しばし頭を垂れ、そして歩み出す2017年06月16日 21時34分57秒

「冬の時代」にも夏はやってきます。
夏至を前にして、なかなか暑いですね。

でも、暑さを顧みず、昨日は黒ネクタイを締めて出勤しました。国会の――「民主主義の」とは、敢えて言いますまい――死に対して、ささやかな弔意を表したいと思ったからです。まあ、単なる自己満足に過ぎないんですが、自己満足でも何でも、そうしなければならない気分の時があるものです。

さあ、国会の墓碑に一輪の白い花を手向けたあとは、再び「天文古玩」のルーチンワークに戻ることにしましょう。

蛙も首を長くして待っています。

民主主義のうねり高し2017年06月15日 07時00分41秒

国民の代表たる首相の下、自由と民主をうたう大政党が、民主主義を謳歌しながら、のびのびと議会運営をするのを目の当たりにして、大いに瞠目しています。

いろいろ話題の北朝鮮が「民主主義人民共和国」を名乗り、最高指導者が最高人民会議という名の議会を統べて、万事処している様子に、報道で日々接しているので、「北朝鮮に負けるな、北朝鮮以上の民主主義国家を目指せ」という勇ましい気概が、永田町に満ち満ちても、ことさら異とするには足りません。

とはいえ、私には北朝鮮が手放しでお手本とすべき国家とは思えないので、最近の永田町を覆う空気には首をかしげざるを得ません。
永田町の諸氏は気づいてないかもしれませんが、日本には日本の良さがありますから、そんなにやみくもに隣国の真似をしなくても良いのにと思います。

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「耳掃除は必ず右の耳から始めること」
…という法律が出来ても、あまり痛痒は感じないでしょうし、別に恐るるに足りません。
でも、そんな阿呆な法律が通る世の中、通す政治家は、まことに恐るべきものです。

共謀罪もそれと似ています。
もちろん共謀罪は耳掃除よりも深刻で、今後、恣意的な捜査・逮捕がまかり通ることで、多くの非行・蛮行が行われることは確実です(というか、それこそが法の目指す所でしょう)。それには、はっきりと反対し続けねばなりません。

しかし、そんな悪法が堂々と通る世の中、易々と通す政治家こそ、共謀罪以上に恐るべきものという気がします。こちらについて、一体どのように対処すればよいのか?

今後も、<呑気・自由・大らかさ>の旗を降ろす気はないので、「天文古玩」自体はまったく変わらぬ姿勢で続けるにしても、一人の国民として、「こんな世の中」をどのような顔で生き、「こんな政治家」に向って何を語ればいいのか?

途方に暮れて空を見上げても、星は涼しい顔です。
いっそ憎らしいぐらいですが、たぶんその答を星に問うべきではなく、今は私自身が星に問いかけられている場面なのでしょう。

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それにしても、無理が通れば道理が引っ込むとは、よく言ったものです。

表明2017年06月13日 22時22分09秒

この時期にカエルの腑分けの話ばかりしていると、腑抜けと思われるかもしれないので、あえて表明します。私の考えは、これまで折に触れて書いてきたので、今さら感もありますが、今日は「閑語」ではなく、「天文古玩」として正式に述べます。

「天文古玩」の管理人として、共謀罪にはきっぱりと反対です。
それは「天文古玩」の基本精神である、<呑気、自由、大らかさ>にそむくものです。

夜明けのプラネタリウム2017年06月07日 06時58分02秒

暗い夜が明け、鳥たちのさえずりが静かに聞こえます。
美しい朝焼け空を背景にしたブール・プラネタリウム。


プラネタリウムが目覚めると同時に、星たちは眠りにつき、今度は星々の見る夢が、はなやかに円天井に投影される番です。もうすぐ「夜の幻」の上演が始まり、子どもたちの歓声が、にぎやかに聞こえてくることでしょう。

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…というふうに書いたら、一連の記事がきれいにまとまりそうですね。

でも、さっき方位を確認したら、ブール・プラネタリウム(現・ピッツバーグ子どもミュージアム別館)の建物は、南側が正面で、絵葉書に描かれている彩雲は、北の空に浮かんでいる格好になります。したがって「朝焼け空」と見なすのは一寸きびしいかも。

