蝶の翅2022年06月13日 19時25分42秒

今回家を片付けて、これまで目に触れなかったものが、いろいろ表に出てきました。
例えば、三角紙に入った蝶の標本。


これは完全な虫体ではなしに、翅のみがこうして包んであります。長いこと仕舞いっぱなしだったわりに、虫損もなく、きれいなまま残っていたのは幸いでした。

(クロムメッキのケースも、今回引き出しの奥から発見。本来は医療用だと思いますが、密閉性が高いので、改めて標本ケースに転用)

種類も、産地も、系統立ったものは何もないし、翅も破れているものが多いので、標本としての価値はほとんどないと思います。でも、これは特にそういうものをお願いして、知り合いの知り合いの方から譲っていただいたのでした。

なぜかといえば、それは鱗粉を顕微鏡観察するためです。
別に研究的意味合いはなくて、あたかもカレイドスコープを覗き込むように、単に好事な趣味としてそうしたかったのです。


鱗粉の名の通り、鱗状の構造物が視界を埋め尽くし、不思議なタイル画を描いているのも面白いし、モルフォ蝶などはステージが回転するにつれて、黒一色の「タイル」が徐々に鮮やかなエメラルドに、さらに一瞬淡いオレンジを呈してから輝くブルーに変わる様は、さすがに美しいものです。

(下半分はピンボケ)

でも、忌憚のないところを言えば、私の場合、鱗粉の美しさを愛でるというよりも、まさに鱗粉を顕微鏡で眺めるという行為に酔いしれているところがあって、この辺は子どもの頃から進歩がないなと思います。


   ★

私の人生の蝋燭もだんだん短くなってきましたが、夏の思い出はまた格別で、ふとした瞬間に、あの日あの場所で見た陽の光、木の葉の香り、友達の声を思い出します。

今年も理科室のノスタルジアの扉が開く季節がやってきました。

コメント

_ S.U ― 2022年06月14日 08時08分19秒

ヘルマン・ヘッセではありませんが、少年の日の強烈な思い出があってよろしいですね。
 一時的な気のせいかもしれませんが、私は、「スプートニク」の連載を終えてから、どっと小学生以前の記憶が薄れてきたように思います。特別な思い出はないので忘れても特にどうということはないのですが、長年の間にも記憶は消えていくものなのかもしれません。

 ときに、モルフォ蝶の鱗粉は、色素ではなく直立する本棚状の機械的構造が働いているよし、この本棚は表裏から棚がアクセスできるので、青い光が180°ごとに強くなるそうです。そのようになっていますでしょうか。

_ 玉青 ― 2022年06月15日 05時43分31秒

連載を終えたら記憶が薄れたというのは興味深いですね。外部記憶に置き換えられたことで、脳内メモリが解放されたということでしょうか。そういえば、これも小学校時代の思い出ですが、先生が「メモはなぜとるのか?」と問うたのに対して、(生徒)「忘れないためです」(先生)「いや違う。メモは忘れるために(忘れても大丈夫なように)とるのだ」というやりとりがあったのを、強い印象とともに覚えています。

でも、S.Uさんが最近まで持ち伝えてこられた記憶ならば、すでに強固に定着したもののはずで、「あまり思い出さなくなる」ということはあっても、消え去ることは考えにくいですね。またふとした拍子に、鮮やかによみがえったりするのではないでしょうか。

モルフォ蝶の翅、早速試してみました。
しかし蝶の翅というのは結構波打っているもので、光の当たり方を正確にコントロールするが難しいです。本当は翅の小切片をプレパラート化して、個々の鱗粉を高倍率で観察するのが良いと思うんですが、とりあえず記事と同じく低倍率の解剖顕微鏡で覗いた感じでは、確かに180°回転すると再び色味が鮮やかになるように見受けられました。

_ S.U ― 2022年06月15日 11時19分17秒

ご返信のコメントありがとうございます。これは、たまたま、(1)メモすれば忘れる(忘れても支障ない) (2)年を取ると、連続的に記憶が薄れていく という2つの穏健な事実が重なっただけで、また思い出すこともあるかも知れません。あまり深刻に考えず、時々思い出すよう努力することにします。

 モルフォ蝶の実験ありがとうございます。私は実験する気にはなれず、(顕微鏡はあっても鱗粉は苦手)、その構造もよくわかりませんが、光については、興味あるので以下の専門家さんのサイトを参照しました。

http://skino49.web.fc2.com/kozoshoku/morpho1.html
http://www.yoshioka-lab.com/kaisetsu/morpho.html

棚と棚のあいだの長さが波長に対応し、これが斜めから光が差すと斜め向きで波長が伸びるのでしょうか。
 眼球もそうですが、こういう光学に対応した精密な構造を見ると、突然変異による進化論というのが信じがたくなります。

