Constellations a la Rococo2023年12月21日 18時00分31秒

先日、スウェーデン生まれの美しい星図を話題にしたとき(LINK)「そういえば、この星図は例の本に載っていたかな?」と気になりました。
「例の本」というのは、星図コレクターのロバート・マックノート氏が編んだ、19世紀~20世紀前半の作品を中心とする大部な星図ガイドブックです(下記参照)。

■星図収集、新たなる先達との出会い

で、さっそく本棚から引っ張り出してきたんですが、さしものマックノート氏もこの星図にはまだ気付いてないようで、収録されていませんでした。こういうのは、たとえつまらない慢心と言われようと、あるいは「お前さんは、単にdubheさんの受け売りに過ぎないじゃないか」と言われようと、なんとなく誇らしいものです。

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そのついでに、しばらくぶりにマックノート氏の本をパラパラやっていたら、こんな星図が目にとまりました。


星図といっても書籍由来のものではなく、フランスで発行された宣伝用カードです。ベルサイユチックというか、ロココ調というか、星図そのものはともかく、そのカードデザインにおいて繊細華麗をきわめた品。

以下、マックノート氏による解説を引かせていただきます(一部抜粋、適当訳)。

星座のトレーディングカード、1900年頃
パリ、Hutinet〔ユーティネ〕社
豪華な金色の背景を伴う多色石版による3枚の宣伝用カード。
4.5インチ×3.25インチ〔11.5×8.3cm〕


この種のカードは、19世紀にしばしば6枚セットで発行され、さらに多くの枚数から成るシリーズ用として、カード保存用の専用アルバムも用意されていた。ここに挙げた2つの星座は、一般には代表的星座とは見なされないので、これら3枚も、おそらくはもっと多くのカードを含むセットの一部なのだろう(ただし、はくちょう座もりゅう座も、下の北天カードに登場している)。

非常に希少な品。私が購入したカード専門のオークションサイトでも、もちろん「レア」と記載されていたし、当時インターネット上では何の情報も得られなかった。数年経つ今でも、私はまだ他の例を見たことがない。」

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この「激レア」カードは私の手元にもあります。


記録をさかのぼると、私は今からちょうど10年前にこれを購入していて、特に珍品とも意識せずにいましたが、マックノート氏にここまで書かれると、再び慢心がつのってきます。しかも、こちらは自前で見つけた品ですからなおさらです。



(裏面はすべて白紙)

私の手元にあるのは、いずれも星座単独のカード10枚で、北天星図カードが欠けているので、残念ながらこちらもコンプリートではありません。

では元のセットはいったい何枚で構成されてたのか?
ひょっとして、これは全天星座を網羅した一大シリーズなのだろうか?
…と思案するうちに、「ただし、はくちょう座もりゅう座も、下の北天カードに登場している」というマックノート氏の言葉に、はたと膝を打ちました。


この北天星図を凝視すると、

おおぐま座、こぐま座、ヘルクレス座、りゅう座、ふたご座、おうし座、アンドロメダ座、ペガスス座、はくちょう座、いるか座、こと座

の11星座が金色で刷られています。そして、こと座を除く10星座が私の手元に揃っています。これは即ち上記の11星座に北天星図を加えた、全12枚でセットが構成されていたことを意味するのではないしょうか(あるいは、さらに南天星座12枚セットも作られたかもしれませんが、この北天シリーズが12枚セットというのは動かないと思います)。

…というわけで、マックノート氏と私のたくまざる協働によって、幻の星座カードの全容まであぶり出されたわけで、まずはめでたしめでたし。

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ちなみに発行元のD. Hutinet社は、トレーディングカードの大手「リービッヒカード」(リービッヒ社のスープの素に入っていたおまけカード)も一部請け負った印刷会社のようです。またネットで検索すると、19世紀パリの写真機材メーカーに同名の会社が見つかりますが、両者の関連は不明。

(メーカー名は隅っこに控えめに書かれています)

なお、マックノート氏はこのカードを「1900年頃」と記載していますが、私的には「19世紀第4四半期」あたりのように感じます。

December, day by day2023年12月01日 18時05分51秒

カレンダーも残り1枚。ほんとうに驚くべき時の速さです。
でも、世間には「時よ、もっと速く!もっと速く!」と願っている人もいます。
それはクリスマスを心待ちにしている子どもたち。

