世界最大の星座早見盤2018年06月27日 20時50分54秒

さて、そろそろ地上の花から天上の花に話題を戻します。
うっかり忘れそうになりますが、そもそも「星のおもちゃ」の話題を書いている途中で、おさる計算機やギッシングの話題になったのでした。
おもちゃの話に戻る前に、肩慣らしに星座早見盤をめぐる話題をひとつ。

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以前、「世界最小の星座早見盤」という記事を書いたことがあります。

世界最小の星座早見盤(前編)

当然、世界最大の星座早見盤は何か?という疑問が続きますが、それについては書いたことがありませんでした。でも、大きな星座早見盤自体は何度か登場しています。

たとえば、フランスのカミーユ・フラマリオンが監修して、19世紀末に出た早見盤は、 56cm 四方という大きさを誇っていました。


さらに、上の記事のコメント欄で、「パリの暇人」さんから、フランスの Haguenau による直径約 61cm という巨大な早見盤(1830年代)や、さらに完成品ではないものの、フランス製の早見盤用星図(19世紀)に、直径約 68cm という大物があることをお知らせいただきました(いずれもパリの暇人さんご自身のコレクションの一部)。

それらには及びませんが、手元の品としては、ドイツのフォン・リトロー(Joseph Johann von Littrow、1781-1840)の『天界の驚異(Wunder des Himmels)』の1910年版――この本は、著者の死後も他の人が改訂を続け、長く版を重ねました――の巻末付録に、直径 52cm という早見盤用星図が付いていることにも触れました。


さらに、日本に目を転じると、京都のLagado研究所の淡嶋さんが、アンティーク商売の傍ら営まれているゲストハウスに飾られている、昔の理科教材とおぼしい早見盤があります(昭和30年代?)。その正確な大きさは聞き漏らしましたが、おそらく 7~80cm 四方はあろうかという大物で、これまでのところ、これが星座早見盤の暫定世界王者でした。
 

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しかしです。
ついにその記録を上回る大物が名乗りを挙げました。それがこちら。


どうです、唖然とするほど大きいでしょう。その直径は人の背丈ほどもありますから、おそらく直径 180cm 内外。現時点では、文句なしの世界王者です。

これは1997年に、イギリスのBBCが開局75周年を記念して作った絵葉書で、写っているのは、天文啓発家として名高いパトリック・ムーア氏(1923-2012)の壮年期の姿です。


この1997年というのは、BBC開局(1922)75周年であると同時に、ムーア氏がプレゼンターを務める名物番組「Sky at Night」が、放映開始40周年を迎えた年でもあり、絵葉書はそれを記念する意味もあったようです。

ちなみに、この星座早見盤はフィリップス社のヴィンテージ早見盤(仮称「ラウンドタイプ」→こちらの記事を参照)を、そのまま大きくした姿をしています。もちろん正規品ではなくて、ディスプレイ用に、あるいは番組用に特注した品でしょうが、それにしても大きいですね。

飛行機から見た星(後編)2018年01月23日 21時30分39秒

この星座盤は、4層(4ページ)から成っています。

まずは星座盤のページ。丸い星座盤本体は、普通の星座早見同様、日にちと時刻を合わせられるよう、真ん中の鋲留めを中心にぐるぐると回転します。

(北天用星図)

その次に、星の見える範囲をぐるっと切り抜いたマスクページが来ます。
日にちと時刻をセットした星座盤に、マスクページをかぶせれば、その日・その時、空に見える星たちが、そこに表示されます。


マスクページと星座盤は、さらに南天用のものが1セットあるので、合計4ページというわけです。


ちなみに、この星座盤が表現しているのは、北緯50度(ヨーロッパ北部とアメリカ中北部)と、南緯35度(オーストラリア南部、ニュージーランド、南アフリカ、アルゼンチン)から見た空です。厳密には、そこから外れるとマスク盤の「窓」の形状を変えないといけないのですが、著者のチチェスターは、「南緯35度~北緯70度の範囲ならば実用に差し支えない」と書いています。

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ところで、前回、この星座盤を見て大いに感ずるところがあった…と書きました。
それは、星座盤の裏面解説で「星の覚え方」という解説を読んだときのことです。


