ポケット・プラネタリウム2021年11月21日 18時15分55秒

星座早見盤というのは本当によくできています。
円盤をくるくる回すだけで、星々が24時間で一周する「日周運動」も再現できるし、特定の時刻に見える星座が、1年かけてゆっくり空を一周する「年周運動」も再現できます。そして両者を組み合わせれば、24時間・365日、いついかなる時の星空でも、たちどころに教えてくれるのです。まさに電気不要の「手の中のプラネタリウム」

ただし語義を考えると、これは若干不自然な言い方です。
ふつうの星座早見盤は、星座(恒星)の位置だけを示し、惑星の位置は省略されているのに対して、プラネタリウムの本義は、文字通り惑星の位置を示す「惑星儀」だからです。

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そうした星座早見盤の弱点を補う「ポケット・プラネタリウム」を見つけました。
こちらは文字通り「懐中惑星儀」―― 惑星の位置を知るためのものです。

(サイズは17.8×13cm)

(表紙を開いて伏せたところ)


中身はこんな構造になっていて、向かって右がプラネタリウム本体、左に使用法の説明が書かれています。


1959年にロサンゼルスのスペース・テクノロジー・ラボラトリーズ(STL)が発行したもので、値段の表示がどこにもないので、あるいはノベルティグッズだったかもしれません。(STLはアメリカの初期航空宇宙産業を支えた企業のひとつで、親会社の合併に伴い、その後TRW 社の一部門となりましたが、そのTRW社も今はなく、まこと有為転変の世の中です。)


本体はヴォルヴェル(回転盤)が多層構造になっており、左に見える色付きの円盤群が「惑星盤」、右側の透明な円盤が「地球盤」です。

くだくだしい説明ははぶきますが、まず各惑星盤(水・金・火・木・土)を、盤上の目盛をたよりに、そのときどきの位置に合わせ、次いで地球盤を回すことで、各惑星が地球から見てどちらの方向に見えるか(すなわち黄道12星座のどこに位置するか、そして特定の時刻にそれが東西どちらの方角になるか)を判別する仕組みです。


惑星盤の中心にあるのが太陽で、今、我々は太陽系を真上(北)から見下ろしている格好になります。そして太陽を中心に惑星がくるくる回り…となると、要はこれは「ペーパーオーラリー」です。ただし、地球が常に下部中央―下のハトメの位置―にくるところが、普通のオーラリーと異なります(したがって各惑星の位置は、あくまでも地球を基準にした相対的なものです)。

もちろん、普通のオーラリーのように、地球も太陽の周りを回転するように作れば、その方が感覚的にも分かりやすいのですが、そうすると全体が嵩張ってポケットサイズにならないので、次善の策として上のような構造にしたのでしょう。

そういえば、昔「プラネティカ」という品を紹介したことがあります。

(画像再掲。元記事 http://mononoke.asablo.jp/blog/2011/05/04/5845041

プラネティカもその時々の惑星の位置を知るための道具でしたが、プラネティカの歯車機構を手で代行し、さらに地球の位置が常に下(手前)にくるように持って使えば、このポケット・プラネタリウムと同じことになります。

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このポケット・プラネタリウムは、1959年1月から1969年1月までの10年間しか惑星の位置目盛がないので、すでに50年以上も昔に「賞味期限」が切れてしまっています。でも、そのデザインとカラーリングは今も清新で、当時の未来感覚と、スペースエイジの息吹を強く感じさせます。

ジョセフ・エルジー『夜ごとの星』2021年11月20日 09時06分08秒

先日の「小さな星座早見盤」の話題が、あまりにもあっけなかったので、罪滅ぼしではないですが、ちょっとそれらしいものを載せておきます。


■Joseph H. Elgie(著)
 The Stars Night by Night.
 C. Arthur Pearson Ltd. (London), 1914. 247p.


