アート派 vs. 科学派…剥製を熱く語る人々(その3)2012年02月26日 12時16分08秒

仕事の方はもう一息です。
ブログの記事の書き方を忘れかけていますが、思い出しながら書いてみます。
記事が間延びしてきたので、手短にいきましょう。

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一口に剥製といっても、そこにはアートとしての剝製と、科学標本としての剝製の区別がある―。 元記事の筆者、リサ・ヒックスは、そうはっきり書いているわけではありませんが、彼女が描く最近の剥製ブームからは、そのことが読み取れます。

アート派の方は、再三登場する「ミネソタはぐれ剥製師連盟(MART;Minessota Association of Rogue Taxdermists)」の面々がそうであり、インテリアとして剥製を飾るホーヴィー姉妹もその仲間と見てよいでしょう。

まあ、アートといってもいろいろな趣味嗜好があるので、ホーヴィー姉妹のようなビューティフル路線もあれば、気色の悪い猟奇路線もあって、後者はたとえば19世紀の見世物興行師、P.T.バーナム(1810-1891)が呼び物にした、怪しげな人魚のミイラだとか、ヴィクトリア時代の剥製師、ウォルター・ポッター(1835-1918)が得意とした擬人化された剥製(ウサギの授業風景など)といった、どちらかといえばバッド・テイストと思えるものを好む人たちです。MARTのメンバーが作る、キメラ剥製(異種の剝製を組み合わせて作った空想上の生物)などは、その直系の子孫かもしれません。

(ポッターのウサギの学校。
出典:http://en.wikipedia.org/wiki/File:Potter%27sRabbitSchool.jpg

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他方、剥製に科学の香りを求める人もいます。

たとえば、近代剥製術の父と呼ばれるカール・エークリー(1864-1924
彼の作る剥製は、わらなどを詰め物にするのではなく、解剖学的に正確な彫像を制作して、そこに皮をかぶせるという凝った方法で作られました。
彼は自ら野生動物を次々に仕留め、それを剥製にしてアメリカ自然史博物館に壮大なジオラマ風景を作った人ですが、晩年の1920年代に一頭のゴリラと出会ったことから「回心」して、以後は野生生物の保護運動に尽力しました。とはいえ、彼は最後まで科学の名に基づく、剥製愛好癖を捨てようとはしませんでした。

「科学」の看板が、罪の意識を覆い隠すのに使われた…かどうかは分かりませんし、リサもそう書いているわけではありませんが、何となくそういう気配があります。

また、ロサンゼルスにあるヴンダー系ショップ、「Empiric Studio」では、1960年代の「スペース・エイジ」テイストをまぶした理系グッズとともに、剥製を販売しており、同店の広報担当、アニー・クラウニンシールドによれば、同店における剥製は、「研究室や学術的環境でお目にかかるモノ」というカテゴリーに入るのだと説明しています。

これは考えてみると「剥製は科学的存在であるが故に、研究室に置かれている。そして研究室に置かれているが故に、科学的だ」というトートロジーを構成しているような気がしなくもない。

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アートとしての剥製と、科学としての剝製の関係はなかなか微妙です。
科学的相貌を持った剥製が「知の向上をもたらす善」であり、アートとしての剥製が「罰あたりな悪」である…と単純に言い切れないのは、その「科学性」に付きまとう上記のような曖昧さからも窺い知れます。

MARTのメンバー、ロバート・マーベリーは、リスの剝製づくりと同時に、その肉を料理して食べるという、一種のパフォーマンスというか、イベントを開催しています。情緒的にはちょっと受け入れがたいし、リスにとっては災難だと思いますが、それは普段人々が意識から遠ざけている動物と人間との関係(虐待や搾取)を問いかけるものだと、マーベリーは言います。(付言すると、リス料理自体はヨーロッパで伝統的に行われてきたらしいです。)

「リスは本質的に価値中立的存在です。〔…〕リスだって動物なんです。鹿の角を壁に飾って構わないなら、これだって同じことでしょう。リスは『可愛い』と見なされている点がちょっと違うだけです。」

「はぐれ剥製師たちは、自然を心から愛しています。たとえ彼らの作る作品が少々ダークなものだとしても。いや、むしろ自然そのものが、得てしてダークなものなのです。」

「動物の死体をもてあそぶ」かの如く見えるアート派の人々にも、いろいろ言い分があるわけです。たとえそれに全面的に賛成できなくても、耳を傾けるべき点は多々あります。

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そしてまた、博物館の空気自体をアートとして享受する人もいるので、話はどんどんややこしくなります。以下は、前回も登場したテレビ番組「Oddities」の司会者、ライアン・マシュー・コーンの思い出ばなし。

