小さな星座早見盤2017年10月11日 18時52分47秒

ドイツ南部、スイスとの国境・ボーデン湖に近いところに、ラーベンスブルクの町があります。この小さな町で、主に児童書を手がけていたのが、「オットー・マイヤー社」。

同社は今も健在で、最近はボード・ゲームやパズルが主力商品だそうですが、そのかわいらしい旧社屋は、現在「ラーベンスブルク博物館」に改装されています。

(オットー・マイヤー社・旧社屋。独語版wikipediaより)

この小さな町の、小さな出版社が出した、小さな星座早見盤を見つけました。

(使用説明書と、早見盤が入った外袋)


袋の中には縦長の早見盤本体が入っています。
なぜ縦長かといえば、この小さな星座早見を、いっそう小さくするために、本体が二つ折りになっているからです。


(広げたサイズは、約12.5cm四方)


星図は4等星まで表示。作られたのは1880年代と思います。

当時、こんな星座早見をポケットにしのばせた小さな天文家が、あちこちで星を眺め、夢と想像力だけは大きく――無限に大きく――膨らませていたのでしょう。
そう思うと、この早見盤がいっそう愛らしく、いとしく思われます。

「星座早見表」のこと(附・梶井基次郎の見た星)2017年10月04日 21時21分36秒

月さやかなり。
枝野氏の曇りなき決断を歓迎し、支持します。

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さて、本題です。
今さらですが、「星座早見」というのがありますね。あるいは「星座早見盤」とも。


その一方で「星座早見表」という言い方もあって、それを耳にする度に、「あれはどう見ても‘表’じゃないだろう」と、些細な点がこれまで気になっていました。

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「年齢早見表」とか、「料金早見表」とか、はたまた「麻雀点数早見表」とか、「○○早見表」と称するものは世間に多いので、「星座早見表」もそれに引きずられて生まれた名称だろうと思うのですが、一体いつからある言い回しなのか?…と思って、Googleの書籍検索に当ってみました。

すると、長谷川誠也(編)『新修百科大辞典:全』(博文館、1934)という、戦前の辞典にも堂々と出ているのを発見。


辞典に載るぐらいですから、これは半ば公に認められた表現といってよく、今さらやかましく「言葉とがめ」をするには及ばないと思い直しました。

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そもそも、「表」という字を漢和辞典で引くと、「形声。もと、衣と、音符毛とから成り、下着の上に着てひらひらする「うわぎ」、ひいて「おもて」「あらわす」意を表す」と書かれていました。すなわち「表」の原義は「アウターウェア」で、そこから公にする」「明白にするといった意味が生じ、さらに転じて「めじるし」「文書」の意味を持つに至った…というわけです。

どうも「表」というと、「図(Figure)」に対する「表(Table)」、すなわち数字が縦横に並んだエクセルシートのようなものをイメージするため、そこに違和感があったのですが、「表」という字は、本来もっと意味が広くて、例えば「儀表」といえば「お手本となる規則」、「時表」といえば「日時計とするために立てた石柱」の意になります。

とすれば、「星座早見表」も、「星座をすばやく見つけ出すための目印」といった程度の意味に取ればいいのかもしれません。

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ところで、グーグルの書籍検索は、上記の辞典よりも、さらに古い用例も教えてくれます。

すなわち、梶井基次郎の短編「冬の日」
昭和2年(1927)に発表された作品です。
内容は、結核で肺を病んだ青年の、暗い倦怠に彩られた心象を延々と描いた私小説風の作品です(梶井自身も結核を患っており、本作発表の5年後(昭和7年)に没しています)。

その中に、次の一節があります。

 「彼が部屋で感覚する夜は、昨夜も一昨夜もおそらくは明晩もない、病院の廊下のように長く続いた夜だった。そこでは古い生活は死のような空気のなかで停止していた。思想は書棚を埋める壁土にしか過ぎなかった。壁にかかった星座早見表は午前三時が十月二十何日に目盛をあわせたまま埃ほこりをかぶっていた。夜更けて彼が便所へ通うと、小窓の外の屋根瓦には月光のような霜が置いている。それを見るときにだけ彼の心はほーっと明るむのだった。」

