『星座早見』(三省堂、1907/明治40)に触れたものと見て間違いないでしょう。

江戸時代における前史は別にして、これが近代以降の日本で発行された最初の星座早見盤ということになります。話の便のため、以下これを「三省堂初期版」と呼ぶことにします。

(画像再掲)

(上の品の裏面)

三省堂初期版は非常なロングセラーでした。
手元にあるのは、実に終戦後の昭和20年(1945)10月に出たもので、この時点で77版。この間、半年に一度の割合で版を重ねていたことになります。地味な存在ながらも、三省堂にとってはドル箱。

冒頭に戻って、最初に星座早見の記事を掲げた「東洋学芸雑誌」というのは、自然科学にも力を入れた一般向けの学術総合誌で、その中で星座早見が当初から「家庭の教育品」と意味付けられていたことは興味深いです。三省堂初期版を支えたのも、そうした教育需要だったと思います。

国会図書館の資料のうち、時代順で3番目に登場するのが、日本天文学会が編纂した『恒星解説』(三省堂、明治43/1910)という単行本(冊子)で、その第3章「星座を如何にして学ぶか」の中で、「本会が曩〔さき〕に出版した星座早見〔4文字傍点〕は最も星座を知るに便利なものと信ずる。」(p.30)と、ちゃっかり宣伝をしています。

(『恒星解説』表紙。元記事 http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/07/25/4457500

日本の星座早見盤は、当初から玄人向けの品でも、天文ファンに特化したニッチな品でもなくて、はなから一般向けで、少々「お勉強臭い」ところがありました。(まあ、これは諸外国の星座早見盤も、近代の商業ベースで発行されたものについては、同様だったかもしれません。)

(この項つづく)

星座早見盤大全2020年05月17日 08時30分59秒

先達はあらまほしきものかな―。
これまで何度も繰り返してきましたが、これはやっぱり一大真理です。

先日、コロナの記事に関連して、HN「パリの暇人」さんからコメントをいただきました。氏は天文学史と天文アンティーク全般に通じた大変な人で、私にとっては先達も先達、大先達です。パリの暇人さんに教えていただいたことは山のようにありますが、その1つである天文アンティークの王道的資料を、ここで同好の士のために載せておきます。


■Peter Grimwood(著)
 Card Planispheres: A Collectors Guide.
 Orreries UK, 2018.

書名の「Card Planisphere」は、日本語の「星座早見盤」と同義。
星図のコレクターガイドというのは、これまで何冊か出ていますが、本書は史上初の「星座早見盤に特化したコレクターガイド」です。本書の成立には、パリの暇人さんも直接関わっておられ、本書に収めた品のうちの何点かは、そのコレクションに由来します。

裏表紙に著者紹介と内容紹介があるので、まずそちらから一瞥しておきます(いずれも適当訳)。


 「ピーター・グリムウッドは、工学士にしてオーラリー・デザイナー。彼は過去20年以上にわたって、古今の星座早見盤の一大コレクションを築いてきた。関連する参考書が全くないことに業を煮やした彼は、星座早見盤コレクターのためのガイドブックを自ら作ることにした。」

 「本書は、著者自身の豊富なコレクションに加え、同好の士の所蔵品から採った星座早見盤の写真と解説文を収めたもので、1780年から2000年までに作られた、総計200種類にも及ぶ多様な星座早見盤が、その寸法や構造の詳細、考案者や発行者に関する背景情報とともに記載されている。
 本書は徐々に増えつつある星座早見盤コレクター向けに出版された、このテーマに関する最初の参考書である。
 本書が目指しているのは、コレクターが手元の星座早見盤を同定し、その年代を知る一助となることであり、さらにまだ見ぬ未知の品を明らかにすることだ!」

  ★

その紹介文にたがわず、この本は情報豊富な大変な労作です。アンティーク星座早見盤に惹かれ、自ら手元に置こうと思われるなら、ぜひ1冊あってしかるべきです。

(以下、画像はイメージ程度にとどめます)

内容を見るに、欧米の星座早見盤については、まことに遺漏がなく、例えば愛らしいハモンド社の「ハンディ・スターファインダー」や、定番のフィリップス社の星座早見盤のページを開くと、各年代のバージョン違いも含めて、詳細な解説があります。