巻頭にいきなり広告が出てくる、雑誌めいた造りの本ですが(ちなみに裏表紙はココアの広告です)、そのタイトルページをめくると、


こんな星座早見が付録に付いています。


この円形星図の直径は11cm弱ですから、確かに「小さな星座早見盤」の仲間に入れてもいいでしょう。


肝心の本の中身は…と、書き継ごうと思ったんですが、私はまだ中身を読んだことがなくて、今の今まで「おまけに星座早見が付いた本」という以上の認識はありませんでした。まあ、よくある星座解説書の類だろうと思っていたわけです。

でも改めて目を通すと、これは作者による1年間の星日記という体裁をとった、星のエッセイ集であり、なかなか滋味に富んだ内容だと知って、改めて読んでみようかなという気になりました。

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作者のジョセフ・エルジーは、王立天文学会(RAS)と英国天文学協会(BAA)の会員で、天文と気象に関する一般向けの本を何冊か出している人のようですが、詳細な伝は不明。

なお、この『The Stars Night by Night』は、先にエルジーが私家版で出した『The Night Skies of a Year』(1910)の廉価普及版であり、再版に際して新たに星座早見盤を加えたことが序文に記されていました。

懐中星座早見の世界(2)…飛行機乗りの友2021年11月14日 09時59分38秒

(前々回のつづき)


■Francis Chichester
 The Pocket Planisphere
 George Allen & Unwill Ltd. (London)

その名もずばり「ポケット星座早見盤」という名の、これまた二つ折り式のツイン早見盤です。サイズは約13×14cm、刊年が記されていませんが、ネット情報によれば1943年刊。

(おもて表紙と裏表紙を開いたところ)


先日の西ボヘミア製の早見と比べると、左右の円形星図と、それを覆う「窓」のページが独立しており、全体が4層構造になっている点がちょっと違います。

(「窓」を南北の星図にかぶせたところ)

違いは他にもあります。この前のは「ヨーロッパ目線で見た南の空と北の空」を2枚の星図に描き分けたものでしたが、今日のは文字通り「南天・北天」用で、北緯50度用と南緯35度用の2枚の早見盤がセットになっています。いわば世界中どこでも使えるユニバーサル早見盤です(「実用目的としては、北緯70度から南緯60度まで、どこでも使える」と作者は述べています)。

さらに円形星図の表現も大きく違います。

(北天用)

(南天用)

ご覧のとおり、そこには通常の星座がほとんど描かれていません。はくちょう座やオリオン座、さそり座なんかはありますけれど、それ以外はいくつかの明るい星と、それらを結ぶ曲線があるのみです。

この早見盤の最大の特徴は、それが通常の「星見の友」ではなくて、飛行機乗りが星を目当てに飛ぶ際のナビゲート目的で使うものであることです。そのため、目当てとなる明るい星を捉えやすいように、こうした表現をとっているわけです。


そして「窓」のページの裏側には、通常の星座名ではなく、輝星のみを大づかみにグルーピングした「北斗グループ」や「大鎌グループ」、「オリオン近傍グループ」といった名称が記されています。

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ここまで読んで、思い出された方もいるかもしれませんが、この早見盤はまったくの新顔ではありません。以前も、同じ作者、同じ用途、同じ構造の早見盤を取り上げたことがあり、今日の品はその小型版です(ですから、上の説明はちょっと冗長でした)。

(画像再掲)

■飛行機から見た星(前編)(後編)

以前の記事を引用すると、「著者のフランシス・チチェスター(1901-1972)は、手練れのパイロットにして天文航法の専門家。星図出版当時は、英国空軍志願予備軍(Royal Air Force Volunteer Reserve)に所属する空軍大尉でしたが、年齢と視力の関係で、大戦中、実戦に就くことはありませんでした。そして、戦後は空から海に転身し、ヨットマンとして後半生を送った人」です。

見かけはかわいい「飛行機乗りのための早見盤」ですが、時代を考えると「軍用機乗りのための早見盤」と呼ぶ方が正確で、かわいいとばかり言ってられない重みがあります。

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小さい早見盤(※)は他にもっとあるような気がしたんですが、手持ちの品を探してみたら、これで打ち止めでした。したがって、えらい竜頭蛇尾ですが、「懐中星座早見の世界」と称して書き始めたこの連載も突如終了です。