「子どものころ、コーンはよく犬を連れて、ニューヨーク州の北部まで宝探し(scavenging)に出かけ、森で見つけた動物の頭骨やその他の骨を家に持ち帰った。彼は「世界最大の豚」やら、「世界一のカボチャ」やら、安っぽいイカサマ物が登場する怪しげな見世物小屋でインスピレーションを得た。また、両親は彼をよくアメリカ自然史博物館に連れて行ってくれたが、そんなとき彼はアイデアでいっぱいになって帰宅したものだった。

〔…〕

『僕が愛してやまなかったのは、自然史博物館の中では、全ての物がいかに完璧に配置されているかということなんだ。そこで僕は頭骨を棚の上に飾るのをやめて、代わりに、それぞれに小さな架台を作って、自分は今博物館の中で暮らしているんだと夢想したものさ。僕は小さなカーテンを使って幕開けごっこもした。家族を前に見世物興行を演じて、セレモニーの司会者よろしく“サアサアご覧じろ”と口上を述べたりしてね。』

子ども時分は小遣いに恵まれなかったので、自分の部屋をこうした森で見つけた珍物でいっぱいにしたのだと、コーンは語る。その後、大人になって多少の金が自由に使えるようになると、彼は剥製やその他のアンティークを探しに出かけるようになった。」

(コーンのキャビネット。
出典:http://www.collectorsweekly.com/articles/taxidermy-comes-alive/

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世間には、読書家とは別に、愛書家という人種がいます。本を読むよりも、モノとしての本を愛好し、読みもしない高価な本をせっせと買い込むような人です。

「理科よりも理科室が好き」、「博物学よりも博物館が好き」というのも、この愛書趣味に通じるものかもしれません。私の中にも多分にそういう傾向があるので、架台に凝って、自室を博物館風にしたかったという、コーン少年の夢には深い共感を覚えます。
私自身、金とモノ乏しい中、いかにして自分の部屋(ただし兄と共用)を理科室的テイストで満たすか、尋常でない努力をした覚えがあるので、この一節にはいっそ涙ぐましい思いがします。そしてまた、ここでも稲垣足穂の博物趣味への耽溺を連想するのです。

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とはいえ。最後の最後で明言しておきますが、私は剥製はそれほど好きではありません。

私の部屋に置かれた少数の剥製は、Empiric Studioのアニー・クラウニンシールドが言うところの「研究室や学術的環境でお目にかかるモノ」であり、理科室のムードを感じさせるいわば「小道具」として置かれているので、剥製そのものを愛好する癖はまったくありません。

MARTの面々がいかに熱弁を振るったところで、ポッター流の擬人化剝製や、その日本版である徳利をさげた狸なんかは、やっぱり罰あたりなんじゃないかと思います。

(某オークションサイトより)

じゃあ、「理科室風小道具」として剥製を購入するというのはどうなんだね?
それも五十歩百歩ではないのかね? 
いや、その剥製を愛してすらいないと言うなら、いっそう罪深いんじゃないかね?

…と言われると、まったく反論ができません。マーベリーの言葉を真似て、「いや、科学そのものが、得てしてダークなものなのです」と言っても、屁理屈にしか聞こえないでしょう。ここは一途に動物たちに手を合わせるばかりです。

(この項おわり)

何が剥製ブームをもたらしたか?…剥製を熱く語る人々(その2)2012年02月19日 19時58分27秒

S.Uさま、たつきさま、愉しいコメントならびに温かい励ましをありがとうございました。なかなかお返事ができずに申し訳ありません。しばらくは、記事の継続を優先し、話を先に進めたいと思いますので、失礼の段なにとぞお許しください。

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さて、前回の続きです。(以下、元記事の分量が多いので、いつも以上に大幅な適当訳ですが、趣旨はそう外れていないはず…)

2000年代に入ってからの剥製ブームの原因は何か?
もちろん真の原因は分かりませんが、そこにはいろいろな意見があって、たとえば、「ミネソタはぐれ剥製師連盟」のロバート・マーベリーは、その背景にインターネットの急速な普及を想定します。

「今やインターネットそのものが、ヴンダーカンマー化してるんだよ。気の向くままに検索をかければ、どんな驚くべきものだって見つけられるし、パソコンを画像ファイルでいっぱいにすることもできる。多くの点で、これは伝統的な驚異の部屋とパラレルだ。ある意味、今じゃみんなが携帯端末で驚異の部屋を持ち歩いているようなものさ。おかげで、僕らはちょっと刺激に対して、鈍感になっているんじゃないかな。」

2000年代の初頭以来、ディスプレイの前でヴァーチャルな時間を過ごすことが多くなった反動として、人々はリアルな世界を感じさせてくれるもの、触覚的なものを強く求めるようになり、それが今の剥製ブームの原因ではないか? コーンはそう推測します。


