王立天文学会に忍び寄る影2021年04月04日 15時53分03秒

久しぶりに休日らしい休日。
せっかくなので、のんびりした記事を書こうと思いましたが、何だか気になるニュースを耳にしたので、そのことを書きます。

   ★


ロンドンの街のど真ん中に「バーリントンハウス」という古い建物があります。

(wikipediaより)

元々バーリントン伯爵の私邸だったものを、19世紀に英国政府が買い上げて、現在はいろいろな学術団体がそこを間借りしています。

1820年創設の王立天文学会(Royal Astronomical Society;RAS)もその一つ。
下の写真は、1900年ごろの古い幻燈スライドに写る王立天文学会の玄関。


「王立」というのは、じきじきに国王の勅許を得て作られた団体ということで(勅許を得たのは1831年)、財政的には王室から独立した、単なる一民間団体といえばそうなのですが、いろいろな歴史的経緯によって、この一等地にある建物を、長年にわたってタダ同然で使用する権利を有していました。

それは、同居する他の団体も同様で、それら諸団体――王立天文学会、ロンドン地質学会、ロンドン・リンネ協会、ロンドン考古協会、王立化学会――を総称して「中庭協会(the Courtyard Societies)」と呼ぶのだそうです。

   ★

私がそこを訪ねたのは、上のスライドから約100年後の2005年3月のただ一度きりのことで、日本ハーシェル協会の「ハーシェルツアー」に参加して、故・木村精二代表のお供としてくっついて行ったのでした。

(玄関前に立つのは木村代表ご夫妻)

このときは外壁修理のため足場が組まれ、あまり見栄えが良くありませんでしたが、こうして見比べると、建物の表情にはいささかの変化も見られず、本当に時が止まったかのようです。

   ★

しかし、建物は変わらなくても、世の中の仕組みの方はそうはいきません。
世が世知辛くなるにつれて、年間家賃1ポンド(やはりバーリントンハウスに入居している、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの場合はそうなんだそうです)というような、浮世離れしたことはだんだん許されなくなってきます。

(王立天文学会図書室)

建物を所有するイギリス政府から、近年立て続けに家賃の値上げを通告され、今や英国を代表する各団体も青息吐息、このままでは栄えある文化の守護者たちも、バーリントンハウスから立ち退かざるを得ない、果たしてそれで良いのか?…ということで、英国の一部は今だいぶもめているそうです。

私はそれを天文学史のメーリングリストで目にし、他のリストメンバーの「金銭が王位につき、文化と科学がそのはるか後塵を拝するとは、いったい我々は何という世界に生きているのか!!」という憤りに共感しつつ、これは英国に限らず、足下の日本でもきっと似たような事例はたくさん起こっているでしょうし、今後ますます増えるだろうと思うと、憂鬱な気分です。

(王立天文学会紀要の古びた背表紙)

「文化で腹がふくれるか!」という人に対しては、「金銭で心が満たされるか!」と返したい気分ですが、貧すれば鈍すで、そんなふうに反論されてもまったく動じない人が増えつつあるのかもしれず、憂鬱といえば憂鬱だし、侘しいといえばこの上なく侘しい話です。

   ★

とはいえ、座して死を待つのみではなく、王立天文学会も今や事態の打開に向けて、盛んにロビー活動を展開しているようです。
以下に同学会から発せられた書簡を全訳しておきますので、義を見てせざるは何とやら、もしイギリスの国会議員にお知り合いがいれば、ぜひお声がけをお願いします。

(以下は、王立天文学会会長のEmma Bunce氏と、同エグゼクティブ・ディレクターのPhilip Diamond氏の連名書簡です。)


拝啓

バーリントンハウスのテナント権に関して、我々が現在直面している問題と、それに対して取っている行動の背景をご説明するため、この手紙を書いております。

2005年、〔政府と〕賃貸契約を結ぶことで、当学会のバーリントンハウスの使用権は正式なものとなりました。家賃は非営利ベースで計算し、(当時の副首相官邸の)資本コストと減価償却分をカバーする額とされ、80年以上かけてゆっくりと市場相場まで引き上げるものとされました。しかし、近年、(当学会の賃料がそこに連動している)ウエストエンドの物件価格が高騰した結果、賃料も驚異的なスピードで上昇してしまったのです。

