星座絵の系譜(1)…ジェミーソンの『星図帳』2020年07月18日 09時36分23秒

コロナ禍が続く、梅雨ごもりの休日。

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『徒然草』の243段に、幼い日の兼好法師と、その父親とのやり取りが書かれています。

八つになりし年、父に問ひていはく、「仏は如何なる物にか候ふらん」といふ。父がいはく、「仏には人のなりたるなり」と。また問ふ、「人は何として仏にはなり候ふやらん」と。父また、「仏のをしへによりてなるなり」と答ふ。また問ふ、「教へ候ひける仏をば、何が教へ候ひける」と。また答ふ、「それもまた、さきの仏の教へによりてなり給ふなり」と。また問ふ、「その教へはじめ候ひける第一の仏は、如何なる仏にか候ひける」といふ時、父、「空よりや降りけん、土よりや湧きけん」といひて笑ふ。「問ひつめられて、え答へずなり侍りつ」と、諸人に語りて興じき。

「人はどうやって仏様になるの?」「それは仏様に教え導かれてなるのだよ。」「じゃあ、その人を教え導いた仏様は、どうやって仏様になったの?」…質問を重ねる兼好に、最後は笑いながら降参する父。

今でもありそうな、ほほえましい家族の情景です。最後の一文を読むと、兼好にとっても、これは間違いなく温かく懐かしい思い出なのでしょうね。

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話は変わりますが、星座絵の歴史にも、似たところがあります。
伝統的な星座絵で、まったくのオリジナルというのはなくて、みな先行作品のコピーですから、幼き日の兼好のように、「じゃあ、いちばん最初の星座絵はどうやって生まれたの?」という疑問が当然出てきます。

「例えば…」ということで、先日の『ウラニアの鏡』(1825)を入口に、その先行作品をたどることにします。そこから「第一の仏」にたどり着けるのかどうか?

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このブログではおなじみの Nick Kanas 氏の星図ガイド(以前の記事を参照)
によれば、『ウラニアの鏡』が直接参照したのは、同じイギリスで1822年に出た、Alexander Jamieson 『星図帳(A Celestial Atlas)』だと書かれています。この30枚の図版――星図28枚+主要恒星図+月・惑星図――から成る星図帳こそ、『ウラニアの鏡』を教え導いた「仏」になります。

(『ウラニアの鏡』(左上)とジェミーソン星図(右下)。はくちょう座周辺図。一見して丸パクリですね。)

今見たら、古書検索サイトのAbeBooksのコラムにも、ジェミーソン星図の詳しい背景情報も含めて、同じことが書かれていました。


■AbeBooks' Reading Copy: AbeBooks book blog

そこには、ジェミーソンは教師が本業で、さまざまな分野の教科書を執筆していたこと、彼は専門の天文学者ではなかったものの、当時のロンドン天文学会(現・王立天文学会)の会員だったこと、彼の美麗な星図帳は、ジョージ4世国王に献呈の栄を得たこと(これは大層な栄誉だそうです)、この星図帳は判型が小型で(9×7インチ、約23×18cm)、廉価だったことから好評を博し、初版から年をまたがず、同じ1822年に第2版が出たこと、等々が述べられています。

廉価で好評を博したといっても、現在はなかなかの希書で、かつて3,200ドルで売りに出た1冊もすでに売り切れだと、上のコラム子は述べています。今日現在でも、古書検索サイトでは1冊も引っかかりません。ただ、過去のオークションにはしばしば登場していて、1,500~2,000ドルぐらいで落札されている気配なので、まあ高いは高いですが、隔絶して高価ということはなさそうです。条件がそろえば、手にする機会もあるでしょう。

それに、まるごと1冊の星図帳ではなしに、それをばらした単品の星図ならば、しょっちゅう売りに出ているので、ここも残欠趣味で乗り切れば、ジェミーソンの息吹に触れることは簡単です。上の写真に写っているのも、そうして売っていたものですが、彫りと刷りの繊細さを愉しむには十分で、上品な淡彩(白鳥は水色、琴はイエロー)も気に入っています。

(ジェミーソン『星図帳』より第11図(部分))

ジェミーソン星図は、もちろんネット上でも見ることができますが、「紙派」の人向けには、以下のような本もあります。その全星図(28枚)が、実物よりもちょっと大きいサイズで収録されていて、古書価は20ドル前後。


George Lovi & Wil Trion
 Men, Monsters and the Modern Universe.
 Willmann-Bell, 1989


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では、ジェミーソンを教え導いた、そのまた先の「仏」は誰か?

(この項続く)