剥製が自然のままに朽ちていく様や、あるいは剥製を自作する人であれば、動物の身体を切り裂き、生命を支えてきた内臓器官を直接目にする経験も、リアルな世界とのつながりを回復する手段となりえます。

「みんながヴァーチャルなコレクションをするようになった。だから今度は何かリアルな経験をしたくなった。今起こっているのはそういうことじゃないかな。手仕事や、地元の食材を食べること、そういう何かその土地と結びついたものや、個性的なものが、今じゃどんどん価値を高めているよね。養蜂とか、クロスステッチとか。剥製づくりもそうだね。」

これは要するに、人々の自然回復志向に、剥製ブームを位置づける見方です。

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そうした志向は、当然、IKEAの家具とか、ミッドセンチュリー・スタイルのマスプロ製品を拒否する姿勢とも結びつき、2000年代以降の若い骨董マニアや、スチームパンカーによるヴィクトリア時代への回帰と同根だという見方もできます。

サイエンス番組「Oddities〔無理に訳せば『ふしぎ大百科』?〕」の共同司会者である、ライアン・マシュー・コーンの場合は、「自然回帰」よりもむしろ、この「反モダニズム」という部分にウェイトがあります。

「僕の家にはIKEAの家具なんて影も形もないよ。なんでみんなが1950年代の模倣をしたがるのか、僕にはさっぱり分からない。その美意識は紋切り型だし、誰もが抑圧されていた時代さ。その頃だったら、僕は自分のやりたいことの半分もやれなかったろうね。ヴィクトリア時代には多くのことが未知だった。だからこそ、いっそうワイルドな時代だったのさ。…鹿の頭を欲しいと思ったことはないな。僕はアメリカにないものが欲しいんだ。だから、田舎のフリーマーケットに行ったらこう聞くね。『やあ、猿はないかい?』って。」

コーンは、単なる珍奇さよりも、古びた博物館の空気にどうしようもなく惹かれていて、その点で、いわゆるスチームパンク趣味ともちょっと違います。彼は子どもの頃からアメリカ自然史博物館のとりこになっており、今でも自宅を博物館風にすることに執着している…というのは、また後で述べます。

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コーンの剥製趣味は、基本的に「反モダニズム」的な美意識に基づくものですが、彼はそのいっぽうで、最近の剥製ブームをもたらした、もう一つの現実的な要因も指摘しています。それはリーマンショック以降の景気低迷です。

「景気後退の時期には、みんなソーホーで新品を買う余裕なんてなかったよね。キズもののアンティークを買うとなれば、自分でちょっと手を入れなきゃならないけど、そうすることで、そこに流れる美意識と触れ合うこともできるわけさ。」

アンティークについての人気ブロガー、ブルックリン在住のホーヴィ姉妹も、経済苦境によって、アンティークに新しい市場が生まれたことを認めています。

「びっくりするのは、こういうアンティークが、どれもとても安く買えることよ。eBayさまさまね。そしてあちこちのフリーマーケットを何時間もぐるぐる回るの。私たちが持っている物で高価なものはほとんどないけれど、どれもこれもみんな大好き!」

もちろん、今なら手頃な価格の古物たちも、元をたどればコロニアル・スタイルや貴族趣味の、いわば金満的な品々であったのは皮肉ですが、当時幅を利かせていたのが、狩猟熱と剥製愛好癖でした。

「『異国と自然を征服する金持ちの白人』の美学が、政治的に100%正しいとは思わないわ。でも、これらのオブジェはやっぱり美しいと思わない?過去の時代がパーフェクトでなかったことは認めるにしても。」

(ホーヴィ姉妹のアパートメント。出典:同上)

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元記事を私なりに咀嚼すると、剥製ブームの背後にあるのは、「リアル世界への回帰」、「ネイチャー志向」、「反モダニズム」、「ヴィクトリアン・アンティークの値頃感」といった要因だということになります。もちろん、これはひとつの仮説で、ほかにもいろいろな要因はありうるでしょう。

個人的に考えると、80年代の博物学リバイバル―これは荒俣宏さんに限らず、世界中で同時並行的に起きた現象のようです―が、その下地にあり、さらに2000年以降、オンライン売買の普及によって、景気後退の件とは別に、古物の取引のあり様が根本的に変わったことを上げないと片手落ちのような気がします。

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ともあれ、こうして巻き起こった剥製ブームですが、そこにはまた2つの対立する流れがあり、一口に剥製ブームと言っても、なかなか一筋縄ではいきません。

(この項つづく)

ミネソタはぐれ剥製師連盟とは? …剥製を熱く語る人々(その1)2012年02月12日 17時34分58秒

【急いで訂正】
よく見たら、rogue(ごろつき、はみ出し者)とrouge(ルージュ)を見間違えていました。表題を上記のとおり訂正します。“紅色剥製師”…何とも素敵な名称なんですけれどね(私がそう名乗ろうかしら)。