ただし、そんな本書にも「穴」はあります。

本書の<セクション1>は、「Roman Alphabets」、すなわち通常のアルファベット(ラテン文字)で書かれた、主に西欧とアメリカで出版された星座早見盤が集められており、それに続く<セクション2>「Non Roman Alphabets」には、それ以外のもの――ロシア製、イスラエル製、スリランカ製、そして日本製――が紹介されているのですが、セクション2に登場するものを全部足しても、わずかに7種類です。

日本製に関しては、渡辺教具の製品が2種類と、三省堂から出た金属製の品(1970年代)が1種類出てきますが、同じく三省堂が戦前に出した逸品(↓)は載っていません。


他国は知らず、日本に限っても、戦後出た星座早見盤は無数にありますし、遡れば江戸時代の文政7年(1824)に、長久保赤水が出した『天文星象図解』所収の星座早見盤【LINK】のような、貴重で美しい作例もあります。したがって、名うてのコレクターであるグリムウッド氏にしても、この領域はほとんど手付かずと言ってよく、日本のコレクターの活躍の余地は大いにあります。(まさに本の紹介文にあったように、「さらにまだ見ぬ未知の品を!」というわけです。)

振り返って私自身はどうかというと、この本に出てくる早見盤のうち、手元にあるのは1割ちょっとぐらいですから、先は長く、楽しみは尽きません。まあ、楽しみが尽きるより前に、財布の中身が尽きるでしょう。


【2020.5.21 付記】 上記の長久保赤水(1717-1801)の著作に関する記述は不正確なので、訂正します。リンクした『天文星象図解』(1824)は、赤水の没後に出た「復刻版」で、赤水のオリジナルは、生前に『天象管闚鈔』(1774)のタイトルで出ています。このことは、本記事のコメント欄でtoshiさんにご教示いただきました。(さらなる書誌はtoshiさんのブログ記事で詳説されています。ぜひ併せてご覧ください。)


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【余滴】

漱石全集に「断片」の名の下に収められた覚え書きにこんなのがあった。或る病院で腸チフス患者が巻き紙に何事か記したのを、大切に枕の下にかくしている。医者が無理に取り上げて見たら、退院の暁きに食べ歩るいてみたいと思う料理屋の名が列記してあった。この一章の文もその巻き紙の類かもしれない。

…というのは、経済学者の小泉信三氏が書いた『読書論』(岩波新書)の一節です。最後に出てくる「この一章の文」というのは、「第9章 書斎及び蔵書」を書くにあたって、この本が出た1950年(昭和25)当時の日本では、理想の書斎を語ることがいかに困難であったかを物語るものです。

時代は違えど、2020年の令和の世も、なかなか生き難い世界です。
私も天文古玩にまつわるストーリーを、倦まず語ろうとは思うものの、世態に照らせば、これもやっぱり「巻き紙」の類なんでしょうね。それでも意志あるところに道あり―。和やかな時代の到来を夢見て、精一杯文字を綴ろうと思います。

されど4分2020年01月07日 06時37分36秒

そういえば、以前妙な時計を買いました。



ご覧のとおり詳細な星座早見盤を組み込んだ、なかなか星ごころに富んだ時計なんですが、要は中国で作られた、アストロデア(シチズン)の‘ぱちもん’です。

(左がアストロデア。アストロデアのことは、こちらから3回シリーズで書きました。)

これのどこが妙かというと、その星座盤のつくりです。
この星座盤はただの見かけ倒しではなく、確かに自動でゆっくり回転しており、そこは立派なのですが、その回転周期は、実際の星空の23時間56分ではなく、24時間ちょっきりです。

これだと何か月経っても夜空の景色は変わらず、同じ星空を眺め続けなければいけません。そのため、星座盤の位置をときどき手動で調整しなさい…という指示が、説明書には書かれています。

何だか変だなあと思います。
購入する側も釈然としないし、作り手側の意識としても、不全感が残るんじゃないでしょうか。いかにも作り切ったという感じがありません。とはいえ、背に腹は代えられず、きっとこの4分差を組み込むと、コストがえらくかかるのでしょう。