それに、上の絵葉書は過去記事(http://mononoke.asablo.jp/blog/2009/10/27/)の単なる使い回しに過ぎません。現実はなかなか思い通りには御しがたいです。


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▼閑語(ブログ内ブログ)

 織田がつき 羽柴がこねし 天下餅
  座りしままに 食うは徳川

安倍政権がいよいよ泥船化し、おそらく党内には「我こそ徳川たらん」と、情勢の見定めに余念のない御仁もチラホラいることでしょう(すでに観測気球らしきものも見受けられます)。しかし、「あっさり明智となって終わるのは御免だ…」ということで、さまざまな駆け引きが、水面下で必死に行われているように想像します。

こういうとき、世間が「安倍さん以外なら誰でもいい」という倦み疲れた気分に覆われていると、思わぬ奸雄・梟雄(かんゆう・きょうゆう)にしてやられる可能性があります。
「いざ!」と名乗りを上げた人を英雄視する前に、その心底をよくよく見定める必要があると、これは強い自戒を込めて思います。

「閑語」のサルベージ2017年05月27日 05時12分37秒

政治向きの話で恐縮です。
でも、こうやって恐縮するぐらい、「天文古玩」で政治向きの話をするのは、不似合いだという自覚はあります。

美しい天文アンティークや、古き良き理科室を語る場に、生々しい政治の話は不向きだし、それを期待して、このブログを訪問する人もいないでしょう。それに、半可通なことを言って、ひんしゅくを買うのも恥ずかしい気がします。

そんなわけで、政治向きのことで何かおぼしきことがあっても、下書きのみで思いとどまったことは、これまで頻々とありました。

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しかし、ですよ。

安倍さんの例の「そもそも」の語義をめぐる珍答について、「政府は26日の閣議で〔…〕安倍晋三首相が引用した「そもそも」の語意について『首相が自ら辞書を引いて意味を調べたものではない』とする答弁書を決定した。」…というニュースに接したら、いったいどんな顔をすればいいのか?

もちろん、政権側は「野党から質問があったので、私どもは誠実に回答したまでです」と、薄ら笑いを浮かべて答えるつもりでしょうけれど、その「誠実さ」が、森友や加計の問題でどれだけ示されたのか、まったく馬鹿も休み休み言えと、怒り心頭です。

(そもそも辞書で調べてもいないのに、「辞書で調べたら…」と1人称で語ることが許されることかどうか。まずは「ごめんなさい、辞書で調べたと言ったのはウソでした」と謝るのが先じゃないかと思うんですが、安倍さんには、そんな気もないようです。)

   ★

さらに、ここ2~3日の政治面を見ていて、ちょっと気にかかることがあるので、お蔵入りしていた「閑語」の下書きを、ここで少し引っ張り出します。

以下は、今年の3月下旬に、中学武道の種目に「銃剣道」が追加されたことを受けて書いたもの。

--------------------(下書き引用①ここから)--------------------------

▼閑語(ブログ内ブログ)

それにしても、「天文古玩」を書きにくい世の中ですね。

私は基本的に竹林の奥とか、瓢箪の中とか、そいう世間から離れた場所でボンヤリするのが好きで、別に(ドン!)と机を叩くのが好きなわけではないのです。
それなのに、最近は「どうぞ叩いてくれ」と言わんばかりの出来事が多くて、なかなかボンヤリしている暇がありません。

今日も今日とて、いったい文科省の中で何が起きているのか、思わず天を仰ぎました。

先日の天下り問題については、「けしからん!」と誰もが思ったでしょうが、不思議なのは、同じような問題は他省庁にもあるはずなのに、そちらには飛び火せず、完全に文科省をピンポイントで狙った放火の格好で終わったことでした。

