100年前の原始世界2021年02月11日 20時39分08秒

これもついでと言えばついでですが、前回の星図と同じ意図のもと作られた、テオドール・ライハルト・ココア社の別シリーズのカードを見てみます。

(巨大な肢骨を手に、感慨にふける古生物学者)

■Kakao-Compagnie Theodor Reichardt(編)
 『Tiere der Urwelt in 30 Kunstblättern nach wissenschaftliche 
 Material bearbeitet.』
 (科学的資料に基づく全30枚の美しい図版で見る原始世界の動物たち)
 刊年なし(1900年頃)、多色石版画 全30枚

これまた上の写真に写っているのはポートフォリオで、この中に30枚の図版カードがはさまっています。


静かにまたたく星座よりも、太古の動物は一層子供たちの心を捉えたのでしょう。
この動物セットは、その後すぐに続集が出ました。

その辺の書誌がいくぶん複雑なのですが、まず手元にあるのは、1900年ごろに出た同シリーズの第1集です。その後、あまり間をおかず、同じポートフォリオ・デザインで第2集が出て、全60枚のセットになりました。

その後、1910年代になってからだと思うのですが、上記60枚に新たに30枚を加えた全90枚を、図版の順序等を入れ替えて、新たに全3集に編集しなおした新シリーズが出ました。こちらはポートフォリオ・デザインが翼竜の表紙絵に変わっています。

(全3集からなる新シリーズ。ネット上で拾った画像です)

   ★

さて、実際の図版をさらに見に行きます。


原始世界の動物…というと、恐竜が思い浮かびますが、その前に新生代の哺乳類もいろいろ登場します。編集の方針としては、あたかも地表から化石を掘り進めるように、新しい時代から古い時代へと、時間をさかのぼるように図版が配列されているようです。


カラフルな多色石版は、目で見て愉しいのですが、100年後の目で見ると、どれも微妙に変な感じがします。


その「変な感じ」の大きな要素は、もちろん化石骨から生体を復元する、学的水準の変化でしょう。ステゴサウルスの姿もその例にもれません。

(犬塚則久(著)『恐竜復元』、岩波書店、1997より)

上の本も、今となってはちょっと古いかもしれませんが、左上のマーシュによる1891年の復元図と、右下の1990年代の復元図とを比べれば、頭部から尻尾まで大きく逆U字を描いた「昔のステゴサウルス」と、頭をぐっと反らし、尻尾もピンと持ち上げた「今風のステゴサウルス」の違いに目を見張ります。この動物シリーズに出てくるステゴサウルスは、もちろん「昔のステゴサウルス」です。(実のところ、私の中のステゴサウルスも、こちらに近いです。)


このイクチオサウルスも、いかにも変です。今だと完全にイルカ化した姿で描かれますが、当時はそこに「恐竜っぽさ」を加味しないと、何だか落ち着かなかったのでしょう。

   ★

ただ、ここに漂う「変な感じ」は、どうもそれだけではなさそうです。
最初は分かりませんでしたが、しばらく考えたら、その理由が分かりました。




そう、動物たちがやたらと同種で、あるいは異種で、戦っているのです。
100年前の人々にとって、原始の世界は「絶えざる闘争の世界」とイメージされており、そこらじゅうで阿鼻叫喚が上がっていた…と考えていた節があります。

そこには現実の帝国主義的な植民地獲得競争と、社会的ダーウィニズムの流行が、当然影を落としているのでしょう。

   ★

それと、もう一つ「変な感じ」の理由を挙げることができます。


岩礁に上がり、沈む夕日をじっと見つめる古生代の甲冑魚。
甲冑魚がこんなふうに陸に上がったのかどうか、そこも不審ですが、それよりも気になるのは、この図に典型的に見られる「不自然な擬人化」です。これまた100年前の博物学には、たっぷりあった成分だと思います。

   ★

原始世界のタイムスケールに比べて、100年という時間はいかにも短いです。
それでも結構な勢いで、原始世界のイメージは上書きされ続けています。それは取りも直さず人間世界の変化の速さの反映でしょう。

ただ、今日の記事は何となく現代の目線で、100年前の世界を指弾する調子で書いていますが、擬人化傾向ひとつとっても、本当に現代は100年前よりも「正しい」対象の捉え方に近づいているのか…というと、何だか心もとないところもあります(だからこそ「新型コロナとの戦い」みたいな言い方が好まれるのでしょう)。

コメント

_ S.U ― 2021年02月12日 08時08分30秒

こちらになると我が事のように懐かしいです。私が小学校の時に読んだ直良信夫氏の1956年の著書に似たような「戦い」の絵がありました。その後に出た本も見たので、動物の形については、古いほうも新しいほうもごっちゃになって区別がよくわかりません・・・

 また無粋な質問ですみませんが、これらのカードの当時の価格はわかりませんでしょうか。

_ 玉青 ― 2021年02月13日 07時56分25秒

絵柄に懐かしさがにじみますね。今のリアルな3D-CGにはない「太古感」があります。

ときに、カードの説明文によると、動物カードも星座カードも値段は1枚3マルクのようです。以下のページに全面的に依拠すると(ちなみに、例のヘッセのクジャクヤママユの話題です)、これは当時(1910年頃)の日本円で約1円50銭、現在(と言っても、引用先は10年前の文章です)の金額にして約1500円に相当する計算です。
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000097154
まあ、こういうのは換算方法によって一桁ぐらいすぐ違ってきますから、あまりあてにはなりませんが、相当高いは高いですね。ちなみに私の感覚だと、1枚300円、12枚の星座セットで3600円なら引き合うと思うのですが、動物セットのほうは、それでも全30枚で9000円になってしまい、ちょっと買うのをためらいます。商品のターゲットは、もっぱら裕福な家の子供たちだったのかもしれません。

_ S.U ― 2021年02月13日 09時05分28秒

ありがとうございます。

 改めて手元にある直良信夫氏の1956年の著書(『地球と生物の謎』偕成社)を見てみましたが、絵はこれよりは「近代的」で、同種・異種生物の格闘もそれほどありませんでした。捕食場面は多かったですが、昔の私に、生存競争の印象からそういう刷り込みがなされたのでしょう。それらの絵がどこから取られたかは今後の研究にします。

 3マルク=1.5円は、金貨の両替(金本位)計算のようです。現代のモノの物価でいうと、1.5円→1500円くらいでしょうが、当時は、人件費や日常の食料に比べて物品は高かったですから、おっしゃるように、それ以上の負担感があったと思います。裕福な人たちとはいえ、相当の価値が見いだされたのでしょうね。

_ 玉青 ― 2021年02月14日 16時00分49秒

このセットが思いの外高かったのは、多色石版の登場で、カラー印刷のコストがそれ以前と比べて格段に下がったとはいえ、現代に比べるとまだまだコスト高だったという事情も大きいように思いました。

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