2018年、担当大臣(Jake Berry議員)との話し合いを通じて、諸学会にとって受け入れ可能な解決に向けて事態は進んでいるように見えました。内閣の要請を受けて、5つの「中庭協会」のすべてが、財務省のグリーンブック〔公共政策評価に関する政府ガイダンス〕に基づき、PwCコンサルティング社が行った分析結果を提出しましたが、それらは我々の国民に対する貢献が、名目的な低額賃料による125年リース契約(これは政府側と諸学会側の双方の調査鑑定士が合意したものです)の価値を、大きく上回ることを示していました。しかし、議論はその後停滞し、パンデミックの発生とともに完全に停止してしまい
ました。

2020年の初頭に、現在の我々の家主である、住宅・コミュニティ・地方自治省(MHCLG)は、向こう5年間、賃料の値上げを年間8%(複利)に据え置くことを申し出ましたが、この値上げ率(実質的に8~9年ごとに家賃が2倍になります)は、諸学会にとって依然受け入れがたいもので、そうなれば遅かれ早かれ移転を検討せざる得なくなるでしょう。

交渉再開のため、諸学会はさらに努力を重ねましたが、不調に終わりました。歴史的にこれまで政府は、諸学会がバーリントンハウスに拠点を置くことの意義を認識してきたものの、持続可能な将来像について、オープンかつ公正な方法で議論することをMHCLGは拒否したのです。

年間賃料の上昇により、今や当学会は遅かれ早かれ、この歴史的建物からの移転を検討せざるを得ない状況に直面しています。市の中心部に代替施設を獲得できる可能性はほとんどありません。そして、手の届く範囲にある遠隔地への移転となれば、我々が持つコレクションに対する公共アクセスは潜在的に低下してしまうでしょう。

移転には数百万ポンドかかる見込みです。壊れやすい歴史的資料をまとめて移動することはきわめて困難ですし、コレクションを安全に収容し、かつアクセス可能な状態にするには、環境制御された部屋を持つ専用の施設が必要となります。

諸学会が、さまざまな活動やプログラムを通じて、英国の経済的・科学的・社会的・文化的な福利向上に果たした貢献を、PwCコンサルティング社が分析した結果、4つの学会による総額は年間4,700万ポンド〔約72億円〕を上回ると結論付けられました。同社はこの価値のほぼ3分の1が、移転によって失われると推定しています。 MHCLGが課す家賃の値上げによって、公共的価値に対するこの莫大な貢献は危険にさらされるでしょう。

強制的な移転は、諸学会の現状に対する脅威そのもので、我々が進める教育的・学術的・公共的な参加活動を脅かし、160万以上のアイテムを含む貴重なコレクションとライブラリの統一性を危険にさらします。それは、我々の英国に対する科学的・文化的・社会的・伝統的貢献を著しく損なう一方、政府に対しては些細で不確かな利益しかもたらしません。

我々は、バーリントンハウスに留まれるよう、政府を説得することに全力を注ぐ一方、必要とあらば代替施設を獲得するという選択肢を探る試みも続けています。

当学会の僚友である中庭協会―リンネ協会、考古学会、地質学会―も同様の結論に達しています。当学会の評議会は、我々が引き続きバーリントンハウスにいられるよう、政府との間で、受入かつ実行可能な解決策を見出すための全国キャンペーンを、諸学会と共に実施することに同意しました。キャンペーンの一環として、我々は国会議員諸氏に対して、145年以上の長きにわたって我が国に利益をもたらした現在の約定を維持するため、当学会を支援してくれるよう求めています。

我々がバーリントンハウスに留まり、唯一無二でかけがえのない発見の記録と歴史と伝統遺産を確実に保存できるよう、我々は政府に対して受入れ可能で持続可能な約定に同意するよう求めています。そうすれば、我々は勅許状を履行するために必要な拠点と長期的なセキュリティが得られますし、国民及び国家遺産、そして研究コミュニティの利益のために、未来に向けて投資できるようになります。

我々はこのキャンペーンに賛同し、国務長官や他の大臣と直接対話できるよう同僚議員に問題提起してくれる国会議員を求めています。我々の置かれた状況を知らせるために、地元選出の国会議員に手紙をお書きいただければ、大いに我々の助けとなります。またご専門の活動を通じて、政府に影響を与えうる人物をご存知でしたら、先様にご一報の上、当方までお知らせくだされば、当方より直接ご連絡をさせていただきます。当方のメールアドレスは○○@○○〔個人アドレスなので省略〕です。さらなる詳細がわかり次第、また追ってご連絡いたします。

