冬の幽霊2017年01月09日 15時44分43秒

強い風がコツコツと窓を叩く晩。
雪の降り積もった丘を越え、白い衣に身を包んだ「彼ら」は無言でやってくる。
西洋の、それも北の国のお化けは、夏よりも冬が似合うような気がします。

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こんな本を手にしました。


(タイトルページ)

International Geodedic and Geophysical Union
 『Photographic Atlas of Auroral Forms』
  A.W. Brøggers Boktrykkeri(Oslo)、1951

「国際測地学及び地球物理学連合」が、オスロの出版社から刊行した『オーロラの形態写真アトラス』という、22ページの薄手の本です。判型はほぼA4サイズ。

この「国際測地学及び地球物理学連合」という学術組織は、1930年に英語名を「International Union of Geodesy and Geophysics」と改称していますが、依然旧称のままなのは、本書が1930年に出た本の再版だからです。

序文を見ると、同連合の地磁気・地球電気部門(the Section of Terrestrial Magnetism and Electricity)が、1927年にプラハで会合を開き、オーロラの眼視観測の標準化を図るとともに、オーロラの形態に関する写真図鑑を編纂することを決め、ノルウェーのStørmer教授をリーダーに、カナダ、デンマーク、フィンランド、イギリス、スウェーデン、アメリカの研究者から成る委員会を結成し、その成果としてまとめられたのが本書だそうです。


例えば、「HB」と「PA」に分類されるオーロラのページ。
見開きの左側が解説、薄紙をはさんで右側が図版になっています。


こちらが写真図版。


頁を傾けると、そのツルツルした質感が分かりますが、この図版は6枚の写真を1枚の印画紙に焼付けた「紙焼き」で出来ています。当時のオフセット印刷では、オーロラの微妙な明暗を表現できないため、このような手間のかかる方法を採ったのだと思いますが、これは少部数の学術出版物だからこそ出来たことでしょう。本書にはこうした図版が8ページ、都合48枚のオーロラ写真が収録されています。

なお、HBとは「Homogenous bands」の略で、均質な帯がときにまっすぐ、ときに曲がりくねって見られるもの。図版でいうと、上の4枚がそれに当たります。いっぽうPAとは「Pulsating arcs」の略で、弧状に天にかかったオーロラの一部が、数秒ごとに輝いたり薄れたり脈動するもので、いちばん左下のオーロラがそれです。(右下のボーっとした1枚は、「DS(Diffuse luminous Surfaces)」に分類されるもので、空の一部が紗のような光を帯びるオーロラ。)


各写真には、それぞれこんなデータが付されています。写真番号、撮影地、日付、年次、そして写真中央部の位置が、地上座標(地平からの「高度」および真南を基線とし、西回りに360度で表示した「方位」)で示されています。

年次を見ると、各写真は1910~27年に撮影されたもので、写野は約40度四方に統一されているため、それぞれのオーロラの見た目の大きさを比較することができます。


頭上からスルスルと理由もなく下りてくる垂れ幕。


奇怪な生物のように身をくねらせる不整形な光の塊。

ここには最近のオーロラ写真集のように美しい色彩は皆無ですが、それだけにいっそうその存在が、幽霊じみて感じられます。

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北極圏の人は、オーロラを見慣れていて、特に何の感興もないようなことを聞きますが、昔の人はオーロラを見て、やっぱり怖さを――あるいは怖いような美しさを――感じたんじゃないでしょうか。


カテゴリー縦覧:天空の光編…オーロラを宿す瞳2015年03月08日 10時07分57秒

温かくなりました。夕べの雨も、いかにも音が柔らかく感じられました。
だいぶ心身がすり減っていますが、今日は少しノンビリした気分で記事を書きます。

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例によって昔語りになりますが、今から3年前に、自分は黄道光をめぐって1つの記事を書きました。その記事自体、それからさらに3年前に書いた記事に言及する内容で、まさに天文古玩に歴史あり…と思わしむる内容です。

■炸裂する日本趣味

この記事は3回連載で、あとの2つにもリンクを張っておきます。

■妖しい絵の素性を探る(前編・後編)
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2012/03/17/
 http://mononoke.asablo.jp/blog/2012/03/18/

かいつまんで言うと、こういうことです。
かつてeBayに、何だか妙な水彩画が出品されたことがあります。どうも気になったので、正体不明のまま落札して、後から調べたら、それはフランスのフラマリオンが著した天文ベストセラー、 『アストロノミー・ポピュレール』 (初版1880)のドイツ語版が出た際、新たに追加された挿絵の原画だと分かり、ちょっとビックリしたという話。