そんな子どもたちのお楽しみが、12月1日からスタートする「アドベントカレンダー」です。下はかわいい絵葉書サイズのアドベントカレンダー(1950年代ドイツ製)。




冴えた月明かりと、暖かな灯火に照らされた町の大通り。
親子連れ、男女連れが楽しそうに行き交っています。

(1番目の「窓」から顔を出すのは雪そり)

そこに穿たれた「窓」を、毎日1つずつ開けていくと、中から次々とおもちゃが顔を出し、まるで先回りしてもらうクリスマスプレゼントのようです。


そしていよいよ24日の晩ともなれば、マリア様と幼子イエスが顔を出し、本物のプレゼントが届くわけです。

(カードの裏側には薄紙が貼ってあって、カードを光にかざして楽しんだようです)

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このブログには、天文学と暦学の歴史的因縁から「暦」のカテゴリーがあります。
アドベントカレンダーは、太陽の位置や月の満ち欠けを観測して作られる暦ではありませんが、やっぱり暦には違いありません。あるいはこれは、毎日樹皮に刻み目を入れたり、革紐に結び目をこしらえたりして日数を読んだ、原始の暦に近いものかもしれません。

マッチ棒の星座2023年11月23日 07時47分44秒

マッチラベルに執着するようですが、手元の紙モノファイルをめくっていたら、こんな品が出てきました。


一瞬「?」と思いますが、マッチ箱にはマッチ棒の星座絵を…という至極シンプルな発想なのでしょう。見るからに愛らしいです。


天上で燃える星と、指先で燃えるマッチ。
星は巨大なマッチであり、マッチは極小の星だ――そんな連想も働きます。


モダンであり、同時にプリミティブな感じも受けますが、何でも「棒人間」というのは先史時代から描かれているそうで、人間が対象をとらえる際の基本的パターンとして、こういうスティックフィギュアは、ヒトの脳に古くから刻み込まれているのでしょう。こういう絵柄を愛らしいと感じるのも、そうした原始の記憶が刺激されるからなのかも。


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例によって、モノの素性についても付言しておきます。

このマッチラベルはドイツのA&Oマーケットの宣伝用で、ドイツ語版のWikipedia【LINK】を参照すると、A&Oはドイツの複数の食品卸業者が集まって、1953年に共同で設立したショップブランドだそうです。一時はドイツ国内にずいぶん店舗を展開したものの、徐々に勢いを失って、2016年に最後の店舗が閉店した由。このマッチラベルは、A&Oがまだ元気だった頃、1950~70年代に配ったものかな?と想像します。

ワインと12星座2023年11月21日 05時50分12秒

同じポルトガル燐寸社のマッチラベルで、別タイプの12星座もありました。


時代はたぶん似たりよったりでしょうが、こちらは下半分が企業広告になっています。


仰々しい紋章とともに1756年創業の歴史を自慢してるのは、ポルトガルのワインメーカー、レアル・コンパーニャ・ヴェーリャ社(Real Companhia Velha)で、一番下の赤字は同社の取扱い品目です(ポートワインを筆頭に、テーブルワイン、ナチュラルスパークリングワイン、オールドスピリッツという面々)。

改めて購入時の記録を見たら、このマッチラベルを売ってくれたのは、昨日と同じ人でした。でも、彼も毎度「JAPAN」と「USA」を間違えるわけではありませんから、こちらはすぐに届いた記憶があります。

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ワインと12星座で検索したら、こんな記事がありました。

■What’s Your Sign? Matching Wine To Your Zodiac
 (あなたの星座は?ご自分の星座にあったワインを)

もちろん真面目に読まれるべき内容でもないですが、ワイン選びに迷っている人には、案外こんなちょっとした耳打ちが有効みたいです。


私は射手座で、もうじき誕生日がくるんですが、「柔軟で、知的で、放浪心のある射手座のあなたには、フランスのカベルネ・フラン種や、イタリアのサンジョヴェーゼ種を使った赤ワインがお勧めだ」みたいなことが書かれていました(意訳)。