敬具

会長 エマ・バンス
エグゼクティブ・ディレクター フィリップ・ダイアモンド


日本のグランドアマチュア天文家(後日譚)2021年04月10日 09時37分59秒

「あれ?おかしいなあ。4月になったら余裕ができて、記事もバンバン書けるはずだったのに…」と首をかしげつつ思うに、確かに生業の方は若干余裕が生まれたものの、通勤時間が1時間余分にかかるようになって、時間的にはむしろ余裕が乏しくなったのでした。以前は文字通り「朝飯前」に記事を書いてましたが、今それをやろうと思うと、異様に早起きしなければなりません。でも、新しいリズムに慣れてくれば、その辺もまた変ってくるでしょう。

   ★

さて、本題です。
最近、すこぶる嬉しいお便りをいただきました。

これまた過去記事に絡む話題ですが、以前、日本のアマチュア天文史の一ページを彩る存在として、萑部進・守子(ささべすすむ・もりこ)夫妻という、おしどり天文家が、戦前の神戸で活躍していたことを、5回にわたって紹介しました。


神戸は今でも素敵な町です。さらに戦前の神戸となれば、その不思議な多国籍性が、とびきりハイカラで、モダンで、お洒落な香りをまとって、さながら稲垣足穂の『一千一秒物語』のような世界であった…と、この目で見たわけではありませんが、そんなイメージがあります。

(昔の神戸の絵葉書)

そのモダン都市・神戸の一角、六甲の高台に、萑部夫妻は瀟洒な邸宅を構え、私設天文台に据え付けた巨大な望遠鏡で星を追い、海を眺め、音楽を楽しんだ…という、本当にそんな生活がありうるのかと思えるようなライフスタイルを、上の一連の記事でスケッチしました。

(萑部氏の山荘風邸宅と天文台。上記「日本の…天文家(1)」から再掲)

最近いただいた嬉しいお便りというのは、神戸大学の青木茂樹氏からのもので、氏がさまざまな探索手法を駆使した末に、萑部氏の邸宅跡を発見・特定されたこと、そしてお二人の戦後の動向についても情報を得て、それらをまとめて紀要論文にされたという内容でした。

青木茂樹(著) 「六甲星見臺」址を探して
 神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要
 Vol.14, No.2, pp.85-89
 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/81012658.pdf

そう、萑部氏の私設天文台「六甲星見台」は、本の中だけの存在ではなく、確かに「実在」したのです。そうであるならば、萑部氏の営んだ美しい生活もまた実在し、そして憧れの夢幻都市・神戸も、やはりこの世に存在したのだ…と、あえて断言したいと思います。

内容の詳細は、青木氏の論文を参照していただくとして、特筆すべきは、萑部夫妻の写真をそこで拝見できたことです。

(青木氏上掲論文より)

いずれも戦後のポートレートですが、お二人とも理知的で人間的な豊かさに満ちた素敵な面差しです。この写真から20~30年前の若き日のご両人を想像し、その六甲での暮らしを思うと、やっぱり夢幻的だなあ…と思います。

   ★

しかし―と繰り返しますが、お二人は確かに現実の人です。

お二人の体温を直接感じるのは、何よりもその愛機(望遠鏡)です。拙稿では、その後紆余曲折を経て、それが神奈川県の横浜学園に所有されていることまでは触れましたが、青木氏の論文によれば、望遠鏡はそこからさらに四国に渡り、現在は香川県の「天体望遠鏡博物館」で大切に保管されている由。(事の顛末を、同博物館の白川博樹氏が、雑誌「天界」2020年5月号に発表されています)。

   ★

神戸は、そして世界は、今ウイルスの侵襲で大変なことになっています。
またコロナ禍とは別に、社会の在り様は、いささか無惨なものとなっています。

まあ冷静に振り返れば、無惨な社会の方が歴史的にはデフォルトなのかもしれませんが、かつて美しい町、美しい生活、美しい心根が存在したことも、また確かな事実です。そして、世界が人の心の投影であるならば、美しいものに対する憧れさえ失わなければ、夢幻世界は何度でもよみがえるに違いありません。

昔の鉱物趣味の七つ道具(前編)2021年04月11日 09時15分57秒

先月、鉱物趣味のアイコンは「ハンマー、つるはし、スコップ」だという記事を書きました(LINK)。 かつての鉱物趣味は、半ばアウトドアで営まれるものであり、標本は「店で買うもの」というより、もっぱら「自採するもの」だったからです。