チチェスター大尉は、こんな手順を推奨しています(以下要旨)。

(1)まず南北両天の「マスターグループ(MASTER GROUP)」を覚えなさい。
(2)次いでマスターグループに付随する「キーグループ(Key Groups)」を覚えなさい。
(3)次いでそれらに属する航行指示星(navigation stars)を覚えなさい。
(4)さらに、それ以外の航行指示星を、最寄りのキーグループとの位置関係で覚えなさい。

ここでいう「マスターグループ」や「キーグループ」というのは、通常の星座とはちょっと違います。

北天でいうと、「北斗グループ(The Plough Group)」がマスターグループになります。北を見定める一番の手掛かりというわけでしょう。この北斗グループには、北斗七星と、ひしゃくの柄を伸ばした先にあるアークトゥルス(うしかい座)やスピカ(おとめ座)が含まれます。

さらにキーグループに挙がっているのは、「大鎌グループ(The Sickle Group、しし座のいわゆる「獅子の大鎌」の星々)」、「ペガススグループ(The Pegasus Group)」、「オリオングループ(The Orion Group)」、「北十字グループ(The Northern Cross Group、はくちょう座の「北十字」を中心とした星々」といった区分けです。

例えば「ペガススグループ」は、星座のペガスス座に限らず、その周辺に広がる一大グループで、ペガスス座の大四辺形と、その上底を伸ばした先にあるミラク(アンドロメダ座)、ミルファク(ペルセウス座)、その近傍に光るハマル(おひつじ座)、アルゴル(ペルセウス座)、四辺形の向って右辺を南に延長したフォーマルハウト(みなみのうお座))、さらにペガススの北に固まるカシオペヤ座のWを含んでいます。

ここでもう一度同じ星図を掲げます。


チチェスター大尉の説明を読み、この星図を眺めているうちに、「うーむ、これこそ現代の我々に必要な星座早見盤ではあるまいか…」と思ったのが、今回私が深く感じたことです。

(星座盤の星名一覧)

通常の星座早見盤に比べて、1等星と2等星の一部しか載っていないこの星図は、いかにもスカスカです。でも、最近の都会地で見上げる空は、ひょっとしたら、これよりもっとスカスカです。街中で暮らす子供たち(大人も)に必要なのは、実はこういう星座早見であり、そして大尉が推奨する星の覚え方なんじゃないかなあ…と思ったわけです。

そしてまた、星の乏しい環境では、星座名を覚えるよりも先に、恒星の固有名を覚える方が簡単だ――少なくともリアリティがある――ということも同時に感じました。「本当はあそこに星があって、あっちの星と線で結ぶとこんな形になって…」と、見えない星座のことをあれこれ考えるのは侘しいものです。だったら、いっそありありと目に見える恒星の名を先に覚えてしまえ…という、これはちょっとしたコロンブスの卵。

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結論として、この星座盤は昔の飛行機乗りだけではなく、現代を生きる我々にピッタリの、チチェスター大尉からの素敵な贈り物じゃないでしょうか?

飛行機から見た星(前編)2018年01月21日 08時47分40秒

星座早見盤は、もちろん天文趣味人が星見の友に使うものですが、昔の早見盤を探していると、それとはちょっと違う性格のものに頻繁に出会います。

それは飛行機乗りのための星図盤です。
その方面にうといのですが、おそらく1950年代、朝鮮戦争のころから、飛行機の世界では電波航法が主流となり、天文航法はすたれたように思います。でも、それ以前は、夜間飛行の際、星を手掛かりに方位を見定めたので、飛行機乗りには星の知識と専用の星図盤が不可欠でした。

eBayによく出品されているのは、主要な星を印刷した円盤と、緯度に応じた方位グリッドを印刷したプラ板を重ねて用いるタイプの品です。

(eBayの商品写真を寸借)

星と飛行機に縁のあるもの…という点では、一寸気になりましたが、さすがに本来の蒐集フィールドとは遠いし、プラスチックの質感も気に入らないので、これまで手にすることはありませんでした。

でも、先日こんな素朴な紙製の星図盤を見つけました。


■Francis Chichester
 The Observer’s Planisphere of Air Navigation Stars
 George Allen & Unwill Ltd. (London), 1942.

