星と花2014年07月12日 13時55分46秒


(賢治が昭和3年(1928)に、花の名前を書き付けた「メモ・フローラ手帳」の紹介記事。雑誌「アルビレオ」創刊号、1994より)

7月8日の記事で、ガラスの天球儀を取り上げた際、「地上の星を花といゝ、みそらの花を星といふ」という文句が、島崎藤村のものとして引用されている文章を紹介しました (http://mononoke.asablo.jp/blog/2014/07/08/7382844#c)。

すかさずS.Uさんに教えていただいたのは、これは藤村ではなく、室生犀星が出典ではないか、ネット上では犀星のものとして引用されている例が多いようだが…ということで、併せて土井晩翠の「天地有情」(1899)や、宮沢賢治の「ひのきとひなげし」にも似たような言い回しが出てくることをご教示いただきました。(前者は「み空の花を星といひ/わが世の星を花といふ。」というもので、後者は「あめなる花をほしと云い/この世の星を花という。」というものです。)

(リンドウの1品種「アルビレオ」。出典同上)

ここまで来ると、これは当時流行の言い回しで、明治の新体詩ブームの中で紹介された外国の詩が原典ではないか…と私なりに想像し、検索して見つけたのがYahoo知恵袋に挙がっていた下の詩。(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1086988725

If stars dropped out of heaven,
And if flowers took their place,
The sky would still look very fair,
And fair earth's face.
Winged angels might fly down to us
To pluck the stars,
Be we could only long for flowers
Beyond the cloudy bars.


イギリスのクリスティーナ・ロセッティ(Christina Georgina Rossetti、1830-1894)の作で、ベストアンサーで示された訳は以下のとおり。

星が天から降ってきて、
(その星があった場所に) 花がとって代わったとしても、
空は依然として(花で)とてもきれいだし
地表も(星で)とてもきれいだろう。
羽のついた天使が私たちのもとに降りてきて
星をつまんでもっていくかもしれない。
同じように、わたしたちも
曇の向こう側にある花に思いこがれるだろう

   ★

思うに、星を天上の花に喩えるのはステロタイプな表現として、昔から類例は多い気がします(美しいものイコール花という、単純な発想ですね)。

たとえば、パパっと検索したところ、フランスの詩人、アルフォンス・ド・ラマルティーヌ(Alphonse de Lamartine, 1790-1869)の「Les étoiles(星々)」と題した詩にも、下のような句があって、意味はよく分かりませんが、星の美を天上の花に喩えているようです。

Beaux astres! fleurs du ciel dont le lis est jaloux,
J'ai murmuré tout bas : Que ne suis-je un de vous?

いっぽう、花を地上の星に喩えるのは、当初こそ機知に富んだ新趣向だったかもしれませんが、こういうのは「白扇さかしまに懸く富士の山」の類で、模倣によってすぐ陳腐化するのは避けがたいところです。

   ★

結局「地上の星、天上の花」の原典は今ひとつよく分かりませんが、ひょっとして、英文学徒だった野尻抱影が、これについて何か言ってないだろうか?と思い付いて、手元の本をパラパラめくってみました。

果たして、彼の天文随筆『星三百六十五夜』(初版1955)には、「星と花」という一文があり、これだ!と思ったのですが、案に相違して、その内容は「星に花の香りを当てるとすれば…」という、一種の見立ての文章でした。まあ、目論見は外れたものの、抱影先生も実に艶なことをすると思い、ごく短い文章ですので、下に全文を引用しておきます。

「星と花」
 
 

 アンリ・ド・レニエは、『ドンク』(さて)の中に

 ― 宝石には匂いがあって欲しいものだ。私はダイヤモンドの鋭い凍った匂い、エメラルドのすっぱい新鮮な匂い、ルビーの重い、荒荒しい匂い、オパールのそこはかとなき、ほのかな、名酒の薫り、真珠の女性的な、底光りのする香気を想像する。(河盛好蔵氏訳)

と書いている。これを読んで、私は、もし星に花の香を持たせたらと空想して、星好きの若い女牲たちにそれを考えてもらった。優秀なものも多いが、匂いは附け足りで色の似寄りだけのがあるのも仕方がない。また、冬ほど大きな星が多いのだが、反対に花は乏しいので、取り合わせに困難である。