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(↑ サイエンス・チャンネル「Oddities」の共同司会者、Ryan Matthew Cohn の自宅風景。下記ページより寸借)

大変興味深い記事を読みました。そして大いに考えさせられました。

Taxidermy Comes Alive! On the Web, the Silver Screen,
  and in Your Living Room
 (Collectors Weekly 2011年9月27日号)
 http://www.collectorsweekly.com/articles/taxidermy-comes-alive/

筆者のリサ・ヒックスは、フリーのライター。 彼女は、剥製の作り手、コレクター、研究者、ディーラーなど、あちこちに取材して、「剥製界の今」をさまざまな角度から描いています。

それにしても皆さんはご存知でしたか? 今、剥製が熱いブームだということを。

記事によれば、剥製ブームは2000年代初期、都会の尖端的な人々(urban hipsters)や自作派アーティスト(do-it-yourself artists)の間から始まり、今や米国ではすっかりポピュラーなものになっているそうです。

これは第2次大戦後に生じた剥製ブームから、半世紀を隔てた再流行で、家庭でも店舗でも、最近はあちこちに鹿やらカモシカやらの首や角が飾られ、その需要を満たすために、紙やプラスチックでできたイミテーションまで売られているというのです。

そうしたブームの中で、あのデロールも、ファッショナブルな存在として銀幕に登場し、ウッディ・アレンが監督したロマンティック・コメディ、『ミッドナイト・イン・パリ』(2011)では、デロールが不思議なパーティー会場として出てくるという具合。(注:今確認したら、予告編にもチラリと写っています。http://www.youtube.com/watch?v=qPev0UA0lmw ← 1分15秒のあたりを見てください。)

最近では、モデルのケイト・モスや、歌手のコートニー・ラブ、コメディアンのエイミー・セダリス、カリスマ主婦のマーサ・スチュアートといったセレブたちも、こぞって剥製を手元に置いて愛玩しているし、剥製関連本も続々と出版され、いずれも売れ行き好調だとか。

そんな中、2004年に、3人のアーティスト(=ロバート・マーベリー、スコット・ビーバス、サリーナ・ブリュワー)が立ち上げたのが、現代アートとしての剥製に取り組む 「ミネソタはぐれ剥製師連盟 (Minnesota Association of Rogue Taxidermists)」です。彼らは、伝統的な剥製師からは異端視されているものの、今や世界中で50人以上のアーティストを擁する、剥製界の新勢力。

さて、そうした剥製界の表面的な活況の奥で、いったい何が起きているのか、何がこのブームをもたらしたのか、リサの記事は「業界人」の間でも様々に意見の分かれるこのブームの背景に、鋭く切り込んでいくのですが、それはまた次回。(面倒でない方は、どうぞ元記事をご覧ください。)

【付記】
それにしても、マイブームとしての「驚異の部屋」熱は、この海外の剝製ブームとは独立に生じたものだと思っていましたが、よく考えたらそうではないかもしれません。

東大総合研究博物館でミクロコスモグラフィア マーク・ダイオンの[驚異の部屋]展(2002-2003)が開催されたことや、1990年代末からデロールがメディアに露出度を高め、時代の寵児となっていく過程は、この「アートとしての剥製」ブームと必ずや結びついているはずであり、そして、私は両者から強い影響を受けているので、剥製ブームの影響を間接的に蒙っている気がします。

人間の自由意志とはいったい何なのか? 私は時代の趨勢とは無関係に、自分の興味のままに振る舞ってきたつもりでしたが、実は時代の手の上で踊っていただけなのか? 考えてみると、ちょっと不気味な話です。

程よくヴンダー、程よく理科室2012年01月31日 20時29分50秒

理科室風書斎に何を求めるか。

比較的最近話題にした、トリノにある「ノーチラス」や、Vicious Sabrina的な、ダークなヴンダー路線ももちろん嫌いではありません。いや、はっきり好きと言ってもいいです。
しかし、もっと好きなのは理科室の風趣であり、学問としての博物学の味わいである…ということは、これまで何度も書いてきました。

あからさまなヴンダー路線は、何といっても面白く、感覚的な悦びを生みます。
しかし、ちょっと気を緩めると、単にゲテもの的な猟奇趣味に堕してしまう恐れもあり、理科室風書斎の実現に当たっては、その辺の「奇/驚」と「理/知」のバランスが肝要だと感じます。

そうしたことを考えていた折、これはちょっといいなと思える画像を、これまたblack‐poolさん経由で目にしました。オリジナル画像は、ニューヨーク在住の写真家、リチャード・バーンズ氏のサイトに掲載されたものです。


