現代文明を作ったもの ― 2021年01月24日 09時55分00秒
現代文明を作った究極のものとは何か?
電気でしょうか?それとも通信技術でしょうか?
あるいはコンクリート?近代教育制度?
いろいろな考え方があるとは思いますが、下の箱の中に、私が思う究極のものが入っています。イギリスの業者の言い分によれば、オーストリアで使われた1950年頃の学校教材だそうです。
(箱の大きさは30×40cm)
その中身は…
これです。私が考える、現代文明を作った究極のものとは「化石燃料」。
上の教材は、さまざまな産状の石炭と石油精製物のサンプルをセットにしたものです。
文明とは人間の活動の総体であり、当然エネルギーを必要とします。
そして近代以降、人間社会が飛躍的な変化を遂げた根本原因は、人類が化石燃料という膨大なエネルギー源を手にしたからだ…というのが、私の考えです。その基本構図は、おそらく200年前も、今も変わってないでしょう。
今もこうしてキーボードをカシャカシャ叩いて、IT技術こそ現代文明の根幹のような気になっていますが、一皮むけば、今もこれらの顔触れが、それを下支えしているはずです。(ここに顔を出していない大立者は天然ガスですが、それもまた化石燃料です。)
右側の石炭ファミリーは、いかにも地味ですが、左側の石油ファミリーは、こう言ってよければ、「きれいな」表情をしています。
前者が、原木から泥炭、さらに亜炭、褐炭、瀝青炭、無煙炭へと、自然の大地が長い時間をかけて、徐々に石炭化を進めた結果であるのに対し、後者はガソリンにしろ、重油・軽油にしろ、その他パラフィンや各種の機械潤滑油にしろ、すべて人間がせっかちに分留・混和してこしらえたものという点が、両者の印象の違いを生んでいる気がします。(もっとも、大地だってその気になれば、数々の宝石を生み出す力がありますが、やっぱり時間はかかります。)
★
化石燃料の使用は、典型的な「過去の遺産を食いつぶす」行為に他なりません。
近代社会とは、勤勉と合理性を貴ぶ社会だ…と聞きますけれど、何となくそれと真逆の匂いを感じるのは、そういう「居食い」生活を、漫然と続けているからです。
もちろん私もその恩恵を受けているので、そのことに口をつぐむべきではありませんが、事態を突き放して見れば、やっぱり上のような次第だと思います。
【雑記】
余談ですが、昨日は「天文古玩」の15周年でした。ついに元服です。
途中でブログの営業終了を宣言し、その後営業再開を宣言した覚えはないので、厳密にいうと15周年とも言い難いですが、仮に今も生きていれば15歳になります。いわゆる死んだ子の齢を数えるというやつですね。でも、ご覧のとおり完全に死んだわけでもないので、半死半生のまま15周年ということにしておきます。
コメント
_ S.U ― 2021年01月24日 17時08分54秒
_ 玉青 ― 2021年01月25日 06時57分36秒
ありがとうございます。S.Uさんは有難い烏帽子親ですね。ご面倒でしょうが、今後も後見役をどうぞよろしくお願いいたします。<(_ _)>
>全部居食い
まあ突き詰めて考えると、全宇宙が<絶賛居食い生活中>で、やがて全財産を食らい尽くして虚無の世界に落ちていく…ということになるのでしょうが、どうも化石燃料の場合は、昔の植物や微生物が、爪に火を点すようにしてコツコツ蓄えた太陽エネルギーを、人類という道楽息子がパーッと蕩尽しているイメージがあって、なんとなく不徳義な感じがするんですよね。
かといって、「この国の繁栄は英霊の尊い犠牲の上に…」みたいな、妙な論調になっても困るのですが、できればもう少し自分の足元を見つめつつ、日々の暮らしを送る必要があるんではないかと思います。
>全部居食い
まあ突き詰めて考えると、全宇宙が<絶賛居食い生活中>で、やがて全財産を食らい尽くして虚無の世界に落ちていく…ということになるのでしょうが、どうも化石燃料の場合は、昔の植物や微生物が、爪に火を点すようにしてコツコツ蓄えた太陽エネルギーを、人類という道楽息子がパーッと蕩尽しているイメージがあって、なんとなく不徳義な感じがするんですよね。
かといって、「この国の繁栄は英霊の尊い犠牲の上に…」みたいな、妙な論調になっても困るのですが、できればもう少し自分の足元を見つめつつ、日々の暮らしを送る必要があるんではないかと思います。
_ S.U ― 2021年01月25日 09時08分35秒
>化石燃料の場合は、・・・なんとなく不徳義な
おっしゃるとおりです。燃やすのが目的の石油ストーブやボイラーは仕方ないとしても、石油を使って、通勤したり、荷物が運ばれてきたり、あるいプラスティックや肥料が作られている現状は、多少なりとも心が痛みます。
ウラン、プルトニウムも、過去の恒星における核反応による地下資源で、しかも核燃料サイクルしないと尽きてしまうそうですから、これも広い意味での化石燃料と言えるでしょう。本当の再生可能エネルギーというと、太陽光(バイオ含む)、風水力、地熱、それにトリチウム核融合くらいでしょうか。水素エネルギーには、独自の燃料資源は無いようですね。
いくら先であっても見込める将来に、これらのエネルギーだけを使って、自動車や鉄道はもちろん、重機も飛行機も農業も漁業も全部できるなら、解決への道筋と言えると思いますが、それを現代の科学・技術者の誰もが明瞭に議論し得ていないのは、痛恨の限りに存じます。
おっしゃるとおりです。燃やすのが目的の石油ストーブやボイラーは仕方ないとしても、石油を使って、通勤したり、荷物が運ばれてきたり、あるいプラスティックや肥料が作られている現状は、多少なりとも心が痛みます。
ウラン、プルトニウムも、過去の恒星における核反応による地下資源で、しかも核燃料サイクルしないと尽きてしまうそうですから、これも広い意味での化石燃料と言えるでしょう。本当の再生可能エネルギーというと、太陽光(バイオ含む)、風水力、地熱、それにトリチウム核融合くらいでしょうか。水素エネルギーには、独自の燃料資源は無いようですね。
いくら先であっても見込める将来に、これらのエネルギーだけを使って、自動車や鉄道はもちろん、重機も飛行機も農業も漁業も全部できるなら、解決への道筋と言えると思いますが、それを現代の科学・技術者の誰もが明瞭に議論し得ていないのは、痛恨の限りに存じます。
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半死半生だろうが、九死一生だろうが、名前が世に残っておれば、15周年は15周年だと思います。
私も究極のものは「化石燃料」特に石炭だと思います。石炭でなければここまで世界中の民間に動力源が普及しなかったでしょう。現在、石炭を悪く言う人がいますが、私はバチが当たることを恐れます。
居食いには違いありませんが、現在居食いになっているのは、石炭、石油のみならず、原子力も、木材も、食料さえも、化石燃料あるいは地下資源を使った道具や材料のお世話にならなければ再生産も流通もできないのですから、自己完結で拡大再生産できないものは、全部居食いと言ってよいと思います。