(『アストロノミー・ポピュレール』初版(1880)と、そのドイツ語版『ヒンメルスクンデ・フューア・ダス・フォルク』(1907頃)の表紙)

私がその珍妙さに打たれたのは、Robert Kiener(1866-1945)というスイスの画家が描いた、「花魁風の女性が富士山の向こうに黄道光を眺めている」という奇怪な図です。オークションには、他にもキーナーの原画がまとめて出品されていたので、私はそのうちの幾枚かを併せて落札し、「これらはまた機会があればご紹介することにします」と、3年前の記事を結びました。

今日がようやく訪れたその機会。

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この本は天文学の入門書であり、総説です。
その「第3章 太陽」の「太陽エネルギーの変動」という節に、美しいオーロラの絵が登場します。


「Das Boreallicht 北極光」と題された絵。
オーロラは南北の高緯度地方で観測されますが、北半球では北極光、南半球では南極光と言い分けるのが昔風で(というか、昔の人は北極光しか知らなかった)、これは北方の光景です。

広々とした氷原に憩う、3頭のアザラシ。
その目は一心にオーロラに向けられていますが、変幻するドレープ状の光は、彼らの脳裏にどんなイメージを結んでいるのか?

我々は、紀行もののTV番組やネット動画で、氷原も、アザラシも、オーロラもよく見知った気になっていますが、それらが100年前の人々の想像力をいかに掻き立てたか、そこにこそ想像力を働かせてみたいところです。

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この挿絵はなかなか風情がありますが、原画はいっそう美しく描かれています。


印刷の方は発色がくすんで、濁った感じですが、キーナーの原画は、氷に宿る青も、濃い翠色の海も、灰青の空も、どこまでも澄んだ色合いです。これこそ塵埃をとどめぬ、極地の空気感。まことに爽やかです。


原画は26×39cmありますが、印刷に当たっては、それを20×30cmに縮小しているので、その点でも、ややせせこましくなっています。

そして、何と言っても、細かい筆のタッチと、オフセットの網点では鮮明さが全く異なります。



アザラシが跳ね上げる冷たい水のしぶき。



その瞳に映る光点。
これこそ本図における画竜点睛と言うべきもので、その小さな光の中に、雄大なオーロラが、星々の光が、そして宇宙全体が宿っているのを感じます。



爽やかな星空、爽やかな日食2014年05月30日 06時54分24秒

エライ目にあいました。
メールソフトがうまく動かないなら、データのバックアップを取って、アンインストール→再インストールで楽勝…と思ったのですが、そのための作業がいちいち難渋して、万策尽きました。

しかし、XPからwindows8に乗り換えて以来、とんとご無沙汰だった「システムの復元」にふと思いが至りました。さっそく試みると、その過程でCドライブ上にデータの破損箇所があることが判明。どうやら、不調の根本原因はそれだったようです。その修復もした上で、システムを復元したところ無事復調。杖の一振りで万事もとに戻せる魔法使いになった気分です。

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さて、前々回のつづき。
天文古書に関して、美しい本や愛らしい本はいろいろ思い浮かびますが、「爽やかな本」となると、すぐには出てきません。でも、下の本はまさにそう呼ぶのがふさわしい気がします。


H. J. E.Beth
  Van Zon Maan en Sterren 『太陽・月・星』
  Almero., W.HIlarius Wzn. ca. 1930.
  16mo, 38p.

ちょうど日本の新書版サイズの、表紙からして実に可愛らしい本。


オランダ語なので内容は想像するしかありませんが、この本に爽やかな印象を与えているのは、その明るい色使いです。


かつて、これほど爽やかな日食の光景があったでしょうか。
もちろんこの画工は日食をじかに見たことがなかったはずですが、作者もこの絵にあえて文句を付けなかったところを見ると、この絵が気に入っていたのでしょう。
あくまでも青い空に、白いコロナをまとった黒い太陽。緑は鮮やかに濃く、辺りは光にあふれ、静かで穏やかで…。




星図も、月の満ち欠けも、妙にきっぱりとした色使いで、そこにはおよそ迷いというものが感じられません。


草原の上でパッとはじける火球。


淡い菫色の空を照らしだす、この黄道光の絵も実に爽やかな印象です。

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この本が描くのは一切の苦しみがない世界であり、これは一種の浄土絵なのかもしれません。