被写体はローマにあるTasso 高校内部。おそらく生物学教室に付属する標本室でしょう。

ワニの剥製や、鹿の頭骨が登場している時点で、濃厚なヴンダーカンマーの空気が漂いますが、周囲に並ぶ器具や薬品、それに正面にちらっと覗く教室風景に目をやれば、ここはやっぱり理科室の一部たることが明瞭で、その辺のバランスのとり方が絶妙です。言うなれば、ここは「理科室風ヴンダーカンマー」であり、「ヴンダーカンマー風理科室」というわけです。

もちろん、ここには「書斎」の要素がないので、ただちにこれが理科室風書斎のモデルとはなりえないのですが、こういう風情や空気感は大いに賞すべきものがあると思いました。

驚異の部屋さまざま2012年01月19日 23時12分17秒

昨日の記事で、「こういう驚異の部屋のパスティーシュを、どこまで真面目に受け取るべきか?」というようなことを書きました。それについて考えてみます(ヒマですね)。

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いにしえの「元祖・驚異の部屋」は、「世界全体を我が物とする」ことを目的に、あらゆる珍物を蒐め、結果的に驚異の部屋ができあがったのだと思います。


(↑元祖・驚異の部屋を彷彿とさせる、ヤン・ブリューゲル(父)とルーベンスによる合作「五感の寓意」より「視覚の寓意」(部分)、1617)

ランベルサード氏の場合はプロセスがだいぶちがいます。
彼は最初から「驚異の部屋的な空間を作り、それを興がる」ことが目的で、いかにもそれっぽい物を、ときには自らデッチ上げることも厭わず― むしろそれを創作行為として積極的に行い― そこで結果的にできあがったものは、「驚異の部屋をテーマとしたアート作品」です。

したがって、最初から目指すものが違うので、「こんなもの、驚異の部屋のまがいものに過ぎん!」と指弾するのは的外れです。その「作品」は、もともと「現代における驚異の部屋」たることを目指しているわけではなく、どこまでも「作品」であり、アートの文脈でとらえるのが妥当です。そしてアートの文脈において、やはりこれは真面目に受け取るべきです。

アートとして成功しているかどうか、それが氏の「好奇心の部屋 Mon Cabinet de Curiosités」を評価する唯一のポイントなのでしょう。
(アート、アートと、なんとかの一つ覚えのように言っていますが、アートの正体も自明ではないので、それはまた別に考えないといけないですね。)

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私の場合は、アートを志向しているわけではありませんが、「驚異の部屋的な空間を作り、それを興がる」という目的においては似ています(より正確には、目指すのは「理科室的な空間」であり、「興がる」というよりは「古びた学問の佳趣を愛でる」という点に力点があります)。

ただ、世界を手中にするという発想にも、同時に惹かれるものがあって、ランベルサード氏ほど割り切って考えることができません。何となく中途半端です。結局、その妥協点が「理科室」であり、さらには「理科室‘風’」ということかなあ…と思います。

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ここで言葉を変えると、広義の驚異の部屋には、「元祖・驚異の部屋」、「アートとしての驚異の部屋」、「インテリアとしての驚異の部屋」…etc、多様な形があると言ってもいいでしょう。

驚異の部屋の魅力とは何ぞや?というのは、上に挙げた類型によっても異なるし、また同じ類型であっても、人によってかなり違うと思いますが、すべての驚異の部屋に共通する性格は、強烈なモノへのこだわり、オブジェ志向ということではないでしょうか。

モノにパワーを認めるという点で、これは一種の物神崇拝(フェティシズム)であり、アニミズム的態度なのだと思います。

(↑1598年にその淵源を持ち、18世紀前半に整備された、ハレ(ドイツ)に残る「人工物と自然物の部屋(Kunst- und Naturalienkammer)」。出典:Patrick Mauries(著)『Cabinets of Curiosities』、Thames & Hudson、2002)

作られた驚異の部屋2012年01月18日 21時28分02秒

今日は定時に職場を出ました。
すると、まだ空がほんのりと明るいのに気付きました。
一陽来復。

暦で確認すると、わが町では12月の1か月で、10分間日の入りが遅くなるだけですが、1月に入るとぐんぐん日脚が伸びて、1か月で30分(毎日1分ずつ)も日没が遅くなるそうです。

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さて、両国では力士の熱戦が続いていますが、「天文古玩」は相変わらず人のふんどしです。

↓は驚異の部屋をテーマにしたインスタレーションの連作に取り組んでいる、フランスのカミーユ・ランベルサード氏のブログ。


Mon Cabinet de Curiosités
 http://camille-renversade.blogspot.com/

その作品の基調を成すのは、ドラゴンとキメラ、海の怪物などをテーマとした「空想博物学」の世界であり、そこにスチームパンク的味付けを施し、また(そのようなものであれば当然のことながら)、ヴェルヌへのオマージュともなっているように見受けられます。