(※)差し渡し(四角いものなら一辺、円形のフォルムなら直径)が15cm以下のものを、「小さい早見盤」と仮に呼ぶことにしましょう。

ちひさなほしそら…懐中星座早見の世界(1)2021年11月11日 21時26分57秒

枕草子に曰く、「ちひさきものはみなうつくし」
小さいものは、それだけで人の心に訴えかけるものがあります。
星座早見盤もまたしかり。小さければ小さいほど、その小さな身体に無限の星空を宿していることが不思議であり、いとしくも感じられます。

古いものに限っても、これまで小さい早見盤はいろいろ取り上げました。


○中央: 冷戦下のチェコスロバキア製早見盤
○下: 昨日登場したばかりの西ボヘミア製ツイン早見盤

落穂ひろい的な感じはありますが、これまで登場する機会のなかったものを載せます。

(この項つづく)

ツイン星座早見盤2021年11月10日 21時23分19秒

小さな星図からの連想で、小さな星座早見盤を取り上げます。


これも数年前に届いた品です。
14×15cmのかわいいサイズですが、紺のクロス装に金文字が渋さを感じさせます。


全体は二つ折りになっていて、表紙を開くと、左に南の星空、右に北の星空が見開きで並んでいます。

(裏表紙。この星図は貼り付けてあるだけで、回転はしません)

ここでいう「南の星空」「北の星空」は、いわゆる「南天星座」「北天星座」の意味とはちょっと違って、ヨーロッパ(北緯50度付近)から見て、南を向いた時に見える星空と、北を向いた時に見える星空を、2枚の星図に描き分けたものです。(南を向けば左が東、北を向けば右が東になるので、2つの円形星図は互いに鏡像関係になっています。)

(南の空)

(北の空)

上の2枚はそれぞれ11月10日の夜8時に合わせたところ。いずれも「窓」の下辺が地平線で、上辺は天頂をちょっと超えたあたりです(気になるのは、この「窓」の形がどのように決まったのか、そこに合理性はあるのかで、私にはうまい説明が思い浮かびません)。参考までに、普通の星座早見盤だとどうなるか、同日同時刻のフィリップス社の早見盤を挙げておきます。


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ここで改めて、表紙の文字情報を確認しておきます。


Taschen-Sternkarte (Doppelkarte) 
von G. Gebert, Oberlehrer. 
Altzedlisch (Westböhmen)
Selbstverlag


ポケット星図(二重星図)
上級教師 G. ゲバート(作)
アルトツェドリッシュ(西ボヘミア)
私家版

表記はドイツ語ですが、作られたのは西ボヘミア、現在のチェコです。アルトツェドリッシュは、現在はスタレー・セドリシュチェ(Staré Sedliště)と呼ばれる町のドイツ名。

ゲバートの肩書である「Oberlehrer」は、手元の辞書に「上級教師(功労のある小学校教諭の称号)」とあって、これはだいぶ古風な言い回しのようです。たぶん日本で言うところの「訓導」とか、そんな語感でしょう。いずれにしてもこの早見盤は、専門の天文学者ではない、一小学校の先生の手になるものです。

発行年は書かれていませんが、全体の感じとしては1900年前後、あるいは少し後ろにずらして20世紀の第1四半期といったところでしょう。おそらくは1918年にチェコスロバキア共和国が成立する前の、ハプスブルク治下の産物と想像します。

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この珍品といってよい早見盤も、例のグリムウッド氏の星座早見盤ガイドLINK】にはちゃんと載っていて、さすがと思いました。


ただ、同書には「サイズ不明」とあって、氏も現物はお持ちでなかったようです。

…と思いながら、写真を見ているうちにハッとしました。
ここに写っているのは、今私の手元にある品と同じものではありませんか(余白の鉛筆書きまでそっくり同じです)。


一瞬「あれ?」と思いましたが、おそらくグリムウッド氏は、オークションの商品画像を資料として保存し(これは私も時々やります)、本を編むにあたって、それを利活用されたのでしょう。さらに想像をふくらませると、このとき私は、自覚せぬままグリムウッド氏に競り勝っていた可能性だってあります。