ウィキペディアによれば、サンジョヴェーゼの名はラテン語の sangius(血液)と Joves(ジュピター)の合成語で、ぶどう液の鮮やかな濃い赤に由来する由。そして誕生日当日(11月25日)には、木星と月齢12の月が大接近する天体ショーがあるそうなので、これはいよいよトスカーナワインを傾けねばならないことになるやもしれません。(まあ、ジュピターの血色をした赤ワインを傾けるのは、赤いちゃんちゃんこを着せられるよりも、確かにはるかに気が利いているでしょう。)

青い12星座のマッチラベル2023年11月19日 12時27分36秒

青藍の背景色が美しい、12星座をモチーフにしたポルトガルのマッチラベル。


実はこれがちょっと訳ありの品で、イギリスの売り手がうっかり「JAPAN」の代わりに「USA」と封筒に書いてしまったため、その後どこをグルグルしたかは分かりませんが、待てど暮らせど届かないため(当然です)、結局、郵便事故として補償してもらいました。そして、そんなものを注文したことすら忘れた頃に、ひょっこりポストに入っていたのです。ときどき「はるか昔の死者から手紙が届いてびっくり」みたいなニュースを目にしますが、私もそんな気分で大いに驚いたのでした。

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せっかく届いた品ですから、改めて細部に注目してみます。


文字情報を読み解くと、このマッチは1926年、ポルトガルのエスピーニョの町で創業し、その後2006年まで営業していた「ポルトガル燐寸社(フォスフォレイラ・ポルトグエサ)」の製品です。「ASES」というのは同社のブランド名で、この星座シリーズ自体は、1950~60年代の品のようです。

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それにしても、こういうマッチラベルの流通ってどうなってたんでしょう?
この絵柄を貼り込んだマッチは確かに存在し、これが正当なマッチラベルであることは疑う余地がありません。

(出典:Vir à memória“AMORFOS DE PAPEL”。このラベルには、同じデザインで色変わりがありました)

でも、こんなふうに未使用のマッチラベルが――しかもセットで――存在するということは、当初からコレクター向けに、あるいは手軽なお土産品として、マッチ工場に送られる分とは別に、ラベル単体が大量に流通してたんじゃないでしょうか。私自身、そういうのをリアルタイムで見た記憶はないんですが、そういうラベルセットは世間にありふれた存在で、現に私の手元にもたくさんあります。

特に下の記事で採り上げた品(ロケット工学の父、ツィオルコフスキーのマッチラベルセット)なんかは、露骨にお土産用でしょう。


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そういえば、亡くなった祖父は、若い頃マッチのラベルを集めていました(戦前の話です)。その収集アルバムは、喫茶店、旅館、理髪店…等々、当時いろんなところで名刺代わりに配られていたマッチのラベルを、丁寧に剥がして貼り込んだものでした。要は、そういう「本当のマッチのラベル」とは別に、火薬の臭いを一度も嗅いだことのない“軟弱な”マッチラベルが、今も世間には大量にあるということです。

彗星と赤い目をした象(後編)2023年11月12日 08時39分10秒

以下、どちらかといえば余談ですが、昨日の版画の作者を付記するとともに、ネットの威力に改めて感じ入ったので、文字にしておきます。

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まず作者のサインを、改めて見てみます。


これを何と読むか? 元の売り手の方は、「Alan C. Naiman」と読みつつ、そこに疑問符を付けていました。ナイマン(Naiman)は、たぶんその通りでしょうが、ファーストネームの方はいささか難読で、「Alan Naiman」で検索しても、解決に結びつく情報は得られませんでした。

でも、「Naiman wood engraving」で探しているうちに、アメリカ東部の名門女子大、ウェルズリー大学のデーヴィス美術館に、「Alaric Naiman」という人物が、木版画作品を大量に寄贈しているのを見つけました。なるほど、例のサインは確かにこの名に違いありません。


ただ、ここでナイマン氏が寄贈しているのは自作の版画ではなく、様々な作家の過去作品です。つまり、ナイマン氏はここでは版画家ではなく、版画コレクターとして登場しているわけです。そして、そのすべての寄贈作品には、「Gift of Alaric Naiman in memory of Adeline Lubell and Mark Lewis Naiman(アデライン・ルベルとマーク・ルイス・ナイマンを記念して、アラリック・ナイマンより寄贈)」の注記がありました。