見ていくうちに、「あ、これは…」と既視感を覚える写真に出会いました。
それも道理で、その作品の一部は、以前machidoriさんの記事で拝見したことがあったのでした(その時には、写っている部屋そのものがアート作品であるとは思いませんでした)。

■イレネー・コーネリアス博士のキャビネ・ド・キュリオジテ:Mademoiselle Loulou*
 http://mllelou.blog10.fc2.com/blog-entry-794.html

こういう驚異の部屋のパスティーシュを、どこまで真面目に受け取っていいのか迷いますが、しかしこれはある意味、驚異の部屋の「エッセンス」を意図的に強調して提示したものだとも言え、驚異の部屋の魅力とは一体何なのか、それを考える有力な手掛かりとなりそうです(考えているだけで、まだ答はありません)。

あるヴンダー趣味の徒の述懐…「ノーチラス」再訪2011年12月25日 21時21分06秒



以下、black-poolさん(http://black-pool.tumblr.com/)経由の情報です。

以前「世界のヴンダーショップ」と題してご紹介した、イタリアはトリノにある、
ノーチラス」(http://mononoke.asablo.jp/blog/2010/11/22/5527067)。
ここがますます訳の分からないヴンダーな空間になっているようです。

ソースは以下のページ。

上記の記事を、ずっと下の方までスクロールすると、店内近影がずらっと紹介されています。 【12月26日付記: 上記にアクセスできない場合は、こちらのflickrページでも画像を見ることができます。ただし、ノーチラス以外の画像もまじっています。】
もう何と表現していいのか分かりませんが、とにかくすごいです。現代のヴンダーカンマーの理想形の1つかもしれません。私の目指す理科室趣味とは、いくぶん(というか、かなり)ズレますが、興味深い空間であることは間違いありません。

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ノーチラスは、AlessandroさんとFaustoさんという2人の男性が共同経営しているのですが、上記記事には、そのうちの1人、アレッサンドロさんへのインタビューが掲載されています。

私はイタリアに行けば、こういう奇怪な店がごろごろあるのかと思っていましたが、どうもインタビューを読むと、なんぼイタリアでも、誰もが怪奇趣味に染まっているわけではなくて、ノーチラスはイタリアでもやっぱり「変な店」であることに変わりはないそうです(当り前か)。

そして、このやりとりの中には、ノーチラス誕生のエピソードに加えて、現代における、ひとりのヴンダー趣味の徒の真情(そのヴンダー観やコレクション観)が見事に語られていると思うので、以下勝手訳で恐縮ですが、インタビューの内容を切り張りして、適当訳してみました。

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(ノーチラスはいったいどのようにして誕生したのですか?)

「この店の歴史は2005年に幕を開けました。その年、我々は自らの夢を実現しようと心に決め、自分たちのコレクションをじっくりと味わい、他のヴンダーカンマー好きの人々とそれを共有できるような場として、この私的ヴンダーカンマーをオープンしたのです。

私はモノ集めが大好きで、子どものころから、カードやら、ビンのふたやら、シールやら、あるいはあらゆる蚤の市に出かけては、目に付く限りの、ありとあらゆるガラクタを集めてきました。それがある日、木製のステレオスコープを見つけたことがきっかけで、自分の内にある、古い医療機器への愛好癖を自覚し、この嗜好が後に科学の歴史のあらゆる側面に及ぶことになったのです。

ファウストのたどった道も、私のと似たり寄ったりですが、彼のほうが一枚上手です。何せ10歳のころには、自宅のガレージで、ミリタリーグッズから成る「驚異の部屋」の展示会を開き、料金を取って友達に見せていたぐらいですから。」

(商売人である以前に、あなたは何よりもコレクターだというわけですね。ご自分がなぜ蒐集をするのか、考えられたことはありますか?コレクターとはいったいどんな人種なのでしょう?)

「ノーチラスは、通常の意味での店舗ではありません。むしろ、普通の店であれば、商売を成功させるためには絶対に避けるべき要素を凝縮したものとさえ言えるでしょう。たとえば、この店はいつも閉まっていますし、売り上げも僅かです(何せお客さんが買うのをためらえば、我々の方も「やめておきなさい」と掻き口説く始末ですから)。売値は日によって変わるし、懐具合や、お客さんの惚れ込みよう、我々の執着の程度によっても変わります。もう無茶苦茶ですね。だから、経営というのは、本当に周辺的な要素なのですが、でも他にやりようがあるのでしょうか?そもそもコレクターというのは、決して物を売ろうとしない人種なのですから。