著者のフランシス・チチェスター(1901-1972)は、手練れのパイロットにして天文航法の専門家。星図出版当時は、英国空軍志願予備軍(Royal Air Force Volunteer Reserve)に所属する空軍大尉でしたが、年齢と視力の関係で、大戦中、実戦に就くことはありませんでした。そして、戦後は空から海に転身し、ヨットマンとして後半生を送った人です。(英語版Wikipedia「Francis Chichester」の項を参照)

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で、この飛行機乗り向けの簡便な星図盤を眺めていて、大いに感ずるところがあったので、以下そのことを書きます。

(この項つづく)

小さな星座早見盤2017年10月11日 18時52分47秒

ドイツ南部、スイスとの国境・ボーデン湖に近いところに、ラーベンスブルクの町があります。この小さな町で、主に児童書を手がけていたのが、「オットー・マイヤー社」。

同社は今も健在で、最近はボード・ゲームやパズルが主力商品だそうですが、そのかわいらしい旧社屋は、現在「ラーベンスブルク博物館」に改装されています。

(オットー・マイヤー社・旧社屋。独語版wikipediaより)

この小さな町の、小さな出版社が出した、小さな星座早見盤を見つけました。

(使用説明書と、早見盤が入った外袋)


袋の中には縦長の早見盤本体が入っています。
なぜ縦長かといえば、この小さな星座早見を、いっそう小さくするために、本体が二つ折りになっているからです。


(広げたサイズは、約12.5cm四方)


星図は4等星まで表示。作られたのは1880年代と思います。

当時、こんな星座早見をポケットにしのばせた小さな天文家が、あちこちで星を眺め、夢と想像力だけは大きく――無限に大きく――膨らませていたのでしょう。
そう思うと、この早見盤がいっそう愛らしく、いとしく思われます。

「星座早見表」のこと(附・梶井基次郎の見た星)2017年10月04日 21時21分36秒

月さやかなり。
枝野氏の曇りなき決断を歓迎し、支持します。

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さて、本題です。
今さらですが、「星座早見」というのがありますね。あるいは「星座早見盤」とも。


その一方で「星座早見表」という言い方もあって、それを耳にする度に、「あれはどう見ても‘表’じゃないだろう」と、些細な点がこれまで気になっていました。

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「年齢早見表」とか、「料金早見表」とか、はたまた「麻雀点数早見表」とか、「○○早見表」と称するものは世間に多いので、「星座早見表」もそれに引きずられて生まれた名称だろうと思うのですが、一体いつからある言い回しなのか?…と思って、Googleの書籍検索に当ってみました。

すると、長谷川誠也(編)『新修百科大辞典:全』(博文館、1934)という、戦前の辞典にも堂々と出ているのを発見。


辞典に載るぐらいですから、これは半ば公に認められた表現といってよく、今さらやかましく「言葉とがめ」をするには及ばないと思い直しました。

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そもそも、「表」という字を漢和辞典で引くと、「形声。もと、衣と、音符毛とから成り、下着の上に着てひらひらする「うわぎ」、ひいて「おもて」「あらわす」意を表す」と書かれていました。すなわち「表」の原義は「アウターウェア」で、そこから公にする」「明白にするといった意味が生じ、さらに転じて「めじるし」「文書」の意味を持つに至った…というわけです。

どうも「表」というと、「図(Figure)」に対する「表(Table)」、すなわち数字が縦横に並んだエクセルシートのようなものをイメージするため、そこに違和感があったのですが、「表」という字は、本来もっと意味が広くて、例えば「儀表」といえば「お手本となる規則」、「時表」といえば「日時計とするために立てた石柱」の意になります。

とすれば、「星座早見表」も、「星座をすばやく見つけ出すための目印」といった程度の意味に取ればいいのかもしれません。

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ところで、グーグルの書籍検索は、上記の辞典よりも、さらに古い用例も教えてくれます。

すなわち、梶井基次郎の短編「冬の日」
昭和2年(1927)に発表された作品です。
内容は、結核で肺を病んだ青年の、暗い倦怠に彩られた心象を延々と描いた私小説風の作品です(梶井自身も結核を患っており、本作発表の5年後(昭和7年)に没しています)。

その中に、次の一節があります。

 「彼が部屋で感覚する夜は、昨夜も一昨夜もおそらくは明晩もない、病院の廊下のように長く続いた夜だった。そこでは古い生活は死のような空気のなかで停止していた。思想は書棚を埋める壁土にしか過ぎなかった。壁にかかった星座早見表は午前三時が十月二十何日に目盛をあわせたまま埃ほこりをかぶっていた。夜更けて彼が便所へ通うと、小窓の外の屋根瓦には月光のような霜が置いている。それを見るときにだけ彼の心はほーっと明るむのだった。」

