春の闇2023年04月01日 21時48分27秒

桜がはらはら散る一方で、樹々はにわかに芽吹き、ピンクとグリーンのコントラストが美しい季節となりました。まこと「柳桜をこきまぜて」と謳われた都の春もかくや…と思わせる四囲の景色です。

だから心が浮き立つかというと、意外にそうでもありません。
秋の心と書いて「愁」。そして「春愁」という言葉もあって、今の季節はのどかな中にも、一抹の淋しさを感じます。命の営みは、どこか悲しさを感じさせるものですが、それがより強く感じられるからかもしれません。

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今日は故・安倍氏の事績を振り返る映画、『妖怪の孫』を見に行ってきました。
そして、家に帰ってからも、何となく索漠とした思いで、従軍慰安婦と歴史修正主義の問題に取材した映画『主戦場』(2019)をアマゾンプライムで見直していました。安倍氏は後者にも登場して、いろいろ「活躍」しているのですが、この間に横たわる4年という歳月が、そこにある種の陰影を添えて、話に奥行きを感じました。

「桜を見る会」でタレントに取り巻かれ、我が世の春を謳歌した安倍氏。両親にねじれた愛憎を抱き、祖父・岸信介を超えることで、彼らに心理的復讐を果たそうとした安倍氏。そのための権謀術数に明け暮れ、果ては凶弾に斃れた安倍氏。

まあ、すぐれて人間的なエピソードではあります。
でも、だからといって、仁も義も乏しい人間が宰相の地位に付くことは正当化できないし、国民の側からすれば、それは悲劇以外のなにものでもありません。

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 灯取虫 死しての後の名なりけり  松宇

「灯取虫」は灯火に慕い寄る蛾のことで、夏の季語です。自ら灯火に飛び込むからこそ、その名があるわけで、これはたしかに「死しての後の名」です。そう考えると、いくぶん理に勝ちすぎている気もしますが、私にとっては不思議と鮮明な印象をもたらす句で、折にふれて口をついて出てきます。

安倍氏と灯取虫がどう結びつくかは、自分でもよく分かりませんが、今また口をついて出た以上、そこには何か連想が働いているのでしょう。でも、安倍氏の姿を仮に灯取虫に重ねたとして、彼が身を焦がした「灯火」とはいったい何だったのか?

(速水御舟 「炎舞」、1925)

ちなみに、作者の伊藤松宇(1859-1943)は古俳書収集で知られた人。齢は正岡子規よりも年長ですが、子規とも交流があり、明治~大正の俳壇で一家を成しました。