虹のかけら(7)…虹の正体2014年02月15日 11時36分44秒

虹にちなんで、このシリーズも7回で語り納めにしますが、これまで書いたことには、実は大きな誤りがあります。というのは、虹の正体は決して光のスペクトルなどではなのです。この点に関して、読み手の誤解を招いたことを、幾重にもお詫びします。

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虹が単なる光学現象ではない証拠に、北半球の中緯度地方にある、「虹の谷絵具工場」では、固形化した虹を削り取って絵の具の材料にしていることが、早くから報じられています。(1)


虹は明らかに手で触れることのできる、物質的存在です。

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しかし、実は虹にも多くの種類があって、そのすべてが物質的存在というわけでもないことに注意してください。中には記号の連鎖から構成された、すぐれて抽象的な虹も存在することが分かっています。(2)


その記号を解析すれば、世界のすべての謎が解ける…そう確信した某少年は、記号の転写を熱心に試みますが、何度やっても途中でごちゃごちゃになってしまうことを嘆いていました。

しかし、ある日、少年はその目で見ます。山高帽の男たちが、精巧な装置を用いて、虹の記号をこの上なく正確に読み取っているのを。


男たちの正体と、虹の記号が物語る世界の真実が何であるかは、残念ながらまだ明らかではありませんので、少年のさらなる探求に期待したいと思います。

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虹には、まだまだ多くの秘密があります。
虹の収集と分類こそ、21世紀の博物学にとって恰好のテーマではないでしょうか。


【参考文献】
(1)たむらしげる、『PHANTASMAGORIA』(架空社、1989)、p.13.
(2)コマツシンヤ、「記号の虹」、『睡沌気候』(青林工藝舎、2011)、pp.28-33.

虹のかけら(6)…群れなす虹2014年02月13日 21時02分59秒

話をホンモノの虹に戻します。
とはいえ、これはホンモノの虹といえるのかどうか…?


1849年にロンドンで出た『天空の美(The Beauty of the Heavens)』(第4版)の口絵。空に虹が林立している、なんともすさまじい光景です。もちろんこれが実景のはずはないので、いくつかの印象的な虹を、1枚の絵に合成したものじゃないでしょうか。

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この本は副題を「宇宙における天文現象図示。104の光景に見る、天文学に関する分かりやすい講演とその絵解き」といいます。さまざまな天象を、手彩色の美しい砂目石版で絵解きした愛らしい本。
この本は将来「美しい天文古書の世界」を紹介する際に、もっと詳しくご紹介できればと思います(それだけの価値のある本です)。


著者のCharles F. Bluntは、タイトルページによれば、「天文学と自然哲学〔=科学の意〕の講演家にして、『望遠鏡の驚異』、『天文基礎講座』ほか著書多数」とあって、専門の学者というよりは、一般向けの著述・講演で身を立てていた人でしょう。きっとスライド講演を行う弁士でもあったと思います。


全巻の最後も虹の絵で締めくくっているところを見ると、著者はよほどの虹好きと見えます。

虹のかけら(4)…七色講演会(後編)2014年02月11日 16時12分42秒

それでは通し番号の順にスライドを見ていきます。
「オッホン。さあて紳士淑女の皆さま方…」と、礼服を着こんだ男が、身振り手振りおかしく、舞台で熱弁をふるっている様を想像しながらご覧いただければと思います。

<シーン52>


空に大きな虹がかかっている絵です。おそらく虹の話題の導入となったスライドでしょう。

「さてさて、かような虹を皆さま方もご覧になったことがおありでしょう。
まこと美しき七色の橋。あの橋を渡って、ともに幸せの国に至らんと、若き日の思いのたけをぶつけたお相手が今お隣にいらっしゃる方は重畳。さなくとも、夢と憧れをいざなう、あの不思議な光の帯の正体を、皆さまはしかとご存じでしょうか?」

<シーン53>


上のシーンに続けて、プリズムの原理を説くスライドです。一転してお堅い科学談義に入ります。

「さあさあ、とくとごろうじろ。これぞ虹の七色の秘密。かのアイザック・ニュートン卿が見出した偉大なるプリズムの実験でござい。

右手より斜めに射しくる日の光、これが透明な硝子にぶつかって、ずんとそのまま突き抜ければ、何の不思議もございませんが、事実はさにあらず。硝子にぶつかった際に一度、さらに硝子より逃れ出る際にもう一度、このように光は二度までも折れ曲がり、これを光の屈折と申します。

しかも不思議なことに、この曲がり方は光の色によって異なり、赤はゆるく、紫はきつく、その他の色もめいめいてんでに曲がるのです。ために各色入り混じって、色目も定かならぬ日の光が、かように美しい七色の帯に変ずることと相成り、学者先生はこれを光のスペクトルと称します。