そして、ここに来て道徳問題、教育勅語問題、銃剣道問題と、文科省から珍妙な方針が続けざまに打ち出されています。

普通に考えれば、天下り問題は政権側のリークであり、「ちょっと文科省の連中を締め上げたろか」という、後ろ暗い「工作」の気配が濃厚です。その後の奇妙な反動路線は、文科省の上層部が「工作」に屈した証拠なのかな?とも思うのですが、どうもその辺がボンヤリしています。あるいは、森友問題の逆風が吹く今のタイミングに合わせて、文科省にアドバルーンを上げさせて、世間の風向きを読んでいる…ということでしょうか。

まあ、あんまり深読みしてもよくないですが、でもそんなことを考えたくなるぐらい、あまりにも変なことが多いです。

--------------------(下書き引用①ここまで)--------------------------

今にして思えば、このころすでに加計問題が大きな火種となっていたことが明瞭です。
リアルタイムでは分からなくても、後で振り返ると、全体の構図がよく見えることは多々ありますが、これもその一例でしょう。

さらに返す刀で、もうひとつ下書きを復活させます。
これを書いた時も、相当腹に据えかねましたが、ぐっと抑えました。でも、抑えなければならない必然性もないので、開陳します。いつ書いた文章かはっきりしませんが、批判としては時間を超えて有効と思います。

--------------------(下書き引用②ここから)--------------------------

▼閑語(ブログ内ブログ)

「私はそんなことしてませんよ。」
「私がしてないことの証明はね、『悪魔の証明』と言って、そんなことは出来ないんですよ」
「私がやったと言うなら、その立証責任はあなたにある」

現首相の安倍氏は、しょっちゅうそう大見得を切ります。
確かにこれは論理的に正しい発言です。でも、論理的に正しくても、それが社会的に認容されるかどうかは別の問題です。

   ★

「この薬に重大な副作用なんてありませんよ。」
「副作用がないことの証明はね、『悪魔の証明』と言って、そんなことは出来ないんですよ。」
「副作用があるというなら、その立証責任はあなたにある。」

これも論理的には正しいです。
でも、同時に「正しいけれども正しくない」主張です。

なぜなら、ここで求められているのは、「副作用がゼロであることの論理学的証明」なぞではなくて、「副作用の危険性は、ほぼ無いと言えるか。それを裏付けるデータはあるか」であり、それは動物実験とか、人体への治験とか、その後の疫学調査とかによって、十分提出可能だからです。

ここで関係者に求められるのは、「副作用の有無」という単純なレベルにとどまらず、「想定される副作用のリスク」と「薬が持つプラスの効果」とを比べて、どこまでリスクを認容できるかという、プラクティカルな判断であったり、あるいは実際に副作用で問題が発生した場合、どのように対応すべきかという実際的な問題なのです。「悪魔の証明」というフレーズを無邪気に持ち出して事足れりとしていいシチュエーションでは全くありません。

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そしてまた、論理というのは誰が誰に向って言っても同様に妥当するはずですが、仮にこの発言を、以下の文脈に置いてみたらどうでしょう?

 ①製薬会社が厚生労働省に言った場合
 ②製薬会社が患者に言った場合
 ③厚生労働省が患者に言った場合

すべて等しく容認されるかどうか?
いかなる立場を取るにせよ、少なくとも①の場合、その発言が容認されると考える人はいないでしょう。論理的に正しくても認められないことや、むしろ認めないことが正当な場合もあることは、この例からも分かるでしょう。

安倍氏の場合、「悪魔の証明」という、印象的なフレーズを使ってみたくてしょうがない幼児性を強く感じます。でも、立派な格言を引用するなら、「Absence of evidence is not evidence of absence(証拠の不在は、不在の証拠にはならない)」という、よりポピュラーなフレーズも念頭に置いてほしいものです。

--------------------(下書き引用②ここまで)--------------------------

腹立ちまぎれに感情をぶちまけるのは、はしたないことだと思います。
でも、それも場合によりけりです。
今は怒ってもよいときだと、私の中の冷静な自分が告げています。


彗星酒造の青い灰皿2017年05月17日 07時08分54秒

昨日の夕空は、朱と紫が入り交じった、ちょっと凄みのある夕焼けでした。
ここしばらく地味な画像が続いたので、少し色のあるモノを載せます。

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フランスといえばワイン…という連想が働きますが、19世紀のフランスでは、パリでも地方でもビールが大層人気で、人々は店先で黄金色の液体をグイとあおって、大いに渇を癒やしたものらしいです。しかし、地元の醸造所が流行ったのはせいぜい戦前までで、フランスもご多聞に漏れず、その後はハイネケンなんかに席巻されてしまいます。

