妖しい絵の素性を探る (後編)2012年03月18日 10時15分54秒

(昨日のつづき)

その本とは、あのカミーユ・フラマリオンのベストセラー、『一般天文学 Astronomie Populaire』のドイツ語版です。

Camille Flammarion,
 Himmels-Kunde für das Volk.
 N. Zahn, Neuenburg, 刊年なし
1907年頃)
※複数の古書カタログが、この本の刊年を1907年頃と記載しているので、きっと典拠があるのでしょう。今はそれに従います。


さて、待つことしばし。ドイツの田舎町から船便で届いた本を、ふるえる手で開くと…


「あった!!」

↑タイトルは「日本における黄道光」

フラマリオンの原著は、何回も版を重ねており、とりあえず初版(1880年)と1925年版をチェックしましたが、どちらにもキーナーの挿絵はないので、彼の挿絵はドイツ語版独自のもののようです。

↑印刷を手掛けたのはスイスのベルンの会社です。やはりこれはドイツ語版を出すにあたり、独自に増補した挿絵なのでしょう。

   ★

こうして推理が当たっただけでも、十分報われた気がしますが、あの名著(ただし独語版)の原画が手に入ったのですから、これはもう望外の喜びとせねばなりません。

キーナーが手がけた同書の挿絵原画は、この黄道光の絵を含め、当時一括してeBayに出品されていました。どこかに保管されていたのがまとめて発見されたか、関係者(遺族)が手放したかのいずれかでしょう。そうと知っていれば、そっくり購入する手もあったのですが、そこが神ならぬ身の悲しいところ。それでも、頑張って( 素性の知れない絵を思い切って買うのですから、これは相当な頑張りです)全部で4枚落札しました。

あとの3点は、北極のオーロラ、木星、土星の絵で、これらはまた機会があればご紹介することにします。

妖しい絵の素性を探る(前編)2012年03月17日 18時07分25秒



きれいに撮れませんでしたが、絵の全体はこんな感じです(右上は照明)。
描かれた絵のサイズは、約38.5×26cm 。


水彩画の用紙に描いた絵を、別の台紙に貼り付けてあります。以前も書いたように、サインから察するに、これはRobert Kiener(1866-1945)というスイスの風景画家の作品。


そして、この絵の正体を雄弁に物語るヒントがこれ。
欄外にマーキングされた、いわゆる「トンボ」記号です。トンボは製版・印刷時の位置合わせのための印ですから、この絵は「純粋な絵」として描かれたのではなく、本の挿絵の原画として描かれたものだと見当がつきます。

そうと分かれば、あとは検索しまくるのみ。
じきにキーナーが、ある天文書の挿絵を描いていた事実が判明しました。「なるほど、これか!」…と思ったものの、100%の確証はないので、確認するには、決して安くはない本を購入しなければなりません。「うーん、そこまでするか?」とも思いましたが、もうここまできたら、ためらってはいけません。ええ、思い切って買いました。

(この項つづく)

炸裂する日本趣味2012年03月16日 21時07分33秒

今日はソメイヨシノの花芽がぷっくりと膨れているのに気付きました。
風は冷たいですが、春の足音はいよいよ確かなようです。

   ★

ところで、前回の奇怪なクロモカード。
あれから否応なしに思い出すのは、下の絵です(↓画像再掲)。


元記事は、今を去ること3年余り前のもの。

元記事を読むと、当時の私が、いかにこの絵を印象深く思ったかが分かります。

さて、この奇妙な絵がその後どうなったかというと


実は我が家にあるのです。

…というのは、つげ義春作品のしょうもない引用にすぎませんが(上図は同氏の『李さん一家』より)、私がその後異常な執念を燃やして、この絵の「正体」を明らかにしたことは、まだブログに書いてなかったと思うので、そのことを書きたいと思います。

沙漠の黄道光2010年07月24日 10時44分05秒

最近の買い物から。


1922年に出たチョコカード。
トブラー・チョコレート(スイス)のおまけに入っていた品です。
切手のようなミシン目が、心憎いアクセント。
少年の収集欲は、得てしてこういう小ワザで容易に煽られるものです。