たかが4分、されど4分。

繰り返しになりますが、この4分の差は、地球の公転が生み出しているものです。
この1日たった4分の「努力」が、つもりつもって季節の変化を生み、頭上では星座が移ろい、地上では雪合戦をしたり、スイカ割りをしたりすることになるわけですから、ましてや1日5分も努力すれば、腹筋が割れたり、英語が話せるようになったり、資格試験を突破できるのは当然だ…と主張する人がいるのも、うなずけます。

たかが4分、されど4分。
そのことを問わず語りに教えてくれるのが、この時計のいわば「徳」なのかもしれません。

(購入時の商品写真)

星時計(1)2020年01月03日 19時58分56秒

先日、「子の星(北極星)」のことを話題にしました。
不動の北極星を中心に、24時間でぐるっと空を一周する星たち―。

   ★

まあ、大ざっぱに言えばそうなのですが、厳密に言うとちょっと違います。
北極星は決して不動ではなく、ほんのちょっと動いているし、星たちもきっちり24時間周期で回っているわけではありません。

真夜中に頭上にあった星が、次の日も、次の日も、そのまた次の日も、ずーっと真夜中に頭上に来るのだったら、その星に限らず、真夜中に見える星景色は、毎日そっくり同じはずです。そこには、星座の季節変化の生じる余地がありません。
 
実際には、真夜中に頭上に輝いている星は、23時間56分で再び頭上に戻ります。
ちょっきり24時間後の位置で比べると、次の日には4分だけ先に(西寄りに)進んだ場所に位置することになります。

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これはもちろん、地球が公転しているからです。
地球は自転しながら、同時に同じ向きに公転もしているので、両者の「合成回転速度」は、自転速度(や公転速度)単独よりも、ちょっぴり早くなります(エスカレーターを駆け上がっている人を想像してください)。

こうして、1日に4分、1か月で120分、半年経つ頃には12時間もずれて、かつて頭上にあった星は、今度は地面の真下となり、空を彩る星座はすっかり入れ替わってしまいます。そして1年たつと、ちょうど24時間ずれて、再び懐かしい星が頭上に輝く…というわけです。

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以上のことは小中学校の理科のおさらいです。

上の説明は、太陽や月と同じく、星が「東から昇って西に沈む」イメージで語っています。その方が何となく分かりやすいからですが、これは南向きに空を見上げたとき限定の話です。

北極星周辺の「こぐま座」や「カシオペヤ座」なんかは、そもそも地面に沈まないし、方角で言うと西から東に動いて見える時もあって、上の説明は一寸そぐなわいところがあります。

でも、「星が天を一周する時間は23時間56分」で、「1日4分ずつ天球上の位置がずれていく」という事実は、北の星にも完全に当てはまります。

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これを利用したのが、こぐま座やカシオペヤ座、あるいは北斗七星の位置から時刻を知るための「星時計」です。古くは「ノクタラーベ」「ノクターナル」と呼ばれました。

ある日、ある時刻における、星座の位置は既知ですから、逆に日付と星座の位置が分かれば、そのときの時刻を知ることができます。(原理的には南の星座でもいいのですが、北の星座は、北極星との位置関係から、天球上の位置を見定めやすいので、いっそう便利です)。


上はニューヨークのヘイデン・プラネタリウムが1950年に発行した星時計(ずばり「スター・クロック」とネーミングされています)。

(全体は3層構造)

使い方は至極簡単。まず最外周の日付目盛りに、黄色い回転盤の「12」の位置を合わせます(これは時刻目盛りの基準となる「深夜12時」を表します)。

(1月3日に盤を合わせたところ)

この状態で、東西の水平・南北の垂直を保ちながら、中心孔に北極星を入れ、次に紺色の回転盤を回して、実際の星座の位置に合わせればOK。この星時計では、北斗のマスの先端の2星(ドゥーベとメラク)を結ぶ線が時針になっており、その指し示す数字が現在の時刻です(目盛りは午後6時から午前6時まで、反時計回りに振られています)。