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版画家か?コレクターか? その疑問を残しつつ、ここまでくれば話は早いです。
ネット情報をたどると、アラリック・ナイマン氏は、物理学者であるマーク・ルイス・ナイマン氏(1922‐2007)参考LINK】と、コンピューター教育の専門家、アデライン・ルベル・ナイマン氏(1925‐2011)】のご長男で、自身は化学を専攻し、特許をいくつも取得して実業に乗り出し…という経歴の方でした。1953年のお生まれだそうですから、御年70。ハレー彗星がやってきた1986年は、33歳の少壮期に当たります。

そしてナイマン氏のFacebookページもすぐに見つかりましたから、強心臓の私はさっそくメッセージを送り、この版画が氏の自刻作品なのか問い合わせました。ただ、氏はもうFacebookを使われてないのか、残念ながら返事はありませんでした。

しかし…です。ナイマン氏の投稿を遡ると、2020年10月23日付け【LINK】で、氏がコロナ禍と絡めてこの作品を紹介しているのを発見。そして「これはご自身の作ですか?」という質問に対し、それを否定することなく「ハレー彗星です」と答えているので、すべての謎は解けたのでした。

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結局、今回私が入手したのは、アラリック・ナイマンというアマチュア版画家の手になるものでした。そして氏は同時に木版画コレクターでもあり、好きが昂じてご自分も制作を始められたか、あるいは趣味の版画制作の延長として、先人のコレクションを始めたのでしょう。

たしかにナイマン氏は作家として著名とは言い難いですが、その技倆はなかなかのものです。そして、この作品はハレー彗星の目に映った1986年の世界を活写し、当時のアメリカ社会の空気を彷彿とさせる「歴史の生き証人」として、依然貴重だと思います。


彗星と赤い目をした象(前編)2023年11月11日 09時53分15秒

ギリシャ神話だと、天空はアトラス神によって支えられています。
一方、インドでは古来、巨大な象や亀が世界を支えていることになっています。


最近、こんな版画を見つけました。「USMC/地球を支える象の版画/作者サイン入り/86年ハレー彗星」と題して、eBayに出品されていたものです。


版面サイズは108 ×137mmと 、ほぼ葉書サイズの小さな木版画です。
まずは売り手の言葉に耳を傾けてみます。

「この品の歴史は不明です。これはニューヨーク市近郊で何十年も希少本の専門家として働いてきた私の母の遺品です。この上質の手漉き紙に刷られた絵の下には、以下のような文言が書かれています。

「SIC SEMPER TYRANNIS(羅:暴君は常にかくの如く=専制的な指導者は必然的に打倒される)」、「A Felicitious New Year to you and yours (ご一同様が良き新年を迎えられますように)」「ALAN C. NAIMAN 86」(この読み方は間違っているかもしれません)」

絵柄は地球を支えている象で、彼は亀に乗っているように見えます。また彼は鐘を引きずっていて、その鐘にも何か文字が書かれているようですが、私の老眼には定かでありません。スターダストの浮かぶ空には彗星が飛んでいます。ハレー彗星が最後にやってきたのが 1986 年ですから、それと関係があるかもしれません。でも、はっきりしたことは分かりません。いずれにしても興味深い品です。〔以下略〕」

タイトルにあるUSMCとは、United States Marine Corps(アメリカ海兵隊)のことで、象のお尻のところにこの文字が縦書きされています。

これが1986年に回帰したハレー彗星をモチーフにしているのでは?という、売り手の意見に私も賛成です。1986年を祝うかのように、遠い宇宙から飛来した客人を、作者はぜひ描きたかったのでしょう。

さらに私なりの推理を加えてみると、この年はイラン・イラク戦争の最中であり、アメリカのレーガン政権が、そこに直接的な軍事介入を画策した時期に当たります。買い手の方は首をひねっていましたが、象の足にくくりつけられた鐘は、そのひびの入り方から見て、アメリカ独立の象徴である「自由の鐘」とみていいでしょう。


(自由の鐘)