この天文シリーズは12枚コンプリートで、上はその全カード。
その中から1枚を拡大します。


ナツメヤシが繁る沙漠のオアシス。
黄道光をバックに浮かびあがるモスクのシルエット。
さらに地平線上には新月、その上には双子座とオリオン座が浮かんでいます。
天体の位置関係でいうと、8月の夜明け前でしょうか。
異国ムード満点の絵柄ですね。そして束の間の涼を感じさせます。

  ★

ところでカードの説明文。
  “Sudala steloza cielo kun zodiakala lumo, deskreskanta luno
    e stelaro Oriono, Jemeli, edc.”
何だか分かるような、分からないような不思議な言語ですが、これはイド語だそうです。(→イド語:ウィキペディア

1907年に、エスペラント語をさらに改造して作られた人工言語。
でも、エスペラントほどには普及しなかったみたいですね。「エスペラントのように一年に一回大会を開くが、エスペラントの世界大会が2000人程度であるのに対し、イド語大会の参加者は2001年以後、毎年20人未満の参加である」というウィキペディアの記述が泣かせます。

それにしても、なんでトブラー社は、こんなマイナー言語でカードを作ったのでしょう?
多言語国家・スイスというのが、何かカギを握っているんでしょうか。
それとも単なる時代のムード?
少なくとも、当時これを読める少年がいたということですよね。
何だか不思議な気がします。

海の青さを測るには…水色番号の話2010年03月10日 22時10分59秒

(昨日のつづき)

本書の挙げる気象観測の要目は、気圧、気温、風向、風力、雲量、雲形、天気、海水温度、それに海面状態なのですが、それ以外に「雑象」として、いろいろ特記すべき現象が挙がっています。

たとえばセント・エルモの火。

「海洋上に在る船舶の帆檣、帆架等の尖端に、放電の花火に
似たる現象顕はることあり、之を聖エルモ火(St. Elmo’s Fire)
と云ふ、此花光の盛なるものにありては、全船に「イルミネー
ション」を施したる如く、頗る美観を呈す。」

かと思うと、「極光〔=オーロラのこと〕は、両極に近き地方の高空に顕はる、電気的の現象にして、頗る美観なるものなり」という風に、文中には盛んに<美観>が顔を出します。

「海光」、というのは海蛍の類と思いますが、これまた壮観で、「海光の盛なるものは、海一面に光輝を発し、恰も昼間の如く、帆檣上のものまでも明視し得ることあり」と派手に書かれています。

どうも海上には妖しく美しい光が満ち満ちている感じです。

   ★

さて、<美>という語こそ出てきませんが ― そしてこれは天然自然の描写ではありませんが ―、私自身いちばん美しいと感じた記述が、本のいちばん最後に出てきます。

それは「海色の観測」という項目です。
海の色をいったいどうやって測るのか?

「海洋の水色を観測するには「フオーレル」氏の標準色を便とす、
此の標準は、次の如き色素を調合したる液の色によるものなり、
乃〔すなわ〕ち硫酸銅一瓦〔グラム〕、アムモニヤ九瓦を、
水一九〇瓦に溶解したるものを青色液とし、中性クロム酸加里
一瓦を水一九九瓦に溶解し之を黄色液とし、両液を次表の割合
に混合し水色番号を定む。

水色番号  青色液  黄色液
 一号    一〇〇     〇
 二号     九八     二
 三号     九五     五
 四号     九一     九
 五号     八六    一四
 六号     八〇    二〇
 七号     七三    二七
 八号     六五    三五
 九号     五六    四四
 十号     四六    五四

此混合液を直径八粍〔ミリ〕位の硝子管に封入して保存す。尤も
此の標準液は、次第に其色に変化を生ずるを以て、三四箇月位
を経過せば新液と取換ふるを要す。」


実際に海水色を観察するときには、この標準液の入ったガラス管の下に白紙を敷き、液の色と海の色とを見比べて、いちばん近い色番号を記録すればよいわけです。

   ★

「水色番号」という言葉の響きが素敵です。
透明な青のグラデーション。
ガラス管の中に封じ込められた小さな海。
青色液と黄色液の混合比にも、何か美的なこだわりを感じます。

恐るべき星景画2008年12月21日 18時23分26秒

とにかく写真をクリックして、とっくりと眺めてください。

画題は一応、海の向こうに伸び上がる黄道光(*)なんですが、これはもう何なんでしょうか。妙にとんがった富士山のそばに、伊勢の夫婦岩みたいなものがあって、丘の上の中国風の建物から、花魁が二人、黄道光を眺めているという…。