そこに登場する星座早見は、主人公が病苦に侵される前の「古い生活」の象徴です。新鮮な思想に憧れ、遥かな星空を眺めた、かつての若者らしい生気は失われ、深更に目が覚めても、今や天上の星よりも、地上の霜だけが慰めだ…というのです。

分かるような気もします。でも、いかにも切ないですね。
当時、いかに多くの若者が、結核という国民病で斃れたかを思い起こすと、改めて慄然とします(その後、さらに多くの若者が戦で命を落としたことについても又然り)。


10月20何日、午前3時。


かつて作者・梶井基次郎が見たであろう星空。

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上の写真は、いずれも三省堂版「星座早見」(日本天文学会編)の一部。
明治40年(1907)に出た後、昭和に至るまで版を重ねたロングセラーで、当時商品化されていた星座早見は、三省堂版のみですから、梶井が見たのもきっとこれでしょう。

さわやかな星座早見盤2017年03月01日 06時21分30秒

駄菓子的な天文アイテムといえば、この星座早見盤は、さしずめ薄荷味のお菓子。

(右側は早見盤が入っていた外袋)

シュトゥットガルトの老舗教育出版社、フランク出版(Franckh’sche Verlagshandlung、現・フランク・コスモス出版)が売り出した星座早見盤。

時代はさして古いものではありません。付属の説明書によれば、初版は1965年、手元のものは1974年に出た第8版です。


地平線を示す楕円の周囲に、地上の景色を描きこむのは、他にも例がありますが、窓自体が凹凸の不整形になっているのは、ちょっと面白い工夫です。
それに何といっても、この色合い。上品なペールブルーと純白のコントラストが、とても爽やかな印象を生んでいます。


洒落たコートを羽織った男が、じっと見入るのもむべなるかな。


裏面はこんな様子。


星座早見というのは、星を描いた「星図盤」と、その時見える空の範囲を示す「地平盤」の組み合わせから出来ており、北極星を中心に盤をクルクル回すことで、星空をシミュレートするわけですが、この製品は、地平盤から南北に伸びた「突起」の隙間を星図盤が回るようになっており、星座早見としてはわりと珍しい構造です。

(ヘルムート・シュミットさんというのは、たぶん元の持ち主)

さらに、星図盤をよく見ると、通常の「日付目盛り」の外側に「赤経目盛り」があり、最外周に「黄道十二宮」が表示されているのも、細かい工夫です。

黄道十二宮については、占星術に関心のある人以外、あまり使いでがないかもしれませんが、現在の黄道十二星座とのずれ具合から、地球の歳差運動に関心を持ったり、天文学の長い歴史に思いをはせる役には立つでしょう。

洒落たデザインばかりでなく、教育的配慮も行き届いた、これはなかなかの佳品です。

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…というようなことを書いて、事足れりとしてはいけないのでした。
実は、この爽やかな星座早見盤は、単に爽やかなだけの品ではありません。

先日、部屋の灯りを消して、ふと机の上を振り返ったら、この星座早見が微かにボーっと光っていて、一瞬ぎょっとしました。

(私のカメラは暗所では無力なので、画像をいじってコントラストをMAXにしました)

「え?!」と思って、読めないドイツ語を辞書で引いたら、この早見盤のタイトル、「Nachtleuchtende Sternkarte für Jedermann」というのは、「一般用夜光星図」の意味なのでした。


他にも夜光塗料を使った星座早見盤の例はあるでしょうが、それと意識せずに見せられると、やっぱりちょっとびっくりします。そして、「うむ、よくできている」と、ここで再び膝を打ったことは、言うまでもありません。確かにこれは佳品と呼ぶに足る品です。

(さらなる暗闇の中、鬼火のように燃える星たち)