そんなフランスの地元メーカーのひとつに、19世紀から続く「コメット酒造(Brasserie de la Comète)」という、素敵な名前の会社がありました。ここは戦後もずいぶん頑張っていたそうですが、結局、他社と統廃合の末、1980年代に歴史の彼方に消えていきました。

そのコメット酒造の代表的なビールの銘柄が、「スラヴィア(Slavia)」です。


上は「スラヴィア」ビールの販促用、あるいは店舗用に作られた灰皿。
彗星の尾に「グルメのビール、スラヴィア」の文字が浮かんでいます。

どうです、この色、このデザイン。カッコイイでしょう。


材質はプレスガラス、発色はコバルトだと思います。
この色は、カメラだと青味が強く出て、目で見たままの色を再現するのが難しいですが、上は画像を調整して、見た目に近づけました。ご覧のように紫色を帯びた美しい青です。


青紫のガラスの夜を翔ぶ金色の彗星。
これは足穂氏にぜひ見せたかった…


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▼閑語(ブログ内ブログ)

土産物屋で見かける「親父の小言」グッズ。
あれはなかなか含蓄に富んでいて、「人には馬鹿にされていろ」なんていうのも、つまらないことに腹を立てがちな自分としては、座右の銘にしたいぐらいです。

しかし、「馬鹿に馬鹿にされるいわれはない!」と、さすがの親父の小言も役に立たないことが最近多くて、いくら親父に「人には腹を立てるな」と言われても、やっぱり腹を立ててしまいます。

よその家のお嬢さんが婚約されて、まあお目出度いことだねと思いますが、それを現下の状況下で「スクープ」して、目くらましを図ろうとするNHKの心根たるや―。
ことが慶事だけに、それを利用しようとするのは、この上なく下品で下劣だと思います。

空の旅(15)…日食地図2017年05月04日 10時23分20秒

今回の「空の旅」はレプリカも多くて、ちょっと展示に弱さがありました。
それを補う、何かアクセントになるものを入れたいと思って、19世紀初めに出た美しい「日食地図」をラインナップに加えました。

(販売時の商品写真を流用)

■Cassian  Hallaschka(著)
 『Elementa eclipsium, quas patitur tellus, luna eam inter et solem versante
  ab anno 1816 usque ad annum 1860』
 (地球と月、そしてそれらが巡る太陽との間で生じる1816年から1860年までの
 日食概説)


「1816年にプラハで出版された日食地図。1818年から1860年にかけて予測される日食の、食分(欠け具合)と観測可能地点を図示したもの。日食の予報は、天文学の歴史の中でも、最も古く、最も重要なテーマのひとつでした。」


オリジナルは107ページから成る書籍ですが、手元にあるのは、その図版のみ(全22枚ののうちの11枚)を、後からこしらえたポートフォリオ(帙)に収めたものです。
その表に貼られているのは、オリジナルから取ったタイトルページで、図版はすべて美しい手彩色が施されています(各図版のサイズは、約25.5cm×19.5cm)。

(タイトルページに描かれた天文機器)

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ここでネット情報を切り貼りして、補足しておきます。

著者のフランツ・イグナーツ・カシアン・ハラシュカ(Franz Ignatz Cassian Hallaschka、1780-1847)は、チェコ(モラヴィア)の物理学者。
ウィーンで学位を取り、母国のプラハ大学で、物理学教授を長く勤めました。今回登場した『日食概説』も、同大学在職中の仕事になります。

上記のように、日食の予報は洋の東西を問わず、天文学者に古くから求められてきたもので、その精度向上に、歴代の学者たちは大層苦心してきました。

そうした中、ハラシュカが生きた時代は、ドイツのヴィルヘルム・ベッセル(1784-1846)や、カール・ガウス(1777-1855)のような天才が光を放ち、天文計算に大きな画期が訪れた時代です。ハラシュカの代表作『日食概説』も、日食計算の新時代を告げるもので、そうした意味でも、「空の旅」に展示する意味は大いにあったのです。