こうなると、「さすが」という思いがグルっと一周まわって自分にかえってくるわけで、何だか妙な気分ですが、それにしても世界は狭いなと思いました。

(この早見盤は、かつてウィーンのサロ・ルービンシュタイン古書店の棚に並んでいました。まったくの余談ですが、同店主のルービンシュタイン氏は1923年に没し、娘であるマルガレーテさんが跡を継いで商売を続けていたのですが、彼女は1942年に、ナチの手でテレジン強制収容所に送られ、1943年に絶命した…とネットは告げています【LINK】)

ガラスの星空2021年08月25日 07時16分24秒

昼はツクツクボウシの声を聞き、夜はコオロギの声を聞く。
暦はすでに秋を迎え、実感としても秋近しですね。これでコロナが収束してくれれば、言うことはないのですが、こちらの方はとてもそんな長閑な話ではなさそうです。
とはいえ、気分だけでもちょっと涼しげな品を載せます。

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14cm×15cmという、わずかに横長の箱。
パカッとふたを開けると、


中にこういうものが入っています。


そこに書かれた文字は、「COELUX Das kleine Schulplanetarium」――「コールクス 小さな学校用プラネタリウム」。うーむ、なんとも素敵な名前ですね。「Coelux」という商品名は、たぶんラテン語の「宇宙 Coelestis」と「光 Lux」をくっつけた造語でしょう。

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これが何かといえば、要は幻灯機で拡大して眺めるガラス製の星座早見盤です。
いかにプラネタリウム大国のドイツとはいえ、全国津々浦々の学校でプラネタリウムを演示するのは無理ですから、こういう愛らしい工夫が求められたのでしょう。

メーカーはシュトゥットガルトにあったテオドア・ベンツィンガー幻灯社(Theodor Benzinger Lichtbilderverlag)で、考案者はクルト・フランケンバーガー(Kurt Frankenberger)という人です。

フランケンバーガー氏は伝未詳ですが、ベンツィンガー社の方は、ネット情報によれば20世紀初頭から半ばにかけて営業していた会社のようです(参考LINK)。よく見ると「D.R.P angem.」とも書かれていて、これは「ドイツ帝国特許出願中 Deutsches Reichtspatent angemeldet」の意味ですから、1945年以前の品であることは確実で、全体の雰囲気としては1930年代頃のものと思います。


裏返すと、これが星座早見盤であることがよく分かります。使い方も全く同じです。


光にかざすとこんな感じ。実際にはこれが何倍にも拡大されて、教室の壁に投影されたわけです。そして盤をくるくる回しながら、先生が星空の説明をするのを、生徒たちがじっと見守った…そんな光景がありありと目に浮かびます。

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同工の品としては、以前フィリップス社の幻灯早見盤を採り上げました。


今回の品はそれに続く2例目で、これは相当珍品だろうと思いましたが、例のグリムウッド氏の星座早見盤ガイド(LINK)を見たらあっさり載っていて、先達はやはり敬すべきものです。

(ただし、グリムウッド氏が製造年代を「1950年頃」としているのは、上に書いたような理由で若干訂正が必要と思います。)

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下界の憂いをよそに、まもなくガラスのように澄んだ空に、秋の星座が静かに光りはじめます。

名碗披露2020年12月31日 15時19分07秒

雪が霏々として降る静かな大晦日です。

茶道の茶会に招かれると、茶を一服喫した後で「お道具拝見」となり、亭主自慢の碗やら掛物やらを感心した面持ちで眺め、箱書きとともにその由来を聞かされる…ということになるらしいです。茶会に招かれたことがないので、しかとは分かりませんが。

かく言う私も、このたび世にも稀なる名碗を手に入れたので、大いに自慢に及ぼうと思います。ただし、これはお茶を飲むお碗じゃありません。星を眺めるためのお碗です。

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今年の5月ごろ、戦後日本の星座早見盤について集中的に記事を書いていました。
資料が乏しい中、その中で渡辺教具製の「お椀型早見盤」についても、分かっていることを書きました(※)