フィリップス異聞…幻灯早見盤2016年12月12日 07時04分01秒

今年はなかなか収穫の多い年だった…ということを、前にチラッと書きました。
まあ、収穫が多いと言っても、珍品がザクザクと集まった…なんてことはありませんが、これまで全く未知のモノに、いくつか巡り合うことができて、ちょっと見聞が広がりました。以下の品もそのひとつ。

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フィリップス社の古い星座早見盤は、ドイツ製のパクリだ…というと、何となく独創性に欠ける会社のように聞こえますが、決してそんなことはありません。フィリップス社は、単に受け身的にドイツの後追いをしたのではなく、それを応用して、大いに独創的な品も生み出しています。

それ如実に物語るのが、「幻灯の星座早見盤」。

(タイプライターの上で撮ったので、背景がゴチャついています)

木枠の全体は約11.5×18cm、中央のガラス板は直径約7.5cm。
ガラスの表面には、さらに星座早見盤でおなじみの楕円形の「窓」が見えます。

星座早見の幻灯というのは、これまで見たことがなくて、そういうものが存在することすら知りませんでした。いわば、ブログ開設11年目にして知った珍品。


上のスライドを裏返したところ。
この品は単純に絵柄を投影するだけでなく、歯車で絵柄を回転させる仕掛けを備えた「メカニカル・ランタン」と呼ばれるタイプのものです。


銘板を見ると、フィリップス社には一時、「幻灯部(Lantern Depôt)」という、幻灯製造の専門部門があったことが分かります。


このクランクをくるくる回すと…


このギアが回転して、歯車を仕込んだガラス円板がゆっくりと回ります。


暗闇に浮かぶのは、お馴染みの早見盤そのものですが、星空が回転するのを見ながら、星座の移り変わりの解説を聞くという経験は、その後の投影式プラネタリウムに通じるものがあり、いわばその前身と言えるものでしょう。その点でも興味深い品だと思いました。

フィリップス問題(5)2016年12月10日 09時50分40秒

これまでのところを、推測も交えてまとめておきます。

フィリップス社の星座早見盤の歴史は、ドイツのメーカーの製品を元に、その英語版をドイツの版元に依頼する形で1886年に始まり、当初はドイツ版と全く同じデザイン(フリルタイプ)を踏襲していました。

その後、第1次世界大戦の勃発によって、ドイツからの製品供給が困難になると、同社はイギリス国内での製造に切り替えて、1910年代後半からは新しい「スクエアタイプ」が同社の「顔」になりました。

このスクエアタイプは、第2次大戦後も健在で、1950年代になってもその製造が続けられていたことは、前々回の記事で書いたとおりです。

残された課題は、このスクエアタイプが、現行のデザインにつながる「ラウンドタイプ」にいつの時点で切り替わったか?ですが、これもネットの恩恵ですぐに調べがつきます。

ラウンドタイプの初見は1959年です。
下はネットで販売されていた品の画像を寸借したもの。


(上の品の裏面)

これによって、ほぼ1950年代いっぱいはスクエアタイプの製造が続き、60年代を目前にして、ラウンドタイプに切り替わったことが窺えます。その後、ラウンドタイプは、素材・フォント・カラーデザイン等、細部に変更がいろいろありましたが、現在売っているのは下のような品です。


フィリップス社の星座早見盤がこの世に登場して、今年でちょうど130年。
イギリスと日本に限っても、この間本当にいろいろなことがありましたし、星見のスタイルもずいぶん変わりましたが、夜空の星と、それを見上げるスターゲイザーの「心意気」はいささかも変らないぞ…と、新旧の星座早見盤を見て思います。

(この項ひとまず完結)

フィリップス問題(4)2016年12月09日 06時47分15秒

今回の記事を書くために、先日しげしげと手元の星座早見盤を見ていたら、1つ重要な事実を見落としていたことに気づきました。

(フリルタイプの裏面)

(同上拡大)

それは、フリルタイプの裏面にMADE IN GERMANYの文字があることです。これは同じフリルタイプである南天用の早見盤を見ても同様です。

(左・北天用、右・南天用)

(南天用裏面)