さらに、この地図の売り手が強調していたのは、当時まだ未踏の北極地方の表現が、地図史の上からも興味深いということで、確かにそう言われてみれば、この極地方のブランクは、科学の進歩における領域間の非対称性を、まざまざと感じさせます。(北極以外も、このハラシュカの地図には、16世紀の地図のような古拙さがあります。)


遠くの天体の位置計算がいかに進歩しようと、足元の大地はやはり生身の人間が目と足で確認するほかないのだ…などと、無理やり教訓チックな方向に話を持って行く必要もないですが、当時はまだ広かった世界のことを思い起こし、そこから逆に今の世界を振り返ると、いろいろな感慨が湧いてきます。


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▼閑語(ブログ内ブログ)

ハラシュカの地図じゃありませんが、生活者たる身として、遠い世界と同時に身近な世界のことも当然気になります。

安倍氏とその周辺は、公然と改憲を叫び、共謀罪の成立を目指しています。
その言い分はすこぶるウロンですが、それを語る目元・口元がまたウロンです。

何せ、スモモの下では進んで冠を正し、瓜の畑を見ればずかずかと足を踏み入れ、そして袂や懐を見れば、何やらこんもり重そうに膨れている…そんな手合いですから、その言うことを信じろと言う方が無理です。

彼らは冠よりもまずもって身を正すべきです。
議論は全てそれからだと私は思います。

空の旅(5)…イスラムの暦術書2017年04月18日 23時02分49秒

さて、これまでのところは、カタラン・アトラスから始まって、天文石板、アストロラーベと、みんな複製品でした。天文アンティークも、時代をさかのぼるとなかなか本物を手にすることは困難です。

簡単に手に入るのは、ここでもやっぱり紙物で、今回はこんなものも並べました。

(紙片のサイズは約22.5×18cm)

傍らのプレートの説明は、以下の通り。

 「イスラム暦術書の零葉 「1725年、北アフリカのイスラム世界で編纂された暦書の一頁。太陽・月・惑星の位置を計算するためのパラメーターをまとめたもの。こうした天文表の歴史は非常に長く、イスラム以前のササン朝ペルシアの頃から、各種作られてきました。」

何となくもっともらしく書いていますが、これは売り手(フロリダの写本専門業者)の説明と、ネット情報を切り貼りした、完全な知ったかぶりに過ぎません。
私にその当否を知る術はなく、そもそも写真の上下の向きがこれで合っているのか、それすらも自信がありません。それでも、これが天文表の一部であることは、その体裁から明らかでしょう。

(裏面も同様の表が続きます)

この種の天文表を、イスラム世界では「Zij」――この名称は織物の「縦糸と横糸」に由来する由――と称し、説明プレートにも書いたように、これまで多くのZijが作られてきました…というのも、さっき英語版wikipediaの「Zij」の項を見て知ったことです(https://en.wikipedia.org/wiki/Zij)。

(インクには膠(にかわ)質の成分がまざっているのか、角度によりポッテリと光って見えます)

18世紀といえば、すでに西洋の天文学が、近代科学として確立した後の時代ですから、今さらイスラム天文学の出番でもなかろうとも思うのですが、ちょっと想像力を働かせれば、この1枚の紙片の向うに、古のイスラム科学の黄金時代が鮮やかに浮かび上がる…ような気がしなくもありません。

(ページの隅に圧された刻印が、いかにもイスラム風)


(この項つづく)


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▼閑語(ブログ内ブログ)

ふと、今は幕末の世なのか…と思うことがあります。
その独断的な強権姿勢が、井伊直弼の姿を彷彿とさせるからです。
でも、眼前に見る奢り高ぶりや、浅ましい腐敗の横行を見ると、むしろ古の平清盛や、鎌倉を滅亡に導いた北条高時に、一層近いものを感じることもあります。