そこに登場する星座早見は、主人公が病苦に侵される前の「古い生活」の象徴です。新鮮な思想に憧れ、遥かな星空を眺めた、かつての若者らしい生気は失われ、深更に目が覚めても、今や天上の星よりも、地上の霜だけが慰めだ…というのです。

分かるような気もします。でも、いかにも切ないですね。
当時、いかに多くの若者が、結核という国民病で斃れたかを思い起こすと、改めて慄然とします(その後、さらに多くの若者が戦で命を落としたことについても又然り)。


10月20何日、午前3時。


かつて作者・梶井基次郎が見たであろう星空。

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上の写真は、いずれも三省堂版「星座早見」(日本天文学会編)の一部。
明治40年(1907)に出た後、昭和に至るまで版を重ねたロングセラーで、当時商品化されていた星座早見は、三省堂版のみですから、梶井が見たのもきっとこれでしょう。

さわやかな星座早見盤2017年03月01日 06時21分30秒

駄菓子的な天文アイテムといえば、この星座早見盤は、さしずめ薄荷味のお菓子。

(右側は早見盤が入っていた外袋)

シュトゥットガルトの老舗教育出版社、フランク出版(Franckh’sche Verlagshandlung、現・フランク・コスモス出版)が売り出した星座早見盤。

時代はさして古いものではありません。付属の説明書によれば、初版は1965年、手元のものは1974年に出た第8版です。


地平線を示す楕円の周囲に、地上の景色を描きこむのは、他にも例がありますが、窓自体が凹凸の不整形になっているのは、ちょっと面白い工夫です。
それに何といっても、この色合い。上品なペールブルーと純白のコントラストが、とても爽やかな印象を生んでいます。


洒落たコートを羽織った男が、じっと見入るのもむべなるかな。


裏面はこんな様子。


星座早見というのは、星を描いた「星図盤」と、その時見える空の範囲を示す「地平盤」の組み合わせから出来ており、北極星を中心に盤をクルクル回すことで、星空をシミュレートするわけですが、この製品は、地平盤から南北に伸びた「突起」の隙間を星図盤が回るようになっており、星座早見としてはわりと珍しい構造です。

(ヘルムート・シュミットさんというのは、たぶん元の持ち主)

さらに、星図盤をよく見ると、通常の「日付目盛り」の外側に「赤経目盛り」があり、最外周に「黄道十二宮」が表示されているのも、細かい工夫です。

黄道十二宮については、占星術に関心のある人以外、あまり使いでがないかもしれませんが、現在の黄道十二星座とのずれ具合から、地球の歳差運動に関心を持ったり、天文学の長い歴史に思いをはせる役には立つでしょう。

洒落たデザインばかりでなく、教育的配慮も行き届いた、これはなかなかの佳品です。

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…というようなことを書いて、事足れりとしてはいけないのでした。
実は、この爽やかな星座早見盤は、単に爽やかなだけの品ではありません。

先日、部屋の灯りを消して、ふと机の上を振り返ったら、この星座早見が微かにボーっと光っていて、一瞬ぎょっとしました。

(私のカメラは暗所では無力なので、画像をいじってコントラストをMAXにしました)

「え?!」と思って、読めないドイツ語を辞書で引いたら、この早見盤のタイトル、「Nachtleuchtende Sternkarte für Jedermann」というのは、「一般用夜光星図」の意味なのでした。


他にも夜光塗料を使った星座早見盤の例はあるでしょうが、それと意識せずに見せられると、やっぱりちょっとびっくりします。そして、「うむ、よくできている」と、ここで再び膝を打ったことは、言うまでもありません。確かにこれは佳品と呼ぶに足る品です。

(さらなる暗闇の中、鬼火のように燃える星たち)


フィリップス異聞…幻灯早見盤2016年12月12日 07時04分01秒

今年はなかなか収穫の多い年だった…ということを、前にチラッと書きました。
まあ、収穫が多いと言っても、珍品がザクザクと集まった…なんてことはありませんが、これまで全く未知のモノに、いくつか巡り合うことができて、ちょっと見聞が広がりました。以下の品もそのひとつ。