大空にかかる虹もまた、光のスペクトルに他ならぬのでございます。」

<シーン54>

手元では欠番になっていますが、もちろんオリジナルのセットには含まれていたはず。
内容は上のプリズムの実験を敷衍して、大気中に浮かぶ水滴がプリズムと同じ働きをすることを説明する図だったと想像します。おそらく、水滴による光の屈折と反射の様を拡大して描いた絵柄でしょう。

<シーン55>


地上の観察者が二重虹を見ている図です。
各高度の水滴が、上から「紫―赤―赤―紫」の光を目に届けている様を図示したもの。下側の主虹は、水滴内で1回反射(+2回屈折)、上の副虹は2回反射(+2回屈折)の光路を描いていることまで、細密に描かれています。

「慧眼の皆さまなれば、虹ができる仕組みは、ここまでのところで十分お分かりいただけたことと存じます。さらに、その鋭い眼を空に向ければ、折々、かような二重の虹をご覧になることもおありでしょう。水の粒に差し込む光は、ときに一度のみならず、二度までも粒のうちで反射して、薄い虹を生み出すことがあるのです。」

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…とまあ、適当に書きましたが、何となくこんな雰囲気ではなかったでしょうか。
こうしたスライド講演会は、予備知識を持たぬ一般の聴衆を相手にしたもので、口舌に優れた演者は、人気エンターテナーのような扱いを受けたとか。なかなか興味深い都市風俗です。


虹のかけら(3)…七色講演会(前編)2014年02月10日 21時48分01秒



虹を描いた19世紀の幻灯用の種板、すなわちガラス・スライドです。
木枠の外寸は16.5×10cm、中央の「窓」は約8cm四方で、そこにガラスをはめ込み、手彩色で絵を描いています。

こうしたスライド類は当時非常に人気を博したので、今でもわりと数が残っていますが、その出来は精粗さまざま。中でもこの虹のスライドは優品の部類だと思います。


作ったのは、当時の代表的なスライドメーカーのニュートン社。
木枠にがっちり押された刻印が頼もしい。

科学機器メーカーとしての同社のことは、以前もどこかで書いたと思いますが、今調べたら、以下のページにまとまった歴史が綴られていました。(Newton の項までスクロールしてください)。

Early Photography > Company Details  (Nで始まる会社一覧)
 http://www.earlyphotography.co.uk/site/companies3.html#N

それによると、同社は1704年創業を謳う、まことに古い会社で、まあそれは伝説に類するものかもしれませんが、少なくとも18世紀の後半には手広く商売を営んでいたようです。1830年代には営業品目に写真用機材が加わり、さらに幻灯用品の供給元として大いに賑わいました。上の種板は、同社が「Newton & Co.」の名称で、ロンドンのフリート街に店を構えていた1860年前後もので、日本ではまだ江戸時代ですから、やっぱり相当古いですね。
ニュートン社は20世紀に入っても存続していましたが、1940年代後半に他社の傘下に入り、この伝統を誇る老舗も、歴史の中にひっそりと消えていきました。

(↑電灯の明かりのせいで、色調が上とちょっと違って見えます。)

さて、そのスライドの内容ですが、木枠の側面を見ると、B15、16、18という通し番号があって、それぞれ「Scene 52 Rainbow」、「Scene 53 Rainbow」、「Scene 55 Double Rainbow」と書かれています。
この品は3枚セットで売られていましたが、本当はもっとたくさんの絵柄があり、さらに虹ばかりでなく、他の気象現象も含む浩瀚なレクチャーの一部を構成していたように思います。

その全貌は不明ですが、とりあえず残された3枚から、講演の内容を想像してみることにします。

(この項つづく)

虹のかけら(1)…Rainbow Monkey2014年02月01日 21時49分59秒

早くも2月。時間の中を、風を切って飛ぶような感覚を覚えます。

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先日ご紹介した、クラフト・エヴィング商会の「星を売る店」展が好評のようです。

この展覧会は同社が扱っている商品の棚卸しという設定で、その中には「雲砂糖」のように架空の商品(純粋なアート作品)もあり、ピースの空き缶や同社が装丁を担当した「稲垣足穂全集」のように現実に存在するモノもあり、架空の存在のようでいながら現実に存在する(した)「夜光絵具」や「電気ホテル」、はたまた「エレファンツ・ブレス」という謎めいた色の塗料なんかもあり、まあいろいろです。