これを見て、もうひとつモヤモヤしていたことに、はっきりと答が出ました。

(左・ドイツ語版、右・英語版)

それはすなわち、この英独の「そっくり早見盤」が、何故そっくりなのか?という点です。

(同上。言語を除けば、細かい点までそっくり同じです。)

結論を言えば、フリルタイプはフィリップス社のオリジナルではありません。その本家はドイツであり、フィリップス社はその版元である、ドルトムントのクリッペル社(A. Klippel)に、英語版の製造を委託していたに違いありません。いわゆるOEMです。

(ドイツ語版・裏面。中央上部に「A. Klippel in Dortmund」のメーカー表示)

私の手元にあるドイツ語版は、(本体に年代を示す記載はないものの)およそ1800年代末のものと思いますが、この時点ですでに26版(Sechsundzwanzigste Ausgabe)を重ねており、このタイプの早見盤に関しては、クリッペル社が、少なくともフィリップス社よりも10年は先行していたように想像します。

(ドイツ語版・部分。「年間常用星図・中央ヨーロッパ用/第26版」)

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いっぽう、スクエアタイプでは、表示が「PRINTED IN GREAT BRITAIN」に変っています。

(中央下部に注目)

これはスクエアタイプから派生した、他の小型早見盤等でも同様です。

(小型早見盤と惑星の位置を示すポインターを備えた「Philips’ Revolving Orrery」)

(同上裏面・部分)

直接的な証拠は未だないものの、フリルタイプからスクエアタイプへのデザインの変更が、生産国の違いに因るものとすれば、それが生じた時期は、かなりの確度で推定できます。

すなわち、その背景にあったのは、第一次世界大戦(1914~1918)の勃発による、英-独間の貿易の途絶に、まず間違いなかろうと思います。それによって、フィリップス社は星座早見盤の製造拠点を、イギリス国内に移すことになったのでしょう。

(さらにこの項つづく。次回完結編)

フィリップス問題(3)2016年12月08日 07時11分11秒

フィリップス社の星座早見盤の時代判定については、かつてこのブログでも簡単な考証を試みたことがあります。
フリルタイプについては以下。

■フィリップス社の星座早見盤(2)
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/26/227011

拙文を引用すると、

 「裏面の出版案内を元に考証すると、1892年から1905年の間に出た品と分かります。 (裏面には、使用法の説明と、自社の出版案内などが書かれています。)ちなみに、1896年に出た同社の広告中では、この早見盤が「既に25,000部売れた」と自慢しています。なかなかのヒット商品。」

…とあります。

続いてスクエアタイプについては以下に登場します。

■フィリップス社の星座早見盤
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/26/226373

同じく記事を引用すると、

 「20世紀初頭(~1920年代ぐらい)のもの〔…〕という風に、これまで思い、またそう称する業者もいたのですが、裏面の出版物の案内を改めて調べてみたら、私が持っているのは1950年頃の品と判明。意外に新しいものでした。しかし、もっと古い品があるのも確かで、要するに、同じデザインが何十年も息長く使われ続けたということです。」

…と昔の自分は書いています。
いずれにしても、フリルタイプがスクエアタイプに先行することは間違いありません。

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では、フィリップス社の星座早見盤(=フリルタイプ)が誕生したのはいつか?
手元の品を見る限り、上に書いた以上の情報はないのですが、フリルタイプが何度も版を重ねているとしたら、私が持っている品よりも、さらに古いもの(すなわち1892年以前のもの)が存在することは、ほぼ確実です。

この点については、ネットで検索したら、あっさり答が分かりました。
グーグルの書籍検索によると、「Bookseller」(J. Whitaker and Sons Limited, 1886)という刊行物に、以下のような記事が載っていて、これが今のところフィリップス社の星座早見盤に関する最初の記事です。
 

フィリップス社の星座早見盤を「独創的な発明品(ingenious contrivance)」として紹介する内容で、この製品がおそらく1886年中に発売されたことを示唆しています。
この推測は、「The Journal of Education」誌の1887年1月1日号の広告欄に、新刊(Just Published)」の字句と共に、同じ品が掲載されていることからも裏付けられます。
 