(*)太陽系の惑星軌道面に沿って分布する微小な塵が、
太陽光を反射して見える光の帯。ごく淡いので、都会地
では全くみえません。もちろん私も見たことはありません。

  ★

今日は(も)他人のふんどしで恐縮です。

この絵(水彩画)は現在eBayで売りに出ているものです。
フランスの売り手は、1920年ごろの作品だと主張しています。
R. Kienerというサインがあって、名前と書体からすると、Robert Kiener(1866-1945)というスイスの風景画家のものらしいのですが、もちろん真作である保証はありません。

この奇妙な画面構成と、シュールな味わいは、江戸時代の洋風画ないし泥絵に通じるものがあります。何とも恐るべき作品です。ひょっとしたら大傑作かもしれません。部屋に飾ったら、良くも悪くも雰囲気が一変しそうなパワーを感じます。

私も思わず入札しようかと思いましたが、寸前で思いとどまりました。
勇気のある方はぜひ購入されて、差し支えなければ私に見せていただけないでしょうか。(嗚呼…ため息)

Beautiful Books on Astronomy … レイノルズ『天文学および地理学図集』⑪2006年12月16日 13時46分41秒

「気象学図解―さまざまな大気現象(Diagram of meteorology: Displaying the various phenomena of the atomosphere)」と題したカラフルな図。
(スキャナーの加減か、細かい横縞が写りこんでいますが、原版はもっときれいです。)

この本の書名が『…地理学図集』となっているのは、宇宙の光景だけでなく、こうした地球上の現象も収められているからなのでしょう。

取り上げられているのはかなり雑多な内容で、雨、稲妻、霧、雲、竜巻、嵐、万年雪、蜃気楼、虹、幻日、暈(ハロ)、流星、黄道光などが1枚の絵に詰め込まれています。

気象学と言いながら、黄道光(地球軌道付近に広がる惑星間塵に太陽光が反射して見える現象)のように、純然たる天文現象が入っているのは、奇異な感じを受けますが、しかし、裏面の解説文を読むと

「この現象は、水星やときには金星の軌道をも越えて広がる、太陽を取り巻く大気の断面だとされてきたが、現在、天文学者の間でもこの件については大いに意見が分かれている」

とあって、当時は多分に謎めいた現象だったことが分かります。

古絵葉書「天空旅行」より…オーロラ2006年08月20日 07時15分36秒

水星に続き、今日は地球です。
(金星の展示もあったと思いますが、絵葉書には入ってませんでした。)

「アラスカの極光」と題されたシーン。
手前に氷雪の大地のジオラマが作ってあって(フクロウや熊の親子がウロウロしています)、その奥に書き割りの海とオーロラがぶら下がっています。

ランカイ屋(ディスプレイ業者)の想像力が生み出したイメージ。海面にオーロラが反射しているのはとても詩的な感じです。ヒグマではなく白熊だともっとムードが出たかもしれませんね。

当時はアラスカのオーロラも、月や惑星なみに遠い憧れを感じさせる対象だったことが伺えます。

シガレットカード…ROMANCE OF THE HEAVENS2006年05月24日 05時27分56秒

シガレットカードというのは、昔(1890~1940年ごろ)の煙草の箱に、おまけで入っていたカードです。つまり当時の販促グッズですね。蝶や花や車や、いろいろシリーズになっていて、今も熱心なコレクターが多いと聞きます。欧米では、ちょっと「めんこ」集めに似た、ノスタルジックな趣味のようです。

おまけカードまで集め出しては、本来の天文趣味から、ますます遠くなるような気もしますが、でも、「シガレット」という言葉は一寸いいですね。タルホ(=稲垣足穂)っぽい感じがします。

上に示したのは、"Romance of the Heavens"(1928)と題した50枚セットのシリーズで、宇宙モノを代表する品です。リトグラフの潤んだような色彩が、最近のカラー印刷にはない味わいを出しています。


☆左列上から…
★月から見た地球★典型的な月のクレーター★流星雨★小潮★ハレー彗星
☆右列上から…
★地球照★月のクレーター★月の暈★大潮★月の形成に関する一説

(各カード 3.5 x 6.7cm)