銀河草紙(前編)2016年09月21日 06時39分49秒

台風一過。
彼岸の中日を前に、秋冷の気が辺りに満ちています。

おととい耳にしたツクツクボウシが、おそらく今年最後の蝉でしょう。はたして彼は伴侶を得ることができたのかどうか。伴侶どころか、彼は自分以外の蝉の存在をまったく知らずに、一生を終えたかもしれません。思えば何と孤独な生でしょう。

   ★

さて、話題を星に戻して続けます。

『銀河草紙』 ―― そんな美しいタイトルの本があることをご存知でしたか?
それは正真正銘の江戸時代の本で、しかも黄表紙や洒落本なんぞでなく、七夕習俗について真面目に綴った本なのですから、興味深いことこの上ないです。

著者は池田東籬(いけだとうり、1788-1857)、画工は菱川清春(1808-1877)。京都の書肆・大文字屋得五郎らが版元となって、天保6年(1835)に出た本です。

この本の存在を知ったのは、つい最近のことです。
でも検索したら、大阪市立科学館では、2011年から七夕関連のプラネタリウム番組の中でこの本を紹介しており、現物の展示も行われている由。

第45回 七夕にまつわる新発見(2011年6月12日)
 http://www.sci-museum.jp/staff/?p=22

   ★

気になるその内容ですが、幸いなことに、この本は国会図書館のデジタルコレクションで、全頁カラー画像で見ることができます(http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2608095)。


今、巻ごとの章題を挙げれば、上巻は、「二星(じせい)相値(あひあふ)の説」、「乞巧奠の条」。中巻は、「天の川の条」、「鵲(かささぎ)の橋の条」、「梶の葉の条」、「願の糸の条」、「芋の葉の露の条」、「笹流しの条」。そして下巻は、「七夕といえる条」、「七日佳節の条」、「素麺を祝ふ条」、「星に小袖をかすといふ条」…となっています。

天文趣味の観点からは、中巻の「天の川の条」が、真っ先に気になるところです。
では、と目を凝らすと、

 「天の川は水気の精とも、金気の集まる処にして秋の気であるとも〔※〕、あるいは『遠望鏡(えんぼうきょう)』とかいうもので覗くと、小さな星が集まっているのが鮮やかに見えるともいう」

…という記述があって、当時すでに「天の川は星の集まりだ」という知識が、かなり行き渡っていたらしいのが、目を惹きます。(※なお、中国古来の五行説では、「木火土金水(もっかどこんすい)」の五要素を四季と関連付けて、「金」を秋に当てました。)

とはいえ、著者・東籬は、

 「自分は『天の学び』〔天文学の意?〕に暗いので、どれが正しいのかは分からないが、天の川は夏の終わりごろから見え始め、冬になると見えなくなってしまうことからすると、『秋気の集まったもの』という説が、もっとも妥当ではなかろうか…」

と自説を述べており、江戸の平均的知識人の理解の限界も、同時に示しています。

   ★

ときに、この素敵な本はかなりの稀本です。
全3巻を所蔵するのは、国会図書館と京都府立総合資料館のみで、あとは京大に1冊(上巻のみ)あるそうですが、他は皆目わかりません。

まあ、鮮明な画像をいつでも見られるので、現物はなくてもいいようなものですが、モノ好きとしてはそれでは物足りません。いくら部屋が濁ろうが、飽和しようが、やっぱりこれは探す価値がある…という辺りの顛末を記します。

(この項つづく)

コメント

_ S.U ― 2016年09月21日 18時44分15秒

おぉ、これは、すばらしい本のご紹介をありがとうございます。
 この「草紙」というのがいいですね。慰みのための娯楽というスタンスがはっきりしていてよろしいです。

 言及されている望遠鏡による観察の近代の知識と同様に、五行説で「白秋」の空には白金(しろがね)の「銀漢」がかかる、・・・秋の気が銀河を作るという説も、筆者には十分、当時の科学的根拠がある説のように感じられたのではないでしょうか。

 その一方で、もし、読者の中に、早朝の労働をするような人がいたならば、「そんなことあるかい、織女も銀漢も、厳寒の早春の明け方に、東の空に昇ってくるぞい」と反論され、この説は単に粋人の机上の空論ということになるやもしれません。

_ 玉青 ― 2016年09月22日 13時58分50秒

>「白秋」の空には白金(しろがね)の「銀漢」がかかる

あ、なるほど。「白銀」との縁で、ますます金気・秋気との結びつきが強化されているわけですね。そして、基本法則を応用して、多様な事象を理解する試みという点で、確かにこうした理解は「科学的」でもありますね。

>机上の空論

あはは。「江戸の知識人の限界」というよりは、今に通ずる「文弱の徒の限界」かもしれませんね。(^J^)

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