(画像は1月3日、午後8時半の星座位置。北極星からこぐま座がぶら下がり、カシオペヤ座は北極星の左上、北斗は右下に位置します。)

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よくよく考えると、この星時計は、普通の星座早見の北極星付近を拡大しただけのもので、普通の星座早見盤を星時計に使うこともできるわけですが、関係部分を拡大した分、こちらの方が使い勝手が良いのが味噌です。

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ボーイスカウトのキャンプとかを除けば、これを実用にする現代人はいないでしょう。でも、持ち運びのできる時計がなかった頃は、昼間の日時計と併せて、なかなか重宝されたものだそうです。

(この項つづく)

ネズミの星2020年01月01日 07時29分03秒

新年明けましておめでとうございます。
あっというまに1年が過ぎ、干支もイノシシからネズミにバトンタッチです。

(イノシシ頭骨(奥)とマウスの全身骨格(手前))

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子年ということで、ネズミに関する星の話題がないかな…と思いましたが、どうもネズミの星座というのはなさそうです。(さっき検索したら、尾っぽの長いネズミのような形をした「マウス銀河」というのが出てきましたが、もちろんこれはごく最近ネーミングされたものでしょう。)

でも、日本にはちゃんと「子の星(ねのほし)」というのがあって、これは誰もが知ってる星です。十二支を方位に当てはめると、「子」は真北になるので、子の星とはすなわち北極星のこと。(真北の「子」と真南の「午」を結ぶのが「子午線」です。)

野尻抱影によれば、これは青森から沖縄まで全国的に広く分布する名前で、渡辺教具の和名星座早見盤(渡部潤一氏監修)にも、ずばりその名が載っています。

(元旦22時の空。中央上部に「ねのほし」)

「子の星」の名が、かくまで広く普及しているのは、漁師や船乗りにとって、それが操船上不可欠な目当てとして重視されたからでしょう。

その光は、決してまばゆいものではありません。それでも波立ち騒ぐ海をよそに、常に天の極北に座を占め、人々の指針となる姿は実に頼もしい。
今のような混乱した世の中にあっては、そうした存在を、人間社会にも求める気持ちが切です。

   ★

さあ、新しい年への船出です。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

南の空を想う2019年02月27日 09時56分47秒

時代が平成に替わった1989年、沖縄の地元出版社である「むぎ社」から、沖縄用の星座早見盤が発行されています。

(狩野哲郎(著)『沖縄県版学習星座早見セット』)

これは、私が持っている星座早見盤の中でも、その夜空の範域が非常にローカルで、ピンポイントであるという点で、かなり特徴的なものです。著者の狩野氏は、当時、本島北部にある国頭(くにがみ)村立辺士名(へんとな)小学校の先生をされていた方だそうで、その辺もローカルな香りに満ちています。

那覇の緯度は北緯26度。
東京の北緯35度から遠いのはもちろん、鹿児島の北緯31度と比べても、さらに5度南に寄った土地ですから、本土の早見盤はそのままでは通用しがたく、こうした教育目的の早見盤が必要となるわけです。(ちなみに、この本は「定価800円」となっていますが、奥付には「学納価500円」とあって、学校で共同購入することを念頭に置いた出版物のようでもあります。)


肝心の早見盤は、この本文12ページの薄い冊子体の本の裏表紙に付属しています。
使い方は当然ふつうの早見盤と同じですが、違うのはそこを彩る星空です。

(10月1日午前0時、11月15日午後9時頃の空)

南国沖縄の海辺に立って、さらに南に目をやれば、北辺に住むヨーロッパ人の視界には入らなかった、「つる座」や「ほうおう座」が悠然と羽ばたいているのが見えます(いずれも星座として設定されたのは16世紀末)。その脇には、海と空を結ぶようにエリダヌスが悠然と流れ、さらにその先端には、アラビア語で「河の果て」を意味するアケルナルがぼうっと輝いています。


そして、7月の宵ともなれば、北十字(はくちょう座)から南十字までを一望に収め、銀河鉄道の旅を追体験することができるのです。

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アームチェアー・アストロノマーよろしく安楽椅子に腰かけて、こんな風に想像するのは、実に甘美なひとときです。しかし、その美しい空の下で現に行われていることは、甘美さとはおよそ程遠い醜悪なものです。

