柳に月2021年03月29日 06時26分37秒

箸にも棒にもかからぬ…とはこのことでしょう。
戦時中のフレーズじゃありませんが、3月は文字通り「月月火水木金金」で、もはやパトラッシュをかき抱いて眠りたい気分です。しかし、それもようやく先が見えてきました。
まあ4月は4月で、いろいろ暗雲も漂っているのですが、先のことを気にしてもしょうがないので、まずは身体を休めるのが先です。

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今年は早々と桜が咲きました。
花びら越しに見上げる月も美しいし、雨に濡れる桜の風情も捨てがたいです。

そして爛漫たる桜と並んで、この時期見逃せないのが若葉の美しさで、今や様々な樹種が順々に芽吹いて、その緑のグラデーションは、桜に負けぬ華やぎに満ちています。

中でも昔の人が嘆賞したのが柳の緑で、その柔らかな浅緑と桜桃の薄紅の対比を、唐土の人は「柳緑花紅」と詠み、我が日の本も「柳桜をこきまぜて」こそ春の景色と言えるわけです。

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「花に月」も美しいですが、「柳に月」も文芸色の濃い取り合わせ。

(日本絵葉書会発行)

この明治時代の木版絵葉書は、銀地に柳と月を刷り込んで、実に洒落ています。

しかも機知を利かせて、「 の 額(ひたい)の櫛や 三日の 」と途中の文字を飛ばしているのは、絵柄と併せて読んでくれという注文で、読み下せば「青柳の 額の櫛や 三日の月」という句になります。作者は芭蕉門の俳人、宝井其角(たからいきかく、1661-1707)。

青柳の細い葉は、古来、佳人の美しい眉の形容です。
室町末期の連歌師、荒木田守武(あらきだもりたけ、1473-1549)は、「青柳の 眉かく岸の 額かな」と詠み、柳の揺れる岸辺に女性の白いひたいを連想しました。其角はさらに三日月の櫛をそこに挿したわけです。


春の夕暮れの色、細い三日月、風に揺れる柳の若葉。
その取り合わせを、妙齢の女性に譬えるかどうかはともかくとして、いかにもスッキリとした気分が、そこには感じられます。

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惜しむらくは、この絵葉書は月の向きが左右逆です。
これだと夕暮れ時の三日月ではなしに、夜明け前の有明月になってしまいます。でも、春の曙に揺れる柳の枝と繊細な有明月の取り合わせも、また美しい気がします。

(絵葉書の裏面。柳尽くしの絵柄の下に蛙。何だかんだ洒落ています。)