同社のお椀型早見盤は、バージョンアップを繰り返しながら、少しずつ進化してきましたが、以前の記事で書いたように、そこには大きく7つの段階があって、その絶対年代は以下の通りと推測しています。

渡辺教具製 星座早見盤編年表 2020.06.17版】
〇第1期 1955年頃?~1960年前後?(始期・終期とも曖昧)
〇第2期 1960年前後?~1962年頃(始期は曖昧)
〇第3期 1962年頃~1975年頃
〇第4期 1975年頃~1980年
〇第5期 1980年~2000年
〇第6期 2000年~? 
〇第7期 ?~現在
※第6期と第7期は、現在両方とも市場に並んでいて、正確な交代時期は不明。

(※)細かいことを言うと、木でこしらえたのが「椀」、焼き物が「碗」で、さらに金属製の「わん」には「鋺」という別の字があります。渡辺教具さんのは厳密には「お鋺」でしょうが、面倒なので以下「お椀」で統一します。

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私が今回見つけたのは、幻の「第1期」のお椀です。


まだ特許取得前、そして同社が株式会社に改組する前の製品です。
しかもですね、このお椀には箱と箱書きが付属するのです。


この箱は、非常に珍しいです。世に二つとない…とまでは言いませんが、少なくとも私は初めて見ました。この箱はいずれ崩壊しそうなので、資料的意味合いから、詳細をここに載せておきます。


「星座早見盤」のレタリングが懐かしい。


問題の裏面の解説はこうなっています(文字が読み取れるよう、大きなサイズで画像をアップしました)。「本星座盤の特色」として、「ほんとうに大空をあをいているような感じを与えること。」「とても見やすく、楽しいこと。」と書かれています。ああ、しみじみ良いですね。何にせよ、楽しいことは大事です。

ただし、この箱書きをもってしても、正確な製造年は依然不明です。この紙質、文字遣い・言葉遣いの雰囲気から、1950年代前半(昭和20年代後半)に遡らせても良いように思うのですが、どんなものでしょうか。

それ以外の細部も見ておきます。


「冠」「蛇つかい」「牛かい」…。星座表記に漢字が入るのが古風です。


「南の魚」の「魚」の字がいいですね。「いんどん」は「いんど人」の間違いで、今の「インディアン座」のことですが、この辺も大らかといえば大らか。


以前気になった裏面はこんな感じ。解説の文字はやっぱり一切ありません。
この品が古物商の手に渡ったということは、取りも直さず、永井くん・永井さんも既に鬼籍に入られたか…。

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ちょっと先回りして、12月31日から1月1日へと日付が変わる深夜0時に目盛りを合わせてみます。


星の配置は、まだ戦争の記憶が濃かったあの時代と何も変わりません。
人の世は変われども、星の世界は変わらぬもの哉―。
天をつらぬく棒のごとき銀河を眺めながら、明年もどうぞよろしくお願いいたします。

恒星社 「新星座早見」2020年11月01日 16時57分07秒

雑談ばかりではしょうがないので、本筋のことも書きます。

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ヤフオクで、最近こんな星座早見盤を見つけました。

(差し渡し16.7cm、円盤の直径は15cm)

これは嬉しい発見でした。しばらく前に話題にして、その画像だけは目にしていたものの、その実物に接するのは初めてだったからです。

日本の星座早見盤史に関するメモ(14)…恒星社『新星座早見盤』

上に掲げた写真は、北緯35度の地点で、北を向いたときに見える星空で、裏返すと…


今度は南を向いたときに見える星空が描かれています。


よく見ると、運がよければ南の地平線すれすれに見えるカノープスが、顔をのぞかせています。


この製品は、以前も書いたように、恒星社(※)が戦後まもなく出したもので、考案者は京大の宮本正太郎博士ですが、宮本博士の名前はどこにも表示がありません。また発行年の記載もありませんが、脇に捺された検印から、手元の品は「昭和23年8月28日」に完成したことが分かります。


今回、実際に現物を見て分かったのは、クルクル回る円形星図が、どこにも固定されておらず、地平盤の「ポケット」に挿入されているだけだったことです。

(星座名は、戦前のままの古風な漢字表記)

