つるまき町 夏時間2017年07月22日 14時50分08秒

蝉が鳴き、青い空をバックに百日紅が濃いピンクを見せる夏。
そんな季節に読もうと思って手にした本。

コマツシンヤ著、『つるまき町 夏時間』、新潮社、2015)。

以前ご紹介した『8月のソーダ水』http://mononoke.asablo.jp/blog/2014/08/03/)に近い感じの作品ですが、こちらの主人公は小学4年生の男の子・三久里みつる、そして作品のテーマは<植物の世界>です。


物語は「つるまき小学校」の1学期の終業式の日に始まり、


夏休み最後の8月31日に終わります。

友人たちと過ごす他愛ない夏の日々。
植物園に勤務するお父さんや、その上司である植物園長との触れ合い。


しかし、そんなのんびりした日々に、突如起こった大事件。
町中が巨大な植物によって呑み込まれようとするとき、みつるの取った行動は?


…というような、ひと夏の冒険を描いた作品です。
元は「月間コミック@バンチ」で、2014年9月号から1年かけて連載されたもの。
画面に漂う明るいのびやかな空気に、夏休みの懐かしい匂いを感じます。

   ★

そして、この本を懐かしく感じるのは、私自身が「つるまき町」に住み、「つるまき小学校」に通っていたからに他なりません。せっせと植物の押し葉作りに励んだのも、ちょうど主人公のみつると同じ年頃のことでしょう。

現実の「つるまき町」は、早稲田大学の門前町で「鶴巻町」と書きます(正式には早稲田鶴巻町)。そして、小学校は「鶴巻小学校」。
確かに「つるまき」という地名は、世田谷の「弦巻」をはじめ、全国に多いでしょうが、私にとっての「つるまき町」は、何と言っても早稲田の鶴巻町です。

そして、この「つるまき町」も、やっぱり植物と縁がありました(たぶん今もあるでしょう)。すなわち植物の身体から作られたパルプとの縁です。

牛込から市ヶ谷、小石川にかけての一帯は、出版・印刷業の盛んな土地柄で、たとえば本書の版元である新潮社は牛込の矢来町ですし、バンチの編集部も近くの神楽坂です。そして、その外縁に当る鶴巻町は、中小の製本業者が軒を連ねる町で、私が子供の頃は、町のあちこちに紙束が山積みにされ、同級生にも製本関係の家の子がずいぶんいました。

   ★

まあ、こんな個人的な思い出を熱く語る必要もないですが、この季節、遠くに蝉の声を聞き、窓から白い雲を見上げれば、コマツシンヤさんの作品世界と、私自身の「つるまき町の夏時間」を重ねてしまうことは、どうにも避けがたいことです。



【7月22日付記】
 コマツシンヤさんの作品名を、『つるまき町夏時間』 とご紹介しましたが、正確には『つるまき町 夏時間』ですので、タイトルとともに訂正しました。

コメント

_ S.U ― 2017年07月22日 15時45分23秒

私が何回か早稲田鶴巻町を訪問することになったのは比較的最近になってからのことですが、玉青さんが小学生のころにはどうだったのかというのは興味があります。

 大隈講堂は改装前からモダンな印象の装いだったのか、それから大通りを挟んだ向かいの道沿いのカドに、何かスペインのシュールレアリスム風の、いかにも植物の蔓を思わせるビルがありますが、あれは最盛期にはどのように使用されていたのでしょうか。

_ xierei ― 2017年07月23日 11時28分37秒

いつも拝見しております。
タルホ先生とXie君・プープ博士やファンタスマゴリアを愛しております。
こちらで「コマツシンヤ」さんを初めて知りました。
瀬名秀明氏の「8月の博物館」の中の「夏がくるから恐竜展があるのではなく、恐竜展がくるから夏がくる」のようなくだりを思い出しました。
夏はいくつになっても特別な魔法の時間と思います。
横浜の MERRY ART GALLERYで鴨沢さんの展示が始まったので
出掛けてみようと思います。