さらに、同年(1887)に出た、「王立地理学会紀要ならびに地理学月次記録(Proceedings of the Royal Geographical Society and Monthly Record of Geography)」第 9 巻の「新刊地図(New maps)」紹介欄には、以下のような記事が載っています。
 

これを読むと、フィリップス社の星座早見盤は、星図盤の中心をピン留めする代わりに、フレームの中を円盤が回転することで、スムーズな回転の持続が可能になっていること、小型で持ち運びが容易なこと、配色の工夫や星座絵の省略によって星座の視認性が高まっていること…等が、プラスの要素として評価されています。

こうして大方の好評を得て、発売後10年間で2万5千部が売れるヒット商品になったことは、上で書いたとおりです。

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さて、ではこの「フリルタイプ」はいつまで作られ続けたのか?
後続の「スクエアタイプ」と入れ替わったのはいつか?
…という点について、考証を進めていきます。

(この項つづく。次回いよいよ問題の核心に)

フィリップス問題(2)2016年12月07日 07時16分50秒

まず、少し回り道をして、フィリップス社の歴史を振り返っておきます。
この点については、以下のページに簡潔なまとめがあったので、それをそのまま摘録しておきます。

Grace’s Guide to British Industrial History:George Philip and Son
 http://www.gracesguide.co.uk/George_Philip_and_Son

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フィリップス社の初代、ジョージ・フィリップ(彼には同名の息子がいますが、ここでは父親の方)は、1800年にスコットランドのアバディーンシャー在のハントリーの町に生まれ、19歳でリバプールに出て、書店奉公をしたあと、1834年に同地で自分の店を持ちました。

彼は本の販売ばかりでなく、地図・教育書の出版事業にも手を広げ、著名な地図製作者の協力を得て、地図の版元としてのし上がります。この間、1848年には息子のジョージ2世(1823-1902)が、1851年には甥のトーマス(1829-1913)が商売に加わり、ここに「Philip, Son and Nephew」社が成立したのでした(1859年)。

フィリップス社といえば、リバプールよりもロンドンの印象が強いですが、同社がロンドンのフリート街に進出したのは1851~52年のことです。最終的に、出版・販売部門はロンドン、印刷部門はリバプールと、機能分化を図りました。さらに最新の多色石版を高速でこなす蒸気駆動の印刷機を導入して、その商売はいよいよ盛んになっていったのでした。

1870年には、学校向け教育用品の卸販売がそのビジネスに加わります。
そんな中、1882年に初代ジョージ・フィリップが死去。1800年生まれの彼は、まさに19世紀とともに生き、産業化の進む英国社会の真っ只中を歩んだ人、と言えそうです。

父の死後も、息子のジョージは亡父の路線を継承して、地図の出版や教育用品の販売を続け、20世紀に入り、息子のジョージや、そのいとこ(初代の甥)であるトーマスが亡くなった後も、同社は長きにわたって同族経営を続け、商売は順調でした。

上記のリンク先ページには、戦後の1947年に開かれた「英国産業博」に同社が出展した際の紹介文が引用されていますが、そこには地図、地図帳、海図、球儀、レリーフ模型、および地理・教育・海事関連の出版社(Publishers of Maps, Atlases, Charts, Globes, Relief Models and Geographical, Educational and Nautical Works.)」とあり、その商売内容に、いささかのブレもないことが見てとれます。

そんな同社ですが、創業150年を超えた1988年、ついにオクトパス出版(ロンドンのリード・インターナショナル・グループ・オブ・カンパニーズ傘下)に身売りし、初代ジョージ・フィリップの血脈は絶えました。しかし、社名は今も「ジョージ・フィリップ社」の看板のまま商売を続けています。

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…というのが、「フィリップス社(今は単数形のフィリップ社(※))」の足掛け3世紀に及ぶ歩みです。

上記の記事には、星座早見盤への言及は特にありませんが、この歴史の中でそれが登場するのはいつか?