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フィリップス社の古い星座早見盤は、ドイツ製のパクリだ…というと、何となく独創性に欠ける会社のように聞こえますが、決してそんなことはありません。フィリップス社は、単に受け身的にドイツの後追いをしたのではなく、それを応用して、大いに独創的な品も生み出しています。

それ如実に物語るのが、「幻灯の星座早見盤」。

(タイプライターの上で撮ったので、背景がゴチャついています)

木枠の全体は約11.5×18cm、中央のガラス板は直径約7.5cm。
ガラスの表面には、さらに星座早見盤でおなじみの楕円形の「窓」が見えます。

星座早見の幻灯というのは、これまで見たことがなくて、そういうものが存在することすら知りませんでした。いわば、ブログ開設11年目にして知った珍品。


上のスライドを裏返したところ。
この品は単純に絵柄を投影するだけでなく、歯車で絵柄を回転させる仕掛けを備えた「メカニカル・ランタン」と呼ばれるタイプのものです。


銘板を見ると、フィリップス社には一時、「幻灯部(Lantern Depôt)」という、幻灯製造の専門部門があったことが分かります。


このクランクをくるくる回すと…


このギアが回転して、歯車を仕込んだガラス円板がゆっくりと回ります。


暗闇に浮かぶのは、お馴染みの早見盤そのものですが、星空が回転するのを見ながら、星座の移り変わりの解説を聞くという経験は、その後の投影式プラネタリウムに通じるものがあり、いわばその前身と言えるものでしょう。その点でも興味深い品だと思いました。

フィリップス問題(5)2016年12月10日 09時50分40秒

これまでのところを、推測も交えてまとめておきます。

フィリップス社の星座早見盤の歴史は、ドイツのメーカーの製品を元に、その英語版をドイツの版元に依頼する形で1886年に始まり、当初はドイツ版と全く同じデザイン(フリルタイプ)を踏襲していました。

その後、第1次世界大戦の勃発によって、ドイツからの製品供給が困難になると、同社はイギリス国内での製造に切り替えて、1910年代後半からは新しい「スクエアタイプ」が同社の「顔」になりました。

このスクエアタイプは、第2次大戦後も健在で、1950年代になってもその製造が続けられていたことは、前々回の記事で書いたとおりです。

残された課題は、このスクエアタイプが、現行のデザインにつながる「ラウンドタイプ」にいつの時点で切り替わったか?ですが、これもネットの恩恵ですぐに調べがつきます。

ラウンドタイプの初見は1959年です。
下はネットで販売されていた品の画像を寸借したもの。


(上の品の裏面)

これによって、ほぼ1950年代いっぱいはスクエアタイプの製造が続き、60年代を目前にして、ラウンドタイプに切り替わったことが窺えます。その後、ラウンドタイプは、素材・フォント・カラーデザイン等、細部に変更がいろいろありましたが、現在売っているのは下のような品です。


フィリップス社の星座早見盤がこの世に登場して、今年でちょうど130年。
イギリスと日本に限っても、この間本当にいろいろなことがありましたし、星見のスタイルもずいぶん変わりましたが、夜空の星と、それを見上げるスターゲイザーの「心意気」はいささかも変らないぞ…と、新旧の星座早見盤を見て思います。

(この項ひとまず完結)

フィリップス問題(4)2016年12月09日 06時47分15秒

今回の記事を書くために、先日しげしげと手元の星座早見盤を見ていたら、1つ重要な事実を見落としていたことに気づきました。

(フリルタイプの裏面)

(同上拡大)

それは、フリルタイプの裏面にMADE IN GERMANYの文字があることです。これは同じフリルタイプである南天用の早見盤を見ても同様です。

(左・北天用、右・南天用)

(南天用裏面)

これを見て、もうひとつモヤモヤしていたことに、はっきりと答が出ました。

(左・ドイツ語版、右・英語版)

それはすなわち、この英独の「そっくり早見盤」が、何故そっくりなのか?という点です。

(同上。言語を除けば、細かい点までそっくり同じです。)

結論を言えば、フリルタイプはフィリップス社のオリジナルではありません。その本家はドイツであり、フィリップス社はその版元である、ドルトムントのクリッペル社(A. Klippel)に、英語版の製造を委託していたに違いありません。いわゆるOEMです。

(ドイツ語版・裏面。中央上部に「A. Klippel in Dortmund」のメーカー表示)