今日はその話の続きです。

古今の鉱物趣味の違いは、それだけにとどまりません。
自分で採ってきた鉱物は、自らその正体を突き止めねば、相手の素性は永遠に謎のままです。つまり同定と分類という作業が、かつては必然的に伴ったことも、両者の大きな違いです。(かく言う私にしても、売り手が付けてくれた標本ラベルがなかったら、産地はおろか鉱物種そのものも怪しいので、その部分だけ取り出せば、立派な新派です。)

   ★

同定作業が必要であり、またそれが楽しみでもある…というのは、昆虫採集や植物採集も同じでしょうが、鉱物の場合、昆虫や植物とちょっと違う点があります。それは鉱物標本の場合、「絵合わせ」で正体を突き止めることができないこと。

昆虫や植物も深みにはまっていくと、器官を解剖したり、顕微鏡で強拡大したりして、ようやく種のレベルまで同定できるケースが多いと思いますが、そこまで厳密さを求めなければ、図鑑好きの少年なら、昆虫や植物の姿かたちを見ただけで、相当いい線までいけるはずです。

しかし、鉱物の場合は、そもそも「個体」という概念がなくて、その姿形や大きさが不定だし、同じ鉱物種でも見た目が違うとか、あるいは違う鉱物種でも見た目がそっくりという例がたくさんあって、こうなるとさしもの図鑑少年もお手上げです。

   ★

前口上が長くなりましたが、上のような事情を踏まえて、昔の鉱物趣味の徒の三種の神器が「ハンマー、つるはし、スコップ」だとすれば、彼らの七つ道具といえるのが、鉱物を同定するための道具類です。

たとえば、結晶面の「面角」を測る接触測角器」とか、


おなじみのモース硬度計」とか。

(ナイフややすり、条痕板もセットになっています。ドイツのクランツ商会製)

これらは実用の具というより、理科室趣味を満足させるために買ったので、はっきりいって1回も使ったことがありません。(そういう品が私の部屋にはたくさんあります。使わない補虫網とか、胴乱とか、プランクトンネットとか。まあ、大業物に目を細める刀剣愛好家みたいなもので、あれも「実用」に供するものではありません。)

そんなわけで、私の鉱物趣味は一向に進歩しませんが、こうした測角器や硬度計は曲がりなりにも現役の品で、教育現場では今も使われていますから、新派の鉱物趣味の人にもなじみがあるでしょう。

しかし、これぞ旧派という道具があります。
それがかつて盛んに使われた、吹管(すいかん)分析器」です。
その表情を次に見てみます。

(この項つづく)

昔の鉱物趣味の七つ道具(中編)2021年04月12日 09時46分21秒

吹管、すいかん。

「すいかん」と言いますが、「吸う」のではなく、「吹く」のです。英語で言うと「blowpipe」。この名称は、吹き矢の意味もあるし、ガラス職人が溶けたガラスに息を吹き込むときに使う長い筒の意味でも使われます。

それが鉱物の同定とどう関係するかと言えば、その実際を見ていただくのが早いです。


■Centennial Blowpipe Demonstration
 (Smithsonian's National Museum of Natural History)

リンク先では、オイルランプの炎に吹管で息を吹き込んで、さらに高温の炎を作り、それによって木炭に載せた粉末試料を加熱し、その反応や生成物を確認しています。

ウィキペディアの「吹管分析」の項(LINK)は三省堂の『化学小事典』を引いて、以下のように述べていますが、動画と説明を見比べると、そこで行われていることが、何となくわかってきます。

 「鉱物や合金などの金属成分を検出する古典的な分析法の一つ。固体の試料粉末を四角柱に削った木炭の中心に開けた穴に詰め酸化炎や還元炎などの吹管炎を吹き付け、その変色や溶融状態、化学変化を観察し成分を判定する。なお、現在は他の分析法の発達に伴い使われる頻度は少なくなっている。」

もう少しやわらかく解説したものとして、以下のページを拝見しました。(「天文古玩」もいい加減<老舗化>していますが、こちらの個人サイトは1999年から続く老舗で、しかも今も更新が続いており、本当にすごいなと思います。理科趣味界の鉄人ですね。)

■鉱物たちの庭:ひま話(2002.1.24)

   ★

今は流行らなくなった吹管分析ですが、かつてはプロ・アマを問わず、盛んにおこなわれました。


手元に、岩崎重三(著)『実用 鉱物岩石鑑定吹管分析及地質表』(内田老鶴圃刊)という本があるんですが、初版は明治30年(1997)に出ており、手元にあるのは大正6年(1917)発行の第7版ですから、少なくとも20年にわたって息長く版を重ねていたことが分かります。


