天にウシを掘る2021年01月02日 11時05分43秒

ウシと天文といえば、おうし座のことがすぐ連想されますが、ここではちょっと視点を変えて、『銀河鉄道の夜』の世界に目を向けてみます。

(小林敏也(画)、パロル舎版 『銀河鉄道の夜』より)

 「君たちは参観かね。」その大学士らしい人が、眼鏡をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。
 「くるみが沢山あったろう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ。ごく新らしい方さ。ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。いま川の流れているとこに、そっくり塩水が寄せたり引いたりもしていたのだ。このけものかね、これはボスといってね、おいおい、そこつるはしはよしたまえ。ていねいに鑿でやってくれたまえ。ボスといってね、いまの牛の先祖で、昔はたくさん居たさ。」 
(『銀河鉄道の夜』、「七、北十字とプリオシン海岸」より)

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鮮新世(Pliocene)を意味する「プリオシン海岸」のモデルは、賢治がたわむれに「イギリス海岸」と呼んだ、花巻郊外を流れる北上川の河岸というのが定説です。賢治はここでウシの足跡の化石を発見したことがあり、その足跡の主を、作中の大学士に「ボス」と呼ばせているわけです。

ボス(Bos)は「ウシ科ウシ属」のラテン名で、ここには複数の種が含まれます。現在、飼育されている家畜牛も当然そこに含まれます。ウシ属の中で特に「牛の先祖」と呼ばれているのは、ボス・プリミゲニウス(Bos primigenius)のことで、これはあらゆる家畜牛の祖先種に当たり、「原牛」とも呼ばれます。

ただし、賢治が発見した足跡の主は、ウシはウシでも、ボスとは別系統の「ハナイズミモリウシ」だと判明しています。では、岩手にボス・プリミゲニウスがいなかったかといえば、やっぱりいたらしい…というのがややこしいところで、ここで少し話を整理しておきます。

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黒澤弥悦氏(奥州市牛の博物館)の「モノが語る牛と人間の文化(2)岩手の牛たち」を拝読すると、大要以下のことが書かれています。

○1927年5月、岩手県南部の花泉村(現・一関市)でおびただしい数の獣骨が出土し、そこには2種類のウシの化石骨が含まれていた。
○1つは、現在ヨーロッパやアメリカにいる野牛(バイソン)に近い種類のハナイズミモリウシ(Leptobison hanaizumiensis)で、今から2万年程前の第四紀更新世後期の氷河期を生きた野牛である。
○もう一つは原牛(Bos primigenius)である。原牛は家畜牛の祖先種で、英名オーロックスの名で呼ばれることも多い。花泉で見つかった原牛も「岩手のオーロックス」と呼ばれたことがある。
○岩手のオーロックスとハナイズミモリウシは共に旧石器人の狩猟の対象とされ、また生息地の環境の変化などによって絶滅したと考えられる。

賢治がイギリス海岸で足跡の化石を見つけた1922年には、まだハナイズミモリウシが種として認知されていなかったので、賢治が自分の業績をハナイズミモリウシと結び付けて考えることは不可能でした。だからこそ、賢治はそれを「牛の先祖、すなわちボス」と書いたわけです。それ自体は誤認ですが、でも太古の岩手にはボスも暮らしていたので、トータルすれば、そう間違っているわけではありません。

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さて、ここまで書いて、ようやく毎年恒例の「骨」の写真を掲げることができます。


ネズミからウシへのバトンタッチ。
ウシの方はドイツのベンスハイムで発掘された、ボス・プリミゲニウスの後肢化石骨。年代は後期更新世・ヴュルム氷期(約10万〜7万年前)という説明を受けました。

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それにしても、誰かも書いていましたが、空の上の銀河のほとりで化石を掘るというのは、途方もなく不思議な発想ですね。空の地面はどこにあって、大学士たちは一体どっちの方向に向かって掘り進めているのか?

でも、つねに変わらぬ恒星世界にも、太古の存在があり、天界の住人たちも進化を続けている…というのは、たぶん当時ホットな、と同時に謎めいた話題であった「恒星進化論」を連想させます。ひょっとしたら、賢治の頭の隅にも、そのことがあったかもしれません。そして、その先には銀河系の進化や、宇宙そのものの進化の話題が続き、我々は今も天の化石探しを続けているのだ…とも言えます。