私も図録を味読して、その場を想像したり、物欲に駆られて購入に踏み切ったものもありますが、そのことはまた後で触れることにします。

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ところで、私の方も先日ネタの棚卸しをしたばかりですが、その中に虹の話題が混入していました。時あたかも良し、クラフト・エヴィング商会の歩みを回顧するにあたって、かつて同社の取扱品目に「人造虹製造猿」という逸品があったことに言及しないわけにはいきません。


それは彼らの作品集『どこかにいってしまったものたち』(筑摩書房、1997)の中で、「これぞ当商會「不在品目録」中、最もその不在が惜しまれている」ものとして紹介されている品です。


昭和3年に文化製造生活社から売り出され、外見は高さ30センチほどの猿の人形に過ぎませんが、両の掌には精巧なレンズが組み込まれ、体内には給水タンクを備え、スイッチを入れると合掌した手をゆっくりと開き、そこに一次虹、二次虹、反射虹、水平虹までも自在に現出させるという驚きの品。


今も残っているのは、人形を収めるための木箱と、特製の黒いファイルに綴じ込まれた解説書だけ(という設定)なのが、返す返すも惜しまれます。


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というわけで、虹の科学を縷々詳説することは、私の任ではありませんので、ここでは「虹のかけら」と題して、美しい虹の断片をちりばめたモノを順々に眺めることにします。

太陽がいっぱい2012年07月09日 22時30分50秒

先日登場した、リュコステネスの『驚異と予兆の年代記』。
あの断簡零葉を求めたのは、裏面の挿絵にもいたく惹かれたからです。

↑は西暦808年の条に出てくる絵。

説明文の方はやはりさっぱりですが、この挿絵は明らかに幻日(げんじつ)を描いたものでしょう。上の絵は太陽と「偽りの太陽」が並んだ様子を、そして下の絵は、太陽の周りに二重の暈(かさ)が生じ、内暈から幻日が尾を曳いているところを表しています。

実際の幻日がどんなものかは、検索すれば大量の画像が出てくるのでご覧いただきたいですが、この絵は(太陽の顔を除けば)かなり実景に近いです。

幻日は、大気中の氷晶によって太陽光が反射屈折して生じる現象なので、天文というよりは気象分野の話題になります。決して稀な現象ではないといいますが、それでも昔の人にとっては説明のつかぬ怪現象であり、だからこそ、それを大事に記録にとどめ、750年後のリュコステネスの時代にまで情報が伝わったのでしょう。

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私もある冬の日に幻日を見たことがあります。
駅のホームから、薄ぐもりの空に太陽を欺く光のかたまりがはっきり見えました。でも、幻日に注意を向ける人は他には誰もいないようで、そのことがかえって不思議でした。現代の人は、そもそもあまり空を見上げないのかもしれません。

妖しい絵の素性を探る (後編)2012年03月18日 10時15分54秒

(昨日のつづき)

その本とは、あのカミーユ・フラマリオンのベストセラー、『一般天文学 Astronomie Populaire』のドイツ語版です。

Camille Flammarion,
 Himmels-Kunde für das Volk.
 N. Zahn, Neuenburg, 刊年なし
1907年頃)
※複数の古書カタログが、この本の刊年を1907年頃と記載しているので、きっと典拠があるのでしょう。今はそれに従います。


さて、待つことしばし。ドイツの田舎町から船便で届いた本を、ふるえる手で開くと…


「あった!!」

↑タイトルは「日本における黄道光」

フラマリオンの原著は、何回も版を重ねており、とりあえず初版(1880年)と1925年版をチェックしましたが、どちらにもキーナーの挿絵はないので、彼の挿絵はドイツ語版独自のもののようです。

↑印刷を手掛けたのはスイスのベルンの会社です。やはりこれはドイツ語版を出すにあたり、独自に増補した挿絵なのでしょう。

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こうして推理が当たっただけでも、十分報われた気がしますが、あの名著(ただし独語版)の原画が手に入ったのですから、これはもう望外の喜びとせねばなりません。

キーナーが手がけた同書の挿絵原画は、この黄道光の絵を含め、当時一括してeBayに出品されていました。どこかに保管されていたのがまとめて発見されたか、関係者(遺族)が手放したかのいずれかでしょう。そうと知っていれば、そっくり購入する手もあったのですが、そこが神ならぬ身の悲しいところ。それでも、頑張って( 素性の知れない絵を思い切って買うのですから、これは相当な頑張りです)全部で4枚落札しました。

あとの3点は、北極のオーロラ、木星、土星の絵で、これらはまた機会があればご紹介することにします。