_ 玉青 ― 2017年07月23日 17時13分17秒

○S.Uさま

さっきストリートビューで思い出の地を再訪してきました。
大隈講堂や、昔からある本館のあたりは、建物自体あまり変わった印象はないですね。

早大でいちばん記憶に残っているのは、妙にはしっこい友達に案内されて、本館近くの校舎の地下室に忍び込み、こっそり人骨を見たことです。あれはたぶん人類学関係の標本(出土品)だと思うんですが、友人は慣れた手つきで棚から木箱をおろし、中に入っていた泥付き頭蓋骨を見せてくれました。いつ見つかるか、ひやひやものでしたが、それだけに子供にとってはスリル満点の「冒険」でした。それにしても、管理がよほど緩かったのか、今思えばよくそんなことができたものです。

あと印象に残っているのは無数の立て看板と角文字。当時は、学生が占拠して廃墟のようになっていた建物もあって、大学全体に一種異様なムードが漂っていました。大学祭ともなれば、政治色の強いイベントと、アングラ調のカウンターカルチャーが激突して、これまた奇怪な感じでした。

まあ、小学生の自分は政治ともユースカルチャーとも(当然)無縁でしたが、当時の熱気は今も覚えています。

>何かスペインのシュールレアリスム風の…ビル

「?」と思いながら、ストリートビューで見たら確かにありますね。
あまりの奇怪さに検索したら、「ドラード早稲田」という賃貸マンションのようです。
https://matome.naver.jp/odai/2139075209594088201
竣工は1983年だそうですから、私の子供時代とは接点がありません。

私はこのマンションの立ってる角を南に折れ込んだところにある郵便局に、お年玉を貯金していたので、その前を何度も通ったはずですが、当時ここに何があったのか、はっきり思い出せません。何か白っぽい普通のビルだったような気もします。いずれにしても、40年余り前のことです。まことに往事茫々、早大の今の小ぎれいなキャンパスを見ただけで隔世の感に堪えません。

○xiereiさま

こんにちは。拙文をご覧いただき、ありがとうございます。

>夏がくるから恐竜展があるのではなく、恐竜展がくるから夏がくる

おお(ここでポンと膝を打つ)、これは名言!
そうです、そして夏は夏休みのためにこそ存在するのでしょう。
夏はたしかに移ろいやすく、儚いかもしれませんが、儚さの中にこそ大切なものはあるような気がします。

ちょうど夏休みに合わせての鴨沢さんの回顧展も素敵です。
真夏の夜の夢に、クシー君が思わせぶりなウィンクをして登場してくれるかもしれませんね。(^J^)

_ S.U ― 2017年07月24日 08時38分38秒

>早大・大隈講堂
 早大は改築、増築をおもに発展してきていて、比較的、古い建物もそのままに残っているようですね。大学は昔は象牙の塔とか言われていましたが警備は甘かったです。今はテロやサイバー犯罪などうるさくなった一方、市民への密着度を上げるための努力は盛んになりました。

>「ドラード早稲田」
 意外と新しいのですね。
 賃貸ビルというのは現状ではわかりますが、創建時から一般向けへの賃貸だったというのにたいへん驚きました。当時日本の一般でもブームだったガウディ作品のグエル公園あたりに影響されたものかもしれません。いずれにしても、こういうものが一般市民を対象に建設されるとは、早稲田鶴巻町は尋常ではないです。

 高度成長期には早稲田周辺はもう「東京のど真ん中」という印象だったのではないかと思いますが、どうだったのでしょうか。当時、田舎で東京の生活と言えば漫画で想像するしかなかった私としては、イメージだけの世界でした。

_ Nakamori ― 2017年07月29日 09時12分16秒

『つるまき町 夏時間』、読了しました。なかなか面白かったです。

チョイ役で登場する竜胆寺(りゅうたんじ)君は、頭にサボテンを載せているところから察すると、『シャボテン幻想』の龍膽寺雄さんがモデルのようですね。

一緒に購入した『星の案内人』(上村五十鈴著)も田舎で自作のプラネタリウムを開設する爺さんの話で、なかなか面白いです。まだ2巻までしか読んでいませんが…。

その中にアルビレオの話が出てきます。ご存じ美しい二重星ですが、一方が黄玉、もう一方が青玉。あれ?青玉?

_ 玉青 ― 2017年07月29日 13時02分15秒

あはは。
アルビレオの中に隠れ住むとは、我ながらなかなか優雅ですね。

>龍膽寺雄さんがモデル

あ、そこまで頭が回りませんでした。
龍膽寺雄といえば、先ごろ『塔の幻想』という短編集を買い込んで、まだ読まずにいたのですが、これは良い弾みができました。

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