二たび三たび、ヴンダーカンマーについて考える2016年01月08日 07時08分51秒

昨日ご紹介したバーバラさんの文章を読んで、私はアメリカのヴンダー趣味の徒の行動原理というか、頭の中がようやく分かった気がします。

これまで、そうした人のキャビネットを眺めながら、「たしかにこれは私の棚とよく似ている。でも、同じようでいて、何かが違う。この人たちが愛でているのは、いったい何なのだろう?」…というのが、ずっとモヤモヤしていました。

バーバラさんは、ずばり書いています。

「今日見られる個人コレクションの多くは、整然とした科学的研究を目指すのではなく、個人の美意識と興味関心を表現し、好奇心と驚異の念をそそる品を展示するため」にあるのだと。

そしてまた、博物学(昆虫コレクション、鳥の剥製、動物の骨格標本など)」は、医学用品、葬儀にまつわる品、あるいは宗教にまつわる工芸品など」と完全に並列する存在であると同時に、単にカッコいいと思えるだけの品…という場合もある」と。

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結局、ヴンダー趣味の徒の行動原理は、ナチュラリストのそれとは全く異なるものであり、往々にして「理科室趣味」と対立するものです。

もちろん単なる理科室趣味が、「整然とした科学的研究」の実践であるとは言い難いですが、少なくとも、そこには科学的研究への‘憧れ’があり、科学的研究の‘相貌’―しばしば古き時代のそれ―をまとうことに、腐心しています。要は「科学のミミック」です。

それに対して、現代のヴンダーカンマーは、(いささか特異な)美意識の発露であり、すぐれてアーティスティックな営みです。

これまでも、何となくそうではないかと想像していたものの、バーバラさんのように、それを正面から書いてくれる人はいませんでした。

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ヴンダー趣味と理科室趣味の棚は、やっぱり似て非なるものです。

おそらく両者の差は、自らのコレクションを語る時の、語彙の選択の違いに現れる気がします。理科室趣味の徒は、棚に置かれた標本の学問的分類にいっそう敏感で、対象を動/植/鉱物学的語彙を以て叙述することに、いっそう喜びを感じるはずです。

例えて言うならば、一個のしゃれこうべを前にして、理科室趣味の徒は、医学解剖学と自然人類学について語り、ヴンダー趣味の徒は、美術解剖学と文化人類学について語る…そんなイメージです。

(ファーブルの仕事部屋。理科室趣味の徒が魅かれるのは、たぶんこんな風情。出典:ジェラルド・ダレル、リー・ダレル(著)、『ナチュラリスト志願』、TBSブリタニカ)

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もちろん、一人の女性の意見を以て、全体を推し量るのは危険で、アメリカ一国に限っても、ヴンダー趣味の徒には、さまざまな言い分があることでしょう。
でも、バーバラさんは以前、シカゴ歴史博物館で、布織関係の収蔵品の目録作りをされたこともあるそうなので、ヴンダー趣味と、現代の博物館の違いに相当程度自覚的であり、その意見には聞くべきものが多いように思います。

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…と、何だか「理科室趣味代表」のような顔をして、エラそうに書いていますが、私の部屋にしたって、ピンバッジや、絵葉書、果ては煙草の空き箱など、現実の理科室には在り得ないモノであふれており、すでに(‘憧れ’はともかく)科学的研究の‘相貌’からは、ずいぶん遠い所に来てしまっています。

それに結局のところ―。
露悪的でさえなければ、私はヴンダーカンマーが好きだし、やっぱり興味深く思います。そして、いつか昔々の元祖ヴンダーカンマーに身を置き、この目で見たいという欲求は変らずあります。

(この話題、上手く語り切れない不全感がいつも残るので、また折に触れて取り上げます。)

コメント

_ S.U ― 2016年01月08日 18時37分33秒

ヴンダーに、キャビネットが重要、内容物の指向が重要 というのは真理のように感じます。ある程度、的が絞られてきてめでたいようですが、理科室と区別しようとすると、まだするりと逃げられそうな状態にもみえます。

 理科室趣味というからには「科学史」的視点がほしいことは、すでにご指摘があったと思うのですが、少しこれを緩めて美術・文化・感覚的な分野まで広げますなら、「科学民俗」というような視点はいかがでしょうか。

 「科学民俗」は新語ですが、「天文民俗」、「動植物の民俗」、「地理・地勢の民俗」というようなものは周知のことですし、「物質科学の民俗」のようなものも想像可能ですので、科学民俗も存在するでしょう。科学民俗は、信仰や驚異、美術感覚を含んでもよろしいですが、単なる見世物、奇想趣味、衒学趣味からは相当離れているという感じです。研究対象は過去でも現在でもかまいません。

 従って、理科室趣味は、純粋な理科教育に、科学史と科学民俗を加えて構成するという屁理屈はどうでしょうか。

_ うり ― 2016年01月08日 22時04分55秒

こんにちは。以前睡眠時無呼吸症候群についてコメントしました、うりです。
その後良い睡眠をとられていますか?