(この項つづく)

)そのため、昔は「Philips' Planisphere」と書きましたが、現行製品では「Philip's Planisphere」と表示されます。

フィリップス問題(1)2016年12月06日 11時52分40秒

星座早見盤は、天文アンティークの王道。
中でもフィリップス社の星座早見盤は、今や天文アンティークの店では「標準装備」となっていて、実際に購入される方も多いでしょう。

しかし、私の中で長くくすぶっている問題があります。
それはフィリップス社の星座早見盤が作られたのはいつか?という問題です。

ネット等でフィリップス社の星座早見盤が売られているとき、その製造年代に関する商品説明は、しばしば曖昧で、ときに互いに矛盾します。これは国内・国外を問わずそうで、売り手は先行するネット情報を参照して書くことが多いのでしょうが、その先行情報自体があいまいなので、いきおいそういうことになります。

それに売り手の立場に身を置くと、できるだけ商品に箔を付けたい――すなわちより古い時代のものと主張したい誘惑にかられることもないとは言えませんから、その辺で情報の不確かさが増幅される面もあるのでしょう。


フィリップス社の古い星座早見盤にも、いくつかタイプがあって、基本的には装飾的なフリルのついたタイプ(左)と、フリルのないスッキリしたタイプ(右)の2種に分けられます。さらに現行のものは(私は持っていませんが)下のように全体が丸い形をしています。これらをそれぞれ「フリルタイプ」、「スクエアタイプ」、「ラウンドタイプ」と呼ぶことにしましょう。

(1982年版としてeBayに出品されていた品)

私はこれまで漠然と、フリルタイプは1890~1920年代、スクエアタイプは1920~1950年代、ラウンドタイプは1960年代以降のものと見なしていたのですが、それをしっかり跡付けたことはありませんでした。

今回、その点にちょっと深入りをします。

(Wikipediaの「Planisphere」の項(https://en.wikipedia.org/wiki/Planisphere)に出ているスクエアタイプの品。果たしてこれをキャプション通り「1900年頃」としてよいか?)


(この項つづく)

「ヴォルベルのこと」への補足2016年12月04日 10時32分19秒

【補足1】

星座早見盤を「アナログ計算機」と書きましたが、あんまり計算機っぽく見えないなあ…と感じる方もいらっしゃると思います。

星座早見盤の普通の使い方は、日付と時刻を合せて、そのとき空に見えている星座を知る…というものでしょうが、これは見方を変えると、日付と時刻から、各恒星の地平座標上の位置(方位と高度)を読み取っていることに他なりません。(実際、現在市販されている早見盤の多くは、地平座標を読み取りやすいよう目盛が入っています。)

(地平座標線が入った渡辺教具製の早見盤)

星座早見盤に可能なのは、星の見え方を知ることだけではありません。
特定の星が南中するのは今日の何時か、あるいは同じ星が午後7時に地平線から昇るのは何月何日か、早見盤を使えばたちどころにその答が分かります。

結局、このシンプルな装置の中には、日付・時刻・星の地平座標上の位置という、3つの変数の取り得る組合せが全て格納されており、円盤を回すことで、知りたい情報を自在に取り出せるという意味で、これは非常に高度で洗練された計算機なのです。


【補足2】

昨日、和式ヴォルベルとして密教占星術の本を載せましたが、天文学の本流からすれば、いかにも「変格」であることは否めません。でも、「正格」な作例もいろいろあります。

オランダ・バロック絵画と古地図・天文資料のコレクターであるtoshiさんについては、以前ご紹介しましたが、toshiさんはこの和式ヴォルベルに関しても、資料をいろいろ蒐集されていて、ご自身のブログ「泰西古典絵画紀行」(http://blog.goo.ne.jp/dbaroque)で、その見事な例を紹介されています。


発明の才にかけては、江戸の人もイスラム黄金時代やルネサンス期の人におさおさ劣らぬものがあって、ちょん髷を結った人が、こういうハイカラな道具をクルクル回している姿を想像するのは、ちょっと楽しいものです。