すなわち、この白象はアメリカの正義をかかげて進むアメリカ海兵隊の分身であり、彼らこそ世界を支える存在だ…という、かなり愛国的なメッセージを、そこに読み取ることができます。結局、この作品は、ある経歴不詳の版画家が(その腕前から見て、彼はプロないしセミプロでしょう)、派兵を前にした海兵隊の友人と、その同僚や家族を鼓舞するために、これを刷って贈ったのではないかと想像します。

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一応、この作品のコンテクストは、そんなふうに読み解けます。
でも、私の目にはまた別の意味を帯びて感じられます。もちろん、これは作者の意図を離れて、私が勝手に読み取ったものに過ぎません。

私が連想したのは、賢治の童話『オツベルと象』です。
このお話に出てくる象は、本当に気のいい奴で、狡猾なオツベルの言葉に何の疑問も持たず、頼まれごとは何でも引き受けます。でも、いいように酷使されているうちに、やがて憔悴しきったその顔に「赤い竜の目」が光るようになります。


この版画に描かれた「自由の鐘」は、自由どころか、この象にとっては「くびき」そのものであり、またアメリカの正義なるものが、まったく恣意的で信の置けないものであることは、今回のイスラエルの横暴に対するアメリカの態度を見ても分かります。そしてこの象も、今や赤い目をして、重そうにアメリカの大義を引きずり、世界はその鼻先で危ういバランスをとっているのです。

そんな目でこの絵を眺め、今の世界を顧みるとき、いかにも複雑で苦いものが感じられるのではないでしょうか。

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…と、ここまで書いて、いい気持ちになっていましたが、文章を書き上げた後で、この版画の作者が突如わかったので、後編ではそのことを書きます。

(この項つづく)

金緑の古星図2023年10月14日 18時29分09秒

これまた東洋趣味の発露なんですが、韓国郵政(Korea Post)が2022年に、こんな美しい切手シートを出しているのを知りました。

(左側の円形星図の直径は約14cm)

切手といっても、ミシン目のある昔ながらの切手ではなく、最近はやりの「切手シール」による記念シートです。

テーマとなっているのは、朝鮮で作られた古星図、「天象列次分野之図」
同図には、李氏朝鮮の初代国王・太祖の治世である1396年に制作(石刻)された「初刻」と、それを第19代国王・肅宗の代(1674-1720)に別の石に写した「再刻」があり、いずれも現存します。この切手のモデルになっているのは、後者の再刻のほうです。

(奈良文化財研究所 飛鳥資料館発行『キトラ古墳と天の科学』より)


世上に流布しているのは、「原本」にあたる碑石から写し取った拓本ですが、その墨一色の表現を金彩に変え、輪郭線のみだった銀河を金緑で満たしたのは鮮やかな手並みで、なかなか美しい仕上がりです。



印刷精度も良好で、すぐ上の画像は、左右幅の実寸が約65mmしかありません。


私は面倒くさがりなのでやりませんが、これは額装して飾ってもいいかもしれませんね。


【参考】 天象列次分野之図については、以下に詳しい説明がありました。

■宮島一彦「朝鮮・天象列次分野之図の諸問題」
 『大阪市立科学館研究報告』第24号(2014)、 pp.57- 64. 

赤燐十二星座2023年08月13日 16時30分53秒

依然として暑く、体調のほうも低空飛行が続いています。
前々回の記事の末尾で、ひきつづき野尻抱影を取り上げると書きましたが、それもちょっと物憂いので、抱影の件はいったん棚上げにして、いちばん最近届いた品を載せます。

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下は1973年にポーランドで発行された、12星座のマッチラベル。


参考として12星座の名前を、<日-英-の順で並べると以下のとおりです。

牡羊座-Aries-Baran、牡牛座-Taurus-Byk、双子座-Gemini-Bliźnięta
蟹座-Cancer-Rak、獅子座-Leo-Lew、乙女座-Virgo-Panna
天秤座-Libra-Waga、蠍座-Scorpio-Skorpion、射手座-Sagittarius-Strzelec
山羊座-Capricorn-Koziorożec、水瓶座-Aquarius-Wodnik、魚座-Pisces-Ryby

真ん中のは一応英語としましたけれど、これは万国共通の名称(ラテン語)で、英語にも「Ram, Bull, Twins, Crab, Lion…」という英語固有の言い方、いわば英国版やまとことばがあります。ポーランド語の名称は、それに対応する性格のものでしょう。