_ 玉青 ― 2022年06月17日 18時40分38秒

モルフォ蝶の翅の秘密について、情報をありがとうございます。
私は「あの鮮やかな色は構造色なんだよ」と聞かされて、何となく分かったような気になっていました。そしてその発色のメカニズムは、もうすっかり解明されているのだろうと思い込んでいましたが、なかなかどうして、実際にはまだまだ分からないことが多いのですね。少しく意外でした。

生物の眼球の精緻な構造を、19世紀の自然神学論者は「これぞ神の存在証明」と考えていたみたいですね。確かに不思議きわまりないことですが、高校生の頃の自分は、電卓をポンポン叩いて、「1世代経過するごとに0.001%の形質変化が累積すると、10万世代経過する頃には1.00001^100000=2.718の変化量になるし、仮に0.01%だったら1.0001^100000で、実に22015にもなる。だったら生物としてまったく違った種になっても当然だ…」みたいな納得の仕方をしていました(数字は今適当に考えました)。これは環境圧が常に一定方向への変化を促す場合にのみに当てはまるのかもしれず、事態を単純化しすぎていますが、単純なだけに妙な説得力がありました。

_ S.U ― 2022年06月18日 08時13分43秒

>1.00001^100000
 おっしゃるような計算推論が正しい方向で、「環境圧が常に一定方向への変化を促す場合」も、短期的・局所的には働く可能性があると思います。しかし、なおかつ、「光学器官」において不思議な感が否めないのは、眼球サイズ、網膜、水晶体といった、マクロ・ミクロ両方のスケールと複数の部品において、コンシステントに方向と定量を合わせて、あたかも連立方程式を解いているみたいに変化しないと、その都度の改善が見込めない点にあるように思います。

 構造色の鱗粉の場合、本棚のある範囲が広がる、段数が増えるというのが改善ですが、棚の間隔のサイズが変わると色が変わってしまうし、近所どうして棚の高さが揃うと干渉でスポットに凹凸が出来てしまいます。なかなか細かい進化への注文だと思います。

_ 玉青 ― 2022年06月18日 18時37分48秒

今ここでS.Uさんと交わしている話題、すなわち「眼のように、すべてが完全に揃って初めて機能する複雑な器官が、はたして偶然の積み重ねによってできるものだろうか?」という問いは、19世紀のダーウィンの頃に盛んに議論されたことで、ダーウィンもこの問いには相当苦しんだらしく(ダーウィン自身、眼が自然淘汰によって生じたことを不合理と感じていました)、我々はいわばその追体験をしているのだ…ということを、分子進化学者・宮田隆氏の科学エッセイに教えられました。

■眼で進化を視る -その2-
https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2006/post_000003.php

もっとも宮田氏のエッセイは、では実際に眼がどのように誕生したかまでは教えてくれなくて、ただ捕食・被捕食の関係の中で、眼の存在は個体の死命を制するポイントなので、進化のスピードが非常に速かったろうことや(即ち不完全な眼はどしどし淘汰された)、脊椎動物の眼だけ見ていると、確かに唐突な感じはするけれども、生物界に広く見られる「様々な眼」を眺め渡すと、やっぱりそれらは試行錯誤の産物と思えることを、氏は示唆しているようです。

上の文章の続編(※)は、もうちょっとミクロな話題として、視細胞中の光受容体(ロドプシン)の進化の話題を採り上げています。哺乳類から霊長類が派生し、霊長類からヒトが派生する過程で、明暗/3原色に反応する視物質が作られたり、失われたり、再獲得されたり、けっこう短いスパンで変わっているのは、進化の試行錯誤が常に行われており、眼はその影響を受けやすい(淘汰圧が大きい)ことを物語るエピソードと感じられました。

(※)https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2006/post_000004.php

_ S.U ― 2022年06月19日 07時30分54秒

資料のご紹介ありがとうございます。

 ざっと拝見したところでは、おそらく突然変異と自然淘汰で起こったことは正しいのでしょうが、複数の器官でランダムな方向、定量で変化していて進化が間に合うかというのは、やはり玉青さんのxのy乗のような計算で評価しないといけないと思います。実際、そのような計算をしている生物学者もいるようで、本を読んだことがありますが、定量的なことの信頼度はよくわかりませんでした。目などでは、複数の器官が全体性能を維持しながら改善となりますと、複数の器官での突然変異がある範囲で連立偏微分方程式(不等式)?を満たす確率のべき乗になるので、そういう計算が必要になります。正確に計算することは無理ですが、真面目に批判的評価をやれば、年数の上限・下限のようなものは評価できると思います。
 それで、年数不足であるならば、完全にランダムではなく、複数の器官が相関して進化することになる(それによって、遺伝で独立に動く部品数が減らせる)と考えるしかないように思います。
 遠隔しているものや異なる原理で働くものが、互いにランダムに振る舞うか相関して振る舞うかというのは、物質を対象にする物理学的な観点からすると常に興味深い点です。

