プラネタリウムの美学(中編)2021年09月08日 15時46分29秒

最近、プラネタリウムがカッコよく描かれたイメージを続けざまに目にしました。
そこからいろいろ考えが広がって、昨日の感傷も生じたのですが、あまり感傷的になりすぎても良くないので、以下もう少し即物的に記してみます。

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プラネタリウムは星の世界の動物園だと書きましたが、ずばり「動物園のプラネタリウム」というのがあります。


「ライプツィヒ動物園プラネタリウム(Planetariumu im Leipziger Zoo)」
読んで字のごとく、ライプツィヒ動物園に隣接して建てられた公共プラネタリウムです。
その案内パンフレットが上の冊子ですが、何とも夢のある表紙ですね。そしてカッコいいです。

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ここは1926年から1943年まで、わずか20年足らずの間だけ存在しました。

(巨大なツァイスⅡ型機)


草創間もないツァイス社のプラネタリウムを見学した、当時のライプツィヒ市長の肝いりで、ドイツでも2番目にオープンした大型プラネタリウムとして、市民の人気を博しましたが、1943年12月の空襲によって焼失、以後再建されることはありませんでした。
(ちなみにドイツ最初の大型プラネタリウムは、同じく1926年にオープンしたバーメン・プラネタリウムで、こちらも1943年の空襲で失われました。)


今は跡形もなく消えた、幻の星の劇場。


「最寄駅から5分、夜10時まで上映」の文字で人をひきつけ、星降る夜にサーカスのテントのような建物で演じられた星たちの芝居。それを眺めた人たちの目の輝きを想像すると、やっぱり多少感傷的になってしまいます。

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上の記述はドイツ語版Wikipedia(LINK)の引き写しですが、そこにはちょっとした後日談も記されていました。それは1992年になって、ライプツィヒ動物園内の水族館のドームを使って、小さな「動物園プラネタリウム」が再開したというエピソードです。ツァイス製のかわいらしいZKP-2P型機を据えて上映を行ったそうですが、あまりお客さんが入らなかったのと、夏場の暑さの問題で1996年にあえなく廃止。現在、ライプツィヒ市にプラネタリウムは存在しないそうです。

(これまた独語版wikipediaより、ZKP-2型機。傍らに人が立ったときの大きさを想像して、上記のツァイスⅡ型機と比べてください。)

星は手が届かないからこそ、いっそう美しく感じられます。
プラネタリウムも、こうして心の中だけに存在するようになると、いっそう美しく、いっそう光を放って感じられる…というのは、何だかへそ曲がりのようですが、一面事実じゃないでしょうか。

1枚の絵から話を強引にふくらませて、「プラネタリウムの美学の中核には郷愁がある」と、今日のところは一応まとめておきます。

(要領を得ぬまま後編につづく)