15~6世紀の木版画風の動物たちが、なかなか好い味を出しています。

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上のカードの配列は、牡羊座を起点に、3枚ずつ四季に配当してみました。
並べてみると、デザイナー氏は季節に応じたカラーリングを考えているようです。

(魚座のカードの色が最初の写真と違って見えますが、こちらの方が実際に近いです)

とすると、こんなふうに魚座を冒頭に持ってくるのもありかな…いや、むしろこっちの方がデザイナー氏の意図に近いんじゃないか…と思ったりしました。

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12星座はくるくる天を巡っているものですから、どこを起点にしても良さそうですが、天球上の春分点(天の赤道と黄道の交点)を基準に、そこから数え立てるのが一応慣例のようです。

占星術が成立した遠い昔、春分点は「おひつじ座」にありました。
でも、周知のように地球の歳差運動によって、春分点はじりじりと移動を続け、今では「うお座」の領域にあります。にもかかわらず、占星術の世界では、「うお座」に重ねて、依然として「白羊宮」を設定しており、12星座と12宮がずれてしまうという不思議な状態が続いています(占星術用語としては、白羊宮に続き、金牛宮、双子宮、巨蟹宮、獅子宮…という名称になります)。

いかにもややこしい話ですが、この辺はもう修正がきかないみたいです。
12星座の方は、すでに国際天文学連合によって領域が厳密に定義され、そのサイズも大小バラバラなのに対し、12宮の方は春分点を起点として機械的に30°刻みという根本的な違いもあります。結局のところ、12宮はたしかに星座名に由来するものの、今では一種の座標目盛という以上の意味を持たないわけです。

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…というわけで、このマッチラベルも、牡羊座と魚座のどちらを起点にしても理屈は通るんですが、ここはいっそ円環状に並べるのがいちばんスマートではないかと思いました。


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こうして、季節も星座も巡っていきます。
同じように暑いとはいっても、日脚は徐々に短くなっているし、蝉の声もいつの間にかツクツクボウシが交じりだしました。明日以降、台風が列島を通り過ぎれば、周囲は一気に晩夏の趣となることでしょう。

コペルニクスの隣にいる例のあの人2023年07月23日 08時56分59秒

ちょっと前にも書きましたが、コペルニクスが亡くなったのは西暦1543年のことで、主著『天球の回転について』が公刊されたのも同じ年です。あと20年すると「コペルニクス500周年」が、世界中でにぎにぎしく祝われることでしょう。

一方、今から80年前、1943年「コペルニクス400周年」でした。


その折にこういう記念絵葉書が出たことも既出です。

■おらがコペルニクス


そこにはコペルニクスの記念切手と記念スタンプが捺され、その祝賀ムードに花を添えていました(スタンプにある「5月24日」というのは、彼の命日です)。


最近、同じスタンプの捺された別の封筒を目にしました。


そう、その祝賀ムードには大きな影が差していたのです。

1939年、相互不可侵条約を結んだナチス・ドイツとソ連が、ポーランドに東西から攻め入り、国家としてのポーランドは消滅。両国による分割統治が始まりました。その結果、コペルニクス400年もまた、ドイツ発行の記念切手と、ドイツ語表記の記念スタンプによって、「ドイツ人天文家・コペルニクス」として祝われたのでした。(ただし最後の点は、ナチス以前から、コペルニクスのアイデンティティはドイツ人だとする、ドイツの身びいき論が根強くありました)。

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コペルニクスとヒトラー。

ナチスとオカルティズムの関係は、ときに面白おかしく語られることもありますが、ヒトラー自身は(大衆扇動の手段として重用はしたものの)、迷信の類を強く嫌悪したとも聞きます。では、ヒトラーは理性的な人間であったのか?…と考えると、彼の主張と行動は、疑似科学に彩られた反理性的なものであったと言わざるを得ません。

まあ、反理性的ではあっても、人としての美質を備えた人もいるし、反対に理性的ではあっても、人間的に芳しくない人もいるので、<理性-反理性>の物差しで善悪がスパッと決まるわけでもありませんが、コペルニクスとヒトラーが並んでいるのを見ると、人間の可能性と限界について、いろいろな思いがモヤモヤと浮かんできます。