そして南天用の星図には、日本からは見えない星座もきちんと描かれており、表裏をひっくり返して「ポケット」に入れれば…


地平線から35度の位置に、不動の天の南極があって、その周囲を南の星座がぐるぐる回転しているのが見えます(方位が逆転しているので、「北」は「南」に読み替えてください)。すなわち、これは南緯35度の土地(シドニー、ブエノスアイレス、ケープタウン等)から見た星空なのです。

そして北の方角を向けば、

(上と同じく図中の「南」が、真北の方角になります)

はくちょう座が地平線の近くを低く飛び、日本の北の空を彩る周極星(北斗やカシオペヤ)は、常に地平線下にあって、決して見ることのできない「幻の星座」であることも分かります。

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デザイン的には地味ですが、端正な表情をした、機能的にも興味深い佳品です。


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(※)メモ:恒星社について

恒星社は「恒星社厚生閣」が正式名称ですが、私は「恒星社」の下に引っ付いている「厚生閣」というのが何なのか、今一つ分かっていませんでした。さっき調べたら、下のブログにその経緯が詳しく書かれており、結論から言うと、両者はもともと別の会社です。

しかし、人的つながりや、業務上の関係が以前からあって、戦時下の企業統合で合併したまま今に至っている由。さらに、恒星社を起こした土居客郎(1899-1966)は、「土井伊惣太(どい・いそうた)の別名で活動していたことも、これを読んで初めて知りました。

■出版・読書メモランダム:
 古本夜話739 土居客郎、恒星社、渡辺敏夫『暦』

日本の星座早見盤史に関するメモ(14)…恒星社『新星座早見盤』2020年06月25日 06時27分04秒

さっそく自力で新しい発見があったので、追記します(ちょっとしつこいですね)。

連載第6回「昭和50年頃の早見盤界」に出てきた、恒星社版の星座早見の正体が分かりました。記事中では「南北天両面式」「直径15cm」という説明だけが、かろうじて判明していた品です。

夕べ、古い天体観測入門書を見ていたら、図入りでその説明がありました。


■鈴木敬信・中野繁(著)
  『中学・高校生の天体観測』 (誠文堂新光社、昭和27年/1952)


 「星座早見にも市販のものがいくらかあるが、窓の形の不正確なものがかなりある。楕円形にしたり、あるいはそのほか勝手な曲線にしたりしている。信頼できるものをあげると

(1)日本天文学会編 星座早見(北緯35°用) 三省堂刊
(2)水路部編 星座盤(北緯30°用)
(3)宮本正太郎案 新星座早見(北緯35°用) 恒星社刊

などがある。(1)、(2)はほぼ同じようなものであるが、(2)は日本近海を航海する船が利用するようにつくってあるので、基準緯度が低くなっている(郵船会社その他海図を売っている所にある)。印刷が美しい上に、回転部分がガタつかないように、入念につくってあるので、きわめて使いよい。(3)は小型でポケットにはいる程度である。天の赤道をさかいにして、それより北の空と南の空とが、別々に現れるようになっているので、なれないと使いにくい。

 (1)(2)型の星座早見では、星図が北極中心になっており、南の星ほど図の外側にくるので、南極に近い星座ほど、南北にくらべて東西がのびており、星座の形がいちじるしくずれている。さそり座・いて座など東西にひどくのびて、初心者は実際の空と比較するときに、とまどうほどである。(3)では星図が、天の赤道をさかいして、北極中心のものと、南極中心のものと2枚にわかれているので、(1)(2)に見られるような南天星座の変形はない。この点はひじょうにべんりだ(よくいうことだが、天はニ物を与えたまわぬようだ)。」 (pp.34-5、太字は引用者)


なるほど、「南北天両面式」というのは、南十字星のような南半球の星図と、北半球の星図が両面に描かれているのかな…と思ったら、そういうわけではなくて、あくまでも日本国内から見上げた星空を、北の方角を向いたときと、南の方角を向いたときとで描き分けたものだったのですね。(そうすることで、星座の形と大きさの歪みが小さくなるメリットがあるわけです。)