今回の話題、以前、「錬金術士の研究室」の記事でも
同じような話題を書かれていたなあ、と思いました。

同じ博物系骨董の品を前にしても、
博物系骨董店の方々は、美術的観点から、
玉青さんは科学的観点から、眺められると。

今は、私のような疎いものでもわかるほど、
博物系アンティークが流行していますが、
おそらく、その多くのファンたちは、(美術家たちがそうであるように)「きれいだなあ、美しいなあ」
という視点から、博物系骨董品を愛し、眺めているのだと思います。

一方、同じものを見ても、
玉青さんは、「すごいなあ、不思議だなあ、なんでこんな風になってるんだろうなあ」と、
博物骨董の向こうに(科学者たちがそうであるように)「世界の不思議」「この世の神秘」」を見ておられるのだなあと思いました。

以前、博物系骨董愛好家として、長い間孤独の街道を歩んでこられたと、
玉青さんはお書きでした。

それで、「最近、博物系骨董ファンの仲間が増えた!嬉しい!」
と思われても、
やはり、玉青さんと、最近増えた美術的骨董ファンとは世界観、
目線が違うから、
「やっぱり、孤独なのだなあ…」
「一緒にこの世の不思議をワクワクしながら眺めてくれる人は、
いないものなのだなあ…」と、
ちょっと、玉青さんはさみしく思われたのかな…なんて、
生意気なことを思ってしまいました。

_ 玉青 ― 2016年01月09日 08時50分37秒

○S.Uさま

>理科室趣味は、純粋な理科教育に、科学史と科学民俗を加えて構成する

あ、これはいけそうですね。「科学民俗」は理科室趣味のバックボーンになりそうです。S.Uさんの周辺でも、科学のフォークロアについては、結構観察すべき事象が多いのではありませんか?(笑)

ときに、天文に話題を向けて「天文民俗」についてですが、これまで「天文民俗」といえば、もっぱら山村・漁村での星座名の採集とか、星にまつわる口碑伝承の採録なんかを指していたと思いますが、過去~現在の天文ファンの行動や心意にも、民俗的な要素は多分にあるはずで、私がこれまで「天文趣味史」という題目で考えてきたのも、広い意味での天文民俗学なのかもしれないなあ…と思いました。

日本の天文ファンの「星ごころ」に宮沢賢治や大正ロマンチシズムが及ぼした影響とか、天文雑誌の投稿欄に見る天文ファンの語法(宇宙や星をどのような語彙で語っているか)や自己像の変遷(そこには自尊心と自己卑下の入り交じった屈折したものがあるように感じます)など、そうした視点から考えてみると面白そうです。

○うりさま

お気遣いありがとうございます。
ひと頃より、イビキは軽快しているようです(家族談)。

さて、博物趣味周辺の動きについてですが、最近はずいぶん活況を呈しているので、さすがに孤独ということはないですね。もちろん人の興味関心は様々ですから、差異に注目すれば際限がありませんが、共通点に目を向ければ、「同好の士」と呼べる方はたくさんいて、そういう人たちと言葉を交わし、いろいろな意見を伺えたからこそ、自分自身のことも一層見えてきたのだと思います。これは孤独というよりも、むしろ充実感と呼ぶべきでしょうね。

これからもお互い大いに語り、目と心を豊かにしていけますように!

_ S.U ― 2016年01月09日 13時26分58秒

>過去~現在の天文ファンの行動や心意
 おっしゃるような要素は多分にあると思います。
 歴史学は、究極の目的が何であるにしても、過去に起こった事象を事実通り把握しその事象自体の重要性の評価を行うことがまず求められますが、民俗学は、ある共同体の多くの人が持つ心理や行動の本質に近づけるならば、どんな方法の調査をしても成り立ちそうに思います。

 現代人を対象にする場合においては、実業家、政治活動家、学者の集団などについて調査を行えば、それは「社会学」であり、地域共同体、学生サークル、サブカルチャー集団、などについて調査すれば、それは「民俗学」だと言われそうです。アマチュア天文家はどっちなんでしょうね。

_ 玉青 ― 2016年01月10日 17時15分14秒

まあ、民俗学も社会学も、一定の社会集団の行動様式の学に収斂すると考えれば、全部ひっくるめて「民族誌(エスノグラフィー)」と言っていいかもしれませんね。政治家には政治家の、小学生には小学生の、そしてアマチュア天文家にはアマチュア天文家のエスノグラフィーがあるわけです。(まあ、原子力村などは典型的なムラ社会で、民話や信仰なども豊富なようですから、古典的な民俗学のフィールドとしても恰好の対象でしょう。)

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