訳知り顔に日米と東アジアの政治力学を振り回す人もいますが、仄聞するところ、辺野古の工事に関しては、政治力学の問題だけでなしに、大きな利権が渦巻き、例によってその渦中には安倍氏とその取り巻きが蟠踞しているんだ…などと聞くと、人間の業の深さを嘆くほかありません。

   ★

こうしている間にも、空の上でジョバンニは「たったひとりのほんとうの神さま」について思いを凝らし、「ほんとうのさいわいは一体何だろう」と親友に問いかけています。もちろん、ここに唯一絶対の正解はないでしょう。問われたカムパネルラにしても、「僕わからない。」とぼんやり答えるのみです。

そして、分からないことにかけては、私もカムパネルラと同様ですが、でも、こんな地上の醜状は、「ほんとうの神さま」とも、「ほんとうのさいわい」とも、はなはだ遠いものであることだけは確かに分かります。

世界最大の星座早見盤2018年06月27日 20時50分54秒

さて、そろそろ地上の花から天上の花に話題を戻します。
うっかり忘れそうになりますが、そもそも「星のおもちゃ」の話題を書いている途中で、おさる計算機やギッシングの話題になったのでした。
おもちゃの話に戻る前に、肩慣らしに星座早見盤をめぐる話題をひとつ。

   ★

以前、「世界最小の星座早見盤」という記事を書いたことがあります。

世界最小の星座早見盤(前編)

当然、世界最大の星座早見盤は何か?という疑問が続きますが、それについては書いたことがありませんでした。でも、大きな星座早見盤自体は何度か登場しています。

たとえば、フランスのカミーユ・フラマリオンが監修して、19世紀末に出た早見盤は、 56cm 四方という大きさを誇っていました。


さらに、上の記事のコメント欄で、「パリの暇人」さんから、フランスの Haguenau による直径約 61cm という巨大な早見盤(1830年代)や、さらに完成品ではないものの、フランス製の早見盤用星図(19世紀)に、直径約 68cm という大物があることをお知らせいただきました(いずれもパリの暇人さんご自身のコレクションの一部)。

それらには及びませんが、手元の品としては、ドイツのフォン・リトロー(Joseph Johann von Littrow、1781-1840)の『天界の驚異(Wunder des Himmels)』の1910年版――この本は、著者の死後も他の人が改訂を続け、長く版を重ねました――の巻末付録に、直径 52cm という早見盤用星図が付いていることにも触れました。


さらに、日本に目を転じると、京都のLagado研究所の淡嶋さんが、アンティーク商売の傍ら営まれているゲストハウスに飾られている、昔の理科教材とおぼしい早見盤があります(昭和30年代?)。その正確な大きさは聞き漏らしましたが、おそらく 7~80cm 四方はあろうかという大物で、これまでのところ、これが星座早見盤の暫定世界王者でした。
 

   ★

しかしです。
ついにその記録を上回る大物が名乗りを挙げました。それがこちら。


どうです、唖然とするほど大きいでしょう。その直径は人の背丈ほどもありますから、おそらく直径 180cm 内外。現時点では、文句なしの世界王者です。

これは1997年に、イギリスのBBCが開局75周年を記念して作った絵葉書で、写っているのは、天文啓発家として名高いパトリック・ムーア氏(1923-2012)の壮年期の姿です。


この1997年というのは、BBC開局(1922)75周年であると同時に、ムーア氏がプレゼンターを務める名物番組「Sky at Night」が、放映開始40周年を迎えた年でもあり、絵葉書はそれを記念する意味もあったようです。

ちなみに、この星座早見盤はフィリップス社のヴィンテージ早見盤(仮称「ラウンドタイプ」→こちらの記事を参照)を、そのまま大きくした姿をしています。もちろん正規品ではなくて、ディスプレイ用に、あるいは番組用に特注した品でしょうが、それにしても大きいですね。