コレクターの心理については、多くの語るべきことがあります。でも、この難しい質問は心理学者か誰かにお任せしましょう。私自身が完璧だと思うコレクターの定義とは、「年をとった少年 senex puerilis / an “elderly boy”」というものです。まさにコレクターとは、2つの矛盾した側面、すなわち大人の特徴であるシニカルな知恵と、子どもの特徴である驚異を感じ取る能力とを一体化した存在なのです。コレクターは、時の呪いから古きモノを救いだし、それに新しい生命を与えるために、時の流れに抗い、それと戦う存在です。あるいは、それによって自らが永遠不滅の存在に至れると考えているのかもしれませんね。」

(ところで、ノーチラス(オウム貝)という店名を選んだのはなぜですか?この貝と何か関係があるのですか?それとも『海底2万マイル』に登場する、ネモ船長の潜水艦の名前に捧げたものでしょうか?いずれにしても、ノーチラスという名前が、外界からのある種の避難所を意味していることについて、何かお考えになったことは?)

「あなたはノーチラスの核心部分を見事に突かれましたね。我々は、ふたりともジュール・ヴェルヌの小説を読んで育ったので、ノーチラスという店名は、もちろん彼の代表作に捧げたものです。しかし同時に、そこにはこの店の2つの方向性、すなわち科学と太古の自然とが含意されており、前者は潜水艦によって、後者は貝によって象徴されています。そしてノーチラスは、たとえ一時的にせよ、日常生活から逃れて、2万海里のかなたに赴く機会を与えてくれる、ある種の象牙の塔でもあるのです。」

(このお店は、商品がきわめて適切に配置されているのが印象的です。無秩序の中に秩序を感じさせ、醜悪なモノから一種のハーモニーが生まれている、そういう矛盾をはらんだ配置法のように、私には感じられました。お二人は美術史の教育を受けられたのですか?)

「我々は芸術表現ならばどんなものでも好きですが、ただ美術に関する教育を受けたことは全くありません(私自身は電子回路の技術者です)。あなたも気づかれたように、ここにあるモノたちは、どれ1つとして無造作に置かれたものはありません。

この店の基本デザインは、ファウストの前職(彼はヨットのデザイナーでした)の賜物ですが、モノを配置するのは私の仕事で、ご覧のように、私はシンメトリーに強くこだわっています。昔のヴンダーカンマーの典型的な分類法は、私には耐えがたいものです。私はさまざまなモノを配置して、通常ならありえないような、尋常ならざる組み合わせを生み出すのが好きなのです。それによって、モノたちに新しい生命を吹き込み、これまで知られていなかった美を明らかにできればと思っています。」

(ノーチラスを訪問すると、「美」とはいったい何なのか、困惑してしまう人もいるでしょうね。この店には醜悪なもの以外に、恐ろしいものや、嫌悪感を催すもの、気味の悪いものが満ちあふれていますから。これらのモノの、いったいどこが一番気に入っているのですか?あなたにとって、「美」や「醜」とはいったい何なのでしょう?)

「私の美に関する観念は、きわめて古典的かつ伝統的なものです。そして、我々のコレクションに「醜い」モノが含まれていることは否定しませんが、しかし、もしヴンダーカンマーの中に歩み入れば、美醜はもはや考慮に値する価値基準ではありませんヴンダーカンマーが拠って立つ唯一の原理は驚異をもたらすことであり、醜悪さや恐怖をもたらすモノこそ、我々を最も驚かせるものなのです。ちょうど蝋で作られた「解剖学のビーナス」の模型がそうであるように、ときとして美は驚異と混然一体となる場合もありますが、そうなると我々は「崇高さ」について次に議論しなければならなくなるでしょう。」

(あなたがなぜこういったモノを好むのか理解できない、という理由で、あなたの趣味を批判する人も多いと思います。あなたの奇妙な趣味について質問を受けたり、あるいはそのせいで変人扱いされたことはおありですか?)

「ええ、ご想像の通り、そうした質問を受けることは多いです。たぶん、世界には2種類の人間がいるのでしょう。ノーチラスに足を踏み入れる人間と、そうしない人間と。まあ、こういうとちょっと大げさかもしれませんが、実際そうだと思いますよ。

私は確かに奇妙なモノに心を奪われ続けてきましたが、唯一それだけが驚異をもたらすものだというわけではありません。驚異の念を生むには、未知であること、通常とは異なること、予期せぬものであることが必要です。

気味の悪さは、たしかに私のコレクションの一側面ですが、ホルマリン漬けの解剖学標本や胎児のような、きわめて恐ろしい品であっても、私はそこに気味悪さを感じることはありません。個人的に言わせてもらえば、現在の社会がふつうに受け入れている言論の中にこそ、私はいっそう気味の悪い、醜悪なものを感じ取っています。ともあれ、この問題はきわめて個人的な要素が強いものでしょう。

“この場所で過ごすのが怖くないんですか?”と尋ねられることもよくあります。でも、その度に、“私にとっては、この場所を離れることの方が、よっぽど怖ろしいのです”と答えることにしています。いったい本当の変人とは誰なんでしょうね?」