言ってみれば試料に炎を当てるだけの分析法ですが、実際にやってみるとなかなか奥が深くて、炎色反応を見たり、ガラス管や木炭上に生じる生成物をさらに分析したり、溶球試験(ホウ砂球試験やリン塩球試験)によって金属の呈色反応を見たりして、徐々に鉱物の正体に迫っていきます。



   ★

そうした吹管分析を自宅でも手軽にできるよう、19世紀には吹管分析セットが盛んに販売されました。それが今や「鉱物古玩」として、欧米の理系アンティークの店先を飾っています。

(かつてオークションに出ていたドイツ製の吹管分析セット。

これは素敵だ…というわけで、私も苦労してひとつ手に入れました。


話が長くなったので、肝心の中身については次回に回します。

(この項つづく)

昔の鉱物趣味の七つ道具(後編)2021年04月14日 05時28分47秒

(前回の続き)

(画像再掲)

この27cm幅の木箱をパカッと開けると、


各種の器具と試薬がきっちり収まっています。


蓋の裏に貼られたラベル。この吹管分析セットは、イングランド西部・トルーローの町で営業していた「J.T. Letcher」という科学機器メーカーが、19世紀後半(1880年頃)に売り出したものです。

ラベル中央には、"SOCIETY OF ARTS. SUPERIOR BLOWPIPE SET WITH EXTRA APPARATUS"と麗々しく書かれており、「ソサエティ・オブ・アーツ監修・特上吹管セット。付属装備一式付き」といった意味合いでしょう。

「Society of arts」というのは、「Royal Society of Arts」のこと。
この「アーツ」は芸術に限らず、広く専門技術の意味で、「王立技芸協会」と訳されます。現在は対貧困やSDGsといった、社会改良運動に力点を置いているようですが、19世紀には科学教育の普及にも熱心で、リーズナブルな価格の顕微鏡のコンテストを開いたりしていましたから、この吹管セットも同じ文脈で考案されたのだと想像します。


こう見ると完品ぽいですが、この下段にもいろいろ備品を収納するスペースがあって、そちらが何点か欠失しています(だから私にも買えました)。

(右端はアルコールランプ)

内容のいちいちについては、私自身よく分かってないので立ち入りませんが、セットの主役である吹管がこちら↓になります。


ラッパだったら、この反対側に口を付けてプーと吹くわけですが、気流を集中させたい吹管の場合、それでは役に立ちません。吹管はこの「ラッパ」に口を付けて息を吹きます。


これが吹管の全体。「ラッパ」の反対側、L字型に横に突き出た尖端から空気が噴出します。


試薬一式の入ったトレーを取り外すと、その下にガラス管や小さな管ビンが収まっています。またその脇に真鍮製の円筒缶が見えますが、その中身は木炭です。そこに試料を入れたり載せたりして、吹管の炎で強く熱し、試料の変化を観察するわけです。

   ★

鉱物趣味とは、言うまでもなく鉱物を愛でること。
でも鉱物に限らず、趣味人は同じ趣味の人とつながり、互いに経験を分かち合うことことで、一層趣味に味わいが出るように思います。

そして、そうした人とのつながりは、ときに時代をも超えます。こういう古い品を前にすると、異なる時代を生きた鉱物趣味人の肉声が聞こえてくるような気がします。

朋あり遠い過去より来たる、また楽しからずや。

浮き世とは憂き世なり2021年04月17日 18時25分26秒

「若い時の苦労は買ってでもしろ」という言葉があります。
その真偽の程は定かではありませんが、「歳をとってからの苦労は売ってでもしたくない」――というか「金を払ってでもしたくない」――のは確かな真実です。

4月に入ってから、通勤時間が伸びただけでなく、なかなか日常の波風が高いです。
日ごろ何となく達観したようなことを呟いていますけれど、人と人との関わりの中では、心穏やかでいられない出来事も生じ、自分の「達観」ぶりの底の浅さを知ることになります。

そういうとき、ふと「前世において、私がその人にひどい悪行を働いたため、その報いを現世で受けているのかもしれんなあ…」と思うと、少し心が落ち着いたりします。因果応報思想というのは、苦しい生を生きた過去の人々が、自らを保つために編み出した集合知なのかもしれませんね。また、そうした死生観にリアリティを感じてこそ、「輪廻の鎖を断ち切ることが、真の解脱なのだ!」と喝破したお釈迦さまの言葉が、一層尊いものに感じられます。

   ★

そんなわけで、本来の記事は、もう少し身辺の霧が晴れてからになります。