飛行機から見た星(後編)2018年01月23日 21時30分39秒

この星座盤は、4層(4ページ)から成っています。

まずは星座盤のページ。丸い星座盤本体は、普通の星座早見同様、日にちと時刻を合わせられるよう、真ん中の鋲留めを中心にぐるぐると回転します。

(北天用星図)

その次に、星の見える範囲をぐるっと切り抜いたマスクページが来ます。
日にちと時刻をセットした星座盤に、マスクページをかぶせれば、その日・その時、空に見える星たちが、そこに表示されます。


マスクページと星座盤は、さらに南天用のものが1セットあるので、合計4ページというわけです。


ちなみに、この星座盤が表現しているのは、北緯50度(ヨーロッパ北部とアメリカ中北部)と、南緯35度(オーストラリア南部、ニュージーランド、南アフリカ、アルゼンチン)から見た空です。厳密には、そこから外れるとマスク盤の「窓」の形状を変えないといけないのですが、著者のチチェスターは、「南緯35度~北緯70度の範囲ならば実用に差し支えない」と書いています。

   ★

ところで、前回、この星座盤を見て大いに感ずるところがあった…と書きました。
それは、星座盤の裏面解説で「星の覚え方」という解説を読んだときのことです。


チチェスター大尉は、こんな手順を推奨しています(以下要旨)。

(1)まず南北両天の「マスターグループ(MASTER GROUP)」を覚えなさい。
(2)次いでマスターグループに付随する「キーグループ(Key Groups)」を覚えなさい。
(3)次いでそれらに属する航行指示星(navigation stars)を覚えなさい。
(4)さらに、それ以外の航行指示星を、最寄りのキーグループとの位置関係で覚えなさい。

ここでいう「マスターグループ」や「キーグループ」というのは、通常の星座とはちょっと違います。

北天でいうと、「北斗グループ(The Plough Group)」がマスターグループになります。北を見定める一番の手掛かりというわけでしょう。この北斗グループには、北斗七星と、ひしゃくの柄を伸ばした先にあるアークトゥルス(うしかい座)やスピカ(おとめ座)が含まれます。

さらにキーグループに挙がっているのは、「大鎌グループ(The Sickle Group、しし座のいわゆる「獅子の大鎌」の星々)」、「ペガススグループ(The Pegasus Group)」、「オリオングループ(The Orion Group)」、「北十字グループ(The Northern Cross Group、はくちょう座の「北十字」を中心とした星々」といった区分けです。

例えば「ペガススグループ」は、星座のペガスス座に限らず、その周辺に広がる一大グループで、ペガスス座の大四辺形と、その上底を伸ばした先にあるミラク(アンドロメダ座)、ミルファク(ペルセウス座)、その近傍に光るハマル(おひつじ座)、アルゴル(ペルセウス座)、四辺形の向って右辺を南に延長したフォーマルハウト(みなみのうお座))、さらにペガススの北に固まるカシオペヤ座のWを含んでいます。

ここでもう一度同じ星図を掲げます。


チチェスター大尉の説明を読み、この星図を眺めているうちに、「うーむ、これこそ現代の我々に必要な星座早見盤ではあるまいか…」と思ったのが、今回私が深く感じたことです。

(星座盤の星名一覧)

通常の星座早見盤に比べて、1等星と2等星の一部しか載っていないこの星図は、いかにもスカスカです。でも、最近の都会地で見上げる空は、ひょっとしたら、これよりもっとスカスカです。街中で暮らす子供たち(大人も)に必要なのは、実はこういう星座早見であり、そして大尉が推奨する星の覚え方なんじゃないかなあ…と思ったわけです。

そしてまた、星の乏しい環境では、星座名を覚えるよりも先に、恒星の固有名を覚える方が簡単だ――少なくともリアリティがある――ということも同時に感じました。「本当はあそこに星があって、あっちの星と線で結ぶとこんな形になって…」と、見えない星座のことをあれこれ考えるのは侘しいものです。だったら、いっそありありと目に見える恒星の名を先に覚えてしまえ…という、これはちょっとしたコロンブスの卵。

   ★

結論として、この星座盤は昔の飛行機乗りだけではなく、現代を生きる我々にピッタリの、チチェスター大尉からの素敵な贈り物じゃないでしょうか?