_ 玉青 ― 2022年06月19日 16時33分01秒

「各部位が一定の確率で突然変異を生じるとして、それぞれの組み合わせが結果的にうまく機能する確率を考えると、それはほとんどあり得べからざることではないか。でも現にこうして眼球はある。―なぜか?」

私はS.Uさんの所論の肝の部分をつかみ損ねていると思いますが、この辺の議論は、何となく「人間原理」と似た匂いを感じます。人間原理とのアナロジーで考えると、「多くの想定可能な世界の中で、眼球の存在根拠を問うことができるのは、眼球のある世界だけだからだ」と答えることになるのかもしれません。まあ、この答で納得できる人はいないでしょうが(笑)。

ちょっと観点を変えて、今の精緻な眼球に至る以前の進化の過程は、正確さを欠くとはいえ、眼球の個体発生過程を見ると、ぼんやり想像できるような気もします。
https://www.tmd.ac.jp/artsci/biol/textlife/develop2.htm

ここに見られるのは、おそらく「有利な形質変化」のページェントで、そのどの段階においても、変化が生じた後は、生じる前にくらべて、なにかしら生存に有利な点があって(たとえば明暗だけではなく、光の方向を感じ取れるようになったとか)、それが個体発生に組み込まれていったのかなあ…と漠然と想像します。

もちろん進化の各段階においては、「不利な形質変化」も常に生じていたはずですが、そちらは速やかに淘汰されてしまったのでしょう。(でも、眼の変異―たいていは先天性疾患―は今でも恒常的に発生していますから、そこから「さらに優れた眼」が今後生まれる可能性もなくはないのでしょうね。)

_ S.U ― 2022年06月20日 06時53分50秒

私のとりとめのない考えを汲み取っていただきありがとうございます。要点は、進化の大枠は正しいにしても、進化には、ダーウィンよりも何かもうワンランク上層の機構があるということのように思います。「最悪」それは「人間原理」的なものかもしれませんが、遺伝方法の効率化自体にスイッチが入るような「メタ遺伝」的な進化加速機能があって、それが現象論的な木村「中立説」、今西流「環境総合・定方進化」、ラマルキズムの一部も動員しているという可能性が考えられます。ご紹介の目の個体発生図は、何か経験に基づく効率化を図っているように見えますので、おっしゃるような機構か何かの加速機構が系統発生にあることを支持しているのではないでしょうか。今は、このような非科学的な憶測に過ぎませんが、遺伝子情報の解析が十分に進めば、可能性の定量評価はできるようになると期待します。

 機械の性能の原理を人に説明するとなると、部品ごとに噛み砕いて説明しないと人に科学的に見える説明にならないので困りますが、実際は必ずしも噛み砕けるものばかりではなく、将棋や囲碁の強いコンピュータソフトのように、自己学習と自己シミュレーションでドンドン強くなるんだという説明しか出来ず、それでゲームに勝つ奥義はわからずとも、AI内部にそれを実現してプロ棋士に勝つことでじゅうぶんに評価可能ということもありえます。
 ちょっと脱線しますが、私は、私の若い時には「今西進化論」は非科学的で受け入れられるものではありませんでしたが、今日では哲学的にも共鳴できますし、AIの進歩がその科学的なサポートしているような気がしてきています。

_ 玉青 ― 2022年06月23日 06時00分31秒

話が深いところに入ってきましたね。
ここまで来ると、古風な反復説に依ってぼんやり考えているだけの私の出る幕ではないのですが、「進化には部分の総和以上のものがある」、あるいは「進化も進化する」というのは、いかにもありそうなことです。単純に、古典的な変異と淘汰のメカニズムだけを考えても、「進化の仕組みを進化させた生物」の方が、圧倒的に生存に有利なはずです。これはまさに将棋や囲碁のAIで見られた構図ですし、この3年間のことを振り返ると、ヒトやウイルスもそう呼ばれる資格は十分ある気がします。

_ S.U ― 2022年06月25日 08時03分52秒

では、この機会に、新しい格言(早口言葉)として、「進化の仕組みの進化の仕組みも進化の仕組みのうち」というのを提唱させていただきたいと思います。

_ 玉青 ― 2022年06月25日 16時41分31秒

おあとがよろしいようで…(^J^)

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