いずれにしても、勝手専横な振舞いや、強権腐敗は道義の退廃を招き、阿諛追従のみの愚かな取り巻き連中は、その主を守る力や気概を急速に失い、そうなると政権が自壊するのも時間の問題だ…というのが、歴史の教えるところです。

安倍氏も、せめて晩節だけは汚さぬよう、そして過去の権力者たちのような悲惨な最期を遂げぬよう(清盛は異常な高熱に斃れ、高時は自刃し、直弼は桜田門外の雪を朱に染めました)、よろしく身を処していただきたいと切に思います。

花祭り2017年04月08日 12時36分04秒

何だか久しぶりの休日であり、久しぶりの記事です。
せっかくなので、雨に濡れた桜でも見ながらのんびり過ごそうか…と思いましたが、気鬱なニュースが紙面と画面を埋め尽くし、何をどう言えばいいのか途方に暮れます。

でも、ふと気付けば、今日は4月8日の花祭りですね。
釈迦が世界と衆生を救うために、ゴータマ・シッダルタとしてこの世に生まれたとされる日。

幼い釈尊に対する信仰は、幼な子イエスに対するそれと同様、「無垢にして無限の可能性を秘め、曇りなき叡智を持った存在」という、幼子が持つシンボリズムに基づくものでしょう。一言でいえば、幼子は人類の「希望」の象徴です。


いつものゴチャゴチャの中に置かれた誕生仏。


その瞳は静かに閉じられていますが、透徹した金剛の智は生死の間をはるかに超え、その意識は宇宙大に及びます。


仰ぎ見る幼子の姿。
左右の手で天地を指さし、「天上天下唯我独尊」を告げる、幼き釈迦如来。

   ★

「唯我独尊」というのは、本来厳かな意味のはずですが、世界には他者を見下す人が多いせいか、いつの間にか「独善的」と同義の、悪い意味で使われることが増えました。でも、独善が過ぎて、幼き者の前で素直に頭を垂れ、そこに一種の畏れや敬意を抱かない人がいるとすれば、その人はお釈迦様の境地から最も遠いところにいるのではないでしょうか。

   ★

幼子に勇気をもらって、壊れかけた世界の中で「天文古玩」を再開します。

ギンヤンマの翅に宿る光と影2017年03月23日 06時58分41秒

家人の体調が思わしくなく、いろいろ不安に駆られます。
人の幸せや平安なんて、本当に薄皮1枚の上に成り立っているのだなあ…と痛感させられます。

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先日、奥本大三郎氏の昆虫アンソロジー『百蟲譜』を読みました。
さらにそこから思い出して、同氏の『虫の宇宙誌』を再読していました。

(奥本大三郎 『百蟲譜』、平凡社ライブラリ、1994/同 『虫の宇宙誌』、集英社文庫、1984)

前にも書いた気がしますが、私は後者に収められている「昆虫図鑑の文体について」という文章を、ひどく気に入っています。

「昆虫趣味」から「昆虫図鑑趣味」へ…というのも、趣味のあり方として、かなりの変格ですが、さらに図鑑に盛られた文体を論じるとなれば、これはもうスピットボール並の、超のつく変革です。でも、変格のようでいながら、奥本氏の感じ方は、やっぱり昆虫好きに共通する心根であり、正当な本格派である気もします。

そんな奥本氏が、古い昆虫図鑑の向うに見たイリュージョン。

 「当時〔小学生のころ〕、平山図譜〔平山修次郎(著)『原色千種昆蟲図譜』〕のギンヤンマの図版を見ると、きまって一つの情景が浮かんできた。夏の暑い昼下り、凛々しい丸坊主の少年が、風通しのよい二階の畳の上に腹這いになって、興文社の「小學生全集」の一冊を見ている。すると下から「お母さま」の、「まさをさーん」と呼ぶ声がする。その高い声は、雨ふり映画のサウンド・トラックから出た声のように語尾がふるえて聞こえるのである。」 (文庫版p.65。〔 〕内は引用者)

(ギンヤンマ。平山修次郎 『原色千種昆蟲図譜』、昭和8年(1933)より)