考案者の宮本正太郎氏(1912-1992)は、京大の花山天文台長もつとめられたプロの天文学者。一般向けの本も多く書かれたので、オールド天文ファンには親しい名前かもしれません。

その宮本氏が1952年、ないしそれ以前の段階で、こういうものを世に問うていたというのは、時期的にも相当早いですし、内容も斬新ですから、日本星座早見盤史にその名を記し、記憶にとどめる価値が十分あります。(ただし、このアイデア自体は、ドイツの古い早見盤に先行例があります。)

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そしてまた、印刷が美しく入念な仕上げが施された、水路部編の『星座盤』というのも、これまた目にしたことはありませんけれど、大いにそそられるものがあります。

こうして探索の旅は、さらに続くのです。

(今度こそ本当に、一応この項おわり。でも追記は随時します)

日本の星座早見盤史に関するメモ(13)…いくつかの訂正、そして探索の旅は続く2020年06月23日 21時02分06秒

「一応おわり」と書いたそばから何ですが、自分の狭い見聞だけに凝り固まっては、やっぱりダメだと気付きました。

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以下は、大阪市立科学館で学芸員をされている嘉数次人(かずつぐと)氏の個人サイトです。これまで拙ブログが何度もお世話になり、星座早見盤のことも確かに目を通していたはずですが、やっぱり自分なりの問題意識を持ってないと、「見れども見えず」の状態になってしまうのでしょう。

■なにわの科学史のページ:星座早見盤の世界

上のリンク先から、「星座早見盤のいろいろ」というページに入ってください。
そこには同科学館が所蔵する、さまざまな星座早見盤が紹介されていますが、今のタイミングで再訪して、愕然とする事実を知りました。今回の連載で書いたことの何点かは、ただちに訂正が必要です。


(1)戦前の製品版早見は、三省堂版以外にもあった。

一連の早見盤の中に、宮森作造編『ポケット星座早見』というのが紹介されています。嘉数氏の解説をそのまま引用させていただきます。

 「1929(昭和4)年発行。厚紙布張り二つ折りの豪華なつくりである。編集は天文同好会(現在の東亜天文学会)の宮森作造。この早見盤は、1929年8月に初版発行の後、同年12月には第4刷が発行されている。当時における早見盤の需要の一端をうかがうことができよう。」

おそらく販売部数では三省堂に及ばないでしょうが、この品が当時、繰り返し版(ないし刷)を重ね、一定の面的普及を見ていたことは確実です。したがって、「三省堂版が唯一」みたいな書き方は、正しくありません。なお、ネット情報によれば、宮森作造氏(1891-1976)は、大阪の熱心なアマチュア天文家の由ですが、『日本アマチュア天文史』(恒星社)に名前が見えず、詳細は不明。


(2)三省堂版『新星座早見』は、1958年(これは前述のとおり1957年が正しいように思います)の初版発行から、1986年の『新星座早見 改訂版』発行までの間に、一度モデルチェンジを経ている。それは1972年のことである。

嘉数氏のページには、そのスリーショットが載っています。
私の今回の連載に登場した早見盤は、その1972年のモデルチェンジ後のものでした。同じく「初版の外袋」というのも紹介しましたけれど、その中身は1972年版とはデザインが幾分異なる品だったのです。何事も早とちりは禁物ですね。


(3)日本の星座早見盤界は想像以上に広く、かつ美しい。

大阪市立科学館の所蔵品を見て、宮森作造氏の『ポケット星座早見』にしろ、佐伯恒夫氏の『星座案内』にしろ、また古風な紙製『星時計』にしろ、日本にこんなにも愛らしく、雅味のある逸品がいくつも存在したとは、本当にうれしい驚きです。これぞ天文古玩道の奥深さです。

当然のごとく、所有欲をはげしくそそられるわけですが、いずれも売り物を目にしたことはないので、どれも相当な稀品でしょう。でも、探すだけの価値は十分あります。

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いや、それにしても斯道深し
この思いを噛みしめるのは、はたして何度目でしょうか。