私の手元にあるドイツ語版は、(本体に年代を示す記載はないものの)およそ1800年代末のものと思いますが、この時点ですでに26版(Sechsundzwanzigste Ausgabe)を重ねており、このタイプの早見盤に関しては、クリッペル社が、少なくともフィリップス社よりも10年は先行していたように想像します。

(ドイツ語版・部分。「年間常用星図・中央ヨーロッパ用/第26版」)

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いっぽう、スクエアタイプでは、表示が「PRINTED IN GREAT BRITAIN」に変っています。

(中央下部に注目)

これはスクエアタイプから派生した、他の小型早見盤等でも同様です。

(小型早見盤と惑星の位置を示すポインターを備えた「Philips’ Revolving Orrery」)

(同上裏面・部分)

直接的な証拠は未だないものの、フリルタイプからスクエアタイプへのデザインの変更が、生産国の違いに因るものとすれば、それが生じた時期は、かなりの確度で推定できます。

すなわち、その背景にあったのは、第一次世界大戦(1914~1918)の勃発による、英-独間の貿易の途絶に、まず間違いなかろうと思います。それによって、フィリップス社は星座早見盤の製造拠点を、イギリス国内に移すことになったのでしょう。

(さらにこの項つづく。次回完結編)

フィリップス問題(3)2016年12月08日 07時11分11秒

フィリップス社の星座早見盤の時代判定については、かつてこのブログでも簡単な考証を試みたことがあります。
フリルタイプについては以下。

■フィリップス社の星座早見盤(2)
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/26/227011

拙文を引用すると、

 「裏面の出版案内を元に考証すると、1892年から1905年の間に出た品と分かります。 (裏面には、使用法の説明と、自社の出版案内などが書かれています。)ちなみに、1896年に出た同社の広告中では、この早見盤が「既に25,000部売れた」と自慢しています。なかなかのヒット商品。」

…とあります。

続いてスクエアタイプについては以下に登場します。

■フィリップス社の星座早見盤
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2006/01/26/226373

同じく記事を引用すると、

 「20世紀初頭(~1920年代ぐらい)のもの〔…〕という風に、これまで思い、またそう称する業者もいたのですが、裏面の出版物の案内を改めて調べてみたら、私が持っているのは1950年頃の品と判明。意外に新しいものでした。しかし、もっと古い品があるのも確かで、要するに、同じデザインが何十年も息長く使われ続けたということです。」

…と昔の自分は書いています。
いずれにしても、フリルタイプがスクエアタイプに先行することは間違いありません。

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では、フィリップス社の星座早見盤(=フリルタイプ)が誕生したのはいつか?
手元の品を見る限り、上に書いた以上の情報はないのですが、フリルタイプが何度も版を重ねているとしたら、私が持っている品よりも、さらに古いもの(すなわち1892年以前のもの)が存在することは、ほぼ確実です。

この点については、ネットで検索したら、あっさり答が分かりました。
グーグルの書籍検索によると、「Bookseller」(J. Whitaker and Sons Limited, 1886)という刊行物に、以下のような記事が載っていて、これが今のところフィリップス社の星座早見盤に関する最初の記事です。
 

フィリップス社の星座早見盤を「独創的な発明品(ingenious contrivance)」として紹介する内容で、この製品がおそらく1886年中に発売されたことを示唆しています。
この推測は、「The Journal of Education」誌の1887年1月1日号の広告欄に、新刊(Just Published)」の字句と共に、同じ品が掲載されていることからも裏付けられます。
 

さらに、同年(1887)に出た、「王立地理学会紀要ならびに地理学月次記録(Proceedings of the Royal Geographical Society and Monthly Record of Geography)」第 9 巻の「新刊地図(New maps)」紹介欄には、以下のような記事が載っています。
 

これを読むと、フィリップス社の星座早見盤は、星図盤の中心をピン留めする代わりに、フレームの中を円盤が回転することで、スムーズな回転の持続が可能になっていること、小型で持ち運びが容易なこと、配色の工夫や星座絵の省略によって星座の視認性が高まっていること…等が、プラスの要素として評価されています。

こうして大方の好評を得て、発売後10年間で2万5千部が売れるヒット商品になったことは、上で書いたとおりです。

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さて、ではこの「フリルタイプ」はいつまで作られ続けたのか?
後続の「スクエアタイプ」と入れ替わったのはいつか?
…という点について、考証を進めていきます。

(この項つづく。次回いよいよ問題の核心に)