タルホ的なるもの…黒猫の煙草2016年05月24日 06時25分33秒

そういえば、京都に行く前、足穂でひとしきり盛り上がっていました。
いつもの理科趣味や天文趣味の話題に戻る前に、もうちょっとタルホ界を徘徊してみます。

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足穂の『一千一秒物語』には、「黒猫のしっぽを切った話」というのと、「黒猫を射ち落した話」というのが載っています。

前者は、黒猫をつかまえて尻尾を切ったら、キャッという声とともに、尾の無いホーキ星が逃げていくのが見えた…という話。後者は、何か頭上を逃げるものがあるので、ピストルで撃ったら、ひらひらとボール紙製の黒猫が落ちて来た…というもので、足穂氏は黒猫をずいぶん虐待しています。そして、虐待しつつも、やっぱり愛していたようです。

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下は、鴨沢祐二さんの「流れ星整備工場」の1ページ。
連れだって歩くのは、例によってクシー君と親友のイオタ君。

(初出は「ガロ」1976、『クシー君の発明』1998所収)

「そういえば、煙草がほしいね。」
「うん、一箱買おう。」

「≪黒猫≫なんて聞いたことないね」
「でもリボンがしゃれてる」

二人が愛煙家になったわけは、シガレットのボール紙製パッケージが、チョコレートのそれよりもずっと素敵で謎めいているから。

二人はこのあと、黒猫の導きで、謎の「アナナイ天文台」を訪ね、キセノン博士から同じ煙草を勧められます。


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この黒猫の煙草は、実在のブランドです。


スペイン貴族のドン・ホセ・カレーラス・フェレールが、19世紀にロンドンで興した「カレーラス煙草会社」が売り出したもので、その物語はWikipediaの「カレーラス社」の項に詳しく書かれています。


その冒頭部の適当訳。

「ブラックキャット」は、今や世界中で売られている煙草の銘柄だが、この名前はささいなことから広まった。その元となった黒猫は、ごくふつうの飼い猫で、ドン・ホセのウォーダー・ストリートの店の窓辺で、いつも何時間も丸くなって眠っていた。まだ20世紀になるずっと前の話である。

この猫が通行人にすっかり馴染んだおかげで、ドン・ホセの店はやがて「黒猫の店(black cat shop)」として知られるようになった。ドン・ホセは、この猫を会社のシンボルにしようと思いたち、1886年、黒猫はカレーラス社の最初の商標として登録された。

その後、この猫は「ブラックキャット」の包装デザインの一部となり、「JJC(Don José Joaquin Carreras)」のイニシャル上に、黒枠付きの白丸の中に描かれるようになった。
そして1904年、「ブラックキャット」は、イギリス最初の機械製造式タバコの1つとして発売された。



…というところから、黒猫の物語は始まり、その後、カレーラス社の巧みな商策もあって、20世紀はじめには一大黒猫ブームが起こり、ファッションにまで影響を及ぼした…というようなことが、上の記事には書かれています。

(パッケージの裏)

煙草のパッケージ・デザインは何回か変わっていますが、クシー君愛用の上の品は、1930年代頃のもの。

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冒頭に載せた足穂氏の2作品では、黒猫はいずれもパッと煙を上げて姿を変えることになっていて、現実世界でも、タルホ界でも、黒猫には煙がお似合いのようです。

コメント

_ S.U ― 2016年05月24日 22時19分24秒

玉青さんの影響で購入したこの鴨沢さんのマンガですが、当該箇所で、2少年の動きは何となくカクカクしているのに対し、黒猫の動きは実にリアルになめらかなのに気づきました。

_ 玉青 ― 2016年05月25日 20時08分40秒

たしかに鴨沢さんのキャラはカクカクしていますね。
たぶん無機的な感じを出したかったのでしょう。
そして黒猫の場合は、逆にその滑らかさこそが、無機的な世界にふさわしいのかも。

_ S.U ― 2016年05月26日 08時28分51秒

>無機的
 確かに黒猫は、自然のままで無機的な雰囲気がありますね。

 「流れ星整備工場」は、無機的な概念の極致と言える現代物理学の影響をところどころに受けているようです。1976年にこれが描かれたという背景も含めていずれ分析してみたいと思っています(まだ思っているだけ)。

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