 「そういう、いつかの夢で見たような、フシギな、なつかしい情景が、ギンヤンマの図と結びあって私の頭の中に出来上ってしまっていた。まさか前世の記憶という訳でもあるまい。私が戦前の少年の生活など知っているはずはないのだ。多分うちにあった昔の本や、「少年クラブ」に載った、まだ戟前の余韻を引いている高畠華宵や山口将吾郎それに椛島勝一の挿絵その他のものが頭の中でごっちゃになっていたに違いない。ともあれ私は、平山図譜の、その本の匂いまでが好きになった。何でも戦前のものの方が秀れていて、しつかりしている……本でも、道具でも。そういう固定観念がなんとなくあったような気がする。」 (同pp.65-66)

(同上解説)

奥本氏は昭和19年(1944)生れですから、ご自分で言われるほど、「戦前の少年」と遠い存在でもないように思うのですが、でも、そこには終戦という鮮やかな切断面があって、やっぱり氏にとって「戦前」は遠い世界であり、遠いからこそ憧れも成立したのでしょう。

この思いは、何を隠そう私自身も共有しています。
別に、「戦前のものだからエライ」ということはないんですが、でも「これは戦前の○○なんですよ」と書くとき、私は無意識のうちに「だからスゴイんだぞ!」というニュアンスを込めているときが、たしかにあります。

この辺は、大正時代に流行った「江戸趣味」に近いかもしれません。
大正時代には、江戸の生き残りの老人がまだいましたが、「江戸趣味」にふけったのは、江戸をリアルタイムで知らない若い世代で、知らない世界に憧れるのは、いつの時代にも見られる普遍的現象でしょう。

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と言いつつも、「戦前」を手放しで称賛するわけにはいきません。
やはり「戦前」は、暗い面を持つ、無茶な時代でした。
以下、いつもなら「閑語」と称して、別立てで書くところですが、連続した話題なので、そのまま続けます。

   ★

治安維持法よろしく共謀罪を国民支配の恰好の道具と考え、戦前のこわもて社会の再来を待ち望む人が、見落としていることがあります。

それは、戦前への回帰はもはや不可能だ…という、シンプルかつ冷厳な事実です。
なぜなら、あれほど強権的な政治が行われたのに、戦前の社会が活力を維持できたのは、為政者が潤沢な人的資源の上にあぐらをかき、人的資源の浪費が許された時代なればこそだからです。

端的に言って、明治以降の日本の発展と対外膨張策を支えたのは、近代に生じた人口爆発であり、その担い手は「農村からあふれ出た次男坊、三男坊」たちでした。

しかし、今の日本に、もはや浪費し得る人的資源はありませんし、それを前提にした社会も成り立ちようがありません。農村には次男・三男どころか、長男もおらず、農村そのものが消失してしまいました。

かといって、都市部が新たな人口の供給源になっているかといえば、まったくそんなことはなくて、今や日本中で出生率の低下が続いており、東京なんかは地方の消滅と引き換えに流入する人口によって、一見活況を呈していますけれど、遠からず都市機能の維持が不可能になることは目に見えています。

「じゃあ、それこそ『産めよ増やせよ』か」
…と言われるかもしれませんが、為政者に差し出す「壮丁」を増やすための政策なんて真っ平ごめんです。

それでも、この社会をきちんと次代に引き継ぐつもりなら、もはや「戦前ごっこ」に興じたり、弱い者いじめをして喜んだりしている暇はなくて、子どもの貧困問題にしろ、経済格差の問題にしろ、介護現場の悲鳴にしろ、もっと真面目にやれと、声を大にして言いたいです。

役人は作文が上手なので、各種の白書とかを見ると、いかにも長期的なビジョンがあるように書かれていますが、実態はその場限りのやっつけ仕事が大半で、まったく信が置けません(中には真面目なお役人もいると思いますが、そういう人ほどたくさん仕事を抱えて、じっくり考える余裕がないように見えます)。

「今こそ百年の計を」(ドン!)と机をたたいて然るべき局面だと、私は思います。
これ以上、民を委縮させ、痛めつけるようなことをして、そんな馬鹿が許されるものか(ドン!)と、ここで再度机を叩きたい。