魅惑の Personal Wunderkammer “ひとり驚異の部屋”2011年12月03日 13時23分17秒

ついに師走。今週は早めの忘年会があったりして、すでに年末モード全開です。
ひと月ぐらい前までは、依然秋の気分でしたし、「今年の夏も暑かったねえ」みたいな呑気な会話を交わしていたので、年の暮れはずっと先のことだと思っていました。
しかし、1か月ぐらいはすぐ経ってしまいますから、そうなると「もう12月!」という恐るべき事実といきなり直面させられ、呆然としてしまう…だいたい毎年そんなことの繰り返しです。今年もやっぱりそうでした。本当に1年はあっという間ですね。

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さて、ジョバンニの話題の合間に、別のことも書いてみます。

自分だけの驚異の部屋を志す人が、日本にどれぐらいいるのか?…という話題を以前書いた気がします。驚異の部屋に憧れる一人として、そういう部屋を拝見する機会があれば是非に、と思っています。
ただ、そういう方は私秘性を大事にされているのか、なかなかお目にかかる機会がありません。

そんな中、恐竜/古生物の復元模型を手掛けておられる徳川広和氏が、同じくプロの恐竜の復元画家である小田隆氏のアトリエや、進化生物学者の倉谷滋氏のご自宅を訪問された記事をブログ(ふらぎ雑記帳 http://fragi.blog70.fc2.com/)に書かれているのを発見しました。
これらのお部屋は、ヴンダーカンマーそのものではないかもしれませんが、それを目指す上で参考になると思い、引用させていただきます。

■小田隆さん宅訪問
 http://afragi.exblog.jp/857118/

■ニクイお部屋訪問2〔←こちらが倉谷邸訪問記です〕
 http://fragi.blog70.fc2.com/blog-entry-261.html

それぞれ2005年、2008年の記事ですから、現況とは少し違っているかもしれませんが、小田氏のアトリエは、いかにもワークルームという感じの機能美を見せており、スペースもゆったりしていて、とても快適に作業ができそうです。

いっぽう倉谷氏のご自宅は、博物趣味の濃いインテリアに思わず目を奪われ、まさに「ニクイお部屋」と嘆息せざるをえません。窓一面に神戸の夜景…というのも、素敵ですね。

こういうお部屋を拝見すると、わが身を省みて「貧というのは辛いものだ」と、つくづく思います。もちろんただ嘆いているだけではダメで、できる範囲で努力しないといけないのでしょうが、しかしそれにしても…

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これまでなぜか無かった「驚異の部屋」のカテゴリーを新設しました。過去の記事も順次整理できればと思います。あと「博物館」、「ヴンダーショップ」、「長野まゆみ」なども独立したカテゴリーとすることを思案中。

驚異の部屋に弱点あり2011年10月01日 15時42分11秒

驚異の空間を求めて、部屋に異常なモノを並べては、これまで一人悦に入っていました。
個人の趣味ですから、別にそれはそれで良いわけですが、しかし、いざ「日常」と対峙するときに、恥ずかしい思いをすることもあるゾ…ということを、他の方への警告として書いておきます。

先日、光回線の工事にNTTの人が来た時が、まさにそうでした。
工事の担当者は特に何もおっしゃらなかったですが(客商売としては当然でしょう)、工事に立ち会った私としては、よくて変人、悪くすると変態と思われるんじゃないか…と、内心ヒヤヒヤしていました(私にもまだ人の目を気にするだけの分別はあるのです)。

あるいは自意識過剰なのかもしれませんが、しかし部屋に入ったら、いきなり人体模型や骨格模型がお出迎えというのは、相手にとってはイヤじゃないでしょうか。少なくとも、得体の知れない部屋の主と、人体模型の前で差し向いで過ごすのは、気詰まりな経験には違いありません。予めケースの前に布を垂らそうかとも思いましたが、はく製や標本は隠しきれないし、中途半端に隠すと、かえってものすごく怪しいような気がして、結局、豪放磊落なふりをして素のままで先方を迎え入れたのでした。

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待望の光がやってきましたが、依然通信の不調は続いています。
とりあえず「つながらない」状態はなくなりました。しかし、つながっても異常に遅いときが頻繁にあります。そういうときは、計測すると0.1Mbbsを切っていて、ウェブはまともに見れないわ、メールは受信中にタイムアウトになるわで、もうどうにもなりません。でも、たまに30Mbbsを超えるスピードで、何でもサクサク動くときもあります。その差が何に由来するのか、さっぱり原因がわかりません。しばらくは試行錯誤の日々が続くでしょう。

そんなわけで、例の仕事もまったくはかどらず、出るのはため息ばかりです。