  三つ星  フリージア        ベテルギュース  紅つばき
  リゲル  白つばき         カペルラ  君子蘭
  シリウス  沈丁花         プロキオーン  春蘭
  カストール  白水仙       ポルックス  黄水仙
  アルデバラーン  紅ばら    すばる  鈴蘭
  レーグルス  デイジー      スピーカ  マーガレット
  アルクトゥールス  花びし草  アンタレース  のうぜんかつら
  ヴェーガ  あじさい        アルタイル  待宵草
  北極星  黄菊           フォーマルハウト  もくせい
  金星  よるがほ          火星  ガーベラ
  木星  ひまわり          土星  やぐるま

 特に三星のフリージア、それをはさむα・βの紅つばき、白つばき、双子座のα・βの白水仙、黄水仙の対照や、シリウスの沈丁花とアンタレースののうぜんかつらに季節感と強烈な色を表わしたのがいい。すばるの鈴蘭も可憐である。

   ★

うむ、可憐ですね。

星と花―。
両者は単に綺麗というばかりでなく、「年々歳々相似たる」ところも共通します。
そして、それを前にして、人は変わりゆく自分と世の中に深いため息をつくわけです。

コメント

_ S.U ― 2014年07月13日 07時41分22秒

>野尻抱影
 抱影先生の西洋詩の翻訳などを探せばすぐ出てきそうにも思いますが、どうしてどうして、さすがは先生、ひねりが利きすぎていて、単なる星と花の対比程度にはあまり参考にならないのかもしれませんね。

>クリスティーナ・ロセッティ
 ロセッティは兄妹そろって、上田敏の『海潮音』に採用されていました。花の詩がありましたが、この星の詩ではありませんでした。日本の新体詩ブームの時期に遅れずこの詩人が注目されていたことにはなると思います。

_ 玉青 ― 2014年07月13日 11時53分14秒

おお、ありがとうございます。
この齢で初めて『海潮音』に目を通してみましたが、本当に甘味の強いお菓子のようですね。ああいう情調に、明治の書生連が夢中になっていたのかと思うと、可笑しみを感じます。

クリスティーナ・ロセッティについては、上田敏の弟子、竹友藻風が専門にしていたらしく、藻風は大正13年に『クリスティナ・ロウゼッティ』という評伝を上梓しています(※)。その中で、日本におけるロセッティ紹介の歴史に触れていてくれたらよかったのですが、残念ながらそういう章節はありませんでした。

まあロセッティの件を離れても、上田敏、土井晩翠、藤村といった顔触れを見ていると、日清戦争の前後に相次いで発刊された「文学界」、「帝国文学」といった雑誌メディアがどうも怪しい気がします。両誌とも新体詩に力を入れてましたから、その辺が「星と花」の震源地ではあるまいかと想像するのですが、ちょっとこれ以上の探索はすぐには難しそうです。

(※)グーグルブックス
http://books.google.co.jp/books?id=zZ6wMW5OU8cC&pg=PA3&hl=ja&source=gbs_toc_r&cad=3#v=onepage&q&f=false

なお、古川龍城という人の『星夜の巡礼』(大正12)の冒頭に「星と花」の章があり、土井晩翠の例の文句を引きつつ、「天上界の美観」を思うざま語っていて、どうも天文趣味界の周辺には、「遅れてきた明治ロマン主義」の香りがします。そして、それが昭和まで持ち越された…というのが私の一貫した捉え方です。

ときに古川龍城については、新たに知ったことがあるので、記事本編で取り上げてみました。(今回もS.Uさんに刺激され、だいぶネタをいただいていますね・笑)

_ S.U ― 2014年07月13日 16時54分33秒

すみません。(未記入)の定期便を出してしまったので、再投稿します
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>初めて『海潮音』
 いやぁ私も、『海潮音』などこういうことでもないと読むことはないです。(こういうことがあって読むというのもあまりまともな話ではないように思いますが)

 それにしても、ついこの間まで和装で江戸がな混じりの本が出されていたような時代に、このようなバタ臭い砂糖菓子のような日本語文語体が美文として成立しえたというのは、たいしたものというか面白いものだと思います。

 あとはロセッティの件の詩を早期に日本で紹介している例があればいいのでしょうが、当時の雑誌となると超有名な物を除けばなかなか調べにくいものでしょうか。

 古川龍城についてはまたこれから読ませていただきます。この人は初出でしょうか(私も不肖の会員で、はっきりとした記憶はありません)。

_ 玉青 ― 2014年07月13日 21時35分14秒

雑誌もいずれもっと調べやすくなるかもしれませんが、今のところなかなか大変そうですね。

古川龍城についてはたぶん初出です。その著作を記事の方で挙げてはみたものの、そう熱心に読んだわけでもなく、積ん読に近かったので、これを機会に読んでみたいです(と言いつつ読まないパターンが多いですが…笑)。

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